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第9話 今の顔を見に行く

 翌朝、クラリスは古い帳簿を机の上に広げた。


 革表紙は擦り切れている。


 角は丸くなり、留め具も緩い。


 けれど、中の文字はまだ読めた。


 王都南区。


 夜番詰所。


 馬車宿。


 産婆。


 荷馬車組合。


 小さな救護所。


 どれも、大商会が真っ先に奪いに来るような大口ではない。


 だが、何度も同じ名が出ている。


 父が昔、何度も足を運んだ場所。


 エルネスタの布が、ただ売られたのではなく、使われていた場所。


 クラリスは帳簿の余白に、昨日書いた一行を見た。


 今の顔を、見に行く。


 その文字は、少し震えていた。


 けれど、消す気にはならなかった。


「まず、どこから行きますか」


 ノアが聞いた。


 机の反対側には、今日の予定表がある。


 王都南区へ向かう馬車。


 持参する布見本。


 夜戻り布。


 捨てない布。


 体用札。


 そして、古い帳簿。


「馬車宿は、昨日見たわ」


「はい」


「夜番詰所も、一度行った」


「はい」


「なら、次は荷馬車組合」


 クラリスは帳簿を指で押さえた。


 そこには、父の字で短く書かれている。


 雨の日、積荷濡れ。

 馬丁、手袋濡れ。

 早朝待機、肩冷え。


「荷馬車組合は、数が多いです」


 ノアが言った。


「一度に売ろうとすれば、押し売りに見えます」


 クラリスは古い帳簿に視線を落とした。


「なら、今日は売らない。聞きに行く」


「はい」


「布見本は?」


「持っていきます。ただし、こちらから出さない方がいいです」


「聞かれたら?」


「出します」


「値段は?」


「聞かれるまで言わない」


 クラリスは少し笑った。


「あなたらしくないわね」


「そうでしょうか」


「いつもなら、先に価格表を置きそう」


「それをすると、今日は顔が見えません」


 クラリスはノアを見た。


 ノアは帳簿を開き、淡々と書いている。


 だが、昨日より少しだけ違う。


 数字の前に、人の顔を見る。


 父の帳簿を読んだからだろうか。


 それとも、最初からノアはそうしようとしていたのだろうか。


 クラリスには、まだ分からなかった。


     ◇


 王都南区の荷馬車組合は、思ったより騒がしかった。


 馬の息。


 車輪の軋む音。


 荷箱を降ろす音。


 濡れた縄の匂い。


 小さな怒鳴り声。


 王都の表通りから少し外れただけで、空気が変わる。


 華やかな店先はない。


 代わりに、泥と汗と時間があった。


 クラリスが名乗ると、荷馬車組合の年配の男は、しばらく黙った。


 腕は太い。


 片方の肩だけ、布を巻いている。


 昔は自分も荷馬車を動かしていたのだろう。


 今は帳場の奥で、人と荷の出入りを見ている。


「エルネスタ?」


「はい。クラリス・エルネスタです」


「領主の娘か」


「はい。今は領主代行として参りました」


 男はクラリスを見た。


 頭を下げることはしなかった。


 無礼ではない。


 試している目だった。


「半値で売った布の家か」


 クラリスの喉が、一瞬詰まった。


 ノアが動きかけた。


 だが、クラリスは先に口を開いた。


「はい」


 年配の男の眉が少し動く。


「認めるのか」


「認めます。私の判断でした」


「で、今日は何を売りに来た」


「今日は、売りに来たのではありません」


 クラリスは古い帳簿を取り出した。


「昔、父がこちらに布を納めていました」


 男の目が、帳簿に移る。


「アルベルト様か」


「ご存じですか」


「若い頃、よく怒られていた」


 クラリスは少し驚いた。


「父が、ですか?」


「ああ。うちの親方に」


 男は鼻で笑った。


「布はいい。だが、馬丁の手袋が濡れる。肩に掛けるには長すぎる。荷に使うには惜しい。そう言われて、何度も来ていた」


 父の帳簿にあった言葉と同じだった。


 馬丁の手袋が濡れる。


 クラリスは帳簿を開く。


「今も、同じことで困っていますか」


 男はすぐには答えなかった。


 奥から若い御者が声を上げる。


「困ってますよ」


 年配の男が振り返る。


「勝手に口を出すな」


「だって聞かれてるじゃないですか」


 若い御者は荷台の横から顔を出した。


 髪は濡れ、袖口は黒く汚れている。


「肩より、手です。手が濡れる。縄を結ぶ時、冷えて動かなくなる」


 クラリスは帳簿に目を落とした。


 馬丁、手袋濡れ。


 古い文字。


 今の声。


 つながっている。


「手袋ですか」


 ノアが聞く。


 若い御者はノアを見た。


「そう。布を肩に掛けても、結局、縄を触る。濡れた縄を絞る。手が冷える。肩より先に指が死ぬ」


 クラリスは息を呑んだ。


 父の帳簿には、肩冷えも書いてある。


 だが、今の御者は手を言った。


 似ている。


 でも、同じではない。


 ノアが静かに聞く。


「手袋はありますか」


「ある。すぐ濡れる」


「革ですか」


「革は高い。布を巻く。すぐ外れる」


「手首で留めていますか」


「紐で縛る。急ぐとほどける」


 ノアは帳簿に書く。


 手袋ではなく、手首。


 クラリスはその文字を見た。


「手首?」


「はい」


「手袋ではないの?」


「手袋そのものを作ると高くなります。今ある布を、手首で止める仕組みの方が先かもしれません」


 若い御者が口を挟む。


「手首に止まるなら助かる。指先は空いてないと縄を結べない」


 年配の男が腕を組んだ。


「余計なもんをつけると、車輪に巻き込むぞ」


「長い布は危険です」


 ノアは即答した。


「幅を狭くする必要があります。指は出す。手首から甲にかかる程度。濡れたら戻して干す場所も必要です」


 クラリスは帳簿に書いた。


 手首。


 短く。


 指は出す。


 戻して干す。


 それは、昨日まで考えていた捨てない布とは違う。


 布は肩に掛けるものだと思っていた。


 だが、荷馬車の現場では、まず手だった。


「今日、商品を売りに来ていなくてよかったわ」


 クラリスは小さく言った。


 ノアが頷く。


「はい」


 年配の男が二人を見る。


「本当に売りに来たんじゃないのか」


「はい」


 クラリスは答えた。


「今日は、困っていることを確認しに来ました」


「今さらか」


「はい。今さらです」


 若い御者が少し黙った。


 年配の男も、クラリスを見た。


 クラリスは逃げなかった。


「半値で売った時、私は顔を見ていませんでした。銀貨だけを見ていました」


 喉が痛い。


 けれど、言わなければならなかった。


「ですから、今度は先に見に来ました」


 年配の男はしばらく何も言わなかった。


 やがて、奥へ顎をしゃくる。


「裏に回れ。濡れた布がある」


「見せていただけるのですか」


「見るだけだ」


「ありがとうございます」


「礼は早い。臭いぞ」


     ◇


 荷馬車組合の裏には、濡れた布が雑に掛けられていた。


 荷を覆う布。


 縄の下に敷く布。


 御者が肩に掛ける布。


 手に巻く布。


 どれも同じ場所にある。


 分類されていない。


 濡れたものと乾いたものも混ざっている。


 ノアはその場で立ち止まった。


「これは、体用と荷用が混ざっています」


「分ける場所がない」


 若い御者が言う。


「分けても誰かが間違える」


 クラリスは布を見た。


 馬車宿の裏口と同じだ。


 荷用。


 拭き用。


 体用。


 そこに、手用が加わる。


「丸い札だけでは足りませんね」


 ノアが言った。


「ここでは形も必要です」


「形?」


 クラリスが聞く。


「肩に掛ける布は長方形。手に使うものは細長い。荷用は大きい。拭き用は小さい。形で分ける方が早いです」


 若い御者が頷く。


「字は読まないやつがいる」


 年配の男が睨む。


「読めないんじゃない。読まないんだ」


「どちらでも同じです」


 ノアが言う。


「使う時に読まないなら、文字だけでは負けます」


 年配の男は少しだけ口元を歪めた。


「はっきり言うな」


「すみません」


「謝るな。分かりやすい」


 クラリスは濡れた布を一枚手に取った。


 冷たい。


 指先に水が移る。


 これを毎朝、御者たちは触っている。


 寒い朝に。


 急ぐ時間に。


 荷を濡らさないために。


 手を止めれば、仕事が遅れる。


 遅れれば、怒られる。


 その手の冷たさを、父は昔見ていた。


 自分は、見ていなかった。


「ノア」


「はい」


「捨てない布の余りで、手首用は作れる?」


「作れます。ただし、体用とは別です」


「名前は?」


「まだ決めません」


 クラリスは少し驚いた。


「あなたが?」


「今決めると、用途を狭めすぎます」


「そう」


「まず、現場名で呼ぶ方がいいです」


 若い御者が言った。


「手戻し布」


 ノアとクラリスが同時に見る。


「何ですか」


「濡れた手を戻すから。あと、使ったら戻すから」


 若い御者は少し照れたように言った。


「変ですか」


 クラリスは首を振った。


「いいえ」


 ノアが帳簿に書く。


 手戻し布。


 若い御者が、それを見て少し笑った。


「それ、採用ですか」


「仮です」


 ノアが言う。


「仮でも、書かれたなら残るでしょう」


 若い御者は自分の手を見た。


 赤く荒れている。


 指の節が切れている。


「手のこと、書かれたの初めてかもな」


 クラリスはその言葉を聞いた。


 小さな言葉だった。


 だが、確かに何かが戻った。


 荷物の影に隠れていた手。


 濡れて、冷えて、荒れても、仕事の一部として流されていた手。


 それが、帳簿に載った。


 値段はまだない。


 商品にもなっていない。


 けれど、誰かの困りごととして扱われた。


 クラリスは、胸の奥に熱を感じた。


 それは、売上ではなかった。


 だが、その手は初めて、荷物の一部ではなく、人の仕事として帳簿に残った。


     ◇


 帰りの馬車で、クラリスは帳簿を開いたままだった。


 古い帳簿。


 新しい帳簿。


 二つを膝に並べている。


 父の帳簿には、馬丁の手袋が濡れる、とある。


 クラリスの帳簿には、手戻し布、とある。


 同じではない。


 けれど、つながっている。


「捨てない布だけでは、足りないわね」


「はい」


「でも、広げすぎると危険」


「はい」


「まず、三枚は馬車宿。手戻し布は、まだ作らない」


 ノアの筆が止まった。


「試作しないのですか」


「今日は、まだ」


「理由を聞いても?」


「まだ見ただけだから」


 クラリスは帳簿を押さえた。


「御者一人の声だけで、すぐに形を決めると、また早すぎる気がする」


 ノアは少しだけ目を伏せた。


「正しいです」


「正しい?」


「はい」


「あなたにそう言われると、少し怖いわね」


「なぜですか」


「本当に難しいことを選んだ気がするから」


 ノアは頷いた。


「難しいです」


「そこは否定して」


「否定すると、判断を誤ります」


 クラリスは小さく笑った。


「ええ、そうね」


 馬車が揺れる。


 窓の外を、王都南区の建物が流れていく。


 荷を運ぶ人。


 布を肩に掛ける人。


 縄を結ぶ人。


 手をこすり合わせる人。


 顔が、少しずつ見えてくる。


 見えるほど、怖くなる。


 でも、見えないまま値段をつける方が、もっと怖い。


「ノア」


「はい」


「あなた、自分の分を入れている?」


「入れています」


「本当に?」


 ノアは帳簿を見せた。


【確認同行】

【聞き取り整理】

【試作検討】

【自分対応:計上】


 クラリスはじっと見る。


「消していないわね」


「はい」


「えらいわ」


 ノアの手が止まった。


「……それは、子供に言う言葉では?」


「あなたには必要だと思ったの」


「そうですか」


「嫌?」


「いえ」


 ノアは少しだけ目を逸らした。


「悪くはありません」


 クラリスは笑いそうになった。


 馬車の揺れが、少しだけ柔らかく感じた。


     ◇


 その日の夕方、ガルドは手戻し布の話を聞いて、露骨に嫌な顔をした。


「また布を小さくするのか」


「まだ作りません」


 クラリスが言うと、ガルドは眉を寄せた。


「作らねえのか」


「今日は、聞いてきただけです」


「なんだそりゃ」


 ガルドは不満そうに腕を組んだ。


「作るなら話せ。作らねえなら、なんで俺を呼ぶ」


「ガルドさんの手を見たかったんです」


「あ?」


 クラリスはガルドの手を見る。


 太い指。


 古い傷。


 針で刺した跡。


 火傷の跡。


 職人の手だった。


「御者の方が、手が冷えると言っていました」


 ガルドは黙った。


「布は肩に掛けるものだと思っていました。でも、荷馬車では、まず手だと」


 ガルドは自分の手を見る。


 大きく、硬く、傷の多い手。


「……手か」


 その声が少し低くなった。


 ミリアが作業台の端切れを持ってくる。


「この幅なら、手首に巻けると思います」


「作らねえって言っただろ」


「まだ、です」


 ミリアは言った。


「でも、考えるだけならできます」


 ガルドはミリアを見た。


「考えるだけ、か」


「はい」


「薄いと意味がねえ」


「二重にすると乾きにくいです」


「片側だけ厚くする」


「紐は?」


「短くしないと危ないです」


「長いと車輪に巻く」


「はい」


 ガルドは少し黙った。


「分かってるじゃねえか」


 ミリアは少しだけ背筋を伸ばした。


「聞いてきました」


「誰に」


「クラリス様とノアさんから。あと、御者さんの話を」


「そうか」


 ガルドは端切れを受け取った。


 すぐには切らなかった。


 ただ、手首に当てた。


 指を動かす。


 布が邪魔をする場所を確かめる。


 それだけだった。


 だが、工房の空気が少し変わった。


「今日は切らねえ」


 ガルドは言った。


「はい」


「だが、端切れを捨てるな。細いのを分けておけ」


 ミリアの顔が明るくなる。


「はい」


 ガルドはすぐに睨んだ。


「笑うな。まだ作るとは言ってねえ」


「はい」


 ミリアは返事をした。


 けれど、笑っていた。


 ノアは帳簿に書いた。


 手戻し布:試作前。端切れ選別のみ。


 クラリスが横から言う。


「それでいいと思う」


「はい」


「急がないことも、帳簿に書けるのね」


「書けます」


 ノアは少し考えた。


「むしろ、書かないと急ぎます」


 クラリスは静かに頷いた。


「ええ。私は、それで失敗したものね」


 ガルドが何か言いかけた。


 だが、言わなかった。


 代わりに、端切れをもう一枚拾い、別の箱へ入れた。


     ◇


 夜。


 クラリスは執務室で、古い帳簿と新しい帳簿を並べていた。


 ノアは向かい側で、手戻し布の聞き取り記録を書いている。


 銅貨八十枚の捨てない布。


 手戻し布は、まだ価格なし。


 試作前。


 用途確認中。


 必要数不明。


 危険箇所あり。


 ノアの文字は、いつも通り整っている。


 だが、余白が増えた。


 以前のノアなら、すぐに価格を出していたかもしれない。


 今は、余白を残している。


 クラリスはそれが少し嬉しかった。


「ノア」


「はい」


「今日は、価格を決めなかったわね」


「はい」


「なぜ?」


「まだ顔が足りません」


 クラリスは父の帳簿を見た。


「顔」


「はい」


「あなたがその言葉を使うのは、少し意外ね」


「便利なので」


「便利だから使っている?」


「はい」


 クラリスは笑った。


「ガルドさんみたい」


「そうでしょうか」


「ええ」


 少しだけ静かになる。


 窓の外は暗い。


 遠くで馬車の音が聞こえる。


 王都南区の荷馬車かもしれない。


 領地へ戻る商人かもしれない。


 誰かの荷物を運ぶ音。


 誰かの手を冷やす音。


「父は、昔の顔を見ていた」


 クラリスは言った。


「私は、今の顔を見に行く」


「はい」


「でも、少し怖い」


 ノアは筆を止めた。


「何がですか」


「また間違えること」


 クラリスは帳簿の端を指で撫でた。


「半値にした時も、私は領地のためだと思っていた。父のためだと思っていた。職人のためだと思っていた。でも、間違えた」


「はい」


「だから、今度も怖い」


 ノアはすぐに慰めなかった。


 それが、今はありがたかった。


 しばらくして、ノアは言った。


「怖いなら、確認が増えます」


「それは良いこと?」


「はい」


「あなたらしい答えね」


「すみません」


「謝らなくていいわ」


 クラリスは深く息を吸った。


「怖いから、見に行く。そういうことにする」


「良いと思います」


「普通に?」


「普通に」


 クラリスは少しだけ笑った。


 その時、ノアが帳簿の下に一行を書いた。


【手戻し布】

【価格:未定】

【理由:まだ顔が足りない】


 クラリスはそれを見る。


「それ、いいわね」


「はい」


「未定にも理由がいる」


「はい」


「決めないことも、逃げではなくなる」


 ノアは頷いた。


「理由があるなら」


 クラリスは、古い帳簿の余白にもう一行を書き足した。


 急がないために、見に行く。


 ノアはその字を見た。


「良いと思います」


「普通に?」


「かなり」


 クラリスは目を瞬いた。


「かなり?」


「はい」


 部屋に、少しだけ温かい沈黙が落ちた。


     ◇


 その頃、王都南区の別の通りでは、グランベル商会の荷車が静かに動き始めていた。


 積まれているのは、薄い軽量布。


 防水袋。


 安い。


 早い。


 数がある。


 荷台の横には、まだ値札は下げられていない。


 だが、明日の朝には並ぶ。


 ラウル・グランベルは、支店の二階からその荷車を見送っていた。


「南区の荷馬車組合へ」


 部下が確認する。


「ええ」


「エルネスタより先に?」


「同時でいい」


 ラウルは言った。


「先に届いた方が勝つとは限りません」


「では」


「先に比べられた方が、勝つこともある」


 部下は黙った。


 ラウルは窓の外を見たまま、静かに続けた。


「ノア・レインズは、使われる場所を見ます。クラリス嬢は、顔を見に行き始めた」


「はい」


「なら、こちらは数を置く。選ばせる」


 薄い布。


 安い袋。


 すぐ買える量。


 今夜寒い者には、それが救いになる。


 だが、長く使う者には、別の損が出るかもしれない。


 ラウルは、その境目を見ていた。


「明日、彼らは知るでしょう」


「何をですか」


「価値を守る商売は、速さと数に試される」


 ラウルは微笑んだ。


「そして私も、彼らに試される」


 王都南区の空は、暗かった。


 遠くで、車輪の音が響いていた。


 明日の朝、同じ荷馬車組合に、二つの布が並ぶ。


 片方は、顔を見て作られようとしている布。


 片方は、数で届く布。


 どちらが正しいかは、まだ誰にも分からなかった。

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