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序章 黒鴉の爪痕 その22 爪痕をたどり

今回、真相編!

二回に分けて更新することも考えましたが、内容をかんがみ、一回におさめることにしました。

やや長いですが、どうぞお楽しみください。

劉備はふたたび、孔明以下、家臣たちを大広間にあつめて、今回の騒動の総括をはじめた。

みなは、けっきょく蘇果(そか)と兄と自称していたその夫が『黒鴉』だったのだろうかと首をひねっている。

それというのも、蘇果とその一味は、さすがに曹操の細作(さいさく)らしく、なかなか騒動の詳細について、口を割ろうとしなかったからだ。

弟の孫直(そんちょく)を殺された孫乾(そんけん)も喪服のまま登城してきていて、

「阿直め、女にうつつを抜かしておるから、死んでしまったのだ、ばかめ」

と涙ぐんでいた。


孔明も、さすがに黙っていられなくなって、口をひらいた。

「蘇果たちが口を割らなくても問題はありませぬ、孔明にはわかっておりますから」

そのことばに、大広間の家臣たちは、唖然として孔明に目線をあつめてきた。

趙雲と陳到(ちんとう)だけが、わかっているようで、うんうん、と頷いている。


しびれを切らした劉備が孔明に尋ねてきた。

「なにがわかったというのだ、孔明。もったいぶらずに教えてくれ」

「徐兄にいやがらせを繰り返したあげくに、かれの存在を曹操に知らせ、新野から立ち去らせた『黒鴉』の正体はわかっております」

「ま、まさかこの場のだれかがそうだ、というのではないだろうな?」

おどろく劉備に、孔明はあざやかに微笑んで見せる。

「いえ」

「いえ?」


「まずは、問題の宴の日のことを思いだしてください。

膳には最初に鶏の照り焼きが盛られていた。

孫直どのは、直前に蘇果がいる厨房に出入りして、つまみ食いをしながら、わたしが鶏の良い部分を食べられるのをうらやましがった。

それを聞いた宋白妙(そうはくみょう)は、かれの歓心を惹きたいがために、わたしの皿と、孫直どのの皿を入れ替えた。

おそらく、蘇果と孫直どのが仲良く話しているのを見て、焦ったというのもあるでしょう。

皿が入れ替わってしまったため、孫直どのは、わたしの代わりに毒を煽り、死ぬ羽目になった」

「そうだ。しかし、いまの話は単に思い出しただけで、肝心の軍師に毒を盛った者の話が出ていないぞ」

「毒を盛ったのは蘇果ですよ。

おそらく、徐兄がここで働いていた時に毒を盛り、なおかつ料理人に罪をかぶせて遺書を用意したのも、蘇果です。

蘇果は自分が字を書けることを隠していた。

なので、子龍どのらが遺書の筆跡を調べても、容疑者として浮かび上がらなかったのです」

「やはり。では、蘇果が『黒鴉』だったのか」

「それはちがいます」

孔明がきっぱり言うと、みながますます煙に巻かれたような顔になった。


「『黒鴉』は、なぜわたしの命を狙ったのでしょうか。

徐元直(じょげんちょく)(徐庶)の場合は、じわじわとかれを追い詰めるように、毒を盛ったり、高所から物を落として衝突させようとしたり、手紙で脅したりした。

なのに、わたしはいきなり殺されるところだった。その差はなんなのか?

もちろん、わたしが徐兄より取るに足らぬ者と見られた可能性もございます。

しかし、そうではなかったとしたら?

御一同、思い出していただきたい。

宴がはじまってほどなく、黄色い犬が迷い込んできましたね。

いまは周慶(しゅうけい)の息子の犬になっている、あの人懐(ひとなつ)っこい犬です。

あの犬は、ある仕掛けのために蘇果によって連れてこられたのですよ」

「仕掛けとは?」

目をぱちくりさせる劉備に向けて、孔明はつづける。

「『黒鴉』は最初から、わたしを脅すつもりだったのです。

おそらく筋書きとしては、宴席のうえでわたしに絡むか、あるいは皿の上に蠅がたからないことを指摘するつもりだったのか、どちらかの手段でもって皿の鶏肉に毒が盛られていることをみなに示し、その絶対的証拠として、犬に鶏肉を食べさせる予定だったのでしょう。

犬は毒によって死に、わたしは『黒鴉』に怯える、というのが、かれの筋書きだったに違いありませぬ」

「つまりおまえを存分に怯えさせて、元直と同じように、わしの元から去らせるためだったのか」

「左様。徐元直の名誉のために申し上げますと、かれは容易に脅しには屈しなかった。

母御を人質に取られたのでなければ、かれはまだここにいたはずです。


さて、皿のことについて思い出してください。

本来は、わたしの皿に毒が入っていなければならなかった。

ところが、孫直の皿に毒が入っていた。白妙が入れ替えたためです。

周慶どのは、白妙が皿を入れ替えたことを知って、注意したけれど、そのあとも白妙は皿をもとには戻さなかった。

どうしても、孫直の心を引き寄せたかったのでしょう。

何も知らない孫直は、毒入りの鶏肉を食べて死んでしまい、それを見た白妙は、気絶して倒れてしまった。

この一連の騒ぎを見て、蘇果は言った。『これからどうしたらよいのでしょう』。

この言葉の意味がおわかりですか?」

「芝居を打つのに失敗したから……」

「そう。しかし、かの女が主導した騒ぎであれば、この言い方はおかしくありませぬか。

蘇果は、このときは芝居ではなく、ほんとうに呆然としたのです。

なぜなら、自分に指示を与えてくれていた『黒鴉』が、目の前で毒によって死んでしまったのですから」

「はい?」


劉備は言葉の意味がつかめなかったらしく、孔明をぽかんとして見つめている。

ちらっと孫乾のほうを見ると、意味が分かったようで、血の気の失せた顔になっていた。

かれはふらふらと孔明の前に出て、言う。

「な、なにを言い出すかと思えば。わが弟が『黒鴉』だというのか。

毒で死んだ憐れな弟が! あれが曹操の手先であるはずがない!」

「弟。果たしてそうでしょうか。聞いたところによると、孫直と公祐(こうゆう)(孫乾)どのは年が離れているうえ、長いこと連絡を取り合っていなかったそうですね。

つい五年ほどまえに、荊州に落ち着いた兄を頼ってやってきたと」

「そ、そうだが」

と、孫乾の顔が、今度は月のように白くなった。

ぐらっと倒れそうになるのを、簡雍(かんよう)たちがけんめいに支える。

「年が離れていて、しかも長いこと連絡を取っていなかった……顔を忘れてもおかしくない弟と、曹操の細作がどこかで入れ替わっていても、おかしくはありませぬ」

「ば、ばかな」

眩暈(めまい)がするのだろう。

孫乾は座り込んでしまった。


「自称・孫直の衣の中に烏の黒い羽根が入っていたのも、当たり前のことだったのです。

なにせ、『黒鴉』本人だったのですからね。

毒きのこをめぐる料理人の死も、まちがいなく、自称・孫直のしわざです。

女の手では、大の男を縊り殺すことはできません。


さて、『黒鴉』の死を前にしても、蘇果は気丈だったというべきか。

白妙が怪しまれて小部屋に連れていかれると、頭痛がするからと言って大広間を出た。

そして、付いてきた見張りを厠に行くからとでも言って一人になり、白妙のあとを追った。

かわいそうな白妙は、劉封どのの手によって逃がされようとしていた。

それを見た蘇果は、白妙をうまく誘い出し、あげくに井戸に突き落として殺してしまったのです。

もちろん、自分が曹操に向けた手紙を白妙の衣に仕込んで。


これだけのことをやってのけたにもかかわらず、やはり怖さがあったのか、蘇果はしばらく行神亭(こうじんてい)に籠った。

けれど、城では騒動は解決したように思われている。


そこで、ふたたび城にやってきたわけですが、犬を始末しておかなかったのが祟った。

周慶どのの息子が、犬を飼いたいと言っていると知り、そのままにしておけばよかったものを、犬を取り返そうとしたのか、自分が連れてきた犬だと口を滑らせてしまったのでしょう。

それを聞いて、今度は周慶が気づいたのです。

犬が迷い込んできたのではない、連れてこられた犬だとしたら、なんのために使われる犬だったのか、と。

周慶どのは、白妙の無実を信じていた。だからこそ、真相に気づいたのです。

孫直の正体、その孫直と行動をともにしていた蘇果のこと……

だが、蘇果も周慶に気づかれたことを知った。

そこで脅しつけて、行神亭に連れ去った。

母子ともども、口を封じてしまうために」

「そこで、行神亭に行き合わせた子龍が活躍して、周慶たちを救ったというわけか」

劉備のことばに、家臣たちから、おお、と感嘆の声が上がった。


「ご明察だな、軍師! いやあ、さすがに兄者が見込んだだけのことはある」

と、調子よくほめあげてくるのは張飛である。

かれはついこの間まで、むすっとした顔を崩さなかったのも忘れて、いまは満面の笑みだ。

「おれは軍師が謎を解いてくれると信じていたよ」

張飛のことばに、劉備が呆れて、

「ほんとうか、おまえは調子がいいな」

というと、一同は声をたててほがらかに笑い合った。


孔明は、へたり込んでいる孫乾の前に進み出た。

「公祐どの、偽の孫直は初めからあなたをだますつもりで近づいてきたのです。

心優しいあなたをだますことは、詐術に長けた者にはたやすいことだったでしょう。

しかし、それを恥じることはありませぬ。

この孔明とて、ずっと会っていない年下の弟が自分を頼って来たなら、信じて受け入れたかもしれませぬ」

「よしてくれ、慰めはいらぬ」

「いえ、言わせてください。実務に携わってみてわかりました。

この城で仕事がこれほどにやりやすかったのは、それまで城の庶務を仕切っていたあなたのおかげなのだと。

孫直は偽者だったのです、喪に服す理由はなくなりました。

公祐どの、わたしと、わが君のためにも、どうか再び力をお貸しいただけませぬか」

孔明が手を差し伸べると、孫乾は顔を赤くしつつ、

「貴殿も、わが君並みの人たらしだな」

と言って、その手を握り返してきた。

劉備はそれを見て、うれしそうに笑い、家臣たち一同もまた、つられるように微笑みあった。


こうして、『黒鴉』の騒動はひと段落したのであった。


まだつづく……

みなさまの推理は当たりましたか?

このお話、もう一回だけつづきます(^^♪


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