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四章 その1 霧のなか

周瑜の手配してくれた船は、どれも立派で、水上でも軽快な動きをすることのできる『蒙衝(もうしょう)』という型の船であった。

調練に使っていたものの一部をまわしてきたものである。

船にはそれぞれ、周瑜の派遣してきた水兵もついていた。


「見るがいい、周都督の力のすべてが、この船でわかるな」

感心したように言う孔明のあとを、趙雲が、数歩離れてついてくる。

趙雲もまた、孔明の得体のしれない作戦を知らされても、動じることなく、てきぱきと動く水兵たちと、よく整備された蒙衝に、感心しているようである。

孔明は満足して、何度もうなずいた。

「わたしなどは船に関してはまったくの素人だけれど、これはわかる。

どの船を見ても、どれも見事に整備されていて、文句のつけようがないではないか。

そして兵卒たちの、見事なまでの働きぶりを見よ。雑兵であろうと、手を抜こうとしておらぬ。

人も船も、これほどに調練してしまうとは、たいしたものだな。

だからこそ、みなは江東の勝利を確信できるのだ」

「こうなると、鳥林(うりん)のほうが気になるな」

「まったくだ。熟練兵を多くかかえる江東と、数だけは多いが、未熟な技術しか持たない兵の多い曹操の水軍。

こういってはなんだが、面白くなってきた」


河面に霧が出たなら出航である。

まずまちがいなかろうと思いつつ、日暮れとともに立ちのぼる霧を待つ。

しばらくすると、水の上に、ゆるやかに白い霧が立ち上りはじめた。

その様子は天女が羽衣をなびかせているかのような幽玄さに満ちていて、迷信深い水兵たちのなかには、このなかを出航することに、あきらかに渋面を見せる者さえいた。

孔明は、そんなかれらを励ますように言う。

「この霧を恐れることはない。霧が濃ければ濃いほどに、これから為す作戦が成功する可能性が高まるのだ。

この霧は天恵なのである。さあ、鳥林へ向けて出航するのだ!」


水兵たちは、まだ納得しかねる、というふうであったが、孔明の自信に満ちた命令に押されるかたちで出港準備をはじめる。

すると、霧の中を大きくかきわけるようにして、ぬうっと大男がやってくるのが見えた。

魯粛である。


孔明は相好を崩して魯粛に礼を取る。

「子敬どの、要望通りの藁人形と(むしろ)の数々、どうもありがとうございました」

「礼を言われると困るな。船の武装のほとんどをはずさせ、その代わりに、よくわからん藁人形を詰め込む。

これじゃあ、水兵どもも怯えるのは無理はない。

作戦の概要は聞いているが、やはり無茶が過ぎるのではないか」


藁人形は、陸上の調練場で、敵兵の代わりに槍を受ける役目のものを拝借してきたのだ。

それらを丁寧に武装させたうえに、船室を取り囲むようにずらりとならべさせている。

筵と稲わらの束も隙間を埋めるように置かれていて、船のうえは、まるで収穫を終えた稲田のように香ばしいにおいさえしていた。


「無茶ですかねえ」

孔明が冗談めかして問うと、魯粛は大きくうなずいた。

「ああ、無茶だ。おれはあんたたちが、このまま曹操の元へ逃げ込むのではとすら疑っているよ」

真剣な顔をして、こちらの顔色を探ろうとする魯粛に、孔明は明るく笑い飛ばした。

「わたしたちが、あの曹操の元へ逃げ込むなど、悪い冗談ですな」

「ほんとうか。では、ほんとうに作戦を実行すると?」

「烏林に行けばわかります」

「子龍どの、あんたもわかっているのか」

水を向けられた趙雲は、無言のまま肩をすくめた。


孔明は周瑜に手紙を送ったあと、すぐに趙雲に作戦の内容をつぶさに教えたのだが、慎重な趙雲もまた、

「そんなにうまくいくかな」

と半信半疑の様子であった。

だが孔明には確信がある。

上手くいくときには、脳髄から鼻にかけて、すうっと空気がとおるような感覚で、勘が冴えているのがわかるのだ。

大丈夫だ、この道でまちがいないとささやく声もまた、頭の中でしていて、それが孔明の自信満々の態度にあらわれている。


つづく


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