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14-4


子供達の体力というものを甘く見ていた。


「おねーちゃん!次つみきやろー!」

「だめ!なかにわで木のぼりするの!」

「あ、はは…ごめんね、少しだけ休ませて…」

「「「えー?」」」」


きゃっきゃとはしゃぐ輪の中で私は一人萎れた花のような有り様で座り込んでいる。

絞り出すようにお願いすれば、皆不服そうな顔をしながらも仕方ないなぁと一緒に座ってくれた。代わりにと言わんばかりに体を引っ付かせながら。

可愛いけど皆暑くないの??団子状態になってるけど…


遊びたい盛りの子供達に我慢をさせてしまうなんて申し訳なさは募るけど、本気で体力が持たない。

ついでに言えば木登りは出来ないので、体力回復後も勘弁願いたいところだ。


かくれんぼの後定番の鬼ごっこからはじまり、途中ヒーローごっこを挟んで人質にされ、だるまさんが転んだ、朝の子供向けアニメのダンス…

どうやらここの子供達は一つの遊びを長くやるより、代わる代わる沢山の遊びをしていくのが好きらしい。

その目まぐるしさも相まって私の少ないスタミナをガンガン削っていった次第である。


楽しそうなのは何よりだし、勿論私も楽しんでたんだけどね…日頃の運動不足が祟ったよ。ついていくのがやっとどころか、そもそもついていけないという…うーん、情けない。


「おやおや、軟弱な人ですね」


馬鹿にするような響きにムッと顔を上げ、私は直ぐ様その顔をひきつらせた。

視線の先にはお馬さんごっこをしているのか、四つん這いになって女の子二人を乗せた王子様がいたのだ。視覚情報が濃い。


何というか…ひどい絵面である。あ、お尻叩かれてる…

白馬に跨がった王子ではなく王子が馬に…一部の御姉様方に喜ばれそうだな。

純粋無垢な子供達には申し訳ないけど、特殊性癖のプレイを目の当たりにしている気分です…

苛立ちは散ったし視線も散らした。

どうでも良いけど、三神ボイスの"ヒヒーン"は私の腹筋を刺激してくるから勘弁願いたい。


あっちに行こうと女の子にせがまれて離れていく三神馬を見送り、甘えてくる子供達を撫でながら休息をとっていると不意に出入り口の扉が開いた。


「皆、おやつが出来たよー。手を洗って食堂においでね」


ひょこりと顔を出したのは調理場にいたおじさん。おやつと聞いて時計を見てみるといつの間にか昼はとうに過ぎていて、短針は一の数字を過ぎたところにおかれている。


彼の声掛けに興味関心が遊びからおやつに移り変わったらしい子供達は、私や三神そっちのけで我先にと扉をくぐっていく。

きゃらきゃらと弾ける声と弾む足音、それに続く廊下は走らない!と叱責するおじさんの声。遠退いていく喧騒に私はクスクスと笑みをこぼした。


本当に賑やかで眩しい。これが本来の子供の姿だ。

母親や父親の骸を抱いて泣いたり、空っぽな瞳で一人座り込んでいたり、骨と皮だけの痩せた体を瓦礫に預けていたりしない。


「…ふぅ。まったく…落ち着きの無い子達ですね」

「いいじゃん。…子供らしくて」


四つん這いから立ち上がった三神が膝を払いながら呟いた言葉にそう返すと、彼は特に反論もせず無言で肯定を示す。


「それにしても、昼ごはんじゃなくておやつなんだね」

「ええ。僕がいた時からそうでしたから。ちなみに、今日はタルトタタンだそうですよ」

「想像以上におしゃれなおやつだった…」

「料理を任せている彼…モノックが得意なんですよ、そういうの」


おじさんの名前を思いがけず知ることになりながら、私は三神の後をついて部屋を後にした。


食堂として使われているという部屋は教会時代のものをそのまま使っているらしい。

かくれんぼでお世話になった調理場と隣接しているそこでは、子供達が切り分けられたおやつの前で僕の私のと大騒ぎで取り合いをしていた。


「いやぁ、毎度子供達の胃袋には驚かされるね。はい、お嬢さんと院長の分」


すっからかんになったいくつもの皿を見て苦笑しながら、調理場のおじさん…モノックさんが私達にカットされたタルトタタンの乗ったお皿とフォークを手渡してくれる。


「モノックさん…っていうんですよね。わざわざありがとうございます」

「やや、院長に聞きましたか?名乗り損ねてしまって申し訳ない。ああそれと、私の好きでやってることだからね!気にしないで食べておくれ」


その気遣いに感動する私の横で平然とそれを受け取ってぱくりと口に運ぶ三神に若干引いた。たぶん彼にとってはいつものことなんだろうけど、お礼の一つは言うべきだと思うぞ。


「それに、こうでもしないと子供達と仁義無き戦いをする羽目になるからね」

「実際久夜が来た時は酷かったですよ。おかわりのじゃんけんに割り込んでは勝って、子供達の分まで根こそぎ奪っていきましたから」

「最低」

「これに関しては同意見です」

「ははは…」


ただでさえ最底辺な一ノ世への評価を地に埋めながら、私も小さく切ったタルトタタンを一口食べて…思わず頬に手を当てた。


「お、おいしぃ…!!!」

「何子供と同じ顔してるんですか貴女…」

「はぁ!?こんなに美味しいものを平然とした顔で食べてるお前の方がおかしいからね!?」


さく、ほろほろと食感を楽しませるタルト生地がバターの香りと共に舌を転がったかと思いきや、すぐに後を追ってくる甘く香ばしいカラメル。

そしてその中にはしんなりしたリンゴがしゃくりとやや鈍い歯触りで現れて、素材の持つ風味を残したまま混ざり合う。その甘酸っぱさが全体をまとめ上げ、しつこくない味を演出していた。


…なんて、それっぽく脳内で語ってみたけれど、とにかく美味しい!その一言につきる。


「あの!モノックさん!これ、すっごく美味しいです!!今まで食べたタルトタタンの中で絶対に一番ですよ!!」

「ははは!そりゃうれしい!作ったかいがあったよ!」

「お店出せるレベルですよ本当に」

「実際()()()()()んですよ、彼。元パティシエですから」


呆れ顔の三神曰く、店はそこそこに繁盛していたらしいがモノックさんは元来保育士になりたいくらいには子供好きだったそう。

シェフの父とパティシエの母が許してくれなかった事とお菓子作りも好きだった事からパティシエの道に進んだ彼の元に、ある日たまたま三神が客としてやってきたらしい。

そこできまぐれに世間話に興じたところ、モノックさんが子供好きな事とシェフとしてもやっていける料理の腕を持つ事を知ったそうだ。


「それで後日孤児院に招いて勧誘したら、あっさりOKをもらったんです。正直驚きましたよ。まぁ、おかげで助かりましたけど」

「いやね、前任が退職してから中継ぎで院長が食事を作ってたみたいなんだけど…見学の際に見たのが、まぁ、うん…衝撃で、ね」


露骨に言葉を濁したモノックさんに私は察し、にまにまと口を緩ませながら三神を見やる。


「料理、下手なんだ?」

「失礼な。人並みですよ」


器用そうなのに意外だと思いつつそう尋ねてみれば、彼は口ではきっぱり否定したものの視線は決まり悪そうにさっとそらした。バレバレだわ。

そんな三神に苦笑しながら、モノックさんが追撃を口にする。


「人並みだったらオムライスを黒焦げにしたりケチャップ代わりにスッポンの生き血をトッピングしようとはしませんね…」

「なんて??」


想像の斜め上だった。それはもはや下手とかいう次元ではない。むしろどうしてそうなった??

そもそも、だ。

ケチャップ?うーん…赤いものって何だっけ?となった時、真っ先に浮かんだであろうものが血って…どうかしてる。

頭の中にある引き出しの中身が物騒すぎるんだよ。

隠すつもりもなくドン引きな私を横目で睨み、奴は小さく舌打ちした。


「普段はレトルト頼りでしたけど、あの時は少し調子に乗ったというか…出来ると思ったんですよ。だいたい、失敗しても仕方ないでしょう?料理など露程の興味も無かったんですから」

「はは!院長達のような人は"そう"らしいですね。まぁおかげ様で私は天職にありつけたわけですけど」

「そもそもあの時、卵に火を通せと言ったのは貴方でしょう。だから焼いたのに…」

「そりゃ、言いますよ!溶き卵をそのままかける人がありますか!?何より、院長の火力が強すぎなんですって!」

「血だってかける前に止めてくれれば良かったじゃないですか」

「院長を止める前に私の思考が止まったんですよ!」


大変面白い会話をしていらっしゃる。

というか、是非とも生で見たかったよそのとんでもないクッキング現場。


気安い様子で言葉を交わす二人を眺めながらタルトタタンをもう一口と口を開いたところで、どこかからガチャーン!と皿の割れる音が響いた。

驚きで口に入れそびれたリンゴを皿に落としつつ音のした方へ首を回すと、取っ組み合いの喧嘩をしている男の子二人が目に入る。


周りの子達は巻き込まれないように距離をとり、びっくりして泣いてしまっている子は年長さんが宥めながら、皆二人の様子を困惑気味に見つめていた。


「何事ですか」


どうしようかと問かけるより先に三神は既に動いていて、その後ろにはモノックさんが箒とちりとりを携えた準備万端な状態で着いて行く。

うーん、さすが慣れているのか行動が早い。

というか、三神の気配が読めないのは仕方ないとして…モノックさん何者よ。いつ動いていたのか私全然気付かなかったぞ??


「あの…あのね、いんちょー。ケントくんがタケルくんをね…」

「おれは悪くないやい!コイツがよわむしなのが悪いんだぞ!てきとーなこと言うなよココ!」

「ひゃっ!」

「ぼ、ぼくはよわむしじゃないもん!!」

「うるさいうるさい!どーせタケルは森がこわいんだろ!」

「うっ…そ、それは…!」

「ほーらみろ!もういい!よわむしなんて知らねー!!もうさそわねーもん!」

「…っ!?ぼ、ぼく…ぼくは…!!」

「はい、そこまでですよ。二人共一度落ち着きましょうか」


再び取っ組み合いが始まろうとしたところで、パンパンと手を叩きながら三神が間に割り入る。そして二人の背を押してテーブルから遠ざけると、壁際まで連れていった。

その隙にモノックさんが片手間に泣いている子をあやしながら、割れてしまった食器の欠片を集めて片付けていく。

見事な連携に拍手を送りたいくらいだ。


ふと、私は心配そうに三神と男の子達を目で追う胡来ちゃんを見つけ、そちらへ足先を向けた。


「胡来ちゃん、大丈夫?」

「…あ、おねーちゃん」


声をかけると少し表情を緩ませて、不安からか胸の前で握りしめていた両手をゆっくり解いていく。

トテトテと側に寄ってきてくれた彼女の形の良い頭を撫でると、へにゃっと目尻を下げながら何か言いたげに私の服を引いてきた。


「ん?どうしたの?」

「あのね、わたしはケントくんが悪いとおもうの」

「そうなの?…それは、どうして?」

「えっとね、ケントくん、森ですっごくおおきなカブトムシみつけたんだってジマンしてね。タケルくんもつぎはいっしょに行こうって…。でもね、森ははいっちゃダメっていんちょーに言われてるの」


森とはまんま、この孤児院をぐるりと囲うそれに相違ないだろう。

いくら人の手が入っていて比較的明るいとはいえ、子供達が遊ぶにはやはり危険が過ぎる。大人の目が無いなら尚更だ。


毒を持つ植物は世の中に二百を下らない種類があるし、毒をもつ虫や爬虫類だっている。

それだけでなく、これ程緑豊かなら野生動物だって生息していることだろう。

他にも大人が予想だにしないものでも子供達の目線だと危険に成り得る。そういうところがまた恐ろしい。


「だからね、タケルくんはダメだよってケントくんに言ったの。なのにケントくん、タケルくんはおくびょうものだーっておこって…タケルくんもそんなケントくんにおこって、パンチしちゃったの」

「あー…そっか。そういう、ね。…うん、教えてくれてありがとう、胡来ちゃん」


子供らしいと言えばらしい理由だ。

私が覚えている限り、タケルくんとケントくんと呼ばれている二人は遊んでいる間ずっと一緒にいたように思う。

普段はかなり仲が良い二人組なのだろう。


だからこそ、というか…ケントくんはそんな相方に否定されたような気がしちゃったんじゃないかな。

本人は悪気なく楽しみを共有しようとしただけなのに、正論でダメだと返されて…面白くなかったんだと思う。

だからムッとなってしまった、というのが私の予想だ。


そんな思考を回しながら改めて三神達の方を見てみると、どうやら当事者達はお前が悪い!の一点張りで話にならないらしい。

しかしどうやら三神には私と胡来ちゃんの会話が聞こえていたらしく、こちらに目線を寄越していた彼の口が成る程と動いたのが見えた。


「まず、堅翔(ケント)。僕は再三森へ行ってはいけないと教えたはずです」

「で…でも、なんともなかったし…」

「それは結果論…いえ、"当たり"だっただけです」

結果論という言葉では難しすぎると思ったらしく、彼は変わった表現で言い換える。

それにしても"当たり"って…どういう説明にするつもりなのだろう。


「あたり…?」

「ええ」


きゅっと顔をしかめながら復唱した堅翔くんに三神はゆっくり頷いて、パッと己の片手を広げて顔の横に掲げた。


「堅翔達が森に行く時、必ず神様はクジを引くのです。当たりだと無事に帰ってこられますが…ハズレだと熊に食べられてしまいます」

「ひっ」


いやに具体的なハズレだな…


「じゃ、じゃあ…ずぅっとあたりならいいんじゃんか」

「残念ながら当たりは一人につき一つしかありません。なので、一度当たりを使ってしまうとおしまいです」

「えぇ!?」


まぁクジの一等賞なんかは箱の中に一枚とかしか入ってないもんね。嘘は言っていない。

さて話の着地点はどこになるのかと耳を傾けながら見守っていると、三神は開いていた手の親指をぱたんと折り畳んだ。


「堅翔はもう、今日で当たりを引いてしまいましたから…」


開いたまま残っている他の指をするりと撫で、彼はわざとらしく眉を下げて悲しげな顔を作る。


「残りは…ハズレしかありませんね?」

「そ、そんなぁ…」

「いいですか?次に森へ入ったら… 」

「は、入っ…たら……?」


ふわっと空気に余韻を残して言葉を切ってうつ向いた三神に皆がごくりと喉をならした…次の瞬間。


「っガァァ!!!」

「ぅひぃっ!?」

「…と、熊に食べられてしまいますので。もう約束を破ったりしないでくださいね」


言い切ってスッキリした三神には悪いが、場が凍りついている。

当たり前だ。そりゃ、いくら視覚情報がガオーポーズした三神という大変面白いものであっても、殺気混じりに大声を出されたらおっかないに決まっている。ましてや子供にとっては尚更だろう。


間近でくらった堅翔くんなんて、大きな目を落ちそうなくらいに真ん丸にしてしまっていた。

というか、大人であるモノックさんですら冷や汗を流しているレベルだぞ…少しは考えろ。


放った時と同じく、ほんの一瞬で殺気を霧散させた三神は何事も無かったかのようにケロリといつもの微笑に戻った。

時間が止まったような有り様の皆と三神を見比べて、大人気ないとため息をつく。


まぁ、効果は抜群だったみたいだけど。


ようやく感情が追い付いたのか、堅翔くんはその大きな目に見合った大粒の涙をぼろりと溢しながら震える声でごめんなさいを繰り返し始める。

そこに三神が慰めるように頭を撫でれば…案の定堅翔くんのダムは容易く決壊した。


「う、うわぁぁぁぁん!!」


わんわんと泣きじゃくる彼に、必要な厳しさと分かっていてもジクジク胸が痛む。

きっと三神の方が痛いのだろうけれど。

ともあれ一段落…かな。


カタリと震える手をこっそり背に隠して小さく息を吐く。

言わずもがなだが、三神の殺気は私にも効いていた。

胃液がせり上がってくる不快感、肌を虫が這うような嫌悪感、歪んだ視界…

ただ幸いだったのは、あれが私に向いたものでは無かった事だ。おかげで耐えられた。


「…ふぅ。い、院長の"コレ"は本当に心臓に悪い…お嬢さんは大丈夫?」

「あはは…なんとか」

「凄いなぁ…私なんかほら、膝が笑って…やっぱり能力者は違いますね」


能力者は違う、というモノックさんの言葉には少しの畏れと共に尊敬の色が見える。

マイナスなニュアンスで無い事に私はひっそり安堵した。

ふと、ずびずびと鼻をすする音が耳に届き、視線を下げる。


「うぅ…」

「あ…胡来ちゃん!?大丈夫!?」

「こ、こわかっ…ぐすっ」

「あらら…そうだよねぇ。あれは怖かったよね。でも、もう大丈夫。大丈夫だよ。ほら、おいで」

「「「んっ!!!」」」

「わぁっ!?」


沢山の声が重なったと思ったら、胡来ちゃんだけじゃなく周りにいた子供達が皆私に飛び付いて来たではないか。

広げた腕では抱えきれず、体の横にも背中にも子供を引っ付けた私はあっという間にお団子状態になった。

わぁ、モッテモテだぁ。


うっかり緩みそうな顔を取り繕いながら一人一人あやしていく。その最中に子供達の隙間から三神をじろりと睨めば、こちらの有り様を眺めてばつの悪そうな拗ねたような…そんな複雑な顔をしていた。

取り敢えず目が合ったので、口パクで"バカ"と言っておく。


「…っ、こほん。(タケル)、貴方は正しい事を言いました。しかし、先に手を出した責については貴方にありますよ」

「うっ…ごめん、なさい」

「はい。二人共、ちゃんと謝れて偉いですね。今後はしっかり気を付けるんですよ」


鞭の後の飴というやつだろうか。

優しく、おそらく本心だろう暖かい音で褒めながら頭をなでた三神に、二人はをぎゅうっとしがみつく。

うんうん、何はともあれ騒動が収まって何よりだよ。…無関係な子達への被害が大きかったけどね。


「…ふぅ。よし!皆おやつも食べ終わったみたいだし、ご馳走さましてお昼寝しようか」


なんとか立ち直ったらしいモノックさんがパン!と強めに両手を合わせ、ご馳走さまでしたと声をあげる。

すると皆、騒動の余韻を引き摺りながらも彼にならって唱和した。


『ごちそうさまでした!!』


時間がようやく普通に動き出す中、片付け当番の子達を手伝おうとして三神やモノックさんに止められる。曰く、子供達にやらせることに意味があるのだから仕事をとらないであげてくれとのこと。


そう言われては引き下がる他なく、私は当番ではない面々に手を引かれて食堂を後にした。

ちなみに三神とモノックさんは片付けを見守ったりチェックをするらしく、私に寝かしつけを頼んでその場に残っている。


プレイルームに戻ってきた私は、部屋の隅に畳んで積まれていた布団を子供達が並べていく様子を手持ち無沙汰に眺めていた。

それにしても、お昼寝タイムなんて懐かしいな。私も保育園くらいの頃に経験がある。

あまり覚えてはいないけど、私は寝るより遊びたいとぐずって先生方を困らせていたらしいと両親が笑いながら話してくれたことがあったっけ。


「おねーちゃん…」


ぼんやり思い出に浸っているとすぐ側から声が聞こえ、ハッと沈みかけた思考を現実に戻す。

見れば、座る私の横にピタリと寄せて自分の布団を敷いた胡来ちゃんがいた。枕をテディベアの如くぎゅむっと抱き締めながらくりだされる上目遣いに、うっかりKOされかけたよね。

可愛いって強い


というか、気付いたら私の周りだけ布団の密度が凄いことに…好かれてるのは素直に嬉しいけど、何も白熱した場所取りじゃんけんまでしなくても良いと思う。

おっと、そんな事より胡来ちゃんだ。


「どうしたの?胡来ちゃん」

「あの、あのね…わたしが寝るまで一緒にいてくれる?」

「ふふっ!勿論、いいよ!」

「やったぁ!」


むしろ私の方が得な気分である。


「じゃあじゃあ、ご本も読んで!」

「お安い御用!」


ぱぁぁと音がしそうだった。

嬉しそうに、マシュマロのような頬をほんのりピンク色に染めて破顔した胡来ちゃんは、じゃあコレ!と枕と体の間に忍ばせていたらしい絵本を差し出してくる。

そんな彼女に続くように僕も私もと布団を無視して子供達が集まり、傍らに本が積み重なっていった。


わぁ…こんなに沢山。皆それぞれのイチオシがあるんだね。

微笑ましさに口元を緩める。積まれた量はそこそこあるけれど、絵本だからそこまで負担にはならないだろう。

そう楽観的にとらえつつ、布団にくるまったり私にもたれ掛かったりしている皆の中心で胡来ちゃんの絵本からページを開いたのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


三神side


「…まったく」

「やや?」


呆れと共に息を吐く。

食堂での後片付けを終え、晩御飯の仕込みを雑談がてら手伝った後に子供達の様子を見に来てみれば…


視線の先には子供達を身体中に引っ付けて、団子状態になりながら一緒に眠る綴戯さんの姿がありました。

いくら空調があるとはいえ暑くないんですかそれ…


「寝かしつけを頼んだのに、自分が寝てどうするんですか…」

「まぁまぁ良いじゃないですか院長。子供達共々気持ち良さそうに寝てますし…そっとしておきましょう」

「誰も起こすとは言ってません」


読みかけだったのか開きっぱなしで床に落ちていた絵本を閉じ、重なっている他の本の上に戻す。


モノックの言うとおり、いつも一人二人はぐずる筈の子供達は皆一人残らず深く寝入っており、その中心で眠る彼女も穏やかに寝息をたてている。

どうやらその寝顔を見るに、悪夢とやらは見ていないようですね。


まぁ、こんな天使達を引っ付けておきながら"あちら"とやらに囚われるなんて許しませんけど。

正直、場所を代わってほしいくらいですよ。今回は仕方なく譲って差し上げますけど。


「いやぁ、それにしても…院長が女性を連れてきたと知った時は頭でも打ったのかと思いましたが…」

「燃やされたいんですか」

「やや、あのオムライスと同じ運命は遠慮します」


モノックとは僕が孤児院を継いだ中等部三年頃からの付き合いですから壁は随分砕けていて、気安い会話がつい弾んでしまいます。

久夜達同期や七尾先輩、ついでに十三束を除いた中では他の能力者よりモノックの方が距離は近いでしょう。

そう言えるくらいには懐に入れています。


まぁ、あちらが能力者か否かを気にしないタイプだったのが幸いでしたね。

一つの事柄に没頭する質である彼は、料理又は子供に関する事以外において細かいことは眼中に無いから特に気にならないのだそうです。

果たして一般人か能力者かの違いを"細かい"と言えるのかは疑問ですけど…本人がいいならそれでいいのでしょう。

ただ、いくら興味がなくともいつぞやに見たダサい服装だけは何とかした方が良いですよ。


ともあれ、彼は安心して子供達を…この孤児院を任せられる唯一です。

他にも数名非常勤で働いてもらっているスタッフはいますが、彼らに任せられるのはせいぜい掃除や中庭の手入れなど。

子供達に接する仕事を頼むつもりは毛頭ありませんし、食事に関わらせるなどもっての他です。


モノック一人にかなりの負担を強いているのは重々承知していますが、こればかりは譲れません。

何せ、よく認識もしていない棒人間程度の輩に僕の宝物を近付かせるなんて…肌が粟立つほどの不快感が襲ってきます。

…考えてみれば、能力者の僕が一人でも一般人を信用出来たのは奇跡に近いですね。

モノックとは今後も良い関係を心がけましょうか。


「…それで?院長はどうしてお嬢さんをここへ?」

「どうして、とは?」

「いやぁ、いくらなんでも院長がきまぐれで女性を連れてくるなんてあり得ませんからね。…お嬢さんも随分疲れているように見えましたし訳有りかな、と」


まったく…彼は鋭いところがあって困りますね。その小さい目でよく気付くものです。


ちらりと彼女を見やり、目の下に染み付いているクマに眉をひそめる。多少は化粧で誤魔化しているようですが、全然隠しきれていません。

元々悪夢…もとい"記録"の開示を睡眠中無意識にしてしまうせいで眠りは不十分らしいのですが、合宿期間を除いて殆ど関わりの無い僕から見てもここ数日の彼女の様子は目に余ります。


本人はいつも通りのつもりなんでしょうけど…学生達が四恩さんに軟禁されていて良かったですね。

今のこの人を見たら泣きますよ、あの子達は。


原因など、考えるまでもありません。


「…色々ありましてね。おそらく精神が参ってしまっているのでしょう」

「やや…そう、だったんですね」

「なので、子供のパワーでも分けてあげようかと思ったんですよ」

「はは、そりゃ名案だ。この子らの元気はきっと、特効薬になりますよ」


まったくもってその通りです。現に、今こうして穏やかに眠っている姿を見れば…まぁ連れてきて正解だったなと思います。


我ながららしくない気を回してはいますが…一応興味の対象ではありますからね。僕だって多少の世話は焼きますよ。

ついでに労いの気持ちもあります。

被害があれで済んだのも、奴らをアジトごと潰せたのも彼女のおかげらしいですからね。

…久夜が気持ち悪い程上機嫌に話していました。


とはいえ、僕が何かせずともそのうち四恩さんに捕まって強制療養させられたでしょうけど。


「けど、私としても来てくれてありがたい限りですよ。院長もそう思っているんでしょう?こんなに子供達も懐いて…」

「ええ。まったく…妬けてしまうくらいです」


好かれるだろうとは予想していましたけど、ここまでとは思いませんでしたよ。

孤児院にいる子供達の中には様々な事情を抱えた子がいます。

ですので、皆警戒心はそこらの公園で騒いでいるような子達より余程高い…筈なんですけどね。


例えば、母親に虐待された末に捨てられた胡来は僕と似て女性嫌い…自分より大きな女性を苦手としています。

過去に何度か人員を増やそうと募集をかけた際、毎回面接に来た女性に対して怯えを見せて大泣きしていました。年齢問わずにね。


だというのに…

まさかこんなにベッタリ懐くとは思いませんでしたよ。

彼女の片脚を枕にして、お気に入りのぬいぐるみを抱き込むかのようにしがみついているこの子は本当に胡来なんでしょうか。


胡来だけじゃありません。

人見知りが激しく、いつも物陰に隠れてしまうリズも本につられたのでしょうか。

ずれた眼鏡の向こうであどけない寝顔をさらしながら、胡来とは反対の脚を占領してくぅくぅと寝息をたてています。

…その子、僕ですら抱っこしたこと無いんですけど。


と、羨望がにじみ出てしまっていたのかモノックにクスクスと笑われてしまい、誤魔化すように咳払いを一つ。

物分かりの良い彼は僕の機嫌を損ねる前にからかうような表情を引っ込めて、幸せを寄せ集めた塊に目を細めました。


「何と言うか…不思議な人ですよね。目の色で能力者だとはすぐ分かりましたけど、雰囲気も性格も私の知る能力者とは全然違う…まるで"普通"の女性と接しているようだ」


一般人の彼から見て"普通"であると称される。

その特異性は、能力者(こちら)からすれば不思議などという言葉では済みません。


どう頑張っても能力者と一般人では心の構造が違うと言われています。概念的な話ではなく、別の生き物と呼べる程に心理学的に異なっていると論文が出されているそうですから。

勿論、そんな無駄な事を調べたのは一般人ですけど。


ちなみに、先日こちらに手を出してくれた馬鹿達がむしろ能力者的に正しい姿だったりします。身近で言えば久夜です。

しかしそれでは『楽園(ウチ)』の掲げる"共存"は為し得ません。


故に、僕達は違いを踏まえた上で言葉や態度を選び、"演じる"ことを学ぶのです。訓練を除けば、それこそが学園のメインですからね。


モノックのように理解がある相手なら交流に気を張らずとも良いんですけど…そんなのはごく少数。

正直言って面倒くさいったらありませんが、それが『楽園』の…組織の方針ですから努力しないわけにはいかないんですよ。


しかし彼女は例外。努力の必要がありません。

そんなことをせずとも一般人の心を持っているのですからね。

だからこそ、僕は久夜の言葉を借りてモノックにこう返すのです。


「この人は、()()なんですよ」


普通と特別。正反対にも聞こえる二つを内包する人。

まぁ、僕の言葉で表現するのなら…変わり者、ですかね。


「特別ですか…言われれば確かに凄い人なのかもしれませんね。何せ、院長を見つけてしまうくらいですから!」

「耳が早いですね…」

「子供達から聞きましたよ。いやぁーとうとう無敗記録を破られちゃいましたねぇ!」

「はいはいそうですね…」

「やや、意外と反応薄いんですね?」


おちゃらけた様子で相好を崩しながら、五十手前の男が僕を肘でつついてくる…鬱陶しいんですが。可燃物は今日でしたっけ。

目を座らせて睨み付ければ、やはり察しの良い彼はすぐに手を引っ込めました。


反応が薄いとモノックは言いましたが、それは表面上だけ。

見つけられたことに関しては本当に予想外でしたからね。


本音を言ってしまうと、僕は"かくれんぼ"なるものが大層嫌いです。子供達の前では口が裂けても言えませんが。

僕にとっての"かくれんぼ"とは決して楽しい"遊び"などではありせんでした。あれは、あんなものは…


〈あらぁ?聖ちゃん、"かくれんぼ"かしらぁ?〉

〈…っ〉

〈手間かけさせるなんて悪い子ねーぇ?見つけたら…分かっているわね?〉


記憶にこびりついた気持ち悪い猫撫で声と吐き気がする甘ったるい香水の香りが思い出され、思わずそっとこめかみにに手をやった。

そう、楽しい記憶など無い。あんなものは…二度とごめんです。

そんな拒否反応のせいか、かくれんぼになると自然と体が逃げてしまうのですよ…"あそこ"に、ね。


〈…こちらへ、聖くん〉

〈し、シス、ター…?〉


ある日、老齢なシスターに手を引かれた先。

普通ならどう考えても不気味な筈の地下空間はしかし、僕に安心感を与えました。


〈後でこのおばばが迎えに参りますよ。それまでは静かに待っていてくださいまし〉


あそこは、いつもそう言って僕を庇ってくれた人が教えてくれた安全地帯だったんです。


隠し部屋を自分たちで見つけさせ、僕が居ない時でも身を守れるよう知ってもらう。

そんな都合のいい言い訳を嘯いて毎回のように子供達を騙す自分に吐き気を覚えながら、今日も早く時間が過ぎてしまえばいいといつものように息をひそめていたんです。


それなのに…彼女はやってきた。


〈…シスター?〉

〈寝惚けてんのかお前〉

〈……?…はっ!?〉


気配の消し方一つ知らないような足音と共に現れたのは、いつかのシスターではなくあの人だったんです。

あんな反則的な場所にいた僕を平然とした様子で見つけてみせたんですよ。驚くなと言う方が難しい。


「…何なんでしょうね。ほんと、分からない人だ」


見つかって負けた筈なのに…あの時感じてしまったのは安堵でした。

その事実から目を背けつつ呟けば、何故かモノックは面白いものを見つけた子供のように豆粒の瞳を輝かせて柔和に口元を緩める。


「…なんですか、その顔は」

「いいえ、別に?…あぁそうだ。院長、肌掛けの一枚でもかけてあげたらどうですかね」


何が言いたいのかと睨んだところでするりとはぐらかさされ、話題をすり替えられてしまいました。

これだから学長といい年長者は扱いにくくて嫌になります。

こうなると食い下がったところでろくに答えてくれないのは学習済みですから、仕方なく新しい話題に乗ることにします。


「何故僕がそんな事をしなければいけないんですか」

「だってほら、また来てもらいたいじゃないですか。だから少しくらい優しくして差し上げた方が…印象が良いかな、と」


優しく、と言われて鼻で笑う。

そうですね、つんけんした態度よりはその方が余程印象が良いでしょう。しかし…


僕は幼さの感じられる寝顔を見ながら短く息を吐き溢しました。

彼女にそれが当てはまるかと問われれば、否を返しましょう。


この人はこちらの振る舞いなどで己の行いを変えるタイプじゃありませんよ。

関わりたいなら関わるし、関わりたくないなら関わらない。

自分の在り方は自分で決めると言わんばかりに我が強い人のようですから。

そもそも、彼女から見れば僕の印象など最初からすでに最低でしょうし。


「そんな小細工をせずともまた来てくれますよ。絶対ね」

「やや、凄い自信…まぁ私もそんな気はしますけどね」


言ってみただけですと笑うモノックに何がしたかったのかと思いましたが、すぐにからかわれただけだと気付いて小さく舌打ちを鳴らしました。


「いやぁ、院長が女性を気遣う…なんてレアシーンを拝めるかと思ったんですがね」

「燃やします」

「やや、もはや断定…熱っ!?ちょ、ちょっとした出来心じゃないですか」

「煩いですよ。皆が起きるでしょう」

「いやこれは院長が悪い…あ、まっ!服が焦げますって」

「黒いコック服も斬新だと思いませんか?」

「炭化する前に無くなりますよ。あーあー、良いんですか?代えもありませんし全裸で子供達の前に出ることになりますよ?」

「それはいけない。中身まで消し炭にしなければ」

「それはご勘弁を!」


まったく…このノリを持ちながら二倍近く歳が離れているんですから驚きです。

子供っぽいところがあるくせに単純とはいかず、食えない人なんですよね。…久夜といい、僕の周りにはそんな人ばかりじゃないですか。


しかし、少しばかり楽しんでいた声をひそめながらの軽口の応酬は…第三者の声に遮れてしまいましたけど


「三神どの」


不意に耳朶を打った声が頭に反響し、己の体が強張ったのが分かりました。

そっと拳を握って爪を食い込ませ、モノックに悟らせないよう何枚も何枚も分厚い皮を己へ被せていく。

絶対に気付かれてはいけないんです。気付かれたくないんです。彼にも、勿論子供達にも。


「やや、また呼び出しですか。毎回毎回院長も忙しいもんですね」

「え、え…まぁ、そうですね」


ピシリとした黒いスーツを来た男と僕を見比べてモノックは苦笑する。

真似るようにしてこちらも苦笑を返し、吸盤でもついているのかと錯覚するほど動かしにくい足をどうにか一歩前に出しました。


「では、こちらへ」


折り目正しくシワの無いスーツの背に続く直前、もう一度と未練たらしく振り返った僕は楽園を目に焼き付けて…席を外したのです。


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