彼女の知り合い
学校というものは基本的に人格形成の為にあるとよく言われている。人との交流が、自分という個を進化させ、いずれ放たれる社会という荒波に適応できるようにと作られた箱庭だと。
ならば、勉強というのはなんなのか。答えは簡単だ。『嫌なものでも立ち向かえる力を得るための作業』である。
(じゃあ勉強好きな奴はどうするんだ……)
と、なちは必死にノートを書き写す知り合いを見て思う。
「ん、なんじゃい畠瀬? 今さらノートを返せ、なんてことは言わないよな?」
「言わない。さっさと書き写せ」
ならいいんだが、と言って再びノートを書き写す作業に戻った男子生徒。イマナと一緒にいることが多くなり、あまり交流はないが、なちの数少ない知り合いにして、力のことを知る一人だ。
名前は、新田塔利と言う。
「けっ、最近は随分とあのアルビノちゃんと仲良くしているじゃんか。私とは遊びだったのね!」
「そもそもお前のことは友達と思ってない。後、イマのことをアルビノとか言うな」
「ひどっ! じゃあ、フルフルって呼んでいい?」
「お前の心臓引きずり出してやろうか」
「いやだよ!? お前の場合本当に出来ちゃうじゃないか!」
「だから本気だよ。私は嘘が嫌いなんだ」
「本気で扱いが悪くなったな……」
ぶつぶつと呟きながら、塔利はなちのノートを書き写す。
なちは学習することを好む。自分の知らないこと、それを自分の知識として吸収した時のカタルシスを最上に好む。
「これでも私はお前に感謝しているつもりだよ。あの時、お前からイマの話を聞かされてなかったら、今この瞬間も状況が変わってるかもしれないからな」
「……別に。学校での茶飯事があったら教えろって言ったのはお前じゃないか。その見返りとして、お前からはいつもノート見せてもらってるしな」
塔利の交友関係は広い。上は教師から下は小学生までと様々なコネを持っている。そのコネを、なちは利用して彼を情報屋としてノートの定期購読の引き換えに使わせてもらっている。その一環として、学校の抱えた様々な事情を彼から教えてもらっている、とは、言っても所詮は学生。噂程度にしか利用は出来ないが、火のない場所に煙は立たない。なちは重宝していた。
もちろん、新田も何か思う所があって、なちと付き合っているのだろう。もともと、なちのことを気味悪がっていたのは塔利も同じだったのだから。
「しっかし、あの井美ちゃんはすげーな。虐められっ子が一転してクラスの中心に位置しようとしているぞ」
「良くも悪くも、目立つ奴だからな。前向きになったらあんなもんさ」
まだ信じられないがな。その言葉は呑み込む。
「そういえば畠瀬、もう転入生の話は聞いたか?」
「転入生?」
リーアの顔が頭の中でよぎり、口を開く。が、その前に塔利が話しはじめる。
「どうやら相当可愛い子だよ。まるで人形のようだった」
「あぁ、どうやらその通りのようだな。気味が悪いほどにフランス人形だった」
「って、会ったのか?」
「ついさっきな。学校を彷徨っていた」
「彷徨って?」
塔利は首をかしげたが、なちはさっさと切りあげる。
「単なる学校探索だよ。おてんばさんのな。それより、新田は興味ないのか? てっきりもっと興奮気味に言うのかと思ったが」
「なんだ? 俺の恋愛事情に興味があるのか?」
「いや、その状態のほうが弱みを握れそうだから」
「ドン引きだよ……」
塔利はクシャクシャと髪をかくと、そこまでは、と漏らした。その様子に少しだけなちは驚く。
「結構あっさりだな。男はこういうのに興味があるんじゃないのか?」
塔利はノートの端に棒人間で円を作るように描き始める。そしてその中心にちょこんと笑った顔の棒人間を描く。
「そりゃー、一応渦中の人物だから見には行ったさ。可愛かったよ」
そう言いながら彼は中心の棒人間に集中線を入れる。
「たださー、そこまでなんだよ。アイドルとかってのと同じ? たまに見れるだけでいーよ。ああいうのは」
「それは……」
なちは塔利からシャーペンを分取ると、周りにいた棒人間を円で囲む。
「入る余地が無いからか?」
「そ。なんかね、可能性が無いの見ると冷めるんだよな。最近じゃ、握手会とかでファンとの交流を増やすアイドルとかってのもあるが……あんまり興味湧かない」
「可能性、ねえ」
「偶像は何人から好かれなきゃいけない? 十人とかじゃないんだぜ。それこそ数百、数千単位で動いてる。そっから知り合いになるのは何人だ? 会話までこぎつけるのは何人だ? 偶然が味方して知り合いになるまで、俺はなーんもやんねえよ」
「現金な奴だな」
出会い頭にリーアに唇を奪われたことが脳裏をよぎる。
「浅く広く、がモットーなんでね。世の中情報を得たもん勝ちさ」
よくまあ堂々とそんなことが言える、となちは思ったが口には出さない。
「っと、よし終わり! サンキューな畠瀬。今日も情報料はきっちり受け取りました!」
「ああ、また必要な時にお前を使わせてもらうよ」
そう交わして、塔利はなちの席から離れた。同時に、宇田女史が教室に入ってくる。
「はーいさっさと席に座りなさーい」
手を叩きながら教壇までたどり着くと、彼女はなちの予想した通りに言葉を継いだ。
「今日は転入生がいます。じゃ、入ってきて」
そして彼女は、リーアは男子生徒、そして女子生徒の感嘆の声に包まれて教室に入ってきた。
「うー……やっと戻ってこれた……およ?」
二時限目終了後、イマナがげっそりとした表情で教室に入ると、その異様な雰囲気を感じ取る。
「なーちゃん」
「イマ」
イマナがなちを呼ぶ。それに呼応して、なちもイマナに顔を向けた。しかし表情は髪に隠れて見えない。
「何か……あったの?」
なちに駆け寄ると、一つ大きな塊となった人だかりに目を向ける。
「あぁ……今日転入生が来てな」
「えっ!? このクラスに転入生!!」
そう聞かされた瞬間、青い顔に赤みが戻り、人ごみに突撃する。
「にゃー! みんなどいてどいて! 私も見ーたーいー!」
子供か。
どんな容姿をしているのだろう。
クラスには慣れたのかな?
いろいろな考えが頭の中を行き交う中、ようやく転入生の机の前まで顔を出すことに成功した。
そして、衝撃的な光景を目の当たりにした。
「え……?」
「んっ、」
イマナの目に写ったもの。それは、金髪の人形のような女の子とクラスの女の子が唇を重ねているシーンだった。
「は……?」
「んー♪」
ぷはぁ、と音を立てて濃厚なキスを終えると、金髪の女の子は満足そうな顔で唇を離した。
対して、唇を奪われた女の子は、まだ彼氏にもされていないのにとぼやきながら、輪からふらふらと離れて行く。
「んー?」
よく見ると、イマナの周りは皆不思議な雰囲気を纏っていた。
まるで毒気を抜かれてしまったような、感情と言うものが欠如してしまったかのような。
「あら?」
そんな風に観察しているうちに、イマナは転校生に見つかる。
「にゃ!? と、えとえと……転校生ですかね?」
他に聞くことがあるだろう、と自分でも思いながらイマナは彼女に質問をする。
「はーい! リーアは、本日このたび転校してきた転校生ですよー」
そう言って、にっこりと笑うリーアの、エメラルドの瞳にイマナは少し惹かれた。
「へ、へー。リーアさんって言うんだ。外国の人なの?」
「イエース! アイムブリティッシュウーマン!」
「ブ、ブリ?」
「イギリス人、だそうだ」
と、イマナの横に割って入ってきたなちが説明する。
「ただ、とてもそんな風には……見えるが思えんな」
にこにこと笑うリーアは、喋らないとまるで人形のようにしか見えなくなる。
「これはお近づきのシルシねー」
「え!?」
そう言って、リーアはイマナの肩に腕をまわし、そのまま顔を近づけた。
ぶちゅー!
そんな擬音が聞こえてきそうなほど、リーアはイマナにのうっこうなキスをかました。
「にゃー!」
イマナの悲鳴が轟く。なちはただ、深くため息をつくだけであった。




