14-5
「おねーちゃん!おねーちゃん!!」
「ん…ぅ?」
バタバタと忙しない足音と体が揺すられる感覚、ついでに鼓膜を震わせる高いキィの幼い声に微睡んでいた意識を急激に浮上させる。
「…っ!?あ、胡来ちゃん…?」
「あ!!おはよう、おねーちゃん!」
"おはよう"と言われ、自分が何をしていたのかすぐさま記憶を辿った私は猛烈に穴に埋まりたくなった。
子供達を寝かし付けるために読み聞かせをしていたつもりが、自分までぐっすりと寝てしまったらしい。
馬鹿じゃん私…何してんの本当。
幸いなことに私が落ちたのは皆の目蓋が閉じた後ではあったけど…それにしたって怠慢である。三神に怒られても文句言えない。
しかも余程質の良い睡眠だったらしく、物凄くスッキリ気分爽快であることもまた複雑なところだった。
「ご、ごめんね胡来ちゃん…!私、寝坊しちゃって…」
「ううん!大丈夫だよ!でもね、あのね…どうしよう、おねーちゃん!!」
「え…どうしたの?何かあった?」
泣き出しそうな響きをした声に、自分の不甲斐なさを恥じて伏せ気味だった顔を上げる。
そこには大きな目に焦りと不安をありありと浮かばせ、へにょりと眉を下げた胡来ちゃんの姿があった。
「タケルくんが…タケルくんがいなくなっちゃったの!!」
「え!?」
残っていた眠気の残滓が一瞬で飛び散る。
壮くんというとあの子だよね。おやつの時間に喧嘩していた男の子の一人…
よくよく耳を澄ましてみれば、バタバタと落ち着きなく駆け回る足音の合間に壮くんを呼ぶ子供達の声が聞こえてくるではないか。
その声色からしてかくれんぼでないことなど明白で…私は本気で過去の自分をぶん殴りたくなった。寝てる場合じゃねーわ馬鹿。
なんでも、お昼寝から目を覚ました堅翔くん…喧嘩していたもう一人の男の子が壮くんの布団を見た時には、既にもぬけの殻だったらしい。
最初はトイレかと思っていたものの待てども待てども帰っては来ず、ちらほら起き出した他の子を誘ってトイレや周辺を探してみても何処にもいない。
そこで心配になった面々はまだ寝ている子達を起こし、堅翔くんを筆頭に総出での捜索を始めたのだそう。
本当に寝ててごめんなさい…
「あのね、おねーちゃんもいっしょにさがしてほしいの!あの、タケルくん、どこにもいなくて…だから…っ」
「…勿論探す。探し出すよ。だから大丈夫、落ち着いて」
今にも溜めている涙をこぼしそうな胡来ちゃんを安心させるように撫で、小さな手を繋ぎながらプレイルームを後にした。
「壮くーん!!」
「タケルくーん!どこーー?」
「タケルーー!!」
子供達と共に部屋という部屋を開け、中をくまなく…それはもう家具の隙間に椅子の下、棚の上まで。目の届くところ、体が入るところはすべてしらみ潰しに探していったけれど…
『ここにもいない…』
壮くんの姿どころか痕跡一つ見つからない。
あと可能性としては…やっぱり隠し部屋ってやつかな?
もしそうだとしたら三神じゃないと探せないだろう。
私の"記録"にある仕掛けなんてほんの一例で、それこそ片手に満たない数しか"アイツ"は弄っていなかったから。
…あれ、今気付いたけど三神はどこにいった?
この騒ぎを無視できる筈の無い存在が見当たらない事に疑問を浮かべ、花瓶を覗き込んでいる胡来ちゃんに声をかけた。
というか、さすがにそこにはいないと思うよ…
「ねぇ、胡来ちゃん。三神…えっと、院長は?」
「いんちょー?いんちょーはね…んと、わかんない。いつもこのじかんはおるすにしてるよ?」
「そっか…わかった。ありがとう」
何ともタイミングの悪い…いや、眠りこけてしまった私が文句を言うのはお門違いだ。
そう言えばモノックさんも不在らしく見当たらなかったな…
とまれかくまれ、今は隠し部屋を捜索から外すしかないようだ。
しかし困った。一通りの部屋を回り終えたものの手がかりは無し。相手が一流の暗殺者ならともかく、子供が何の痕跡も残さず消えるなんて現実的ではない。
どこか、何かを見落としているのだろうか。
じわじわ紙に滲んで広がるインクのように、不安がその大きさを増していく。
「…よし。一度皆で集まろっか。何か見つけた子がいるかもしれないし」
このまま悩んでいても埒が明かないと思った私は、情報交換をしようと覗き込んでいた家具の隙間から視線を外す。
ついでに胡来ちゃん以外の子からも状況を聞いておきたいな。
聞き込みは調査の基本…なんて、ミステリーの読みすぎかな?
彼女の話が不明瞭だった訳じゃないけれど、別の視点から見える景色はまた違ってくるものだから…もしかしたらヒントとかが見つかるかもしれない。
とにかく今は些細なものでも情報がほしいのだ。
「わかった!じゃあわたしがみんなを呼んでくるね!!おねーちゃんはまってて!」
「え、いや一緒に行くよ?」
「だいじょうぶ!まかせて!!」
「…ふふっ、わかった。じゃあお願いするね?そうだな…中庭に集まろうか」
「はーい!!」
期待の眼差しに負けてお願いすれば、胡来ちゃんはぱぁっと嬉しそうに表情を輝かせてパタパタと廊下を駆けていった。
お手伝いをしたいお年頃なのだろう。私にも覚えがある。
小さくとも頼もしい背中を見送った私は、皆が集まるまでの僅かな時間で少しでも手がかりを探すべく一度は見た部屋のノブへ再度手を伸ばしたのだった。
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数部屋二度目の捜索を終えた頃、中庭を見てみればすっかり子供達が集まっているようだ。
しかもよくよく目を凝らすと、皆に囲まれるようにして困り顔のモノックさんが立っているではないか。
足元にある袋には食材が透けて見え、長ネギが飛び出している。どうやら買い出しに行っていたらしい。
彼はわぁわぁと一斉に喋る子供達を宥めながらキョロリとつぶらな目を動かし、私に気付くと表情を明るくさせた。
そして少しばかりだらしない腹を揺らしながらこちらへ駆け寄る。
「やや!お嬢さん!すまないが状況を教えてくれないかい?子供達は興奮してしまってて…どうにも話が分からないんだ」
「はい、あの実は…」
私はモノックさんにことの経緯をかいつまんで話した。
子供達が起きたら壮くんがいなくなっていたこと、総出で探してみても見つからないこと、そして今のところ手がかりらしい手がかりもないことを。
モノックさんは話を聞きながらぎゅっと眉を寄せ、重い声で成る程と呟いた。
「すみません…私、寝てしまって…」
「いやいや!お嬢さんのせいじゃないさ!しかしまいったね。それだけ探しても見つからないとなると…君の言うとおり隠し部屋か、もしくは外に出たか」
「外、ですか…?でもあの子…」
「あぁ、お察しの通り壮は約束事を破るような子じゃない。だから…うーん、やっぱり隠し部屋なのかなぁ?それなら院長じゃないと分からないけど…」
「僕が、何です?」
万事休すかと思ったところに救いの声…と言うには随分と不機嫌さを伴った声が響き、モノックさんと揃って顔をそちらへ向ける。
すると、落ち着きなくざわめく子供達を怪訝そうに眺めつつ、敷かれたレンガをかつかつ鳴らしてこちらへ向かってくる三神がそこにはいた。
「良かった!三神どこ行って…って、顔色悪くない?」
「ちょっとした疲労なので気にしないでください。それで?何の騒ぎですか?」
「あぁ、どうにも壮が昼寝の後から行方不明らしいんですよ。お嬢さんや子供達総出で探していたみたいなんですが…見つからないと」
「なんですって…!?」
カッと目を開いた三神に、たまらず私は頭を下げる。
「ごめん三神っ!!っ私、が…目を離しちゃったから…」
呑気に寝てさえいなければ気付けたかもしれないのに。私はまたきっかけを見逃したのだ。
合宿の…あの日の朝のように。
そう思ってしまったらもうダメで、肺を締め付けられるように息が苦しくなった。
「お嬢さん…?だ、大丈夫かい!?」
「…はぁ、落ち着いてください。貴女のせいではありません」
「でも…!!」
「自惚れるな」
「っ…」
ピシャリと言い放たれ、思わず口を閉ざす。
静かな声ではあったものの私は鈍器で殴られたような衝撃を覚えたのだ。
"自惚れ"…その言葉で冷水を被ったように頭が冷える。
本当に自分が嫌になる。合宿の時にも反省したばかりだというのに。
「…貴女だけのせいだなんて、言えるわけがない」
「…え?」
すがる藁もない川に放り込まれたような私を、しかし引き上げたのもまた同じ声であったけれど。
「貴女が寝落ちたのは知っていますし、それを容認したのは他でもない僕自身です。何より、目を離したという点では僕もモノックも同罪ですから」
「そうだよお嬢さん。それを言うなら私も買い出しなんか行かなければ…ってね」
慰められているようで、そうではない。
いや、モノックさんはそうだろうけれど…三神は違う。
彼はただ淡々と事実を述べる口調で、声には特に何の感情も入ってはいなかった。
冷たいと言えばその通りだけど…今はその平淡さに救われる。
「さて、不毛な懺悔はこれ以上不要ですね。今は早く壮を見つけることを考えないと」
「でも、どこを探すの?」
ふと、くいくいとシャツを引かれた感覚に視線を落とす。
てっきり胡来ちゃんだろうと思っていた予想は外れ、小さな手の持ち主はひときわ大人しい女の子…リズちゃんだった。
重い前髪と厚い眼鏡に隠された焦げ茶色の瞳が何かを伝えようとしていることに気付き、私はすぐにしゃがんで視線を合わせる。
促すように微笑んでみせれば、彼女はこくりと唾を飲み込んで辿々しく口を開いた。
「あ、の…」
「うん」
「…あ……ぅ…」
「ゆっくりで良いよ。私は、ちゃんとリズちゃんの言葉を聞いているからね」
小さく頷いたリズちゃんの手は白くなるくらいに強く握られていて…きっとこの子は話すのが苦手なのだろう。
それでも彼女は何かを必死に伝えようとしてくれている。頑張ってくれているのだ。
だから私はただただ優しくその背を撫でながら、彼女のペースに合わせて静かに待つ。
そして居心地の悪くない沈黙の中、少しずつ緊張の解れてきたリズちゃんがポツリポツリと雨垂れのように言葉を落とし始めた。
「え、と…タケルくん…言って、た」
「壮くん?なんて言ってたのかな?」
「ん…と、弱虫…じゃ、ないって…その…証明する、って」
弱虫じゃない。
証明する。
聞き取れた言葉を繋げようとしたところで、先に意味を理解したのだろう三神がまさか、と声を上げる。
「…森に、行ったのですか!?」
「え!?」
「やや!?ま、まさか!あの壮くんだよ!?今までルールを破ったことの無い…」
ついさっき…森に行ってはいけないという話題で喧嘩になった時、壮くんは堅翔くんを諌める側だった。そんな彼が自分から森に行くだなんて…
そう困惑すると同時にあの喧嘩を思いだし、ふと気付く。
〈ぼ、ぼくはよわむしじゃないもん!!〉
〈うるさいうるさい!どーせタケルは森がこわいんだろ!〉
〈うっ…そ、それは…!〉
〈ほーらみろ!もういい!よわむしなんて知らねー!!もうさそわねーもん!〉
〈…っ!?ぼ、ぼく…ぼくは…!!〉
そうだ、あの時の壮くんの顔…すごく傷付いた顔をしていたっけ。
彼が堅翔くんに言われた言葉を酷く気にしていたのだとしたら、"弱虫じゃない"と言った己の言葉を証明するために森に入った…その可能性はゼロじゃない筈だ。
「…っあ、タケル…まさか、おれ…っ!」
堅翔くんも私と同じところに行き着いたのか、元々悪い顔色を更に白くして俯いてしまった。
「おれ…が…っ…!!」
顔は見せず、声も必死に堪えて…それでも、だ。
ひくりひくりと跳ねる彼の背を見れば、晴れの日差し差す中庭に光って落ちる水滴を見れば…堅翔くんが泣いていることなんて丸分かり。
もう既に泣き腫らして赤い目は更に酷い有り様になることだろう。
近くの年長者に肩を抱かれて宥められている彼を横目に三神を見ると、こちらも心穏やかではないらしく顔色を悪くしていた。
「あの森には凶暴な野生動物が出るんです…!だからあれ程厳しく…っ、クソ!」
「っ!…三神?」
「あぁ、もう!!急いで…急いで、探さなければ!!」
「ちょ!?ちょっと三神…って、行っちゃった…」
目に見えて取り乱し、お得意の分厚い面の皮すら脱ぎ捨てて駆け出してしまった背を呆然と見送る。
どうせ触れもしないくせに咄嗟に伸ばしてしまった行き場のない手を、そっと体の横に戻した。
あんな顔も出来るのか、アイツ…
「院長は本当に子供達を大切にしているからね。心配でたまらないんだよ」
それは私程度の浅い付き合いでもよく分かる。
ここに来てからずっと穏やかで幸せそうな顔をしているのだから、分かりやすすぎるくらいだろう。
そんな三神が過剰なほどの心配を示すのも当然といえば当然だ。だって、今日接しただけの私ですら心配でたまらないのだから。
まぁ…それにしたってアイツの様子は普通じゃない気もするけれど。
あわもしかしたら三神の"世界"って…いや、それは今詮索することじゃないね。
「あのっ、モノックさん!私も行ってきます!モノックさんには子供達を…」
「あぁ勿論。しっかりまかされた!かわりに、私の分までよろしく頼むよ。院長、視野が狭まっているだろうし…助けになってあげておくれ」
「…っはい!」
「じゃあここはまかせて、行ってらっしゃい」
頼もしく胸と、ついでにお腹をでん!とつき出した彼に笑って手を振って、私は三神を追うように外への扉をくぐり抜けた。
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こそこそと人を惑わす妖精が囁くかのように、むっとした風に揺らされた葉が擦れる音がする。
小さな生き物が齧ったのだろう一部が欠けた木の実を蹴飛ばせば、まだらに光る地面をてんてんころりと転がって…やがて生い茂る雑草の中に埋もれて姿を消した。
まるでそれは、繁った森が子供を飲み込んで隠すように。
「壮くーーん!!」
森に入ってから何度も何度も彼の名前を呼び、草を掻き分け木の裏を覗く。
さっき蹴飛ばした木の実の残骸は見つかっても、肝心の壮くんは姿はおろか手がかり一つも見つからなかった。
足跡でもあれば良かったのに…そう上手くはいかないか。
唯一見つかったものはといえば蹄の跡と…私より大きな足をもつらしい"何か"が草むらを踏み分けていった痕跡くらいだ。
前者はまだしも、後者の持ち主には出来れば逢いたくない。
長野の合宿地より規模の小さい森とはいえ、子ども程度を隠すには十分すぎる広さがある。
難航して当たり前だけれど、だからといって匙を投げるわけにはいかなかった。
せめてもの幸いは夏の太陽がまだ高く煌めいていることか…いや、この蒸し暑さに関しては喜びにくいな。
整備された道を外れ、大きな木の根本にごろりと寝転ぶ岩に手を添える。
苔の衣をまとったそれの湿った手触りを感じながら、ぽっかり開いている隙間を覗き込んだ。
うーん…小さい子が入り込めそうな隙間ではあるけれど、誰もいないね。結果としては空振りである。
「はぁ…見つからない…」
がくりと肩を落とした拍子に、添えていた手が僅かばかりの苔を削ぎ落とした。
その欠片が落ち葉の上に落ちると同時に鳴ったガサリという音にギクリと体を強張らせる。
だってその音はとても苔の欠片が出せる大きさの音ではなかったし、何より背後から聞こえてきたのだから。
まさか、三神が言っていた凶暴な野生動物さんだったりします…?
咄嗟に足元に転がっていた枝を拾いながら、頭の隅で前もあったぞこんなこと…と独り言つ。
音のする方へ枝の先を向け、くるなら来いと腹をくくって生唾を飲み込んだ。
そんな私の決意を見越していたかのようなタイミングで茂みが一際大きく揺れ、ぬっと影が立ち上がる。
逆光のせいでそれが何であるのかいまひとつ不明瞭だが、影のてっぺんには緑の合間にチカチカ揺れる金色が…ん?金色??
「…なんだ、貴女ですか。はぁ…」
「気持ちは分かるけどそこまで露骨に残念がられるとムカつく」
あ!野生の三神が飛び出…げふんげふん!
いけないいけない。ばくばくと暴れる心臓を誤魔化すためについ変なことを考えてしまった。
こんな中でも己の口をついて出た生意気に感謝だ。そうじゃなきゃ例のテロップを口に出すとこだったよ。
何食わぬ顔で木の枝をぺいっと捨てつつ、落ち葉まみれの三神をしげしげと見つめる。
私に対してあからさまに落胆のため息をついたソイツは普段ならきっちりしている筈の衣服を乱し、相変わらず余裕のないピリピリした表情のまま乱雑に前髪をかきあげた。
「クソ!いない…っ、一体…どこに…っ」
額に浮かんだ玉のような汗が顔をしかめた拍子につぅと滑り、顎の先からポトリと落ちていく。
地面に届いて丸くシミを作るものの、日が当たっていたそこではすぐに乾いて消えた。
さすがの三神でも自然が生んだ熱は暑いらしいね。
たらたらと幾筋も流れる汗を鬱陶しそうにぬぐっている姿を見ると、絵に描いたようなイケメンも現実で息してるんだなと再確認してしまう。
ただ、焦りと不快感からかいつもの王子様風な三神はなりをひそめ、どこか野生的な荒々しさをまとった雄を匂わせていたけれど。
うーむ、世のお姉様方なら太陽よりもこの光景で熱中症になって倒れそうなものだ。
素直にそう思うくらいには顔が良いからね。実際、面食いだった私の親友がいたら間違いなく昇天してる。
まぁ私だってギャップもろもろ含めてグッと来ないこともないけれど…でも三神だしなと現実に帰ると北風が吹く。
残念ながら三神よりよほど壮くんの方が気がかりだし。
…と、そんな事を0.3秒くらいで考えながら、野生の三神をただの視覚情報として"記録"していた。
「そちらは…収穫無さそうですね」
「足跡一つもなかったよ」
「それはそれで手がかりですが…っくそ、埒が明かない!どうすれば…どうすれば壮が見つけられるんですか…っ」
「三神…」
「…こんな時、十三束さえいれば……」
十三束…あぁ、成る程。
十三束従道。彼の能力は『感覚強化』である。
二菜ちゃんの『怪力』のような身体的な強化ではなく、五感…すなわち、視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚を一時期に強化出来る能力だと"記録"していた。
攻撃性はなくともサポート性能は高く、索敵や追跡においてはすこぶる有能な能力だ。
おかげでどれだけの被害者が出たことか…いや、今は関係ないか。考えるのは止めとこう。
ついでに言えば十三束本人が高い運動能力の持ち主であるため、視覚や聴覚を強めての見切りや行動予測に使うことで戦闘でも有用性を発揮できるという…存外抜け目のない能力なのである。
とどのつまり、今この場に十三束がいさえすれば…人探し等容易に片がつくということだ。
しかし三神がそれをしないということは…
「十三束、呼べないくらい大変な任務に行ってるの?」
「大変といえばまぁ大変でしょうね。彼は今、久夜と海外に出ているんです。そう易々と呼べませんよ」
『転移』という能力があるとはいえ、やはり海外となるとままならないらしい。
わざわざ海外に転移先としてのゲートを設置している物好きが居ないことが理由の一つだが、そもそも国を越えての『転移』は原則禁止だそうだ。まぁ、当たり前か。
パスポートも無しに国間をヒョイヒョイと行き来出来るなど問題でしかないし、何より…いくら平和な時代とはいえ無防備が過ぎる。
さすがの能力者達もこれはよろしくないと思ったんだね。
「アイツと同じ能力はいないの?」
「いるにはいますが…連れてくる時間の方が惜しいレベルですね。十三束ほど使える者はいませんから。…索敵部隊を引っ張ってくるか?いやそれすら時間の無駄に…そもそも久夜の無茶振りで全国各地に振り回されている彼らを捕まえる事がまず容易じゃないな…」
ブツブツと考えをまとめるためか、はたまた己を落ち着けるためか…声に出して呟き続ける三神からはただただ必死さが伝わってくる。
『炎』という能力とは裏腹に、本人はどちらかといえばクールと分類されるタイプだと思っていたけれど…この短時間で真夏とタイマンはれるくらいの熱を持っているのだと見せつけられた。
そんな彼に感化され、私も私に出来ることをさして優秀でもない頭をフル回転させて考える。
「何か…何とか見つける方法は…うーん、でも…こんな森の中でピンポイントで探し出す方法なんてなぁ…かくれんぼの難易度高す、ぎ……ん?」
自分の口から何の気なしにまろび出た言葉に引っ掛かりを覚えてはた、と動きを止めた。
森の中。
かくれんぼ
その二つのワード…どこかで…
「…っあ!」
ぱっと雲間から光が差し込むように目の前が明るくなったような感覚。
そうだよ、索敵ではないけれど…方法ならあったじゃないか!
「三神!」
「っ!?な、なんですかいきなり。僕は今忙しいんですよ…邪魔、しないでください!!」
「…ぅ」
再び森の奥へと向かおうとしていた背を呼び止めると、身も凍るような殺気が容赦なく向けられた。
一気に辺りの気温が下がったような気がするのに、全身を炎が撫でていくような錯覚を覚える。いや錯覚じゃないなこれ。
具現化しきっていないだけで発動しかけの能力が渦巻いているんだ。
熱いのか寒いのかも分からなくなり、光明に浮かれた心が縮み上がった。
無意識に体を震わせながら、虎の尾を踏むという言葉が頭を過る。
いや、悪いことをしたつもりはないけれど…今の三神に対しては無遠慮すぎたらしい。
けど、引いてなんかいられない…!
「…話っ、を…聞いて…!!」
「…!?……あっ」
血が出そうなほど拳を握った痛みで恐怖から目を背け、うわずった声を上げれば、三神は私の様子に気付いたらしく慌てたように殺気をしまってくれた。
体を舐めるような能力の熱気は自然の生温い風に変わり、遠退いていた音が耳に戻っていく。
かくりとたまらずについた膝には、冷ややかなコンクリートではなくひんやりした土と草の感触が当たり…安堵からはふりと息を吐いた。
「…はぁ…すみません。ついカッとなってやってしまいました」
常套句を使うな。こんな状態の私に突っ込ませたいのかコイツは。鬼じゃん。
「っ…ふぅ…そんな、ことより!」
数度肩で息をして、気を取り直すように膝を叩く。気持ちの勢いで何とか立ち上がった私は、気まずそうな三神など知らないフリをした。
時間が惜しいのは勿論だが、そのまま少し引き摺っていやがれという多少の仕返し込みでの知らんぷりである。
「三神さ、この森のこと…隅々まで把握してたりする?」
「は?急に何でそんな事を…」
「いいから!ぱっと地形見て、それがどこだって分かる!?」
早口で捲し立てる私を胡乱げ見るものの、先ほどの件で少しは頭が冷えたのか頭ごなしに切り捨てることはせず少しの思考を挟んでからゆっくり頷いた。
「ある程度、ならば。さすがに完璧とは言い難いですが、一応見回りも整備も僕がしていますから」
誇張のないただの事実を述べる響きに希望が見え、少しだけ自分の表情が緩むのを感じる。
私がこんなことを聞いた理由は、合宿の時行ったみにばうくんとの"かくれんぼ"とその時起きたトラブルを思い出したから。
あの時…どこを見ても同じような森の中で、三神達は怪異の居場所を映像だけで探し当てて見せた。
私はそこに、可能性を見つけたんだ。
「…私が、壮くんを『開示』する。訓練の時と同じように!」
「…!!そうか、貴女の"広域記録"…!」
"広域記録"は記録可能な範囲を広げ、範囲内にある任意の対象を"記録"するための力。索敵能力など微塵もないけれど、"記録"した対象の周囲は一緒に映せるんだ。
そこから場所を割り出せさえすれば…壮くんを見つけられる筈だ。安否確認も同時に出来る。
私は己を示すように胸へあてていた手をきゅっと握った。まだ完璧とはとても言えないけれど、発動は出来る筈だ。
練習を試みた過去の自分よくやった…なんて心の中で呟いていた私とは対称的に、三神は一度浮かべた希望をすぐに沈めて表情を濁らせる。
「…貴女それ、大丈夫なんですか」
「だ、大丈夫!!そりゃ少し間も開いちゃったけど…感覚は忘れてないし!絶対、映してみせるから!!」
「そうではなく……貴女の提案から考えて、この森全てを範囲に入れるつもりですよね」
「ん?そりゃ、そうだよ?だって検討つかないからやるわけで…」
「…あぁもう!!そんなことして貴女の負担は!?ただでさえあんな…死人みたいな顔色になるくせに、本当に大丈夫なんですかと聞いてるんですよ!!」
「…え?」
ぜーはーと体全体で呼吸を繰り返しながらふいっと顔を背けててしまった三神をまじまじと見つめた。
あれ?え?もしかして…自惚れでなければ私、三神に心配されてる?
成功するか否かではなく、私自身を…?
予想外の事に宇宙を背負っていると、金糸の隙間から炎色がこちらをチラリと覗き見る。
「…何ですかその顔は」
「いや、だって、意外っていうか…」
「はぁ…貴女は本当に…あれだけ言っても伝わりませんでしたか。能力者の吐く"気に入り"という言葉を甘く見すぎだと言った筈です。一応は…気にしますよ」
"気に入り"
合宿の終わりに聞いたその言葉を思い出した。
てっきり取り乱していた私を落ち着かせるための方便だろうと思っていたけれど…少なくとも三神のそれは本物の言葉だったらしい。
暖かさと擽ったさで心臓がむずむずする。
そんな喜びに震える胸に手を当てながら、私はきっぱりとした顔をして三神に向き合った。
「心配してくれてありがとう。…確かに、負担が無いと言えば嘘になるよ。でも…間違えないで」
「は…」
気遣ってもらえたのは伝わった。
でも、それでも…今彼が優先するべきは私ではない筈だ。本物の本心は違う筈だ。
三神は性格が悪いくせに、目的のためならば手段を選ばない…という冷徹なカードをきれる程人間の心を捨ててはいなかったらしい。
私が"気に入り"であるから余計に、ね。
正直嬉しくはあるけど…損な優しさだ。
だから、私の方から提示する。
考えてみると私は存外外道かもしれないね。
だって…目的のためなら、誰かが気遣ってくれた己の身でも平気で削ってやれるもの。
「私を使って」
胸元に手を添えたまま、曲げるつもりのない決意を口にした。
酷く苦いものを噛み潰したように三神の表情が歪んでいく。
「…貴女は、茨の道に進むのがお好きでしたか」
「そんな大袈裟な…」
「あぁドM、の間違いでしたか」
「変な性癖当てはめないで??」
確かに自己犠牲精神的な事を言ったかもしれないけど、断じてドMでもMでもないぞ。
キツくないとは言わないけれど、私にとって"広域記録"で味わう負担程度なら棘にもなりはしないのだから。
だって、死なないし。
まぁ何回もふらつくところを見られてるから心配されるのはもっともな話だけれど。
「肉壁になれとか言われたらさすがに嫌だけど…多少気分悪くなる程度で壮くんが見つかるなら安いもんだよ。それは、引きちぎれる"茨"だ」
「…貴女にとっての"茨"足り得るものが規格外なのを忘れていましたね」
あっけらかんとした態度が功をそうしたのか、はたまたただ呆れ果てただけか…
三神は肺の空気全部を逃がすくらい大きなため息を吐き出しながら目を伏せ、一拍後には遠慮の無い強い眼差しが私を突き刺した。
「貴女に、壮の"記録"並びに開示を要求します」
「是。任せて!…って偉そうに言っても、結局は三神頼りなんだけど」
私に出来るのはいつだって『開示』だけ。
そこから何を得るのか…先は丸投げである。
それでも、壮くんを見つけるための一石になれるなら十分だ。
ただ…一つ懸念が……
「あ、のさ…その代わりと言ってはなんだけど…一緒に怒られてよね」
合宿より広範囲で使うなんて、絶っっっっっ対に四恩さんから特大の雷が落ちる。
いや、それだけならまだいい。下手したらそのまま軟禁ルートが開拓&直行だ。それは勘弁願いたい。
引きこもってるから変わらないだろうって?ノンノン!
あの人の目があると無いではかなり違うと経験者は語っておく。
苦笑を返した三神を横目に、私は幾度か深呼吸を繰り返して気持ちを落ち着ける。
大丈夫。感覚はまだしっかり私の中に残っている。だから…それをなぞるだけだ。
…どうか、壮くんを"記録"させて!
そう思いを込めて、私は合宿でやったように能力をシャボン玉に見立てて広げていく。
ゆっくり、焦らず、確実に。
三神から聞いた森の規模…およそ一キロほどをすっぽり覆ったところで、さてここからだと腹に力を入れた。
「…"広域記録"内より『索引』、壮くん……う"……ぁ"?…っ!?」
瞬間的に積み重なっていく莫大な量の"記録"とは逆に、力が流れ出ていく虚脱感にぐるりと胃が掻き回されたような錯覚を覚える。
「…綴戯さん?」
これはヤバい。余裕無い。
数分前の楽観的な自分をぶん殴りたいぞ。
確かに死にはしないけど、頭がパンクして廃人になりかねないレベルだこれ。
咄嗟に唇をブツリと噛み切った痛みで意識を繋ぎ、すぐに目当ての"情報"を抜いて能力を止めなくてはと頭の中で洪水状態のページを見渡した。
「…!!ヒット!」
光を放った一角を見つけたところで、叫ぶと同時にテレビの配線を引き千切るように"記録"の能力をぶち切った。限界だったのだ。
すると頭を圧迫していたページの海はあっさり消え、無理やりかき集めたページだけが無造作にまとめられた状態で浮かぶ。
「…っは…は、はっ…!」
「ちょ、貴女大丈夫じゃないじゃないですか!?ドブのように酷い顔色ですよ」
「もっ…と、言い方…」
ぶわっと一気に汗が吹き出し、ぐらぐらと揺らぐ視界にきつく目を閉じた。
さすがに範囲が大きすぎた…というより、"情報"量が多すぎたらしい。能力の枯渇云々より頭のキャパシティの方が悲鳴を上げたよね。
でも…なんとか見つかった。
ぶち切ったせいでリアルタイムではなく、ほんの数十秒程度のものではあるが…これはまぎれもなく壮くんの姿を写した"記録"だ。
今は手元にあるから平気だが、これも時期に消えてしまうだろう。
だから私は暴れる呼吸を無理やり落ち着かせ、まっすぐ三神を射抜いた。
「…三神、『開示』するよ」
「…えぇ。お願いします」
どうか、壮くんが無事でありますように。
そう心から願いつつ、私は大きく息を吸い込んだ。
頭の中。私がそれに手を翻せば、書類の束を放り投げたようにページが舞った。




