序章 黒鴉の爪痕 その1 臥龍、春と共に来る
いままで存在しなかった(!)序章を追加しました。
三顧の礼を経て新野城にやってきた孔明。
だが、旧来の劉備の家臣たちの反発は強い。
趙雲らの力を借りて、孔明は仲間たちと絆をはぐくむことができるのか?
どうぞお楽しみください(^^♪
(注・割り込み投稿で投稿しています)
諸葛孔明は、春とともにやってきた。
建安十三年(西暦208年)春、新野城。
ここに、出来うるかぎり、にこやかにしようとつとめている新米軍師の諸葛亮、あざなを孔明がいる。
だが、広間にあつまる家臣たちの目は、ほとんどがひどく冷たい。
ひくつきそうになる頬を懸命にはげまして、孔明は微笑みを維持していた。
そんな孔明の隣には、凍りついた広間の空気をまったく気にせず、この青年軍師をみなに紹介できるのがうれしくてたまらない、という様子の劉備がいる。
それはそうだろうと、孔明は気負いとともに思う。
荊州でも名高いこの自分……臥龍の号をもつ諸葛孔明を家臣に加えられたのだ。
劉備が鼻高々になるのも、無理はなかった。
とはいえ、そんな劉備のこころを家臣たちが理解しているかというと、この様子では疑問である。
すでに齢四十八の、この時代においては年寄りと言われてもおかしくない劉備が、自ら腰を低くして、なんと三度も田舎に引っ込んでいた、なんの実績もない、今年で二十八歳の青年を訪れた。
世間ではそれを三顧の礼などといって、美談として伝えている。
まさにこの人倫も乱れ切った世において、ぱっと咲いた一輪の花ような美談の主人公が、孔明と劉備だ。
劉備の丁寧さに世間はおどろいたが、七年ちかくも劉表の居候という身に甘んじ、沈黙していた劉備が、まだ天下をあきらめていなかったことにも、世間はもっとおどろいたようだ。
それはほかでもない劉備の家臣たちも同様だったらしく、いま、この広間には敵意と、むき出しの好奇心が混然となって、一身に孔明にあつまっている。
庵を出て、劉備の家臣になることを決めてから、孔明とて旧来の家臣たちの反発は予想していた。
かれらの考えを読むなら、こうだ。
突然、隆中の田舎からあらわれた天才という触れ込みの、弱冠二十八歳の青年。
どんなやつなのだ?
使い物になるのか?
臥龍など、虚名ではないのか?
そんな疑いを持っているにちがいない。
それと、とつぜんあらわれて、おれたちの親分を虜にしている生意気な青年に対する嫉妬もあるか。
だが、劉備のためにも、ここは孔明も負けていられなかった。
傲然と顎をあげて、それぞれの劉備の家臣たちの目線を受け止めた。
どんな困難にも立ち向かうぞ、という気概を表情にみなぎらせて。
ひそひそ声が聞こえてくる。
「まあ、こりゃ、たしかに家臣にしたくなるようなきれいな男じゃわい」
「のっぽだのう、徐州の男は、みんなでかい」
「でかくても、武器は扱えそうにないな。あのほそっこい体つき!」
「色も白すぎる。あれは野良仕事をしたことのない顔だ。おれは気に入らないね」
「おれも気に入らない、なんて生意気そうな眼をしているのだ」
おやおや、わたしはさっそく嫌われているなと、孔明は残念に思う。
最初のつかみはよかったのだが。
だれもが、孔明が劉備にともなわれて広間にあらわれると、そのしなやかな若柳のような肢体と、場がぱっと明るくなるような、名前そのままの華やかな美貌に、はっとしたような顔になった。
孔明とは、はなはだ明るい、という意味でもある。
身の丈は八尺(約180cm)、隆中の田舎暮らしをしていた隠者にしては抜けるように色が白く、唇はさるすべりの花のように赤い。
鼻梁は高く通っていて、目元は涼やか、声も耳触りの良い声で、よく通る。
たいがいの人間は、孔明を前にすると気後れするか、あるいは敵わないと瞬時に判断して首を垂れてくるものなのだが、いま孔明を前にしたかれらは、海千山千のつわものばかり。
見てくれだけの人物はたくさん見てきたらしく、顔が渋いものに変わっている。
『見かけだけではわからん。わしらはだまされないぞ』
と、その顔はそれぞれ語っていた。
福耳の劉備は、孔明と家臣たちがバチバチと目線を戦わせているなかでも、それに気づいていないのか、それとも気づいていないふりをしているのか。
ひとりだけ、うきうきとした態度で、家臣たちひとりひとりを紹介しはじめた。
つづく
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