14-6
「『開示』!!」
私の叫びと共に飛び散る紙片から文字が溢れ出し、周囲の景色を塗り変えていく。
森に上書きされた"記録"の中、私達がまず見つけたのは蹲る壮くんだった。
駆け寄ってその姿をよくよく見れば、膝を大きく擦りむいてしまってはいるものの命に関わる怪我は無さそうである。
おそらく呼吸も安定していると思う。短い"記録"なので判断材料は数回分しかないけれど…とりあえずは一安心だ。
壮くんの無事を確認したところで、次はぐるりと周囲を見渡した。そこで私達は二人してきょとんと目を瞬かせた。
彼を囲んでいたのは木々ではなくゴツゴツとした黒っぽい岩肌だったのだ。どこをどう見ても森の中には見えない。
「…え?森じゃ、ない?」
「まさかそんな筈は無いと思いますけど…」
予想外の景色に誘拐の可能性も疑ったけれど、それは三神が否定した。
いくら相手が子供であれ手足を自由にしておくなどあり得ないし、何より周囲からも壮くんからも第三者が介入している気配は感じられないとのこと。
ならばおそらく、彼は望まずこの場所に迷い込んでしまったのだろう。
丁度壮くんの頭上に開いた穴からは光が差し込んでいて、あそこから落ちてしまったと考えるのが自然な気がする。
見る限り横穴はなく、外に通じるのは上の穴のみ。
三神くらい身長があれば腕を伸ばして何とか穴に手がかかるだろうけど…壮くんの身長だと到底届かないよね。
足場になるものもなく、壁を登るにしても穴は天井の真ん中近くにあるので出るのは難しい。
つまるところ、彼は身動きがとれなくなっているということだ。
リピートを続けている"記録"はリアルタイムではないけれど、岩壁に背をつけ膝を抱えてうつむく壮くんの震える肩は…今もきっと震えているよね。
小さな体を抱き締められないもどかしさに、胸がツキンと痛んだ。
こんな所に一人なんて、心細いに決まってる。
「三神、どう…?場所分かる?」
「岩場、もしくは洞窟、崖…そんなもの森にありましたか?野生動物の使っていた横穴…にしては材質が……昔どこかに井戸があったとかは?…いえ、この近くに人が住んでいた記録はない筈ですし…」
声をかけてみたものの、自分の記憶と向き合っているらしい三神には聞こえていない、もしくは返す余裕もないみたいだ。
せめて穴の上の景色さえ"記録"出来ていれば良かったのだけれど…"壮くん"と指定した"記録"の範囲はこれが限界らしい。
洞窟とか穴で『索引』し直せばもしかしたらヒットするかもしれないけれど、もう一度試すのは…正直ちょっとキツいかな。
未だに頭がズキズキするし、気だるさも強く感じるし…こんな状態で発動しても失敗が目に見えている。
でも、と壮くんのつむじを見る。
こうしている間にも彼は一人孤独の中にいるんだ。それを想像すると…身を引き千切られるような思いだよ。
何とか手がかりを探そうとまじろぎもせず岩壁を見つめた私の目に、ふとあるものが留まる。
暗さに加えて色が周囲に溶け込んでいるせいで分かりにくかったけれど、近付けばソレは確かに存在していた。
岩壁の僅かな窪みの中に倒れていたのはまぎれもなく…人の痕跡だ。
「…蝋燭、立て」
「…は?何ですって?」
ポツリと呟いた私の声を拾って、三神がぐりんと振り返る。怖…勢い凄すぎて首とれるかと思ったんだけど…
性別という概念を気にする余裕もないのか、苦手と言うくせにこちらへずいずい寄ってくる三神に私の方が逃げ腰になりつつ"記録"の一点を指さす。
「ほ…ほらここ、古い蝋燭立てみたいなものが…」
「本当です、ね……っ!!あぁ、成る程!隠し通路か!」
炎色の目を皿のようにしてソレを見つめた三神は何か糸口を見つけたらしく、固くなっていた表情を弛緩させて叫んだ。
私は彼から飛び出した言葉に首をかしげる。
「隠し通路…?」
「ええ。貴女も一度は通ったでしょう?僕のいた部屋に行くまでに」
「確かに蝋燭がおかれた通路は通ったけど…ここ、通路というか行き止まりじゃない?」
「教会から外に通じる通路のうちいくつかが経年劣化で埋まってしまって、使えなくなっていたんです。おそらく、ここはその残骸」
いやいやいや、まず教会から外に通じてる通路って何?
そういうのってお城とかにあるのはイメージできるけど…襲撃された時に使われるとか、よく物語に出てくるし。しかしここは城ではなく元教会である。
…出入りを見られちゃまずい邪教徒でも抱えてたのか??
「忘れ去られて久しいですが…何かの拍子で残っていた空間の上に穴が開いたのでしょうね。壮は運悪くそこに落ちてしまった…といったところですか」
「とにかく、可能性があるなら行ってみようよ!…って、私がいない方が早いか」
行こうと息巻いた自分を恥じながら、誤魔化すように笑った。
どう考えても三神が一人で動いた方が早いに決まってる。
しかし、意外にも三神はそうですねとは言わなかった。むしろ…
「…いえ、一緒に来て下さい」
「え!?」
「何です、自分から言ってきたくせに嫌なんですか?」
「い、嫌とかじゃなくて…!」
「なら、早く足を動かしてください」
理由を聞く前に駆け出してしまった三神を慌てて追いかける。
私今倦怠感凄いのに…鬼かあいつ。心配してくれたと思ったらこれだよ。
けど、私が見失わないギリギリな速度で走ってくれていると分かってしまい、文句は音に出来ないまま腹の底にしまわれた。
体にムチを打ちながら三神の背を追う。
"あちら"にいた頃は心底嫌いだった金色だけど、今はよく目立ってくれてありがたい。見失わずに済むからね。
人に整備された道から外れ、台地を登り、ぐるりと孤児院の後ろ側の方角へと回り込むように走ることしばらく。
三神が滴る汗をぬぐいながら足を止めたのは、他の場所より背の高い木々が折り重なるように繁る鬱蒼とした場所だった。
尚、汗は暑さのせいであり三神の息はこれっぽっちも乱れていない。体力化け物かよ。
この周辺は昔こそ孤児院の土地だったものの今は他人に売ってしまい、それ故手入れもなにもされていないのだろうとは三神談。
いや、普通に不法侵入じゃん。私もやっちゃったじゃん。
まぁ、今は人命がかかっているので切実に見逃してほしい。良い子は真似しちゃダメだよ!
肌に張り付く髪を鬱陶しそうに払いつつ、三神はじろじろと地面を見ながら彷徨き始めた。
私は破裂しそうな程暴れている心臓と陸に打ち上げられた魚のように不恰好な呼吸を必死で落ち着かせながら、そんな彼を眺める。
汗をぬぐう余裕なんて無くて、額から目に流れ入ったそれが沁みた。
…あぁもう、キッツい!!
服が肌に張り付いて気持ち悪いし…今すぐ冷水でも降ってこないかな。
なんて、冗談はさておき。
「ど…う?見つ、か……た?」
「おやおや、随分とお疲れのようで。…残念ながらそれらしい穴はまだ、ですね。入り込む光の少なさや埋まった通路の通る位置からしてこの辺りが有力ではありますけど…」
ザッザッと足で草を掻き分ける三神の表情があまりにも苦しそうで、私はまだ息も整わないままに地面に目を向けながら歩きだす。
止まって、何もしていない方が息切れよりも苦しかったから。
「…休んでいればいいのに。お人好しですね」
「言ってろ」
例の隠し通路がどういう道になっていてどこに続いているのか分からないけれど、とりあえず三神とは違う方向を攻めてみるとしよう。
「……っ…」
「え?」
そう考えて足を踏み出そうとした瞬間、ぐずぐずと泣き声のようなものが聞こえた気がして…
「ふぎゃっ!?」
気を取られた私は盛大にスッ転んだ。それはもうベショリと不様に。
いっそ私を埋めてくれ。
「いっったぁ…」
「何してるんですか貴女…言っときますけど怪我は止めてくださいね。触れないので持ち帰れませんし」
「分かって……ぁ」
心底呆れましたと言外に滲む優しくない言葉を吐いた三神へ言い返そうとした私の目に、小さな"ソレ"は写り込んだ。
日照が少ないせいかやや湿っている柔らかい地面をへこませ、下生えの草を踏み倒したそれは点々とどこかへ続いており…私は沸き上がる興奮に自分の瞳孔が開くのを感じた。
間違いない、これは…足跡だ!!
「……っ、こっちか!!」
「は?ちょ、そんないきなり動いたらまた転びますよ!?」
がばっと一気に立ち上がった私はいてもたってもいられず、転んだ際にひねった足や打ち付けた体の痛みも忘れて跡を追いかけて行く。
しばらく進むとまた先程の啜り泣きに似た声が聞こえ、あぁ幻聴じゃなかったのだと口角を上げた。
あちらの声が確かなものとして届くのならば…こちらの声も届く筈だよね。
「壮くん!!!!」
だから私は、少しばかり湿っぽい草の香りを肺いっぱいに吸い込んで、喉がひりつくくらいの声で彼の名を叫んだ。
迎えに来たのだと、伝わるように。
森に静寂が訪れる。
気を利かせて止まった風のおかげで、夏の蒸し暑さが揺蕩う世界の中にその声は面白いくらいよく響いた。
「…だ、れか……いるの?」
「…!!壮!?壮ですか!?」
「…ぁ…い、んちょ…?ほん…とに……?」
間違いなくそれは壮くんの声。
まだ見つかっていないのに、安堵から力が抜けそうになってしまう。
声が届いた。声が聞こえた。
私より三神の方が反応が凄くて、どこから声が聞こえたのかと神経を尖らせる彼の耳は今…象のように広がっていることだろう。勿論ものの例えだけどね。象耳の王子フェイスはちょっとエグいし。
「壮くん!院長と迎えに来たよ!どこにいるのか教えてくれる?」
聞く事に集中している三神に代わって声を張ると、鼻をすする音の合間に辿々しく単語が混ざってくる。
「…ぐすっ……ぅ…こ、こ!…ぼく…っずび…木の、トンネル…ずっ……くぐって…!それで…おち…ちゃっ」
木のトンネル…?それをくぐったら穴に落ちた、と壮くんは伝えたいのだろう。
でも、そんなもの一体どこに…?
眉を寄せながらキョロキョロと辺りを見渡した視界の中で、不意に三神が風のように横切って行った。
「壮!!」
「は?ちょ、おま…っ!?」
そして奴は壮くんの名前を呼びながら…子供一人通れそうな倒木を躊躇無く燃やし始めたではないか。嘘だろお前。
急展開過ぎるし手段が過激なんだけど…よくもまぁ他人の土地で潔く放火出来たものだ。
一応『炎』の能力は調整すれば対象しか燃やさないと知っていても普通に引く。
あまりの事に目を白黒させはしたものの、足は固まることなく三神の方へ動いてくれた。
放火現場に早足で向かうと、黒く焦げた地面の一ヶ所にポカリと口を開けている穴に気づく。
丁度倒木のあった位置だと記憶と照らし合わせ、成る程"木のトンネル"とは倒木の事だったのかと遅れて合点がいった。
秒で三神が燃やしたのでよく分からなかったけど、恐らく幹が朽ちて通り抜けられる状態になっていたのだろう。
あれ?というか三神、どこ行った??
炎に気を取られてる間に見失った姿を探すと…
「う"わ"ーーーーん"!!!い"ん"ぢょぉぉぉぉ!!!」
突如穴から大音量で壮くんの大号泣が響いてきたではないか。
何事かと慌てて覗き込もうとした私の髪をぶわりと下からの風が浚っていく。
一瞬視界に舞った金色に、その風を連れてきたのが三神であることを知った。
いつの間に入ったのかとか、ジャンプ力おかしいだろとか、色々どうでもいい突っ込みが思考に溢れたけれど…彼の腕で大切そうに抱えられている姿を見たら、全部パチンと弾けて消えちゃったよね。残ったのは泣きそうな程の安堵だけ。
三神の服に鼻水をつけながら泣いていた壮くんは私の存在にも気付いてくれたらしく、更なる涙を大きな瞳から溢れさせた。
「お"ね"ぇ"ぢゃぁぁぁぁん"!!!」
「…っ!壮くん!!!」
気を利かせたのか私との過度な接近を避けるためかは分からないけれど、三神が壮くんをそっと降ろす。途端に小さな体は弾丸のように私へ飛び込んできた。
その重みと暖かさに感極まって、耐えきれなかった涙が一つ二つとこぼれ落ちる。
けれど、気を遣わせたくなかったから…グッと目に力を入れてそれ以上の涙は止めた。
良かった。本当に…良かったっ!
「も"ぅ…だ…だれ、も…ずびっ…さがして、くれな…思っ、て…っ!!ぼく…ぼく…!」
「うん…うんっ。寂しかったね。怖かったね。もう大丈夫だよ。大丈夫」
大丈夫だと、その言葉を言える世界のなんと幸福なことか。
しがみつく腕が、ソープと汗と土が混ざった香りがする髪が、熱い体が、しょっぱい涙が…聞こえる鼓動が、あまりにも愛おしい。
そこにあるのは鮮やかにして暴力的ですらある"生"だった。
感情の高ぶりでチカチカする世界の中、尊い命を包み込むようにしゃくりあげる体を抱き締めた私は、トントンとその背をあやす。
嗄れた声はきっと泣いたせいだけではない筈だ。彼はずっとずっと自分はここだと叫んで、呼んでいたに違いない。
…誰も来てくれず、暗い穴に一人きりだった壮くんはどれ程心細かったんだろう。
世界で一人きりになったような気分だったかも知れない。その恐怖なら…よく分かる。
だからかな。自然と言葉がこぼれ落ちたのは。
「もう一人じゃないよ。大丈夫。よく頑張ったね」
口をついたそれは、彼のための言葉で間違いないけれど…きっとあの地獄の中で私が言って欲しかった言葉だったんだと思う。
音の端に滲んでしまった羨望に、どうか彼が気付いてしまいませんように。
なんて、不味いものでも食べたように眉間にシワを寄せながらじっとこちらを見ている三神にはバレてる気がするけどね。
なにそれ。どういう感情なわけ?
私の言葉で更にしがみつく力を強くした壮くんにされるがまま、すきま風すら許さないようにピタリと体を寄せあった。
汗ばんだ私の体はお世辞にも心地よくなんかないだろうし、走ったせいで上がった体温は子供に負けず高くて暑いと思う。
けれど壮くんが手を離そうとしないから、それを免罪符にして寄り添った。
やがて涙も止まり、落ち着いた壮くんが恥ずかしそうに離れるまで。ずっと。
砂だらけの服でぐしぐしと涙を拭いた彼の目は真っ赤だったけれど、光の戻った強い瞳を見る限り…もう、大丈夫だね。
「…さて、壮。どうして約束を破って森へ入ったのか…教えてくれますか?」
無事を喜び、沢山慰めて甘やかした後はどうやらお説教タイムらしい。
三神の声色が天国から地獄レベルの落差で脳がバグりそうになったし、壮くんが可愛らしい悲鳴を上げて体を固くした。
とはいえ、この厳しさが壮くんを思うが故であることは分かっているし、彼にもちゃんと伝わっているのだろう。
だって壮くん…怯えを見せながらも逃げようとしたり三神を非難するような目を向けたりはしていないから。
むしろ短パンをぎゅっと握りしめながらも真っ直ぐ三神の目を見据え、彼は自分の気持ちをゆっくりと吐き出したのだ。
「よわむしじゃないって…しょうめー、したかったんだ」
「…それは何故」
「…ケンくん、は…つよくてカッコいい、から。ぼく…ぼく、このままじゃおいてかれちゃうって思った…!ぼくがよわむしで、ケンくんに…い、いらないって言われたら…あそんでくれなくなっちゃうって…こわかったんだ…!!」
引っ込んだ涙がまたじわじわと顔を覗かせ、小さな体を僅かにひきつらせながら語られた理由。
そのいじらしさに目をそっと伏せる。
仲良しだからこそ、彼は余計に怖くなってしまったのだろう。
その気持ちはよく分かる。年齢関係なく、誰かと繋がってさえいれば誰しもが持ち得る感情だもの。
大切な居場所から、大切な誰かから弾かれるのは…嫌だと思って当たり前だ。
ただ、今回の事に関しては…思い込みが視野を狭くするという言葉の典型かな。
「はぁ…まったく。堅人がそんなことで貴方を突き放すように見えますか」
「ち、がう…っでも…でも!!」
でも、だって、と煮え切らない言葉を繰り返す壮くんに、三神は困ったように口を閉じた。そしてちらりちらりと私に視線を送ってくる。
何、その物言いたげな目は…
「あのとき、ケンくんあきれてた!!それにぼく、ケンくん…パンチしちゃった…っ!!ぜったいぜったいきらいになったよ!!」
「…ねぇ、壮くん」
どんどんマイナスな思考に傾いていく壮くんを見ていられず、口を挟まずに見守るつもりだった私はその姿勢を諦めて彼のそばにしゃがみこんだ。
「堅人くんはね、心配してた」
「…っうそだ!!」
「嘘じゃないよ。…自分のせいで壮くんが居なくなったんだって。もし帰ってこなかったらどうしようって。…堅人くん、泣いてたんだ」
「…え?…ケン、くんが…泣いて…?」
そう、それは三神やモノックさんと合流するより前のこと。
私と子供達で孤児院中を探し回っている間、堅人くんはずっとずっと自分を責めて泣きじゃくっていた。
自分が変なことを言ったから、自分が嫌いになったから壮くんがいなくなったのだと。まるで今の壮くんと同じようなことを私に打ち明けてわぁわぁと泣いていたのである。
「堅人くんは壮くんと同じ気持ちだと思うよ。寂しくて、ごめんなさいをしたくて、すごく苦しいの」
今の言葉は実際堅人くんが泣きながら口にした言葉だ。
そんな、本物の言葉だからだろうか。子供特有の鋭さで察したらしい壮くんは、もう"嘘だ"なんて言わなかった。
「ケンくん…ぼくと、おんなじきもち…」
「そう。だから…帰ろう?帰って、ぎゅっと抱き締めて、ごめんなさいしよう。それからまた二人で遊ぶの!ね?きっと楽しいよ!」
「…おねーちゃんも、いっしょにあそんでくれる?」
「ふふ!二人が良いなら是非。私だけじゃなくて院長も他の皆も交えて一緒に遊ぼう!泣いた分だけ笑って、嫌なことを楽しいことで塗り替えちゃうの!どうかな?」
「…ん、かえる。ぼく、かえりたい!ケンくんにごめんなさいする!したい!それで、それで…またいっしょにあそぶんだ!!」
光を取り戻した瞳に映る自分は恥ずかしいくらいにしまりのない顔をしている。
だって、仕方ないじゃないか。こんなにも健気で愛おしい姿を見たら…誰だってこうなる。
でも…本当に大事にならなくて良かったよ。
「おねーちゃん!院長!はやくかえろう!はやく!」
今泣いた烏がもう笑う。子供って凄いな。
目標を決めればそこに向かって一直線なひたむきさはただただ眩しくて、目が焼かれてしまいそうで困る。
大樹くんの時も思った事だけど…"あちら"で彷徨っていた私にとって彼らは、明けない夜の中でいきなり見た太陽のようなものだ。色々クる。
と、数歩先で跳ねるように歩く壮くんを見つめながら三神があからさまに安堵の息を吐いた。
「…はぁ。丸くおさまりましたか。やはり連れてきて正解でしたね」
「まさか三神…"この為"に?」
「まさかも何もその通りですよ。どうもにも苦手というか…僕では分からない部分ですから。子供とは厄介なことに薄っぺらい言葉は分かるみたいでして…叱るならまだしも、説得は上手く出来ないんですよね」
そう言った三神は何を考えているのか分からない不明瞭な表情を張り付け、ずんずん進む背をじっと見つめている。
あぁいや、不明瞭とは言ったけれど…なんとなくもどかしさを感じているのは分かる、かな。
聞けば、泣きじゃくったり拗ねたりした子供を慰めなくてはいけない場面ではいつも、モノックさんに助け船を出してもらっている…というより、ほぼおまかせしている状態らしい。
というのも、一度何を言っても泣き止んでくれない子供に対して考えることを放棄した三神が…
〈あぁもう!!どうしてほしいんですか!!!〉
と、食堂での一件の比じゃないレベルで本気の殺気を出して一喝し、無理やり泣くのを止めさせた事があるらしい。最低かよ。何やってんの本当に。
まぁ…彼だって傷付けたくてそんなことをした訳じゃないのだろうな。
壮くんの姿を追いかける三神の、宝物でも見るような眼を見ればそのくらい分かる。
ただ本当に"分からなかった"だけ。
子供に限らず、誰かを言葉で慰めたいのなら心を知って寄り添わなくてはならない。
けれど、基本的に他者への興味が希薄な能力者にはその"寄り添う"という感覚がまず難しいのだろう。
で、頑張ってはみたものの…結局爆発してしまった、と。
ちなみに、やらかしたあと罪悪感で数日寝込んだらしい。いっそ哀れでならない。
まぁそれ以来、なにも言わずともモノックさんが手を貸してくれるようになったそうだ。
三神はモノックさんの給料を倍にするくらいの感謝を示した方がいい。
「締まらない院長だね」
「何とでも。ほら、いい加減に行きますよ。今度は置いていきますからね。用済みなので」
「ほんっと最低」
「ふたりともはーやーくー!!」
悪態をつきつつぴょこぴょこと跳び跳ねる壮くんの元へ足を早めようと思った瞬間、ゾクリと嫌な予感が肌を撫でた。
殺気というには曖昧であれど、それはあの朝に似た気持ち悪さを伴って私を刺激したのだ。
第六感が感じた死の気配。
考えるより先に、私の足は地面を蹴った。
「は?…あ、ちょ、待ちなさい!」
「わ!?おねーちゃ……っ!?」
火事場の馬鹿力という奴だろうか。自分でもビックリするくらい素早く動けた私は、半ばタックルするように壮くんを抱き締めて転がる。
まぁ、それより早く…
「っち!!」
振り下ろされようとしていた凶悪なソレ…鋭い爪を三神が槍で防いでくれたわけだけど。
うん。私、転がり損。私より気付くの一拍は遅かったクセに…なんか悔しいな。
「貴・女・ねぇ!!!弱いくせに無茶しないでください!!」
「し、仕方ないでしょ!!体が勝手に動いちゃったんだから!!」
「グルルル」
槍で爪を押し返した三神の言葉に図星をつかれてヤケクソ気味に返しながら、茂みを揺らして低いうなり声をあげる相手に眼を向ける。
ガサガサと音を立てて茂みをかき分け、姿を見せたのは…黒光りする体毛に全身を覆われた二メートルは下らないだろう巨体。
これは…
「グゥオオオオ!!」
「きゃあああああ!!!」
「ひぃぃぃ!!四葉さん、着ぐるみのクオリティ上がりましたねぇぇぇぇぇ!!」
「んな訳無いでしょう。落ち着いてください。というか、下がってください!!」
迫力ありすぎる咆哮に驚いて我ながらとち狂ったことを口にすると、すかさずツッコミが飛んでくる。
そう、目の前に現れたのは着ぐるみ…ではなく、本物の立派な巨大熊であった。




