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たった一ヶ月で逆ハーを築いた聖女は、実は※※のスパイでした!  作者: 宵宮祀花


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2/2

すみれの花の如き淑女

 翌日。

 フィオナが校舎裏を通りかかると、ディアドラが一人でなにかを探すような仕草をしていた。泣きそうな顔で辺りを見回しては溜息を吐き、草陰をそっと覗き込んでは落胆する。時折通りかかる生徒はいるが、彼女に声をかける者はいない。


「ご機嫌よう、ディアドラ様」


 ディアドラは声に驚き、ハッとして振り向いた。しかし声の主がフィオナであるとわかると安堵の表情を浮かべ、挨拶を返した。


「差し出がましいようですが、なにかお困りでしょうか?」

「実は……窓からハンカチを落としてしまったの。風に乗ってこの辺りに飛んできたことはわかっているのだけれど、何処にも見当たらなくて……此処へ来るあいだに、また飛んでしまったのかもしれないわ」


 下がりきった眉と伏せられた目は、とても弱々しい。

 フィオナが「わたしも探すのをお手伝いします」と言おうとして、顔を上げたときだった。


「あっ」


 白いハンカチが枝に引っかかっているのが見えた。

 フィオナの声と視線に気付いたディアドラが、つられて顔を上げる。ギリギリ手を伸ばしても届かない高さに、探しているものが引っかかっていた。


「わたくしったら……下ばかり探していたから気付かなかったのね」

「この高さなら、わたし登れるかもしれません」


 えっ、とディアドラが驚いている間に、フィオナは枝に飛びついて勢いをつけると鉄棒の要領で体を持ち上げた。其処からは、あっという間にハンカチが引っかかっているところまで登り、片手と足で自身を支えながら手を伸ばしてハンカチを掴んだ。

 次の瞬間、


「きゃ……っ!」


 バランスを崩して落下してしまった。

 ドサリと音がして、ディアドラが顔を青くして傍まで駆け寄る。


「フィオナさん、大丈夫で……」


 そう、声をかけながら助け起こそうとしたときだった。


「其処でなにをしている!!」


 鋭い男の声が割り込んできて、ディアドラは息を飲んだ。

 ズカズカと近付いてきたのはディアドラの婚約者、デリックだった。彼は鋭い目でディアドラを睨んでおり、更にフィオナが木の根元に座り込んでいるのに気付くと、表情をより険しくさせた。


「貴様……聖女フィオナになにをした? こんな人通りのないところに呼び出して、暴力まで振るうとは……見下げ果てた悪女だな」

「そんな、わたくしは……」

「謝罪どころか、一言目が言い訳か。あくまでも自分だけが可愛いのだな。浅ましい田舎女が。このことは殿下に報告させてもらう」


 ディアドラを押し退け、デリックがフィオナに手を差し伸べる。しかしフィオナは自分で立ち上がり、スカートの裾を祓って「ありがとうございます」とだけ返した。


「怪我はしていないか?」

「はい。少し尻餅をついただけなので。デリック様のお手を煩わせるほどのことではありません」

「そうか……ならいい。俺は殿下に報告しに行くが、本当に大丈夫か?」


 フィオナを心配する言葉をかけながらも、デリックの視線は先程力任せに押し退け引き倒したディアドラを睨んでいる。フィオナは重ねて「大丈夫です」と答え、ただ微笑だけを浮かべた。


「わかった。なにかあればすぐ呼ぶように」

「ええ。お気遣い痛み入ります」


 デリックはディアドラには一言もくれず、早足でこの場を去って行った。恐らくは今し方の出来事を早速王子へ告げに行くのだろう。


「ディアドラ様……」


 動けずにいたディアドラを助け起こし、ハンカチを叩いて畳み、そっと握らせる。そのまま震えているディアドラの手を握り、フィオナは小さく口の中で「もう少しの辛抱ですから」と呟いた。


「……? なにか仰いまして?」

「いえ、わたしの不注意のせいでディアドラ様が責められてしまい、大変申し訳ないことを致しました。ディアドラ様のご実家……ドリューウェット辺境伯にも、後ほど誤解であると手紙を送らせて頂きますので」

「そんな……あなたのせいではないわ。それより、ハンカチをありがとう。あなたに頂いた宝物だから、無くしてしまわなくて良かった……」


 言われてみれば、このハンカチは以前ディアドラにプレゼントしたものだ。庶民が買えるものなので貴族令嬢が使っているような上等なものではないが、自分で刺繍を施して贈ったので、ある意味では一点ものだ。白いハンカチの隅に咲く小さな薄紫の花は、ディアドラの美しい髪と同じ色をしている。


「気に入って頂けてうれしいです。ディアドラ様はヴィオレッタの花が良くお似合いだと思ったので」

「こんなに可憐な花にたとえてもらったのは初めてよ。ありがとう」


 はにかみ微笑う様子を見て、フィオナは小さく息を吐いた。デリックの振る舞いに傷つき震えていたのも、だいぶ落ち着いてきたようだ。


「いつかまた、お休みのときに街へ行きましょうね。本当にありがとう」

「はい、是非ご一緒させてください」


 去りゆくディアドラを笑顔で見送り、その背が完全に見えなくなると、フィオナは表情をスッと消して彼女とは逆方向に歩き出した。



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