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第11話 手に戻す布

 朝の工房には、三本の細い布が並んでいた。


 大。


 中。


 小。


 どれも、まだ商品ではない。


 値札もない。


 名前も、仮のままだ。


 手戻し布。


 そう帳簿には書かれている。


 細長い布の片側だけが少し厚く、手の甲にかかるようになっていた。


 指先は出る。


 手のひら側は薄い。


 縄を握るため。


 留め紐は短い。


 車輪に巻き込まれないため。


 穴は二つ。


 手の大きさに合わせるため。


 ガルドは、作業台の向こうで腕を組んでいた。


「見た目は悪い」


 第一声がそれだった。


 ミリアが少し肩を落とす。


「やっぱり、悪いですか」


「悪い」


「少し丸印を入れたんですけど……」


「そこじゃねえ。丸があろうがなかろうが、布として見りゃ貧相だ」


 ガルドは一本をつまみ上げた。


「細い。中途半端。高そうにも見えねえし、丈夫そうにも見えねえ」


「はい……」


「だが、手に巻くなら話は別だ」


 ミリアが顔を上げた。


 ガルドは自分の手首に布を当てた。


 紐を通す。


 外側の穴。


 指を動かす。


 握る。


 開く。


 もう一度、握る。


「指は動く」


 ノアが帳簿に書く。


「手のひら側は?」


「邪魔ではない」


「厚さは?」


「甲側はまだ薄い。冷たい縄を何度も触るなら、ここは負ける」


 ミリアが別の端切れを取った。


「もう一枚重ねたらどうでしょう」


「全部重ねると乾かねえ」


「では、甲の中心だけ」


「それなら試せる」


 クラリスはそのやり取りを見ていた。


 昨日まで、端切れは捨てるものだった。


 あるいは、捨てない布に回すものだった。


 今は、職人の手元で、御者の手のために形を変えようとしている。


 まだ売上ではない。


 けれど、仕事の形にはなり始めていた。


 クラリスは、作業台に並んだ三本の布を見た。


「昨日決めた通り、若い御者、年配の御者、それから手の小さい人に試してもらいます」


 そこで、少しだけ言葉を切る。


「できれば、女性の荷運びの方にも」


 ノアが頷いた。


「はい。手の大きさだけでなく、力の入れ方が違う可能性があります」


 ガルドが鼻を鳴らした。


「面倒だな」


「ええ」


 クラリスは布から目を逸らさなかった。


「でも、売ってから痛いと言われるより、先に聞いた方がいいわ」


 ガルドはしばらく三本の布を見下ろした。


「……手に巻く布なんだ。手を見ねえで作る方がおかしいか」


 ミリアが小さく頷いた。


「昨日の話だけでも、手首の痛い場所が人によって違いそうでした」


「違うだろうな。握る癖も違う」


 ガルドは布を作業台に戻す。


「戻ってきたら見る。濡れ方。汚れ方。紐の緩み。あと、臭い」


「臭い、ですか」


 ミリアが聞き返す。


「濡れた手に巻くんだ。臭くなるに決まってる」


 ノアがすぐに書く。


 臭い。


 ガルドが顔をしかめた。


「そこだけ嬉しそうに書くな」


「重要なので」


「分かってる。分かってるから腹立つんだよ」


 クラリスは三本の布を見る。


 高級品ではない。


 美しくもない。


 だが、昨日、御者が言った。


 手のこと、書かれたの初めてかもな。


 その言葉が、まだ胸に残っている。


「行きましょう」


 クラリスは布を箱に入れた。


「顔を見て、手を見て、戻ってきた布も見る。それで、初めて次を決めます」


 ノアが頷く。


「はい」


 ガルドが低く言う。


「売るより面倒だな」


「はい」


「だが、売る前にやることだ」


     ◇


 荷馬車組合の前には、昨日よりも多くの布があった。


 グランベル商会の軽量荷布。


 防水袋。


 追加の値札。


 昨日より、少し安い。


【防水袋】

【荷布と同時購入で銅貨五枚引き】


 クラリスは値札を見て、すぐに意味を理解した。


 圧だ。


 ただの値下げではない。


 こちらが手戻し布を試す前に、荷用の満足度を固める。


 御者たちの財布を先に押さえる。


 荷馬車組合の年配の男も、値札を見ていた。


「昨日より安い」


「はい」


 販売員が笑顔で答える。


「昨日お使いいただいた方から、雨前にもう少し数が欲しいとの声がありましたので」


 間違ってはいない。


 クラリスは、昨日売れた軽量荷布が荷台に掛けられているのを見た。


 薄い布は、確かに荷を覆っていた。


 軽いので、一人でも掛けやすい。


 防水袋も、紐で縛られている。


 荷用としては、機能している。


 ただ、端の一部が少しほつれていた。


 使い方が荒い。


 だが、一日で致命的に破れたわけではない。


 悪い商品ではない。


 やはり、それが一番困る。


「クラリス様」


 昨日の若い御者が駆け寄ってきた。


 手は赤い。


 昨日より少し荒れて見える。


「持ってきました?」


「はい。試用品です」


「試すだけ?」


「はい。まだ売りません」


「分かりました」


 彼は少し残念そうにしながらも、嬉しそうだった。


 クラリスは箱を開けた。


 三本の布。


 御者たちが集まる。


 グランベルの販売員も、少し距離を置いて見ていた。


 年配の男が手を伸ばす。


「俺にも見せろ」


「お願いします」


 クラリスは大きめの一本を渡した。


 若い御者には中。


 手の小さい人を探していると、荷台の後ろから女が顔を出した。


「私でいいなら」


 クラリスは振り向いた。


 短い髪。


 厚い上着。


 腰に縄を巻いている。


 手は小さい。


 だが、指は太く、爪の周りが黒い。


「荷運びを?」


「帳場もやるし、荷も押します。人が足りない時は何でも」


 年配の男が言う。


「こいつは手が小さい。だが、握力はある」


「余計なこと言わないでください」


 女は小さい布を取った。


「これ、指は出るんですね」


「はい」


 クラリスが答える。


「縄を結ぶ邪魔にならないように」


「全部覆われると仕事になりません。寒いけど、指が動かない方が困る」


 ノアが帳簿に書く。


 指先を覆わない理由、現場一致。


 若い御者が中サイズを巻こうとして、手間取った。


「穴、どっちですか」


「外側です」


 ミリアが横から言う。


 今日は工房から同行している。


 彼女は少し緊張していたが、御者の手元を見て、すぐに近づいた。


「手が大きいので、外側の穴だと思います。紐は短くしてください。余ると危ないので」


「おお」


 若い御者が感心したように見る。


「職人さん?」


「見習いです」


 ミリアは少しだけ背筋を伸ばした。


 ガルドは来ていない。


 だが、ミリアは来ている。


 聞くために。


 見るために。


 クラリスは、それを少し誇らしく思った。


     ◇


 試用は、すぐに始まった。


 若い御者は、手戻し布を巻いたまま濡れた縄を結んだ。


 指先は出ている。


 縄は結べる。


 ただ、甲側の布が少しずれた。


「動くと、ちょっと回りますね。結べなくはないですけど、気になる」


 ノアが書く。


 回転ずれ。


 ミリアがすぐに見る。


「紐の位置を少し下げた方がいいかもしれません」


 年配の男は、大きめの布を巻いて荷布を引いた。


 顔をしかめる。


「厚いところは悪くない。だが、濡れると重い」


「どのくらいで?」


 ノアが聞く。


「一仕事でだ」


「一仕事とは?」


「荷を三つ下ろして、縄を二本結ぶくらいだ。いちいち数えねえよ」


「ありがとうございます」


「礼を言うほどのことか?」


「必要なので」


 年配の男は、少しだけ口元を歪めた。


「変なやつだな」


 ノアが書く。


 一仕事。


 荷三つ。


 縄二本。


 クラリスも書く。


 濡れると重い。


 乾き時間、確認。


 手の小さい女は、小サイズを巻き、荷台の横木を掴んだ。


「紐が当たる」


 ミリアがすぐに屈む。


「どこですか」


「ここ。手首の内側。力を入れると痛い」


 クラリスはその手を見る。


 小さい。


 だが、弱くはない。


 荷を押し、縄を引き、帳場も見る手。


 女は布を外しながら言った。


「でも、甲は温かい。指が出てるのもいい。手のひらが滑らないから」


 ノアが書く。


 手首内側、紐当たり。


 甲の保温、有効。


 手のひらの露出、有効。


 女は、ノアの帳簿を見た。


「それ、私の手のこと?」


「はい」


「名前は?」


 ノアが少し止まる。


 女は笑った。


「商品名じゃなくて、私の」


「すみません」


「リサです」


 ノアは帳簿に書く。


 リサ。


 手小さめ。


 帳場兼荷運び。


 リサはそれを見て、少し黙った。


「帳場兼荷運び、か」


「違いますか」


「違わない」


 リサは自分の手を見る。


「いつもは、帳場の女か、荷運びの手伝いって言われる」


 クラリスはその言葉を聞いた。


 帳場の女。


 荷運びの手伝い。


 どちらでもある。


 だが、どちらかだけではない。


 ノアの帳簿に、リサの仕事が二つとも載った。


 リサは、少し照れたように言う。


「まあ、合ってるならいい」


 それだけだった。


 だが、クラリスには分かった。


 また一つ、荷の影に隠れていた仕事が、帳簿に載った。


     ◇


 その頃、グランベルの軽量荷布は、別の荷台で使われていた。


 若い御者の一人が、荷布を乱暴に引いた。


 軽い布は、すぐに広がる。


 ただ、角の縫い目が少し引きつった。


「あ」


 御者が手を止める。


 グランベルの販売員がすぐに近づいた。


「強く引くと、端が傷みます。荷に掛ける時は、こちらの辺を持ってください」


「そんなの、急いでたら分からないですよ」


「説明札をお付けします」


「読むかなあ」


 年配の男が低く言う。


「読まねえな」


 販売員は笑顔を崩さなかった。


「では、印を付けましょう。持つ場所に」


 クラリスはそのやり取りを見た。


 ラウル側も、直してくる。


 安い布を売って終わりではない。


 現場で使われるなら、使い方も変える。


 早い。


 そして、学ぶのも早い。


 ノアもそれを見ていた。


「印を付けるようです」


「ええ」


「こちらの丸印を見ています」


「そうね」


 クラリスは唇を結んだ。


 嫌ではなかった。


 いや、少しは嫌だった。


 でも、それよりも怖かった。


 良いものは、すぐに真似される。


 真似されるなら、次を見なければならない。


 顔を見続けなければならない。


「ノア」


「はい」


「私たちは、遅いだけでは負ける」


「はい」


「でも、早いだけでも危ない」


「はい」


「なら、見続けるしかないのね」


「はい」


 ノアは短く答えた。


「見続けることは、真似しにくいです」


 クラリスは少しだけ目を伏せた。


「父の帳簿も、そうだったのかもしれない」


     ◇


 昼過ぎ、試用品は一度戻された。


 三本とも濡れている。


 泥もついている。


 紐の部分は、一つが少し伸びていた。


 小サイズは、内側が赤く擦れている。


 ミリアは布を受け取り、顔をしかめた。


「痛そうです」


 リサが肩をすくめる。


「少し痛かった。でも外したくなるほどじゃない」


「それは、良いのでしょうか」


「仕事中なら、たぶん使う」


「痛いのに?」


「痛いより、冷たい方が嫌」


 ミリアは黙った。


 クラリスも黙った。


 痛いより、冷たい方が嫌。


 それは、売り文句にはならない。


 だが、現場の本音だった。


 ノアが帳簿に書く。


 冷え回避価値、痛み許容を上回る場合あり。


 クラリスはその横に書き足した。


 ただし、痛みを残して売らない。


 ノアがそれを見る。


「重要です」


「ええ」


「価格にも入ります」


「どこに?」


「修正工数です」


 クラリスは頷いた。


「入れて」


「はい」


 若い御者が、自分の中サイズを返した。


「これ、明日も使えますか」


「まだ修正します」


 ミリアが答えた。


「今のままだと、ずれます」


「少しならいいですよ」


「駄目です」


 ミリアが即答した。


 若い御者が驚く。


「駄目なんですか」


「ずれると、濡れた時に気になります。気にしながら縄を結ぶと危ないです」


「おお……」


 若い御者は少し笑った。


「職人さんっぽい」


「見習いです」


 ミリアはまた同じように答えた。


 けれど、今度は少しだけ声が強かった。


 クラリスはその横顔を見る。


 少し前なら、ミリアはガルドの後ろで布を持っているだけだった。


 今日は、自分の目で見て、自分の言葉で止めた。


 その声はまだ細い。


 でも、御者の手を見ていた。


     ◇


 工房に戻ると、ガルドは三本の布を見るなり顔をしかめた。


「汚えな」


「使ってもらいました」


「見りゃ分かる」


 ガルドは小サイズを取り、内側の擦れを見た。


「ここは駄目だ」


「リサさんが痛いと言っていました」


 ミリアが言う。


「だろうな。紐の逃げがない」


「逃げ?」


「力がかかった時に、当たりが逃げる場所だ。今のままだと、全部手首に当たる」


 ガルドは布を裂かず、指で押さえた。


「ここに柔らかい当て布を入れる。ただし厚くしすぎるな」


「乾きにくくなるから」


「そうだ」


 ミリアが頷く。


 ガルドは次に中サイズを見る。


「これは回ってる」


「はい」


「留め位置が上すぎる」


「下げます」


「下げすぎると手首が曲がらん」


「少しだけ」


「そうだ」


 ノアが帳簿に書く。


 ミリアが言葉で修正点を言う。


 ガルドが短く訂正する。


 クラリスは、作業台の横でそれを見ていた。


 すぐ売れば、早い。


 だが、このやり取りは消える。


 痛みも、ずれも、乾きにくさも、全部現場に押し付けることになる。


 それは、安い。


 だが、誰が払うのか。


 ノアが以前言った言葉が蘇る。


 無償は、誰かが払っている。


 安さも同じだ。


 誰かが、どこかで払っている。


 ガルドは三本を並べた。


「売るなら、まだだ」


「はい」


 クラリスは答えた。


「でも、次の試作には進みます」


「進まなきゃ、聞いた意味がねえ」


 ガルドは端切れ箱を見る。


「ミリア」


「はい」


「当て布用の柔らかいやつ、分けろ」


「はい」


「あと、紐は二種類試す。硬いやつと、柔らかいやつ」


「はい」


「ノア」


「はい」


「価格に、試した分を入れろ」


 ノアの筆が止まった。


 クラリスもガルドを見た。


 ガルドは不機嫌そうに言う。


「試すのも仕事だろうが」


 ノアは少しだけ目を伏せた。


「はい」


 クラリスは、胸の奥が温かくなった。


 ガルドが、試作の手間に値段をつけろと言った。


 職人自身が、自分たちの試行錯誤をただ働きにしなかった。


 それは、小さい。


 だが、この工房にとっては大きい。


 ノアは帳簿に書いた。


【試作工数:計上】

【修正工数:計上】

【聞き取り対応:計上】

【未確定損耗:確認中】


 ガルドはそれを見て、ふんと鼻を鳴らした。


「細かい」


「はい」


「だが、消すな」


「はい」


     ◇


 夜。


 クラリスは執務室で、手戻し布の試算を見ていた。


 まだ価格は出ない。


 材料費。


 端処理。


 当て布。


 紐二種。


 試作工数。


 聞き取り。


 修正。


 乾燥確認。


 損耗確認。


 項目が増えている。


 銅貨八十枚の捨てない布より、安くはならないかもしれない。


 クラリスは額に手を当てた。


「高くなりそうね」


「はい」


 ノアは正直に答えた。


「手首用なのに?」


「はい」


「小さいのに?」


「はい」


「嫌になるわね」


「はい」


 クラリスはノアを見る。


「そこは慰めてくれてもいいのよ」


「すみません」


「いえ、いいわ。分かっていたから」


 小さい商品だから安い。


 そう思いたくなる。


 だが、小さいものほど手間がかかることもある。


 危険を避けるなら、なおさら。


「価格を出すのが怖いわ」


「はい」


「でも、安くはできない」


「はい」


「高くすると、届かない」


「はい」


「ラウルさんなら、どうするかしら」


「数を出して、価格を下げます」


「私たちは?」


「使う人を絞って、理由を説明します」


「また面倒な方ね」


「はい」


 クラリスは苦笑した。


 窓の外では、雨が降り始めていた。


 細い音が、硝子を叩く。


 王都南区の荷馬車組合では、今頃グランベルの軽量荷布が荷を守っているかもしれない。


 それは良いことだ。


 同時に、エルネスタの出番を一つ奪ったことでもある。


 商売は、単純ではない。


「ノア」


「はい」


「今日、ミリアが御者に『駄目です』と言ったわ」


「はい」


「少し前なら、あの子はガルドさんの後ろで布を持っているだけだった」


 クラリスは、雨の音を聞きながら続けた。


「でも今日は、自分の目で見て、自分の言葉で止めた」


「はい」


「それが、嬉しかったの」


 ノアは少し考えた。


「記録しますか」


「いえ」


 クラリスは首を振った。


「これは、帳簿ではなく、私が覚えておくことだと思う」


「分かりました」


 少し沈黙が落ちた。


 クラリスは雨の音を聞きながら、静かに言った。


「売り方を変えているつもりだったけれど」


「はい」


「変わっているのは、商品だけではないのね」


 ノアは顔を上げた。


 クラリスは視線を逸らさなかった。


「私も、少しずつ見えるものが増えている気がする」


「はい」


「それが怖くもあるけれど」


「はい」


「でも、見えない頃には戻りたくないわ」


 ノアはしばらく黙った。


 そして、言った。


「戻っていません」


「帳簿上?」


「いえ」


 ノアは少しだけ息を整えた。


「見ていて、そう思います」


 クラリスは返事をしなかった。


 ただ、目を伏せた。


 雨の音が、少しだけ柔らかく聞こえた。


     ◇


 同じ頃。


 王都南区の荷馬車組合では、グランベルの軽量荷布が雨を受けていた。


 荷は濡れていない。


 防水袋も機能している。


 御者たちは助かっていた。


 だが、雨脚が強くなった時、軽量荷布が一度、大きくめくれた。


「押さえろ!」


 年配の男が叫ぶ。


 若い御者が荷台に飛びつき、布の端を掴んだ。


 軽い布は風を受ける。


 防水袋は荷を守っている。


 荷は濡れていない。


 それは確かだった。


 だが、濡れた布を押さえた若い御者の手は、赤く固まっていた。


「……荷は助かったな」


 年配の男が言った。


「はい」


 若い御者は息を吐き、指をこすった。


「でも、手は死にます」


 リサが、自分の手首をさすった。


 昼間巻いていた試用品の跡が、まだ少し赤く残っている。


「だから、別なんだよ。荷の布と、手の布は」


 年配の男は何も言わなかった。


 雨は強くなっていく。


 荷は守られている。


 手は、まだ冷たい。


 その違いが、夜の荷馬車組合に残っていた。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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