まなかと栄治
「がぁーっ! もう、むかつく!」
その日、まなかは非常に荒れていた。
なぜ荒れていたかと言えば、自分のいないところで全て終わっていたからだ。
「なんか貞子も雰囲気戻ってるし! イマナは何も言わないし!」
「まあまあ、まなかさん……」
まなかの後ろななめから栄治がまなかを収めようとする。が、まなかはいらつきがヒートアップしていた。
「なんで、誰も言ってくれないんだっての! 私だって協力したじゃん……」
寂しさを覚えた呟き。
栄治はなんとなくイマナとなちが何も言わないことを理解していた。それは恐らく自分たちでは到底理解できないようなことをしてきたのだと。
まなかだって、それをわかっていた。それでも、言葉に出さずにはいられないのだ。
「……あんまり言ってると厚木の奴を呼びますよ」
「あ、もう気分がすーっとしたわ」
変わり身が早い彼女だった。必要以上に彼と関わりたくないまなかの本心が駄々漏れであった。最も、栄治もあまり好きではないのだが。
「それに、私にはあんたがいるし」
そう言って、まなかは栄治に笑顔を見せる。
それは信頼からなのか、それとも……いや、栄治はわかっていた。
「はい、まなかさん」
だから栄治も笑顔を見せる。まなかは満足そうに頷いた。
「……ん?」
そんな時だった、土手の坂で一人の少年が座り込んでいるのを発見したのは。
薄汚いコートを羽織った少年は、ただぼうっと、座り込んで近くを流れる川を見つめていた。
「ふむ……おーい!」
何を思ったのか、まなかは彼の元に駆け寄る。あわてて栄治も一緒にかけよった。
少年の前に二人で回りこむ。彼は生気のない顔をしていた。
視線の先に二人入ってきたというのに、全く焦点も合わせず、彼はぼうっとしていた。
「おいこら! 返事くらいせんかい!」
少年の反応にいらついたのか、まなかはいらついたような声を立てる。そこでようやく彼はまなかの方を見た。
「何か、御用でしょうか?」
見た目の割にゆっくりと、そしてはっきりとした声だった。
「いや、なんていうか今にも死にそうな顔してたんで」
「えっ!? 僕たち後姿しか……あいたぁ!」
そこまで言って栄治は、すねを蹴られて少し悶絶する。
「……考え事です」
「へぇ、何考えてたの?」
「いろいろと……」
栄治は少し驚いていた。まなかは決して相手の内部の詮索まではしようとしない。空気は読めるほうのはずなのだ。
「いいじゃん、教えてよ」
だというのに、ずいぶんと今日は掘り下げようとしてくる。一度はぐらかしたということはあまり聞かれたくないことのはずなのに。
「…………手から、滑り落ちていくんです」
彼は、呟くように喋り始めた。
「初めは真似事だったかもしれない。けど、確かに僕は誰かを守りたくて、『英雄』になった。けど、僕じゃどうしても『みんなの英雄』になることは出来なかった。けど、ようやく一人、無力な僕でも助けることの出来る人がいたんです……けど、結果的に僕はその人を助けるまでには至らなかった。あの人が……結局無力な僕の代わりにやってくれた」
「ふぅん」
「そしたら急にわからなくなった。僕がようやく見つけられた答えだったはずなのに、それがわからなくなった。だから、今考えてるんです」
「あんたの、その答えとやら?」
こくりと頷く少年。栄治はやっかいなものに顔を突っ込んだものだと、心中で嘆息する。
「まーた変なこと考えてるやつもいたもんねー。それってあれでしょ? 自分の生きてる意味みたいなのでしょ?」
またも頷く少年。
「じゃあ無理だ。考えるだけ無駄よ。諦めなさい」
「何で!」
そこで初めて、まなかに焦点を合わせたと栄治は思った。
「だって、そんなのわかるわけ無いじゃない。そんなこと考えるより美味しいもの食べて寝たほうがよっぽど見つかるわよ」
「けど、見つかりそうだったんです! 僕の、僕が生きてる意味が!」
まるで脅迫されているかのように、鬼気迫る声を出す。しかしまなかは、どこまでも冷ややかに対処した。
「そんなもん簡単にすり抜けるに決まってんじゃない。人生長いんだから、そう簡単に見つかるはずないでしょ」
そう言われ、少年はがっくりと肩を落とす。それはそうだ。自分の考えてることをご飯食べてるほうがましと言われれば。
まなかは仁王立ちで少年を見る。
「あんた、正義の味方とか信じる?」
「正義の、味方?」
「私がそうよ」
「……嘘だよ。正義の味方は僕も知ってる――」
「じゃあそいつ偽者で」
「「えぇ!?」」
流石の栄治もそれには声をあげてしまった。
「私が、正義の味方よ。アイム、ヒーロー」
唐突なヒーロー宣言に、流石の栄治も、いくら正義の味方だと知っていても、異を唱えたくなるがそこはぐっと堪える。
「じゃあ、私が何を以てヒーローと言ってるかわかる?」
「そんなの、知るわけないでしょう……」
「自称よ」
「えぇ……」
「今だって日曜日にはヒーローたちの活躍を見てるわ。彼らの行動を見て、私はいつも間違ってないかを確かめるの。私のヒーロー道を」
「それ特撮……」
「あぁ!?」
「なんでもないです」
変な光景であった。
「正義の味方はカッコいいからね。私も憧れてるのよ。こう、悪い奴らをぎったんばったんと倒すとことか」
「えっ、あなたが?」
「いんや、この栄治が暴力担当」
「暴力担当って……」
「それじゃあ貴方は……」
「正義の罵倒担当」
暴言担当とは言わない。
「……それで、何か世界は変わったんですか?」
少年が尋ねる。半ば疑いの眼差しが強くなっていた。
まなかは即答する。
「なにも? 何か変わった、栄治?」
「不良に追っかけられる数が日増しに増えてきましたね……」
栄治は思った。目の前の少年から信用が消えたと。
「ま、そりゃそっか。けどさ、立ち止まってらんないのよ」
まなかはそこで苦笑した。
「私、すげー弱いからさ、何も出来んのよ。誰にでも言えること以上は出来ないの。だから、仲間を増やそうとしてる。で、栄治は晴れてスーツアクターさんに」
「誰がヒーローの中身ですか」
少しだけまなかにチョップした。すごいジト目で見られたが、とりあえず無視をした。
「でもさ、何も出来ないからって何もしたく無くはないのよ。あんただって、そんな風に悩んでるんだからそうでしょ?」
「僕は……」
「だったら、今はあんたが出来る精一杯のことでいいじゃん。無理なら一旦諦めて、でも胸に秘めてさ。私の目標は世界のヒーローだからね!」
そこでまなかは言葉を切った。言いたいことは全て言ったようだ。
「じゃあね。もし『英雄』とやらに見切りがついたら正義の味方に来るといいわよ。あんたならブラウンくらいが任せそうね」
会話は終わりだった。栄治はこの先彼とは会わないと確信していた。おそらく、まなかも。
「……今出来ること、ですか……そうですね。まずは、そこから始めましょう」
独り言なのか、自分に言い聞かせるように彼は呟き、立ち上がった。もうその瞳に迷いは無い。
「正義の味方に入りたくなったらよろしくお願いしますよー!」
そんな声を受けて、まなかは振り返らずに手を振る。
「決まった……!」
そんな独り言を呟く彼女に、栄治はただあきれるだけだった。




