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# 第一話「勇者と仲間たち」

# 第一話「勇者と仲間たち」


 俺が勇者に選ばれたのは十七歳、春の朝だった。


---


 聖域エルデルの神殿は、夜明けの光にひっそりと包まれていた。


 高い天井から差し込む朝の白さの中、神官たちが左右に整列している。誰一人、声を出さない。俺の足音だけが石畳に響いていた。


 中央の台座に、光剣アルスがあった。


 鞘に収まった状態なのに、剣の輪郭が淡く光っている。近づくほど、その光は強くなった。胸の奥では何かが引っ張られる感覚。引力、とでも言えばいいのか。


「アレン・グレイフォード」


 神官長の低い声が響いた。白い法衣をまとった老人が、俺をまっすぐに見ていた。


「剣に触れよ」


 俺は台座の前に立ち、柄に手を伸ばす。


 触れた瞬間、光剣アルスがまばゆく輝いた。神殿全体に白い光が広がり、神官たちが一斉にひざまずく。俺は剣を持ったまま、ただ立ち尽くしていた。


---


 なんで俺が、という気持ちがあった。辺境の村アムルードで生まれた、どこにでもいる少年のはずだった。魔法の素養があるわけでも、剣の腕が飛び抜けているわけでもない。


 それでも、剣は光った。


「汝こそが、今代の勇者なり」


 神官長が宣言した。神殿に集まった者たちが頭を垂れ、「勇者様」という言葉がさざ波のように広がっていく。


 やるしかない、という覚悟が、気づいたときには胸の中にあった。


 魔王領グラナダからの侵攻が激しさを増している。南部の村がいくつも壊滅した。誰かがこの旅に出なければならないなら、剣が俺を選んだなら、俺が行く。それだけだ。


 光剣アルスを鞘ごと受け取り、神殿の外へ出た。


---


 神殿の外で、セリアが待っていた。


「また会えたわね、アレン」


 金色の髪が朝の光の中で揺れている。セリア・ヴォートは俺と同い年で、聖域エルデルの神官の家系に生まれた幼なじみだ。久しぶりに見る顔なのに、全然変わっていない。


「なんで神殿の外にいるんだ」と俺は言った。


「あなたが中にいる間、ここで待ってたの」


「……結果を予想してたのか」


「当然でしょ」


 セリアは涼しい顔でそう言った。


「私もついてく。止めても無駄よ」


「まだ何も言ってない」


「でも止めようとしたでしょ」


 俺は少し考えてから、「いや、止めようとは思ってなかった」と答えた。嘘ではなかった。セリアが来ると言うなら、止める理由がない。魔王城ゴルダスまでの道は長い。頭の切れる仲間がいたほうがいい。


「魔法はどの属性まで使えるんだ」


「火と風の複合まで。回復の補助も少し。知ってるでしょ」


「十分だ」


 セリアがほんの少し表情をやわらかくした。それを見て、俺も笑った。


「じゃあ、よろしく頼む」


「こちらこそ」


---


 帰路、アルトゥーナ王国の城下町に入る前に、宿屋に立ち寄った。


 酒場と兼ねた宿屋の片隅で、ひとりの男が酒を飲んでいた。がっしりした体格で、腰に大剣を提げている。年は二十代の半ばくらいか。日焼けした顔に、深い傷跡がひとつある。


 男は俺たちを見た。それから、ゆっくりと口の端を上げた。


「坊主、勇者認定を受けてきたな。顔に出てるぜ」


「……わかるのか」


「わかるさ。何度か見たことがある顔だ。使命感と、覚悟と、少しの不安が全部混ざった顔。まあ座れ」


 男はドルフ・ベルナルドという。傭兵で、アルトゥーナ王国でいくつかの依頼をこなしてきた。


「魔王討伐の旅に同行させろ。報酬は後払いでいい」


「払えるか分からんぞ」


「そうかもな。だがタイミングってやつがある。今がその時だと感じたら動く、それが俺の流儀だぜ」


 ドルフは笑いながら言った。冗談めかしているが、目は笑っていなかった。


「どのくらい戦えるんですか」とセリアが静かに聞いた。


「試してみるか」とドルフが返す。


 俺はふたりを交互に見て、「まあ、試すことでもないだろ」と言った。


「ドルフ、一緒に来てくれ。頼む」


 ドルフは酒を一口飲んでから立ち上がった。


「話が早くて助かるぜ」


---


 翌朝、城門の前で旅立ちの準備をしていると、声をかけられた。


「すみません、わたしも…… 一緒に行かせていただけますか」


 振り返ると、若い女がいた。白い修道服を着た、十五歳ほどの少女だ。茶色の髪が肩に落ちていて、緑色の瞳が真剣な色をしている。


「ルナ・アシェルです。大陸北部の修道院で、回復魔法を学んできました」


「修道院はいいのか?」とドルフが言った。


「はい。力不足で申し訳ないですが……」


 ルナは少し言葉に詰まってから、続けた。


「戦場でこそ、信仰を活かしたいと思っています。回復魔法は、怪我をした人のそばにいてこそ意味があります。修道院で待っているだけでは、変わらないことがある……」


 静かな声だったが、迷いはなかった。


 セリアが俺を見た。ドルフが肩をすくめた。


 俺は、改めてルナに向き直った。


「俺一人では無理だ」と言った。「でも四人でなら、行ける気がする」


 ルナがほっとしたように表情をやわらかくした。


---


 城門を出たのは、日が完全に昇りきった後だった。


 四人で並んで歩くと、自然とドルフが先頭に立った。後ろにセリアとルナの気配がある。


「遠回りしたら許さないわよ」とセリアが言った。


「魔王城まで直線距離で行ったら楽しくないだろ」とドルフが返した。


「ドルフさん、楽しいかどうかの問題じゃないと思います……」


「そうか? 旅ってのはそういうもんじゃねえか」


 ルナのくすくすという笑い声が聞こえた。


 俺は光剣アルスの柄を握り直した。腰に下げた剣の重さが、現実としてあった。これから先は長い。ハル山脈を越え、魔王領グラナダに踏み込み、魔王城ゴルダスまで行かなければならない。


 だが今この瞬間、俺の周りには仲間がいた。


「行こう」


 城門の外に広がる道を、俺たちは進む。


 大陸の空は高く、春の光の中で旅が始まった。


---


※ この剣の効果については第2章の取材ノート(p.47)を参照のこと。


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