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茨木くんと名雪さん  作者: 橘悠


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【沼】

「開封の儀いくよ! 人をダメにするやつ、召喚!」

「そんな物騒な名前で呼ばないで下さい。正式名称はビーズクッションですよ」

自室の中心に鎮座するビーズクッション。

俺が気になっていると言ったらさっそく買いに行こうとなっての今である。

先輩は気づけば、召喚したビーズクッションの中に存在していた。

ノートPCを膝に、沈みながらタイピングしている。姿勢が完全に悪魔合体。


「先輩、その角度は腰をやりますよ」

「大丈夫。仕事は姿勢じゃなく心意気」

「心意気で腰は守れません」

「じゃあ有馬かな方式で——かわいく座る!」

「かわいさで血流は改善しません」

じゃあってなんだ、なにも解決してない。


「茨木くんも座って。二人で沼ろう」

「お誘いは嬉しいですけど、俺はレポート仕上げたいので——」

「ここ、集中できるよ。四方八方を包まれて余計な刺激が消える。まるで遮音室。音ゲーのなかで判定が“グレート”に吸われるやつ」

「比喩が伝わる層が狭いです……けど、ちょっと座りますね。……おお、確かに包まれる感じは悪くないですね」

沈む。じわっと体温が移る。ビーズが重力をうまくいなして、背中にぴたりとはまる。

——あ、これ、ほんとに集中できるかもしれない。


「茨木くん、もしここで寝落ちしたら、私は君の顔にアイブロウで“肉”って書くからね」

「やめてください。先輩こそカビゴン化は禁止ですよ。あと飲み物は持ち込まないで下さい。こぼしたら悲惨ですから」

「了解。"ナユゴン"はレアキャラなので、エンカウント率が低いってことね」

「ナユゴンだと少なくともまぼろしのポケモンではなさそうですね」

「ナユビィなら」

「時をわたられると、非常に厄介そうなので勘弁してください」


そんなやり取りをしていたら、ふと先輩が黙った。沈んだまま天井を見ている。

「……ねぇ、茨木くん。もしかして、ここ、二人で並んで漫画読むと、ちょっと幸せじゃない?」

「そうですね。たぶん、すごくダメになりますけど」

「ダメって幸せの別名だから」

「ポジティブすぎません?」

「じゃ、今日だけ。今日だけダメになろう。明日からちゃんとやる」

「“明日から”は一番危険な言葉ですけど……わかりました。今日だけです」


俺はレポートを保存して、先輩が差し出した単行本を受け取る。

ふたりで同じページを覗き込むと、ビーズの海が少しだけ深くなった。

ダメはたしかに甘い。だから、明日こそは——と、心のどこかで立ち上がる準備をしておく。

■有馬かな方式

『【推しの子】』の有馬かなは“見せ方が上手い/あざと可愛い”イメージ。つまり“機能(血流や姿勢)<ビジュアル(映え)”というネタ。


■音ゲーのなかで判定が“グレート”に吸われるやつ

音ゲーの判定で“PERFECTに届かずGREATばかり出る”状態が「グレートに吸われる」。包まれて集中はできるけど、過剰に脳がキレるわけでもない、のニュアンス


■アイブロウで“肉”

寝落ちした人の額に“肉”と書く定番いたずらネタ。由来は漫画『キン肉マン』


■ナユビィ

ときわたりポケモンのセレビィが元ネタ

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