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6-5


『転移』で島まで戻り、学園に帰還した頃には廊下の窓から茜がさしていた。

色々報告やらがあるらしい八丸くんとは先程別れて1人図書室までの道を歩く。


歩きながらヒビの入ってしまったメガネを外し、また壊してしまったなとため息をついた。

また東雲さんにお願いして誰かに『修復』をしてもらわなければ。


テストだから早上がりだったのか学園の中は酷く静かで、けれど不思議なことに寂しさは感じない。

むしろ一歩ごとに安心感から疲れが来るくらいだ。


「あれ?」


図書室の前まで辿り着くと、その扉の前には三人の人影。

うち1つ…二菜ちゃんが私に気付いたらしく、ぴょこんと跳ねてぶんぶんと手を振る。

一緒にいた至くんと七尾さんもこちらを向いて、ホッとしたように表情を緩めた。


「お姉さん!!お帰りなさい!!」

「ふふ!ただいま二菜ちゃん」


パタパタと落ち着きなく近付いて来た明るい笑顔に、つられて私も笑ってしまう。

こう、いつも通りの彼女を見ると途端に心が解れるような気がするし、帰ってきたなと実感が改めてわいてきた。

思い返せば今日も今日とて大変だったからね…

と、二菜ちゃんに続いてやってきた二人に気付いてそちらへ目を向ける。


「至くんや七尾さんも…待っててくれたんですか?」

「そりゃそうですよ綴戯さんのところに怪異が出たって聞いて驚きましたしテストどころじゃないって言うかいや聞いたのがテスト終わった後で助かりましたけど大丈夫でしたかどうですか」

「一ノ世に聞いた時はホントに肝が冷えた。まぁ近くに五月雨や稲荷田がいるから大丈夫とは聞いていたが…どうにも綴戯は変なことに巻き込まれやすいみたいだな」

「巻き込まれた発端はその一ノ世ですけどね」


そうだよ元は一ノ世のエロ本を回収に行ったせいであり、しかし裏を返せば一ノ世のおかげで五月雨さん達を救えたわけで…ぐぬぬ。

いや考えるのは止めよう。イラつくだけだ。


「そうだ!ねぇお姉さん聞いてくださいよ!!今日のて、す…っ」

子犬のようにキラキラしていた二菜ちゃんから突如ストンと表情が抜け落ち、次いで驚愕に目を見開いてわなわなと震えだした。

え、なに?どうした?


いきなりの変化に混乱した私だが、彼女の視線の先を辿ってしまったと頭を抱えたくなる。


「はわわわ!?おおおおお姉さん!?なな何があったんですか!?く、首に!お姉さんの簡単に折れちゃいそうな細い首に!?」

「うっわこれって噂に聞く索条痕とやらではと言うことは綴戯さん首を絞められたんですかいつどこで誰にちょっと小生犯人を殺げふんオハナシしてきますので教えて下さい」

「つ、綴戯!?おまっ!?…クソ!!うちの娘に手ェ出した奴はどこのどいつだ!!ぶん殴ってやる!!」


あぁ…首の痣、隠すの忘れた。

というか二菜ちゃん私の首を小枝か何かと思ってる?いや、彼女からしたら間違いじゃないかもしれないけど怖すぎる。

至くんはバッチリ殺すって言いかけてるし、何より私はいつの間に七尾さんの娘になったのだろうか。

とりあえず皆落ち着いて欲しい。


「お姉さん!大丈夫ですよ!悪い虫さんは二菜がバッチリ駆除しますから!!」

「まってまってまって!!」

いつの間にか取り出した鉄球の鎖を握り、それはそれは可愛らしく笑った二菜ちゃんを慌てて宥めた。

全く大丈夫な気がしない。正直この子が怒ると一番怖いと思う。

いやまぁひたすらぶつぶつ言ってる至くんも怖いは怖いけど。


私は今日の出来事をかいつまんで説明し、首を絞めた人もその理由も話した。

下手にはぐらかすより五月雨さんの家族だと伝えた方が安全な気がしたんだよね。

案の定ムスッとしながらも皆の口から殺すなどの物騒な呪詛は出てこなくなったから良かったと思うけど…七尾さんが何やら難しい顔をして黙り込んでしまった。


「七尾先生?どうかしたんですか?」

「…あぁ、いや。私が担任だった頃一度五月雨の家に行ったんだが…"学園(エスクエラ)の教師"と名乗っただけでヒステリーを起こして追い出された事を思い出していた」

「ひぇぇ先輩のお家ヤバヤバですね!?」


あー…成る程。だから八丸くんはあの時"能力や能力者に関する話題は厳禁"って言ったのか。七尾さんに聞いたって言ってたもんね。

まぁ確かに夫婦のあの様子だと門前払いはあり得ただろう。


「きっとお前だからあの夫婦を説得出来たんだな」

「え?いや、それは買い被りすぎですよ!?私じゃなくたって…」

たまたま私がその場にいただけで説得なんて…それこそ東雲さんとか絶対に得意だと思うんだけど。


困惑を浮かべる私に至くんがクスクスと笑い、二菜ちゃんがチッチッチと口を尖らせながら人差し指をメトロノームのように振った。


「買い被ってるのはお姉さんですよ!!説得って、たとえ温和な東雲先生でも無理なんですからね!」

「能力者にそういう心の対話的な説得とか例外無く無理って言うか興味ないので中身ペラペラな会話しか出来ませんしそもそも興味ない連中と話すの苦痛ですのでする気も起きませんね」

「大抵途中で苛ついて潰すか飽きて帰りますね!えっと、一ノ世さんで想像すれば大体あってます!!」

「うわ…」


興味無さそうな顔で対応するアイツの姿を容易く想像できた自分が嫌になる。

いやまぁ凄く分かりやすい例えだけど、変わらず極端な二択だな…


「極端って思っただろ?その通りなんだよ私達はどうしても。どう取り繕ってもな」

苦笑気味に肩をすくめる七尾さんを見るに、どうやら二菜ちゃん達の誇張表現と言うわけではないらしい。

マジか…能力者って会議とかどうしてるんだろう。

純粋な疑問を感じていると、至くんが少し迷いながらも再び口を開いた。


「こう言うと綴戯さんにとっては嫌かもですが能力者でありながら一般人の心を持つあなただからこそ出来たんだと小生は思いますがどうでしょう」

その言葉に思わず目を丸くして、つるりと自然に言葉が滑り落ちる。


「半端者の私、だから…?」


能力者の体に一般人の中身。

『ソノヒ』に無理矢理作り替えられたからこそちぐはぐな存在である私はいつもどっちつかずの半端者だった。

それを非難こそされてきたけど、至くんとみたいにプラスでとらえられたのは初めてかもしれない。


「お姉さんは半端者じゃありません!!良いとこ取りの、えっと、和洋折衷的なヤツです!!二菜はそんなお姉さんを尊敬します!!」

「わ、和洋折衷…」

言いたいことは何となく分かるけど、それはちょっと違くないかな。


と、突然わしゃわしゃと頭を撫でられて一瞬ビクリと身を竦めるも、その大きな手のひらが誰のものかを理解して力を抜きながら戸惑う。

もう恐れの無い手だとは分かってるけれど予想外というか驚いたというか…

乱れた髪を整えながら上を向けば手の主…にかっと素の表情で笑う七尾さんがいた。


「二人の言うとおりだぞ綴戯。お前は唯一どちらも兼ね備えた凄い奴なんだぞ?半端者なんかじゃない。もっと誇れ」


誇れ、だなんて。


《お前なんて裏切り者だ!!》

《お前なんて仲間じゃない》


"記録"の中でこだまするのはいつだってそんな言葉ばかりで、一般人でも能力者でもあれなかったかつての私はどこにも受け入れてはもらえなかったのに。


それが、そんな私が…初めてその在り方を認められた気がした。


あぁもう、この場所は暖かいな。

私にも五月雨さんみたいに虹がかかりそうだ。なんて。


「皆…ありがとう。私、もう少し自信持ってみるね」

「お前は私も五月雨も助けたんだ。胸張ったって誰も咎めやしないさ」

「そうですよ!お姉さんはふんぞり返って良いくらいですよ!!」

「…」(コクコクコク!)


少しだけ五月雨さんに力をもらってみようかと思いながら、私はおずおずと口を開く。


「その皆…え、えっと…だ…だ、い、すき…なんてね!」


ダメだ!やっぱり恥ずかしいや。

五月雨さんみたいに真っ直ぐ気持ちが言えたら良いのに。


「「はわわわわ!!!」」

「ははは!可愛いこと言ってくれるな!ありがとう」


夕日じゃ誤魔化せないだろう赤く染まった頬を両手で隠しながら、私はしまりなく笑った。


「ほーん?栞里さ、俺にも言ってみ?」

「今すぐ帰れ」

「はー…うっざ。七尾センパイの嘘つき。可愛くないじゃん」


七尾さんの後ろからひょこりと現れ、折角の良い空気をぶち壊したソイツに私は毎度のごとく表情を消す。

いつの間に来た。というか何しに来た。


「一ノ世?お前今日は上の集まりじゃなかったのか」

「そうだけどさ、今回は俺関係ないから帰ってきた。後で要点だけ"記録者"に聞けば良いじゃん。つーか三人くらい俺より先に帰ったし」

「はぁ…まぁいつものことか」

「そ。はー…面倒くさ。そりゃ関係あったり必要な話なら聞くけどさ、そうじゃなきゃ無理無理」

「いっそ毎回全員召集するのを止めて関係ある奴だけ呼べば良いと思うがな」

「ホントにね。体裁に執着ある老害共は面倒臭くて嫌いだわ。一般人の真似して馬鹿みたい」


ほらね!とにこにこする二菜ちゃんと至くんは実に可愛いけど、私は色々と能力者の体制が心配になるよ。

一ノ世は仕方ないとして適当過ぎない?


「それで?お前何しに来たんだ?」

「あー…」


わしわしっと自由に跳ねている群青の髪をかいて、一ノ世はついっと私に目を向ける。

え、私?私に用事ってことか?

コツンと向けられた一歩にひくりと顔をひきつらせながら僅かに後ろへ下がる。


「な、何?本なら八丸くんが持っていった筈だけど」

「あぁ。あれはさ、飽きたからイナリにそのままあげた」

一週間すら興味持たないじゃないかと朝聞いた会話を思い出しながら内心毒づいて、また一歩近付いた一ノ世にさすがに手のひらを向けて待ったをかけた。

既に指先が小さく震えて痺れている。


「そ、それ以上はごめん。待って」


一ノ世はムスッと不機嫌そうに顔を歪めたが、大きなため息をついてひらひらと手を振った。

「あー…ハイハイ。で、君さ…怪我は、無いわけ?」

「は?無い、けど」

「…ほーん?」

怪我?なぜ急にそんな事を聞かれたのか皆目検討もつかない。

というか、疑ってるのか知らないけどじろじろ上から下まで人の事見るのはどうかと思う。普通に恥ずかしいし気持ち悪い。


居心地悪くなって視線を一ノ世からそらすと、まるで漫画みたいに目を点にしている三人が私達をガン見していた。

え、何??こっちはこっちで怖いのだけど。


「じゃあさ、これやるわ」

何往復か視線を動かして納得したらしい一ノ世は私に合わせて少し屈めていた腰を戻し、気だるそうに何かをポイッと投げ渡す。


慌ててそれをキャッチすればそれは小難しい文章やら聞きなれないカタカナの印字された小袋で、中にはすうっと独特の匂いを放つてろりとした白いシートが何枚か入っていた。


「えっと、何これ」

「は?湿布以外の何に見えんの?君さ、口だけじゃなくて目も悪いわけ?」

「いやそれは分かるけど!何で私にって聞いてんの!」


そう、これは間違いなく湿布薬。

レポート作成で腱鞘炎になったり転んで階段から落ちた時なんかにお世話になったそれに間違いない。


けどそれを一ノ世から渡される理由がさっぱり分からないのだ。

怪我してないって言ってるのに…

あ、実は毒薬だったりする?


「はー…面倒くさ。あのさ、俺が頼んだ仕事で怪我して帰ってくるとか迷惑なわけ。つーかソレ、何かムカつく」

「はぁ?」


ソレと遠慮の欠片もなく指差されたのはやはり首の痣で、迷惑だのムカつくだの随分な物言いにカチンとくる。

私だって別に好き好んで首を絞められた訳じゃないし、そもそもコレが一ノ世にどう関係すると言うのか。


しかし、何か言い返そうと私が口を開くより先にソイツは言葉を続けた。


「どうせ『回復』は嫌なんでしょ。だからさ、四恩サンに頼んで貰ってきてやったわけ。ソレ張ってれば明日の朝には消えるから。はー…俺ってばやっさしー」


思わず瞳が落っこちるんじゃないかと思うくらい目を丸くする。

いや、だってそりゃ驚くでしょ。


"記録"のフィルターでアイツを見る目が歪んでいるだろう私でも今のは気付いてしまった。

あれこれ理由はつけていたけど、結局のところ…気遣ってくれたのだ。

そうじゃなきゃわざわざコイツが一番手っ取り早い『回復』の能力者を避け、わざわざ自分で東雲さんに薬を頼むなんて面倒な事をする筈がない。

そういうタイプじゃ無いことくらい付き合いが浅くても分かる。


なんだそれ。滅茶苦茶調子狂うじゃん。

いつもの軽口ならいくらでも吐けるけど、こうなると途端に私の口はポンコツになる。


私にはやはりどうにも一ノ世相手に普通の態度をとるのが難しいのだ。

恋する乙女みたいな言い方をしたが実際の心情は真逆と言うか、恐怖と憤怒怨嗟でドキドキ…いや、バクバクしてる。


けど、用は済んだとばかりに背を向けようとしたのを見て、慌ててもうどうにでもなれと口を開いた。


「あ、ありがとう!!!!」

「…!?」


ぐわんと響く私の声の残滓と暫しの沈黙。


私は叫びそうな口を無理矢理きゅっと結び、ぷるぷると震えながら瞳に涙をためる。


め、滅茶苦茶恥ずかしぃぃぃぃぃぃ!!


言わずもがな、羞恥心によるものだ。今の私はリンゴより夕日より赤い。


「ぶはっ!!あっははははは!!すっげー声!」

「~っ!!!」

今すぐ海か川かプールに沈みたい。


やけくそに叫んだ私の声は自分でも驚くレベルの声量で、今なら応援団長も夢じゃないくらいには見事な通り具合だった。

いや目指さないけど。

何と言うか、廊下の端まで届いてそのまま返ってきた感じ。


「っぷぷ!はー…ウケる!俺さ、難聴じゃないからんな叫ばなくても聞こえるんだけど?」

「うっさい!い、嫌がらせだし!!」

「あー…ハイハイ。どういたしましてー」

にまにま笑いながら適当に手を振る一ノ世はしかし、何となく…嬉しそうに見えた。


嵐が去ったように静まり返った廊下にため息を落として何故か終止固まっていた三人に目を向ければ、皆宇宙を背負ったネコチャンみたいな顔で一ノ世の消えた廊下の先を見ている。


「な…七尾先生。え、今の…誰ですか???」

「…」(ガクブルガクブル)

「たぶん一ノ世だ。たぶん。自信はないが」


いや、気持ちは分かるけど落ち着こう??



無事に再起動を果たした三人と別れて図書室に戻った私は、まだ湿っぽさの残る本達の醸し出すの空気を一杯に吸い込んで一言。


「ただいま」


五月雨さんの邸宅で見たプライベートな書斎とはまるで違うこの場所はアンティークな家具類こそあるもののあちらほど洗練されてはおらず、比べようもないくらいにはみすぼらしいだろう。


けれどそんなこの場所が、私は好きなのだと実感する。


"こちら"に家族も存在すらもない私の唯一の居場所。まるで故郷にでも帰ってきたようなえもいわれぬ安心感こそが答えなのだ。


「家族、か。…五月雨さん、幸せそうだったな」


正直うらやましいと思う。


私の家族はそれこそ平凡で、ケンカもしたり思春期で揉めたり、受験を応援してくれて、合格も祝ってくれて…当たり前に、幸せだったんだ。


少しお堅くて仕事人間だけど、きちんと家族行事には参加するしハロウィンにはバッチリ仮装とかも披露するお茶目なところもあった父。

いつもふわふわにこにこしているのにそのまま毒舌を披露してよく父を震え上がらせ、でも何だかんだラブラブっぷりを見せつける愛情深い母。


"こちら"にも"あちら"にも…そんな私の家族はどこにもいない。


「…っ」


私だって沢山言いたい言葉があったのに。

愛してるの一言くらい、言いたかったのに。

恥ずかしくて、照れ臭くて、何度も何度も明日でいい次でいいまた今度でいいと先送りにしてきた。それがどうだ。


伝えたいと本気で願った時にはもう、瓦礫の海しか無かったんだよ。


だから五月雨さんがうらやましい。

それと同時に、失われなくて良かったなと純粋に思う。

復讐も何も関係無く、心から。


…それにしても今回は急展開過ぎて"記録"はまるで役に立たなかったけれど、それでも何とかなって良かった。

皆は私に色々言ってくれたけど、私は八丸くんがいてくれたおかげだと思う。

説得の時間が出来たのも彼のおかげなわけだし、何より八丸くんが怪異倒してくれなかったら私以外全滅も有り得たわけで…


…あれ?まてよ?八丸くんを紹介してくれたのは七尾さんだったけれど、私の監視に付けてくれたのは一ノ世らしいって聞いた。

で、五月雨さんの家に行く事になったのも一ノ世のせい。


まさかコレを見越して…!?なーんて、さすがにないか。


もし掌の上で転がされていたならすっごく癪に触るけど、どっちにしろ私的に結果オーライだから別に良いや。


ともあれ今日の『復讐』は無事成功。

この調子で『ソノヒ』の全てを否定して、壊してやるんだから。

それで、『復讐』をすべて遂げる日がもし来たら…


実家のあった場所で、こう言おう。


「…愛していたよ。お父さん。お母さん」


涙を隠すようにデカイ黒猫のぬいぐるみを抱き締めて、私は泥のように眠りについた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


一ノ世side


「やぁ一ノ世くん」

「うげ」


灰色ばかりの無機質な廊下。

下らない事しか言わない声に呼び止められて、俺は隠す気もなく顔をしかめる。

一応立場は管理者の上、元老院とか呼ばれる1人で名前は…忘れたわ。取り敢えず面倒臭いクソじじい。

はー…うっざ。折角良かった気分が一気に地に落ちたんだけどどうしてくれんのさ。


「管理者の一人たろう者が毎度毎度会議をほっぽり出して…どこに行っていたのかね」

「あー…ハイハイ。散歩行ってましたー」

一々俺にいちゃもん付けるけどさ、俺以外にも帰ってたし別に良くない?

つーか、"より能力者の立場を社会に確立させる"とか"より手を取り合っていく体制を"とか、そんなん勝手にやってろって感じでしょ。

いっつも本土からの目を気にして媚びへつらう保守派共が。


俺は一般人からの目とか心底どうでもいいしさ、そもそも認めてもらいたいなんて殆どの能力者が思ってないんだよ。ばーか。


ただでさえ連日の怪異討伐だの護衛だので仲間達が疲弊して削られていくのに、これ以上あっちの虫けらの為に献身しろだなんてさ。はー…うっざ。俺らは奴隷じゃねーぞ。


「…まぁいい。ところで君が拾ってきたと言う"記録者"はどうかね」

「どうって言われてもさ、元気に司書やってますけど」


栞里の事を隠す為、俺が任務中たまたま見付けて気に入ったからそのまま拾ってきた…ってシナリオにしたけど、アイツが聞いたら絶対嫌な顔するな。

その顔を想像して思わずクスッと笑った。


そんな俺が気に入らないのか嫌味たらしく顔をしかめ、じじいはその薄っぺらく低劣な口を開く。


「随分気を許しているが、本当に安全なのかね。"奴ら"の仲間だったら目も当てられんぞ」

「あー…ハイハイ。ご心配なく。そちらさんに言われた通りさ、監視も付けてますし報告もしてるでしょ」

「監視、ね。儂は護衛を着けた、と耳にしたが」

耳は遠いくせに耳聡いなと内心馬鹿にしながら肩をすくめた。

どんだけたかが1人の"記録者"が…栞里の事が怖いのやら。


じじいの顔に飽きて窓の外に視線を投げるも丁度月は隠れてるのか見当たらず、周りに明かりの多いここからじゃろくに星明かりも見えやしない。本当つまんない場所。


「そりゃさ、"記録者"は大事に守らなきゃでしょ?でも俺、アイツを閉じ込める気はないし。だから監視兼護衛って事ですよ」

「ハッ、よく回る口だわ。…まぁそういうことにしてやろう。しかし、報告は怠るなよ」

「はー…面倒くさ。分かったからさ、帰っていい?いい加減飽きたわ」

そろそろうっかり潰しそう。

つーか、わざわざ言葉を丁寧にして下らない話も聞いてやってさ…よく耐えた方だと思うんだけど。はー…俺ってば超良い子。


青筋を立てるじじいを無視してすたすたと歩き始めれば、ソイツは俺の背中に吐き捨てるように言葉を投げて反対方向へと踵を返した。


「フンッ…精々噛みつかれないようよく手懐ける事だな」


手懐ける、ね。


「ぶはっ!あっははははは!!」

じじいから離れ、暫くしたところで俺は耐えきれずに吹き出す。

だってさ、手懐ける?アイツを?

俺が隠してるんだから当たり前だけど、成る程無知とは恐ろしい。


確かに栞里は一見大人しくて人畜無害そうだけどさ、煮えたぎるマグマ…地獄そのものを抱えてるような奴なんだよね。


七尾センパイのガキが拐われた時、電波は酷いし皆現場に向かうのに必死だったから聞いてなかったみたいだったけど…俺はソレを聞いていた。


"お前、灼熱に焼かれた事があるか。脳漿をぶちまけた事があるか。形が無くなるまで切り刻まれた事は?肉片になるまで殴られた事は?生きたまま薬品で溶かされた事は?ぺしゃんこに潰されたり風船のように破裂させられたり引きちぎられたりした事は?あるのかよ!!!!"


やっばいでしょ!!あっははははは!!

…さすがの俺でも嫌な汗かいたわ。

それを全部どころか恐らくそれ以上の"死"を経験して尚アイツが能力者と普通に接してるとかマジで謎過ぎるだろ。


"誰が、あんなやつに…!"死"なんて救済をくれてやるものか!!!"


アレだけ苛烈な奴を手懐けろなんてさ、さしずめケルベロスを手懐けろって言ってるようなもんじゃん。

はー…無理無理。


それに…


"今すぐ帰れ"

"うっさい!い、嫌がらせだし!!"


栞里はさ、噛みついてくるから面白いんだろ?


ーーー…


「はー…じじいうっざ」


自室に帰るまでの事を思い出しながら皿に開けたミックスナッツを口に放り込み、苛立ちと一緒にボリボリと噛み砕いた。


「本当さ、一々面倒だよね。つーか怖いなら近寄らなきゃ良いだけじゃん。放っとけば良くね?頭ん中までツルツルかよ」

「何の話をしてるのヨ」

「独り言。愚痴」

「へー。オエライサンは大変なのヨ。お疲れ。ドンマイ」


適当な励ましをしながら俺の部屋で日本酒を直飲みする同期をじとりと睨む。


「それで?わざわざお疲れな俺に何の用な訳?つーかさ、俺の分は?手土産なしとか萎えるんだけど」

「オレサマ、オスに貢ぐもんなんか無いのヨ」

「はー…うっざ。で?報告はもう聞いたしさ、あぁもう一回骨折られたいの?」

「それは勘弁するのヨ。確かにシオリのアレはオレサマの失態だけど…ってその話じゃなくて、ちゃあんと用があって来たのヨ」


これっぽっちも酔っていない顔でイナリはドンと日本酒をテーブルに置いた。

ひじりんはかなりの下戸だけどイナリは逆。相当な酒豪なんだよね。

俺も強い方ではあるけどさ、イナリには勝てないわ。


「オレサマどうにも今回の一件が腑に落ちなくて、『修復』の連中に混ざって中をあさってみたのヨ。そしたら…」


ペラリとイナリが取り出したのは数枚の紙と封筒。手紙らしいが、それにしては嫌な匂いがするな。これってまさか…

鼻をおさえてイナリを見れば小さく頷いた。


「気付いたと思うけど、これには精神汚染の薬物が染み込ませてあったのヨ。イノリの親に聞いてみたら今日来た手紙で間違いないし、読んだ覚えもあるみたいだったのヨ」


封筒を見ても差出人は書いていない。

手紙を流し読みしてみれば能力者についてあることないこと好き勝手書かれ、お宅の娘は化け物だなんて言葉で締め括られている。

はー…馬鹿馬鹿しい。


「つまりさ、五月雨の家の騒動は仕組まれてたって事?」

「あの家の奴らは元々能力者を恐れていたのヨ。たぶん、コレで揺さぶられて日頃の不安を爆発させたのヨ」

「引き金ってやつね。それで凶行に走った、と。はー…うっざ」


単純ながら効果的なやり方だ。

だって薬物のツテとある程度五月雨の家の事情を知っていればあとは勝手に壊れてくれるだろうから。


あー…ヤダヤダ。家族って基本一般人だから狙うの簡単だしさ、"世界"である可能性も高いから能力者を壊しやすい。

つまりは弱点になりやすいんだよね。


だからこそそれなりに注意は払ってるけどさ…正直全員警護すんには完全な人手不足。

そんな訳で能力者本人が実家にいる五月雨の家族には誰もついてなかったんだけど、まんまとソコを狙われた辺り相手はただの馬鹿じゃ無いらしい。


「ちなみに、ヒサヤは今回の件を予想してシオリを、ひいてはオレサマを行かせたわけじゃないのヨ?」

「は?俺の事何だと思ってんのさ。んなわけないじゃん」

「だよね。聞いてみただけなのヨ。出来すぎた偶然だったからつい」


出来すぎた偶然、ね。それは俺も思うわ。

けど別に五月雨の家事情とか全然気にしてなかったし、正真正銘の偶然なんだよなコレが。俺ってばファインプレーってやつじゃん。はー…優秀優秀。


「とにかく、最近少しきな臭いのヨ。メイリーも出ずっぱりみたいで…この手紙の調査を頼もうとしたら、忙しいから無理ってフラれたのヨ」

「ほーん?あの猟犬(ハウンドドッグ)が?」

本土の警察組織と連携して怪異事件の処理をしたり、能力者の家族や血縁の身辺を警護してる能力者の部署がある。

俺らの同期も1人そこに行ったけどさ、そいつの担当はざっくり言えば"敵対勢力"の調査制圧。


やっぱある程度はいるんだよね。一般人に手ぇ出す能力者とか、何故か『学園』の能力者と敵対する馬鹿がさ。


ちなみにじじいが怖がってる"奴ら"ってのはコイツらの話だ。

ま、あの老いぼれが怖いのは仲間の死じゃなくて、能力者の立場が悪くなる事とココに攻め込まれる事だけどさ。

そういう反乱とか襲撃的なヤツたまーにあるからね。


で、そんな奴らをを取り締まるのがお仕事のアイツが忙しいってのはつまり…何かしらが裏で動いてるって事だ。


「そりゃ…楽しくなりそうじゃん」

「むむー、不謹慎なのヨ」


この前の時の伝達漏れ…あの時は結局しっぽを掴めなかったが、居たかもしれない九重の偽者ってのも何か関係ありそうだな。

いいね。興味出てきた。


「とにかく、こうなったらオレサマも自分で動いてみるのヨ。もうすぐテストも終わるからシオリの周りは大丈夫だと思うけど…」

「あー…まぁ一応七尾センパイが動けるからさ、良いんじゃね?」


アイツのトラブル巻き込まれ率は気になるとこだけどさ…既に二回は誰かの陰謀って奴に巻き添えくらってるわけだし。

つーか、本当アイツ引き強くね?


しっかし二回、ね。

もし同一の組織か何かが手を引いてるなら…そろそろ狙われるか?

何せその二回とも最悪をはね除け、計画を挫いたって事になるんだからさ。


合宿に連れて行かせるのは早計だったか?

いや、やっぱ島に置いとくわけにはいかない。イナリが離れるなら尚更だ。


ただ、次に奴さんが何か行動を起こすとしたら…かなりの確率で合宿は狙われる。

だってまだまだ能力の未熟な学生なんてさ、引き抜くにしても潰すにしても連中にとって恰好の的じゃん。


少しだけ悩み、俺は片手でガリガリと頭をかきながら天井を仰ぐ。


「あー…ヤダヤダ。合宿の警護、学園側と相談し直そ」

栞里云々以前に仲間が危ないなら面倒臭がってる場合じゃないし、仕方ない。


「それがいいと思うのヨ。現状から察するに、何かしら事を起こしてきてもおかしくないのヨ」

「やっぱそうだよな。はー…面倒くさ。それでもやるけどさ」


あー…うっざ。毎回毎回考えることばっかで俺パンクしそう。ただでさえ『学園』所属能力者への任務の割り振りだけでもきっついのにさ。他にも仕事だらけ。

管理者って肩書きは滅茶苦茶損だわ。


「なぁイナリー役職代わってくんね?」

「お断りなのヨ」

「あー…ハイハイ。知ってた。つーかお前には向かないもんな。俺も向いてないけどさ」

「そう?ヒサヤは何だかんだ向いてるとオレサマは思うけど」

「はぁ?」

「お前ほど"仲間"を思える奴は然う然ういないと思うのヨ。任務での死亡者は確かに減ってる」


さっきから話の合間でもお構いなしに一升瓶呷ってるクセに、ちっとも揺らがない瞳でイナリは俺を真っ直ぐ見つめた。


そりゃ、だって俺は…仲間を死なせたくないからここにいるんだからさ、当たり前じゃん。

ずさんな任務の割り振りで死んでく奴とか…もう、見たくないし。


なんて、らしくない事言いたく無いから俺はミックスナッツを鷲掴みして口に詰め込んだ。


「もごもごもごもご」

「何?なんて言ってるのヨ。食べてる時に喋るのは良くないっておじじが言ってたのヨ」

「んぐ。あー…エロ本どうだった?」

「いまいち。やっぱ本物が一番なのヨ」

「あー…ハイハイ。で、のんびりしてるけど今日はお誘い無し?行くならいつも通り他の護衛付けるよ」

「…今日は断ったのヨ。シオリが、泣いてたから」

「は?」


泣いてた?アイツが?

俺が見た時はそんな素振り全然無かったじゃん。


「…"愛していたよ、お父さん、お母さん"」

「…それさ、アイツが言ってたの?」

「独り言でね。オレサマ扉越しに聞いちゃったのヨ」


過去形の意味を理解して思わず目をそっと閉じる。

"あっち"では喪って、"こっち"にはその存在すらない。


アイツにとって憎くて仕方ないだろう能力者(俺ら)はいるのにさ、家族はもう取り戻せやしないんだよ。皮肉だよな。


「今日は護衛関係なく、望まれなくてもあの子の側にいてやりたい気分なのヨ。オスとして弱ってるメスは放っておけないのヨ」

「…あっそ」

「ヒサヤも行く?」

「…俺が行ってもさ、アイツにとって嫌なだけじゃん」

「えっ、行く気はあるのヨ!?」

「は?何が?」


どういう感情か分からない微妙な表情を張り付けながらイナリはそそくさと帰っていった。

意味わかんねぇし空の一升瓶(ゴミ)置いてってんじゃねーよ。はー…うっざ。


取り敢えずムシャクシャしたからアイツの部屋の前で粉々に割っといた。

ハッ精々掃除頑張れよ。


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