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7章:箱庭

説明事の多い章になりますが、お付き合いください。


すっかり梅雨が明けたらしく、雨の影形もない深い青空の中で千切った綿に似たむくむくとくっきり輪郭を持った雲が浮かんでいる。


本の整理のために少し動けばうっすらと汗ばむような空気にあぁ夏が来るんだと思い、なんとなく蝉時雨が待ち遠しくなってきた。

ちらちら聞こえてはくるけど、まだ大合唱には至らない。


"あっち"じゃたぶん蝉はほぼ絶滅していたらしく、『ソノヒ』以降聞こえた事がないからね。

昔はそりゃうるさいなと思うだけだったけれど、聞こえなくなると存外寂しいものだ。


寂しいと言えば、テスト期間が終わってからは八丸くんはお役御免になったらしく、またねと言って元々の仕事に戻ってしまった。

忙しいのだろうし仕方ないけれど、何かと気遣って一緒に居てくれたから…どことなく図書室が広くなってしまったかのようなスースーしたもの悲しさはある。


「お姉さぁぁぁぁぁぁん!!!」


なんて考え事をしていると、どうやら蝉の声より先に来客らしい。

元気溌剌をそのまま表したような声に思わず笑みをこぼしながら持っていた本を置き、出迎えるべく出入り口に体を向けた。


「こんにちは!!!お姉さんっ!!!」

「ちょ馬鹿落ち着きなよ教室だけじゃなくてココの扉まで壊すつもりって言うかそんな事したら七尾先生の説教だけじゃなくて小生もさすがに怒るからってあ綴戯さんこんにちは」

「ふふっ!こんにちは。二菜ちゃん。至くん。今日はもうおしまい?」

「「はい!!」」


7月半ばに差し掛かった今日は世間一般で言うと終業式ってやつにあたる日らしい。懐かしいな終業式って響き。まぁ集会をするわけでも校長先生のありがたいお話(催眠術)を聞くわけでもないみたいだけどね。


「さて、じゃあ結果を聞いてもいいのかな?」


この日のメインイベントはズバリ、テスト返却。

夏休みに入る直前にその運命を左右する答案用紙が帰ってくるとか…恐ろしいイベントだよね。

でも昨日までは不安からかしおしおに窶れていた彼女がこんな明るい表情を浮かべているのなら…結果は見えたようなものだ。


「ふっふっふっ…じゃーん!!!」

答案用紙は63、52、52、59、51、56…ギリギリなものもあるけど、全部赤点ボーダーらしい50点以上。

つまり…


「二菜ちゃん!これって…!」

「はい!!二菜!初めての夏休みエンジョイ決定です!!!」

「凄い凄い!おめでとう!!二菜ちゃん頑張ったね!!」

「えへへへ!!!」


二菜ちゃんはぱぁぁ!と今日の太陽より眩しい笑顔を湛えてVサインを天へ突き上げる。

中学から万年補習だったらしい彼女が…これを快挙と言わず何と言うのか。


私はパチパチと惜しみ無い拍手を送り、ホッとしたような顔で二菜ちゃんを眺めていた至くんに向き直る。

すると彼もVサインを作り、コクリと頷いてみせた。


どうやら二人ともテストという試練を突破したようだ。

ならば私もずっと心に決めていた事をしよう。


私は彼女達にちょいちょいと手招きをして、不思議そうな顔をして少しづつ慎重に近付いてくれた二人に手を伸ばした。


「「!?」」


ほんの一瞬強く目を瞑り、二菜ちゃんと至くんの頭にぽすんと軽く触れる。

そして自滅する前にさっと手を引き、痛いくらいにバクバク言う心臓を必死で押さえながら笑ってこう告げた。


「…っ、二人共おめでとう!」

「「はわわわわわ!?」」


あ、あれ?二人が恐ろしい素早さで後退したぞ??

信じられないような顔をして、いつぞやのように語彙力を失っている二人に少し不安になる。


「ご、ごめん、もしかして嫌だった!?」

「ちちちち、違くてですね!!!ううう嬉しすぎてお姉さんにうっかり抱きつきそうなので離れました!!」

「小生もちょっと意味わかんないくらい嬉しいですけど綴戯さん無理してますよねだからその大丈夫ですか気分悪かったら小生達一回出ていきますけどどうですか」


嫌がら、れてはないのかな?

むしろ気を遣ってくれただけみたいだ。うーん…褒めたかったのにこれじゃあちょっと意味がないような気がする。


「確かに怖くなかった訳じゃないけど…私が!二人を撫でたかったんだよ。ずっと決めてたの」


二人は私の期待に応えて頑張ってくれたのだから、私だって頑張りたかったんだ。

さすがに至くんと約束した撫で回す事までは出来なかったけど。

そう思いを伝えれば二人は困惑の色を消し、それはそれは溶けそうなほど嬉しそうに表情を緩めて笑ってくれた。


「ふへへー!お姉さんに撫でられちゃいました!最高のご褒美です!!!ね、至くん!」

「…」(コクコクコクコクコクコクコクコク)

いや、至くんそれ首大丈夫?

なんか残像みたいなの見えるレベルだけど、むち打ちになったりしないのだろうか。


「これでお姉さんと合宿を楽しめ…はっ!そうでした!!合宿!!」

へにょへにょに緩んでいた顔をしゃんと引き締め、二菜ちゃんはキラキラした桜色の瞳を私に向けた。


「お姉さん!二菜達と合宿のためのお買い物に行きませんか!?」

「え?良いけど、また東京はちょっと…」

確かに何日かは分からないが合宿でお泊まりするなら必要な物が色々あるだろうけれど、正直もう一度東京っていうのは…私の精神力が持つ気がしない。図書室という安全地帯は着実に私を引きこもりの道へと誘っていた。


と、顔をひきつらせる私にフルフルと至くんが首を横に振って否定を返す。

他県に行くのだろうかと首をかしげれば、彼は人差し指を下に向けながら口を開いた。


「一応島に商業施設あるんでそこに行くつもりなんですがもし良かったら案内がてら島を回ろうかと思うのですがどうですか」

島の商業施設?そう言えば七尾さんが一応あるとは言っていたっけ。

そう言えば私はここ、『楽園(エスクエラ)』を見て回ったことなんてないな。"あっち"では当然そんな暇はなかったし、こちらでも監視されている身だし用事もないから校舎や周りの職員寮といった学園の敷地しか歩いた事はない。


「えっと、興味はあるけど…私が彷徨いても大丈夫?」

「七尾先生に聞いたらオッケーがでました!!」

「勿論この前みたいに先生が付き添うのが条件ですけど他の能力者とかから別に反対もされなかったそうなので胸を張って歩いて良いと思います」

「と言うか、ぶっちゃけ他の皆は気にもしてませんね!!」


あー…そっか。私は興味対象外か。

良くも悪くも非力で無害。関わりのない能力者からすれば気にするだけの価値がない背景、といったところだろう。

少しだけ能力者の思考が察せてきたぞ。


何となく喜びにくい受け入れられ方だけど、まぁ私だって見境無く色々な能力者と接したい訳じゃ無いから別に構わない。


「なら、お願いしようかな。二人共案内よろしくね」

「はい!!任せてください!!」

「…」(コクコク)


五月雨さんの一件以来外出の予定もなく篭りがちだった私は、この晴れ渡った夏空の下を歩ける期待に胸を膨らませた。



さて、一通り仕事を終えたらしい七尾さんと合流していざ出発しようと正面玄関を出たその時である。


「あ…!」

「「「「…」」」」


私、二菜ちゃん、至くん、七尾さんは思わぬ再会に驚いて揃って言葉を無くした。

その元凶たる本人は甘く柔らかい微笑みを湛えて可愛らしく首をかしげているが。


「さ、五月雨さん?」

「は…はい!綴戯さんの祈、です」

語尾にハートマークが付きそうな勢いで肯定を返した彼女は、白い日差しをキラキラ反射させた瞳を緩ませてそれはそれは嬉しそうに笑った。

うっすらと頬を赤らめて恥じらいがちに両手を添える姿はまるで恋する乙女のそれである。


私はぎょっと皆から視線を向けられて慌てて首を横に振った。

台詞も相まって誤解されてる気がするけど、私と五月雨さんは決してそういう関係じゃありません!


必死の否定が伝わってくれたらしくホッと肩を撫で下ろした二菜ちゃんは、ひきつった笑みで五月雨さんの空色をそっと指し示す。


「え、えっと先輩?その、髪の毛どうしたんですか?失恋とか?」

「馬鹿お前ホント馬鹿デリカシーの無さ一ノ世さん並みって言うかもうちょっと違う言い方無かったの普通そんなストレートに聞かないでしょ」

「だ、だって気になるじゃん!!」


わぁ…二菜ちゃんはホントはっきりした子だね。

それはそれで美徳ではあると思うけど、腹の探り合いとかには絶対向かないタイプだ。

でも至くん、さすがに一ノ世と同列は言い過ぎだと思う。アイツの方が百倍はデリカシーの無さが上だよ。絶対。


まぁ、気になるのは私も同感なのだけど。


だって目の前にいる五月雨さんの髪は…目を隠していた前髪は眉の少し上まで短く切り揃えられ、いつものようなツーサイドアップではあるけれど腰まであったその長さは肩に付く程度までバッサリと短くなっているのだ。


目が良く見えるせいか表情がより明るく見え、前よりずっと自信があるような印象を受ける。


「お…お父様とお母様が私の顔をよく見たいと言ってくれたん、です。だ…だから折角なので心機一転をと思って…変、ですか?」

うるうるとしたチェリー色が上目遣いぎみに私に向けられた。五月雨さんの方が身長上なんだけど…と言うか、何故私を見る。


何やら期待と不安が渦巻いたような彼女の表情に妙な圧を感じて苦笑を溢しながらも、私は思ったままに口を開いた。


「えっと、表情もよく見えるし、私は可愛いと思うな」

「か…可愛い!?う…ふふふふ!」


真っ赤な顔でへにゃへにゃになる五月雨さんにこっちまでつられて照れてくる。

いや、この子ホントに大丈夫だろうか。

少し会わなかった間に一体何があったんだろう。


「先輩!すっごい不気味です!」

「う…うるさい、よ。二菜」


しゅぱ!っと挙手をしてそう言った二菜ちゃんをむぅっと口を尖らせて見ながら、五月雨さんはもじもじと指を弄りだす。

こういう仕草は変わらないらしい。


「あ…あの綴戯さ、ん。よ…良かったら二菜達のように私も祈と呼んでくれません、か?」

「え?それは勿論!祈ちゃん、でいいのかな?」

「…!はい!う…ふふふふ!」


嬉しそうなのは何よりだけど、やっぱりその表情はむずむずして落ち着かない。

何がどうしてこうなったかは分からないけど、五月雨さん…いや祈ちゃんがその、好意を持ってくれているらしいのはいくら疎い私でも分かる。

さっきから幻覚のハートがぽこぽこ彼女から飛んで来てるからね。


私彼女の大事なご両親にそこそこ失礼を働いた気がするんだけどな…

何が彼女に刺さったのだろう。謎だ。


この現実をどう受け止めようかと考えあぐねていると、今まで見守っていた七尾さんがため息をつきながら助け船をだしてくれた。


「はぁ、五月雨そのへんにしとけ。綴戯が困ってるぞ。それで、何しに来たんだ?」

「だ…大学が休みに入ったので遊び、に。み…皆さんはどこかお出かけ、ですか?」

「はい!!二菜達はお姉さんに島を案内するんです!!」

「…」(コクリ)


祈ちゃんはぱちりぱちりと数度瞬いた後ずいずいっと距離を詰め、鼻が触れそうな距離で期待たっぷりの笑みを浮かべながらお願いをするように両手を組む。

「わ…私もご一緒していいです、か?」


断る理由もないから勿論と返すべく口を開いたその時、突然祈ちゃんが顔前からパッと消えた。

「…え???」

代わりに見えるのは何かを投げたような格好をした二菜ちゃんと上を見る至くん。


何事かと呆然としていると少し離れた所に祈ちゃんが空から落ちてきて、スタッと危なげもなく着地した。

ぱたぱたと服を整え、彼女はぷくりと頬を膨らませる。


「ら…乱暴な高い高いだ、ね」

高い高いって…

え!?フォームを見てまさかとは思ったけど二菜ちゃんホントにぶん投げたの!?


「先輩が近すぎるからですよ!とにかく!今日の先輩は怖いのでご一緒は嫌ですね!お姉さんは渡しません!」

「ご…護衛として二菜達より役に立てる、し」

「…」(そこは七尾先生がいるんで問題ないですし一応小生達も実技の成績先輩より上なんでご心配なくって言うか先輩思いの外グイグイ攻めるタイプなんですね綴戯さんは渡しません)

「な…生意気だ、なぁ。わ…分かってて邪魔する、とか」


三人でわぁわぁ…至くんは声に出していないけど言い争いが始まってしまったので、私はそっとその場から逃げるように離れた。


何となく安全な気がして七尾さんの近くに行くと、彼は三人を眺めながら疲れたように息を吐く。

「全くアイツらは…」

「だ、大丈夫ですかね」

「心配するな。何だかんだ言ったって、どうせ結局は"皆一緒に行く"で落ち着くだろうからな」

そう言って首に手を当てながら七尾さんはクスクスと笑った。


確信めいた表情は彼女達を信頼する教師のもので、私はどうしようかという焦りをすっと消す。

七尾さんが言うならきっと大丈夫なんだろう。


「大所帯になりそうだな…綴戯は怖かったり、嫌じゃないか?」

気遣うような視線に私はきっぱり首を横にふり、自然と浮かんだ笑顔のままに三人を見る。


「私は…なんか、こういうの懐かしくて。すごく楽しみなんです」

「…そうか」


そう口にして、友人達と騒ぎながら過ごした日々を重ねながら緩く目を細める。

日差しだけじゃない眩しさにうっかり目が焼かれて涙がでそうだ。


ふと、ぽんぽんと優しく頭の上を手がはねる感触に思わず顔を上げれば、紅茶に垂らされて溶けるミルクのように柔らかく穏やかな表情の七尾さんがこちらを見ていた。


「お前が楽しいなら、それでいいんだ」


かあっと頬が熱くなったような気がして、慌てて顔を下げる。

びっくりした。とにかくびっくりしたのだ。

いや、だってさ…なんか七尾さんからすっごい父性感じると言うか…

まるで大樹くんにでも接するように優しい雰囲気だったものだから、物凄く照れてしまった。


なんかいつかの際も娘扱いされていた気がするのだけど…七尾さんの中で私の立ち位置が一体どうなってるのか気になる。聞かないけど。


「…ほら、お前達!!いい加減にしろ!日が暮れるぞ!」


七尾さんの一喝をきっかけに三人はピタリと言い争いを止め、我先にと駆け寄ってくる。

仲の良いその姿にクスクスと笑いながら私は口を開いた。


「行こっか、皆」

「「はい!!」」

「…」(コクコク!)


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


『隔絶特区X:"楽園(エスクエラ)"』は学舎を中央に据えた島である。

中等部と高等部は別々の校舎と運動場を有し、職員寮を挟んで左右に別れて存在している為私はほとんど中等部に足を運ぶ機会がない。学生はたまに見かけるけどね。


学生寮を含む学園の敷地は森に囲まれていて、私にとってそこから先は未知の世界だった。


「えっと島は大体学園から東西南北に機能を分けるように作ってありますので構造自体はシンプルで分かりやすいです」

「南は港と倉庫類しかないので省きますね!!」

「買い物なら西の都市部じゃないのか?こっちは…」

「せ…折角なので東の居住区も案内しようって話になりました、ので」


そう説明をくれながら森を突き進む四人に色々な意味で必死についていく。

昔地理の授業で見た円形に近い島を思い浮かべながら、至くんの言うように四つに区切って皆の話を当てはめていった。

真ん中に学園、南は港と倉庫、西に都市と東に居住区…あれ?北はなんだろう?


「…っは…ふぅ…」

なんて疑問の前に、上がりつつある呼吸に集中することにした。段々皆から遅れてきている自分に自重を溢す。

森を歩くのがこんなに大変だなんて今まで知らなかったかもしれない。


地面には木の根がイタズラに顔を出していてうっかりしたら躓きそうであり、日陰の多い森の地面はしっとりしていて滑りやすい。

アスファルトと違って平らではなく気も使う道のりは思いの外体力を削るものだった。


でも…


上を向けば葉の隙間から僅かに差し込む木漏れ日がチカチカと煌めき、光でうすら透けた葉脈からは確かな命が感じられる。

さぁさぁ囁く木々の音を聞きながら胸一杯に土の香りと緑の香りを吸い込めば、口からはほうと感嘆の吐息が吐き出された。


あぁ、なんて、美しいのだろう。


「…綴戯?」

「え?…あ!」


七尾さんに声をかけられて初めて自分の足が止まっていることに気付く。

いけない。いけない。つい夢中になっていたみたいだ。


私は切り替えるようにふるりと頭を振って、少し先で心配そうに待っていてくれている皆の元へ小走りで走り寄った。


「お姉さん?疲れちゃいましたか?」

「お…おぶりましょう、か?」

「…」(オロオロ)

「あはは…大丈夫だよ。少し見とれちゃっただけ」

「元気なら良いが無理はするなよ。まあ、もうじき着くがな」


ほらと七尾さんが指差した先は森が途切れていて、本来の日差しが容赦なく差し込んで白く光っている。

目を守るように手で影を作りながらそれを潜り抜ければ…


「わぁ…!」


広がるのはまるで外国の…さながらテレビの特番に映る地中海の街並みのようにお洒落で美しい世界だった。


今いる森が一番の高台で、ここから海に近付くに連れて段々に下がっていく斜面に建ち並ぶ白を基調とした家々は、きっと遠くの海から見たら崖に止まるカモメ達のようだろう。


ゆっくり歩きながら、周りに他の人が居ないのを良いことに街並みをキョロキョロと見て回る。


凄い!たった一瞬で世界旅行に出掛けた気分だ。

とても心踊る光景に興奮のまま皆へ顔を向けた私は、きっと遠足に行く子供のような顔をしている。


「お姉さんどうですか!ここが居住区ですよ!特に役職の無い能力者が暮らしてます!」

「凄く綺麗だしお洒落でびっくりだよ!二菜ちゃん達も卒業したらここに住むの?」

「小生達は何か役職につきたい訳じゃないので本部からのスカウトがなければその予定って言うかここにしか住めませんけどね」

「ここ、家賃もタダなんですよ!」


これで家賃がかからないなんて羨ましいとは思いつつ、日頃危険と隣り合わせな能力者にはこのくらいの手当てがあって当たり前かと納得する。

命をかけてるんだもの、福利厚生はきちんとしないとだよね。


「わ…私も大学卒業後はこっちに入り、ます」

「え?実家じゃないの?」

「そ…そうしたいですけど規則なの、で」


寂しそうに微笑む祈ちゃん曰く、本土で動く役職でない限り原則あちらに居を構えるのは認められないらしい。

住む場所をこの島に絞るのは一般人とのトラブルを極力避ける為に必要な処置なのだそうだ。


成る程、『ソノヒ』以前に能力者を見たことがなかった事もそういった話すら全然聞かなかった事にも納得がいく。

絶対数が少ないのは勿論だけれど、こうして一般人と接触しないように工夫されていたのだからそりゃ当たり前だ。


「任務外ではあまり本土に渡れなくなるからな。今のうちに目一杯甘えとけよ、五月雨」

「い…言われずともそのつもり、です。そ…そのために大学に通い続ける、ので。は…博士課程くらい、まで」


さ、さすが家族愛の強い祈ちゃんである。

限界ギリギリまで粘るんだね。いっそ留年込みで粘りそうな勢いだ。


「ふふ!皆がここに住むようになったら遊びに来たいな。内装も気になるし」

「はわわわ!是非!是非!来てください!!二菜めっちゃ呼びますので!」

「いやいやそれはさすがに迷惑でしょって言うかお前が人を呼べる状態の部屋を用意出来るとは思えないんだけど」

「に…二菜の部屋…うっ」


あー…二菜ちゃんは散らかしちゃうタイプかぁ。何となく分かる気はするけどね。

祈ちゃんの反応が中々深刻そうだけど普段どんな状態なんだろうか。


「なにおぅ!?二菜だってやれば出来ますぅー!!…た…たぶん」

「熊ヶ峰…自分くらいは信じてやれ」


しょぼーんとしてしまった二菜ちゃんに七尾さんが苦々しい表情を浮かべた。


何となくおかしくてクスクス笑っていると海風がさぁと吹き、潮の香りが鼻をくすぐる。

キラキラ光る海は穏やかな青色を揺らしながら水平線の向こうまで果てしなく広がっていた。


"あちら"の濁りきった灰色のそれとは大違いだ。

森も空も海も…世界とはこうも色彩豊かにあったんだね。


「あの綴戯さん凄く優しい顔してますけどもしかして海が好きなんですか?」


至くんが不思議そうに私の顔を見て尋ねた。

私は少しだけ波音に耳を澄ませてから、彼の問いに是を返す。


「そうだね。きっと…今なら大好きになれる」


昔は塩水のべとつきが苦手で友人に誘われても適当な理由付けてビーチパラソルの影に身を置いていたけど、今ならざぶんと潜って海水に溶けて一つになってみたい気分だから。

まぁ…実際は私あまり泳げないからあくまでも気分の話なんだけど。


と、至くんの隣にいた二菜ちゃんが良いこと思い付いた!と顔に張り付けてぱちんと両手を合わせた。

「なら!今度是非二菜の地元に行きましょう!!」

「二菜ちゃんの地元?」

「に…二菜の実家は海のすぐ側なん、です」

「馬鹿の部屋と違って海はとても綺麗な所なので安心して大丈夫です」

「良いんじゃないか?許可が降りるか聞いておいてやるぞ」


あぁ困ったな。楽しみが次に次にと増えていって…1日1日じっくり大切に刻みたいのに、未来が待ち遠しくなってしまう。

なんて幸せな悩みなんだろうか。


「お姉さん!今年の二菜は余裕たっぷりなので、バッチリ海を満喫しましょう!!」

「バッチリ宿題もあるがな」

「うぐっ!?」


はしゃいだり落ち込んだりと忙しい二菜ちゃんに皆してクスクスと笑っていると、祈ちゃんがチラリと端末を確認して口を開いた。


「そ…そろそろ都市部に行きません、か?」

「そうだな。本当に日が暮れてしまう」

「では、さくっと移動しましょう!」


都市部って確か西だったよね?

…真逆では?

体力的要因でさくっと行ける自信の無い私が内心冷や汗をかいていると、それを悟ったのか至くんが苦笑しながらフルリと首を横に振る。


「綴戯さん心配しなくてもここから都市部にはすぐにアクセス出来るようになっていますのでって言うかそうじゃないと不便でやってられません意外とこの島広いんで」


良かった…。

ホッと肩の力を抜きつつ、考えてみればそれはそうかと思い至る。

島の端から端までなんて、移動手段がないとやっていられないに決まってる


慣れたような足取りで歩く皆についていくと、まるで地下はこちらですと言わんばかりに下へ続く階段が家々の隙間で口を開けていた。

覗いてみても薄暗く、心なしかヒヤリとした空気が漂ってくるみたいだ。


「地下鉄、とかですか?」

「まぁ似たようなもんだ。そんなに立派じゃないがな」


恐る恐る降りてみると、途中で人感センサーが作動したのかパッと一気に明るくなる。

照らされた空間はつるりとした灰色の金属に覆われていて、どことなく研究施設の類いを思わせる景色に少しだけ気分が悪くなった。


そのまま階段を降りきると、そこには小ぢんまりとしてはいるが駅のターミナルに似た場所が広がっている。


「あ!呼び戻ししなくても来てますね!ラッキーです!」

二菜ちゃんがぱたぱたと駆け寄ったのは、吊り下げられてはいないもののロープウェイに似た形をした箱型の乗り物だった。


「これは…電車ですか?」

「どちらかと言えば水平に動くエレベーターと言うか仕組みからしてリニアモーターカーに近いですね」


少し身を乗り出して下を覗けば確かによく見かける電車の線路とは様子が違う。

私理科系は得意じゃないからあまり詳しくないけれど、確かリニアって少し浮いて走る乗り物だったよね。


浮くってどんな感じだろうかとそわそわしながら皆に続いて車両に乗り込めば、無人のそこは椅子と端末機が置かれているだけというシンプルなものだった。


祈ちゃんが端末に手をかざすと、ロック解除の文字と共にパッと空中へ画面が現れる。


「今のは静脈認証システムですか?」

「ああ。ここは人手の都合もあって無人がほとんどだが、移動手段ってのは悪用されると面倒な事になるからな」

「成る程…それは確かに」

浮かび上がる地図を見るに、この乗り物は島の大部分を行き来可能らしい。

それは確かに悪用されるのを避けたいところだろうと思いながら、ふと路線が全く存在せずポッカリ空いている空間があることに気が付いた。


学園と、もう一ヶ所。島の北側のある範囲。

聞いて良いものかと少しの躊躇はあるものの、好奇心には勝てずに七尾さんに声をかける。

「あの、学園と北側には線路引いてないんですか?」

「ん?ああ…」


一瞬七尾さんの表情が曇り、聞いてはいけないことだったかもと焦った。

気のせいでなければ深い青の瞳が昏く沈んだように見える。

しかし彼はすぐにいつも通りの顔に戻り、なんでもないように言葉を紡ぐ。


「学園は…学生が楽をしないように。北は地下に施設があるからだな」

「こ…この前お話しした『叡知の鳥籠(ノークトゥアム)』、です」

「ああ!あの時聞いた…地下にあるんだ」

確か八丸くんがいた時に図書室で話していた大図書館だったかな。

成る程地下にそういった施設があるのなら線路は引けないだろう。

それは分かるが、どうにも学園に引かない理由が腑に落ちないというか…同じ理由と言われた方が納得できる。


何かを隠された?

いや別にそこまで深入りしたい訳じゃないからそれは良いのだけど。

ただ、自分の生活空間の下に何かあるかもと思うと…少しだけ落ち着かない。


「そ…そろそろ出発なので捕まってくだ、さい」

「え?」


祈ちゃんの言葉に皆が不自然なくらいガシッと椅子やら荷物置きのポールやらに掴まった。

何事かと思いながら私もすぐ側にあったポールを掴むと、至くんが神妙な顔で私を見ている。


「あの綴戯さんこの乗り物の設計者は能力者でしてその人はいかに早く移動出来るかを突き詰めてこれを作りましたなので…」


バチバチっという音が外から聞こえ、エレベーターのような一瞬の浮遊感。


「乗り心地と言うか中に乗る人は全く興味関心がなかったんですよね」

「え、ちょ、それってつまり…」


嫌な予感にポールを握り直した瞬間車両はロケットかと思う勢いで発車し、例えるならジェットコースターが頂点から下降するような衝撃に襲われながら私はただ悲鳴を上げることしか出来なかった。



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