逆ハー聖女と令息たち
王立魔術学園。
貴族の子息子女たちが通うこの学園は、魔術だけでなく基礎学習や社交技術などを学び、いずれ国を支える立派な貴族となるべく成長するための場である。
そんな栄えある学び舎ではいま、一つのグループが注目を浴びていた。
一人の少女を取り囲んでいる四人の男子生徒たち。彼らは人通りのある中庭に設置されたカフェテーブルにつき、紅茶やお菓子をつまんでは談笑している。
「まあ、アンブローズ様ったら! そんなこと仰ってよろしいんですか?」
口元に手を添えて無邪気にきゃらきゃらと笑う少女、フィオナ。
桜色のふわふわした髪に、ベリーのような瞳、小鳥のように愛らしく囀る声と細く小さな体。守りたくなる少女とはまさしくこのことであると知らしめるかのような、可憐な容姿をしている。
彼女はこの魔術学園に在籍する唯一の庶民であり、聖女でもある特待生だ。特別な加護を持ち、浄化の力を人々に届ける役目を持った少女は、公爵家に身を置きながら将来王家に仕えるため貴族社会について学ぶべく学園に通っている。
しかし、彼女は入学してたったひと月足らずで見目麗しい男子たちに取り囲まれ、毎日のように開催される茶会で身分の垣根なく過ごしていた。
周囲を取り囲む男子たちは皆、眩しいものを見る目でフィオナを見つめている。
彼らには家同士が決めた婚約者がおり、その婚約者も当然同じ学園に通っているのだが、お構いなしだ。
「ところでフィオナ、アナスタシアからいじめられてはいないか?」
第一王子であるアンブローズが、手にしていたティーカップを置きながら問う。
春の日差しのように美しい金髪に、空を写し取ったかのような青い瞳、誰が見ても目を奪われるほどの美男子で、婚約者であるアナスタシアと並べば国一番の美男美女カップルと誉れ高い。
アナスタシアは夏の夜を照らす月光の如き銀髪と、深い泉の底を思わせる青い瞳が美しい、冴え冴えとした美少女だ。
「え? アナスタシア様からですか?」
大きな瞳をきょとりと瞬かせ、フィオナは愛らしく小首を傾げる。
立てた人差し指を顎に添えながら、うーんと声に出して思案する姿に、男子たちはすっかり見入っている。
「特に、そういったことはありませんよ。庶民で貴族社会のマナーが全く身についていないわたしに、《《色々と》》丁寧に教えてくださっていますし」
「……そうか」
僅かに眉根を寄せて呟くアンブローズに、フィオナは「はいっ」と笑顔で答えた。
「ベリンダに嫌味を言われることもないか? 化粧っ気がないだとかメイクは淑女のマナーだとかうるさいだろ。ただ自分がケバいだけなのによ」
次いで、騎士見習いであり子爵令息であるバートランドが訊ねた。赤茶の髪に金の瞳は獅子を思わせ、鍛えられた野性的な容貌をより強調している。
ベリンダとは彼の婚約者の伯爵令嬢だ。元々華やかな顔立ちで、最低限の化粧でもドレス映えする容貌をしており、口さがない者からは水商売女のようだと揶揄されることもあるが、凜とした佇まいと美しい所作は淑女教育が隅々まで行き届いた令嬢であることを、なによりも証明している。
「いえ。ベリンダ様はろくにメイク道具も持たないわたしに貴重な化粧品を使わせてくださり、手ほどきまでしてくださっています」
「おいおい、あんなケバ女の娼婦メイクなんか参考になるかよ。それにフィオナには小細工なんかいらねえだろ。今日だってすっぴんで充分可愛いじゃねえか」
バートランドの言葉に、周囲の男子たちが全くだと頷き同意する。
「コニーに馬鹿にされたりしてない? あの子、君が来るまでは此処では一番身分が低かったからさ、嬉々として絡んできてるんじゃないかな?」
更に、舞台俳優もひれ伏さんばかりの甘い美貌を持った侯爵令息のキャメロンが、フィオナの髪をひとすじすくい取りながら微笑みかけた。
艶やかな金髪と若草色の瞳は類を見ないほどに美しく、彼の微笑を受ければどんな令嬢も心を奪われると言われている。
彼の婚約者は男爵令嬢のコニーなのだが、くすんだ赤毛と頬に散った雀斑が特徴の小柄な少女で、言葉を選ばなければ夜会映えしない地味な娘である。
それゆえキャメロンはパーティの度に異なる女性をエスコートしており、コニーがパーティ会場で隣に立っているのを見たことがあるものはいない。
「そ、そんな、とんでもないです。コニー様はわたしなどにも畏まらず話していいと仰ってくださるお優しい方で、お話しするだけで癒やされるんです」
「そう。コニーみたいなつまらない芋女にまで優しいんだね。でも、あまり冴えない娘とつるんでいると、せっかくのセンスが衰えてしまうよ」
キャメロンは吐息混じりに言いながら、すくい取った髪に口づけをしてウィンクをした。
「フィオナ、ディアドラに睨まれたりしてないだろうな」
そして最後に、伯爵令息のデリックが問うた。
艶のある黒髪と紫色の瞳は何処か神秘的で、静かな横顔は夜の森を思わせる。だがその瞳に見据えられれば、並みの令嬢はたちまち呼吸を忘れて魅入ってしまうほどに蠱惑的だ。
デリックの婚約者であるディアドラは辺境伯で、その名の通り広大な土地を治めている。学園から最も遠い位置に故郷があるため、休暇のときも滅多に帰省しない。
ディアドラは淡いすみれ色の髪にアメジストの瞳を持った美しい少女だが、女性にしては背が高く、ドレスにヒールを合わせると存在感が増す。更につり気味の大きな目で見下ろされると萎縮する者もいるという。
「いえ、まさか。それに、ディアドラ様は笑顔がとてもお可愛らしい方なんですよ。先日はハンカチをプレゼントしたところ、とても喜んでくださいました」
「嘘までついて庇わなくていい。あの鉄仮面女が笑うなんてあり得ないだろ。どうせ庶民のセンスを嘲笑しただけに決まっている」
男子たちが同意を示すようにうんうん頷き、そして、婚約者を悪し様に罵ったのと同じ口で「フィオナは優しいな」と微笑む。まるで、どうしようもない悪女の僅かな長所を懸命にひり出したかのような言いようで。
お茶会が終わって男子たちと解散したあと、フィオナはひとり本校舎へと続く広い廊下を歩いていた。
「あ……」
ふと前方に人影を認め、フィオナが足を止めた。その人物は、アンブローズ王子の婚約者であり、公爵令嬢でもあるアナスタシアだった。
白百合の花を思わせる凜とした立ち姿は、侵しがたい静謐さを湛えている。
「フィオナさん。約束の時間です。ついていらして」
「はい、アナスタシア様」
表情一つ動かさず静かに命じるアナスタシアに、フィオナは黙礼を以て返し、そのあとに続いた。
廊下の奥へ消えていく二人を、先程別れたばかりのアンブローズ王子たちがじっと見つめていた。




