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1章:似て非なる

これ何事?


あの!急に人が…!


げ、まさか一般人ッスか?


誰が連れてきたのヨ


いやだから急に現れたんですって


そんな馬鹿な


だってここは…


とりあえず、怪我はないですね。ね?



あぁ。うるさい。

なんでこんなに五月蝿いんだろう。

ざわざわと耳に纏わりつく言葉に、覚えのある声色に、脳が酷く不快を訴える。


折角気持ちよく寝てるのに誰だよまったく。

どうせ何も無い世の中なんだから、睡眠くらいは自由に…


…え、"言葉"?"声"?


効果音がつくとしたらぎゅんっ!と鳴りそうな勢いで、私は目をかっ開いた。


「…っ!!」

途端に目を焼いた日差しに呻き声を上げる。

ま、眩しっ!!!何これ日光!?


これはかれこれ何年も浴びていない晴れの光だと記憶を引っ張り出しながら、痛む目を両手で覆う。

今なら某有名なアニメ映画に出てくる大佐の気持ちが分かるよ。これはツライ。


「おーい?あのさ、大丈夫?」

「だいじょばない…大佐の気持ち噛み締めてる…」

「ぶはっ!あっははははは!!何それ!」

ケラケラ、クスクスと快活な笑い声があちこちから響いてくる。笑うなこんにゃろー。


…いや、待って。

"笑う"?


というか今私は"会話"をしたよね?すっごい自然に。

あの死んだ世界で、私は一体誰と喋ったんだ?


覆っていた両手をそろそろと外し、まだ痛む目をそっと開けていく。

まだ慣れない明るさの中、始めに見えたのは…青。

突き抜けるように澄んだそれは、いくらパレット片手に悩んでもキャンバスに乗せられやしないだろう。


あぁ、これ、空だ…数年振りの、綺麗な青空。


次に見えたのは緑。

葉の一枚一枚がここにいるぞと主張するかのようにさわりさわりと風に揺れ、光の加減で緑の濃淡を変えている。


あぁ、分かる。これは木。生命力溢れる、生きた木々。


そして次に見えたのは…


「よ!落ち着いた?」

「ヒュッ」

人だった。

数年振りの生きた人間だった。


だけど…


「おーい、聞こえてる?おーい!!」

「うっわ先輩うるさいッスね!!!」

「お前も大概なのヨ」


だけど、コイツは…!!!



一ノ世(イチノセ)久夜(ヒサヤ)ッ!!!」

それは呼びたくもない名。忘れたくても忘れられない名。

それを、あり得ないと思いながらも血反吐を吐くような気持ちで音にすれば…


「ほーん?君さ、俺の事知ってんの」

記憶に違わない軽い調子で、あり得ない筈のソレはあっさり肯定された。


知ってるか、だって?

ふざけるな。ふざけないでよ。

どれ程の時間を経ても忘れられるわけ無いじゃないか。


私を、地獄に突き落として縛り付けた男の名前を。


「…カッ、ヒュッ!」

脳が目に映る現実を飲み込んで、体が拒絶反応を起こしたように震え出す。

呼吸が苦しい。指先が凍えていく。心臓が痛い。


「はわわわ!?ちょっ、大丈夫ですか!?」

「オイ!?落ち着くのヨ!?」

「…女性を怯えさせないでくださいよ。よ?」

「えー?俺のせい?ちょっと声掛けただけじゃん」


沢山の声。背中をさする手。心配そうに覗き込む顔。


なんだこれ。一体何が起こってるの?

だって、私、皆…知ってる。

知らないけど、知ってる。


どうして、どうして…


「ヒュ…どう、して…生きてる、の…!!」

「え、何??俺さ、君の中で死んでんの?ぶはっ!あははははは!!」


ムカつくくらい懐かしい大爆笑を聞きながら、私の意識はまたブツリと切れた。

誰かが倒れる私を支えてくれた気がしたけど…気のせいだろう。

だって、そんなわけないもの。


ここにいた"ヤツら"が、そんな事するわけがない。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


私にとっての『ソノヒ』は、なんて事はない大学の休日だった。


栞里(シオリ)!待った?」

「十分遅刻の常習犯はだーれだ?」

「はい、私!!ごめんって!寝坊しちゃってさー!」

「ふふ!今更気にしてないよ。私もゆっくり来たから実は遅刻だったし…だからあんまり待ってない」


パタパタとパンプスをならして駆け寄る親友に、挨拶代わりの軽いデコピンをして笑う。

彼女とは中学からの付き合いで、大学生になってからも独り暮らしの家が近かったから毎週のように遊んでいた。

だから、その日も東京でショッピングの約束をしていたんだ。


「とりあえず何処からいく?」

「私走ってきたから喉乾いちゃった」

「えー、初っぱなカフェ行ったらもうそこで終わりそうだけど…」

「あ、それはそうかも!」


軽口を交わしながらも携帯端末をいじって近場の店を閲覧していると、不意に隣の彼女が足を止める。

チラリと目を向ければどうやら何かをじっと見つめているらしい。


「ね、ね、栞里」

「何?」

「あれ…やっばくない?」


んー、と気の無い返事をしながら私は端末の写真を眺める。

どうせまた"カッコいい人"でも見付けたんだろう。

我が親友は所謂イケメンというものが大好物で、こうして遊び歩く度にやれあっちにワイルド系が、そっちにアイドル系がと大騒ぎするんだよね。

必須栄養素なんだって。ちょっと私の知ってる栄養学じゃないかな。


いつもの事だからとスルーしようとしていたけれど、グイグイと服を引っ張って注意を引こうとする彼女に根負けして顔を上げる。


「ほら、あそこ!」

控えめに示された場所に目を向けて、思わず息を飲んだ。


ビルの隙間を吹き抜ける風にふわふわと揺れる群青の癖っ毛。

形のいい眉。

切れ長の涼やかな瞳は随分不思議な色合いだ。

シャープで小高い鼻に、緩く弧を描く薄い唇。

そんな極上のパーツが完璧な位置に配置された顔は、他の道行く男性より頭ひとつ高い位置にある。


「うっわ…」


美醜にとりわけ興味が無い私でも見惚れるくらいの美貌がそこにはあった。

あれはえげつない。


「モデルとか俳優か何か?」

「いやいやいや…栞里はともかく、私がアレを見落とすとかないから…」


それもそうかと思いつつ、それなら尚更吃驚だ。

あれが一般市民…都民?とか冗談きついじゃないか。

世の中のイケメンと騒がれてる人が不憫になるレベルで次元が違うもの。


「ってかあの目…カラコン?」


黒い虹彩にぽっかり浮かぶ金の瞳孔は、まるで夜に浮かぶ月みたいだ。

普通にはあり得ない色合いだけど…


「あ!もしかして、能力者ってやつじゃない?」

「えー…確かに噂は聞くけどさ」


能力者は変わった瞳を持つらしい、なんてネット上じゃよく聞く話だ。

まぁ大体の人は能力者なんて実際に見たことないから、あくまでも噂だけどね。


「あーあ、ほんっとカッコいい!!あんな彼氏欲しいなぁ」

「いや、さすがにあのレベルと付き合うとか…キツくない?」

「えー!?栞里ってば夢がない!!あの極上の顔に好きって言われてみたくないの!?」


興奮で頬を上気させながらきゃっきゃとはしゃぐ彼女に苦笑をこぼし、答えようと口を開いた刹那。


「その夢さ、叶えてあげよっか?」


「…え?」


いつの間にそこにいたんだろう。

噂の彼が音もなく親友の隣に立っていて、にっこり微笑みながら彼女を覗き込んで、それで…


次の瞬間には、私の視界におびただしい(アカ)が舞った。


「え…?」

開いた口からは間抜けな音しか出てこない。


だって、どうして…彼女の胴体がぐちゃぐちゃに潰れていて、どうして、彼女の首がそこから離れて、浮いているの?

あまりの光景に頭が処理しきれなくて、周囲のつんざくような悲鳴がどこか遠い。


どしゃりと音を立てて倒れた胴体だったもの。男の手にぷらんと無造作に捕まれていた彼女の首は変わらぬ目線に浮いたまま虚空を見つめている。


「あはっ!好きだよ…なんてね!」


男はそう囁くと、ニタリと笑って薄く開いた彼女の唇に口付けた。

何、なんで、何が起こってるの。


「あはははははは!!!俺ってばさ、超やっさしー!!イタイケナ女の子の願い叶えちゃった!あっははははは!!!」


狂ったように笑いだした男が、まるでボールみたいに彼女の頭を捨てる。

そんな暴挙を見ても尚、私は瞬きひとつ出来ないまま固まっていた。

思考を占めていたのはただただ同じ文字の繰り返し。


怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。怖い!!


「つーかさ、オトモダチ死んだのに君ってば無反応?冷たいね」

ギョロリと人間離れした瞳に捉えられたのは一瞬で、男はすぐ興味を失ったように視線を外す。

まるで、そう、相手にする価値すらないと言われた気がした。


「さーて、遊んでないでさっさと開幕ベル鳴らさないとね。怒られちゃう」

「あ、そび…?」


思わず言葉が漏れ出る。

遊びと言ったのかこの男は。あまりにも惨くて、理不尽な真似を彼女にしておいて。


「そ、遊び!こんなのさ、これから起こることに比べたら数にも入らないって」

楽しみにしてなよと上機嫌に宣って、ソイツは消えた。

比喩でも何でもなく、目の前からかき消えたのだ。


途端に空気が軽くなった気がして、私はへたりと座り込む。

足にこれっぽっちも力が入らなかった。小鹿の方がまだましなくらいだ。


ぴしゃり


倒れないよう地面についた手に、ぬるりと生暖かいものが触れる。

紅いソレを"血"だと認識して、麻痺していた思考が漸く回り始めた。


「…あ……あぁ…」

視界に映る、最早人の形を成していない胴体。


「あぁぁ…っ」

遠くに転がる、親友の、彼女の、顔。

さっきまで輝いていた瞳は濁り、がらんどうの黒がぽっかりあいたまま。


「うわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」


その悲鳴が自分の口から出たのだと始めは認識出来なかった。

ただただ叫んで、叫んで、叫んで…


「うっ、おえっ…っ!!」


遂にびしゃりと吐いた。彼女の紅に私の吐瀉物が混ざる。

焼けるような喉の痛みが、ほらこれは現実なのだぞと容赦なく突きつけてきた。


「…っ」


今更ながらボロボロと涙腺が壊れたみたいに涙が溢れてくる。

訳が分からない。

なんで、どうしてこんなことに。


私達はただいつものように、休日を過ごしたかっただけなのに。

分からない。分からないよ、ねぇ。親友。


血が出るくらい唇を噛み締めて、とうとうブツリと噛み千切ってしまった。流れ出た私の血が彼女の紅に混ざる。

他人事のようにそれを眺めながらふと気づいた。


悲鳴が、聞こえる…?


いつの間にか、悲鳴は私だけのものじゃなくなっていた。

あちこちから聞こえてくる。


いや、それだけじゃない。

悲鳴に混じって何かを壊すような音も聞こえる。

本当に、何が起こってるの…?


震える足を叱咤して立ち上がったその時、まるで爆弾でも爆発したのかと思うような衝撃音が街に響き渡った。


「…う、そ」


そして音と共に、最近新しく東京のシンボルになったという高いタワーがぐらりと傾き…


「っ!!!うっ」

凄まじい衝撃を周囲に与えながら崩れた。


〈さーて、遊んでないでさっさと開幕ベル鳴らさないとね。怒られちゃう〉

不意に脳にフラッシュバックする男の姿と声。


「開幕、ベル…」


呆然と呟いた私の言葉が間違いではなかったと知ったのは、わりとすぐの事だった。



〔速報です!各地で能力者の反乱が起こりました!!皆様、迅速な避難をーーーー〕

ひび割れた巨大なモニタに映し出される惨状は、目の前の瓦礫と変わらない風景に思う。


親友の惨殺からどれ程時間がたったのだろうか、一時間?それとも二時間くらい?

分からないけれど、たぶん長くはない。

その程度の短い時間でこの街は見る影もなく破壊されたんだ。建物も、そして沢山の人も。


能力者の反乱。


なら、あの男は親友の言う通りの存在だったんだね。

分かっていたら、信じていたら…すぐにでも逃げられたのだろうか?否。きっと何も変わらなかっただろう。


だって私達は…能力者がこんなに酷い存在だなんて知らなかったから。


チラリチラリと見かけた能力者だろう者達は、笑いながら、気だるそうに、泣きながら、怒りながら…好き勝手な感情を吐露しながら一般人達を見境無く殺していった。


ある人は火だるまに。


ある人は切断されて。


ある人はもがき苦しんで。


ある人は風船のように破裂して。


ある人は、ある人は、ある人は…



「何なのよ、これ…」

瓦礫の隙間で、震える体を丸めるように抱え込む。

服のあちこちに飛び散っている血は最早誰のものかも分からない。


こんなのが、現実だなんて。

夢だと言うには叫び疲れた喉も逃げ続けた足も転んで擦りむいた掌や膝も…何もかもが痛すぎた。

ははは、下手なB級映画のパニックホラーより酷いよ。


じゃり


「っ…!!」

瓦礫を踏む音が聞こえて体が総毛立つ。


まずいまずいまずいまずいまずい!!

逃げなくちゃと思うのに、体が動かない。

そもそも一体何処に逃げればいい?

逃げる場所なんて、あるんだろうか。


じゃり


じゃり


じゃり


じゃり…



近づく音に震えながら、今まで信じたこともない神様に祈る。


「…?」

ふと、少し遠くで音が止み、しんと静まったところで顔をあげた。


もしかして、助かったの…?


「あれ?君さ、まだ生きてたんだ?あっははははは!!すっごく運がいいね!」

「ヒュッ!?」


都合のいい希望的観測はあっさり砕かれ、音もなくソイツは再び私の前に現れた。

瓦礫の隙間から覗く瞳が愉悦に歪み、ムカつくくらい長い腕が私を掴む。


あぁ死ぬんだと諦め目を閉じた私に訪れたのは、身体を割くような衝撃…ではなく一瞬の浮遊感。


「ほら、見てごらん!」


頭上、すぐ近くで聞こえた声に驚いて目を開いた。

いつの間にか私がいたのは瓦礫の隙間ではなく崩れ掛けたビルの屋上。


そして眼下には…見渡す限り、地平線まで続く瓦礫の海が広がっている。

あちらこちらに炎がちらつき、そこかしこから空に向かって煙が手を伸ばすように立ち昇っていた。


「なに、これ…」

「俺らがやったんだよ」

「何で…こんなこと」

「はー…面倒くさ。質問ばっかじゃん。えーと、世界を壊すため。以上!」


なんだよそれ厨二病か。RPGの魔王かよ。なんて、言えるわけがない。

だって、ケラケラ笑うソイツの目は…本気だったから。


だからもう、諦めた。


「私も、殺すんでしょ」


私はこの男に、蟻を潰すような気軽さでもって殺されるのだろう。

出来れば親友だった彼女のように一瞬で刈り取ってほしいものだ。なんて。


「…さて、どうでしょーか?」

「…は?んむ、ぐ!?」


死を覚悟していたこっちの事なんて知ったことかと、ふざけたような仕草で首をかしげたソイツは突然私の口に"何か"を入れた。

舌に触れるにちゃりとした感触と生臭さに、これを飲み込んだらまずいと脳が警鐘を鳴らす。


「なにしてんのさ。早く飲み込め、よ!!」

「んぐっ…!!!」

男の手で無理やり喉の奥まで押し込まれた。


苦しい、気持ち悪い、苦しい…!


抵抗なんてものはまるで無意味で、あぁもうどうせ死ぬんだからいいやと、私はソレをゴクリ…


「…っ!!!?あ、ァアあ"ぁぁ!?」


飲み込んだ瞬間、獣のような叫び声を上げながら崩れ落ちる。

なんだこれ、なんだこれ!?


まるで内臓がぐちゃぐちゃとかき混ぜられているような気持ち悪さと激痛。

血が沸騰しているような熱さ。


気を失いたいのに、あまりの痛みにそれすら叶わない。

明滅する視界の中で男がまたケラケラと笑っていた。


「それさ、一般人が能力者になれるか?なーんて下らない実験した成果らしいよ?あっははははは!!!馬鹿な事考えるよね?」


なにを、言ってるの?


「でも実験は全部失敗!皆死んだ。そりゃ身体無理やり作り替えるようなもんだからね、当然っしょ」


無理やり、作り替える。


あぁだから…か。だからこんなに。

ハクハクとままならない呼吸をしながら、どこか冷静な私がいた。


なんて酷い死に方。

私がコイツに何をしたって言うんだろう。

いや…理由なんてないんだろうな。


内側から何かが暴れ狂うような、そんな気が狂いそうな程の苦痛。

死ぬまで続くと思っていたそれはしかし…急にふっと消え去った。


「はっ、はっ、うぅ、な、んで…?」


私の命が、まだここにある。

それに驚いたのは私だけじゃないらしい。


目を丸くして、満月のような瞳孔がまじまじと見つめていた。

分かりやすく"そんな馬鹿な"と表情に出た様子は…何だろう。どこか、幼い。

まぁそれは直ぐに愉悦に染まった笑みに掻き消されたけど。


「あはっ!ウッソ、適合したんだ?やっぱ君さ、運がいいね!あっははははは!!!こりゃ傑作だ!!!」


未だに身動きの取れない私の頭を、大きな手が無造作につかんで持ち上げ…そのままぐしゃりと潰された。

悲鳴すら上げられず、薄れ行く意識。


リンゴかよ私は。なんて。

馬鹿な事を考えてブラックアウトした私。

辞世の句がリンゴかよとか笑えないな…いや、親友に話して笑ってもらおう。


しかしどうやら、私は神様に嫌われていたらしい。


「「…は?」」

急激に戻った意識ととんでもない痛みに目を開ければ…忌々しい男がポカンと私を見ていた。


「…う"っ!!」

そんな事より滅茶苦茶頭が痛い。まるで潰されたような痛み……だ?


いや、そうだよ。潰された。間違いなく。


ペタペタと頭や顔を触っても、普通の感触。間違っても変形してたりしてない。

服に溢れたおびただしい量の血は確かにあるのに。


なんで?今、私絶対死んだ筈でしょ?

まさかコイツが生き返らせた?いや、違う。

他でもないコイツ自身が…驚いてる。


「…へぇ?本当に身体ごと作り変わったんだ?よかったじゃん。どうやら君さ、死なないみたいだよ」

「…うそ」

「なんならもう一回潰そっか?」


絶対に嫌だ。

痛みも忘れて目が回るほど思いっきり首を横に振れば、男はニタリと笑う。


「ハッピーバースデー!!君は今この時から…ただ一人の"記録者"だ!だからさ、俺らが世界を壊す様を…その"能力"にきっちり刻み込めよ」

「あんた、なに、言って…」

「あ、そうそう。俺、一ノ世久夜ね。今から世界を壊す連中のトップだからさ!ちゃあんと"記録"しとけよ?あっははははは!!!」


言いたいことだけ言って、男はその場から消えた。

1人取り残された私はしんと静まり返った世界で膝を抱える。


"記録者"?"能力"?


訳が分からない。分からないのに、どうしてか私の脳は本人を置き去りにして正しく理解していた。

私に宿った力…否、"能力"の事を。


「…『記録』。見たもの、体験したものを正しく記憶し、永久に保存する力…」


呟けば、ぱさりと何処からか一冊の本が現れた。

黒い表紙のソレは大きいくせに酷く薄い。


ペラリ


本のページをめくり、綴られた文字を読み、私は泣いた。


「うぅぅぅぅぅあ"ぁぁぁぁぁぁ!!!!」


今日私が体験した出来事が、一切の偽りなく記されている。

朝起きて、親友にあって、彼女が殺されて、街が破壊されて、人が死んで、私がアイツに変なものを食わされて、それで…


"一般人"の枠から…いや、人間の枠から弾かれた事まで全て。


特異体質"不老不死"。


そんな死ねない私の地獄が、『ソノヒ』から始まった。



それからだ。


大きな反乱騒ぎの度に、大虐殺の度に、私が顔も知らない能力者の誰かに無理やり現場へ連れ去られるようになったのは。


あの男の指示だという。迷惑どころじゃない。


何をするでもなく、ただ連れてこられて放置されて見てるだけ。"記録"させられるだけ。

そして全て終わった後に、能力者達は私の"記録"を閲覧してゲラゲラと笑うのだ。胸くそ悪い。


目の前であまりにも軽々しく人が死んでいく日々。

最悪だった。毎日のように吐いた。


勿論助けようとしたことは何度もある。

でも、元々ただの一般人でしかない私が生粋の能力者達に敵う筈もなく、助けられたことなんて一度もない。


どんなに頑張っても逃げきれないし勝てないし、庇おうとしても私ごと殺された事だって両手じゃ足りないくらいだ。

黒焦げだったり血塗れな骸を抱き締めて、私だけは死なない、死ねないまま。


ただただ無力だった。惨めだった。


よく痛みや悲しみに慣れる、なんて小説で描かれたりするけど、そんなの嘘だ。

心も身体も毎日血塗れで激痛に苛まれている。


更に酷いことに、時間が経つにつれ私の存在に気付いた一般人達は私をも"悪"と断じた。


暴力、暴言、拷問、果ては実験が日々のサイクルに加わって、私は死ねない辛さを募らせ続ける一方だ。


けどそんな日々が長く続いたのか、と問われれば答えは否。

だって、ものの数年程度で世界は死んだから。

能力者という者達は一般人が思っていたよりずっと規格外だったらしい。


さて、世界から一般人や動植物が消えて…この後どうなったか?


目的を達成した能力者達は晴れやかに笑い、互いを讃えあい、子供のようにふざけ、はしゃぎ…


そして皆、自害した。


「…は?」


死ねない私を、世界に残して。


「じゃあね!」


ソイツでさえも見たこと無い顔で、笑って逝きやがったのだ。


「ふざけるな…ふざけるな、ふざけるなっ!!!地獄に突き落としただけに飽き足らず、私だけをここに縛り付けて!!お前らは、お前は!!!」


そんなの、狡いじゃないか。


笑った顔の骸に対して、私はただただ惨めだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


最悪だ。最悪の気分だ。


突然の再開で思い出したくもない"記録"を開いてしまったらしい。

私の一部となって数年。それなりに付き合ってる能力ではあるけど、未だに制御が上手くいかないんだよね。


調子が悪いと直ぐに"記録"の本が開いて悪夢を見せてくるのだから堪らない。

私は意識に浮かぶ開きっぱなしの本を閉じて、ゆっくり目を開ける。


「…知らない天井ってやつだ」


埃も染みもない綺麗なソレに眉を寄せ、身体を起こした。

痛みはない。変わったところもない。

ただ、どっかの瓦礫で見付けて着ていたボロボロの服は、綺麗な患者服に変わっていた。


置いてあった綺麗なスリッパに足を包み、無人の部屋を見て回る。

どこもかしこも綺麗なここはどうやら、病院というよりは…学校にある保健室に近い感じがするね。


「あ、これ…」


懐かしい消毒液のパッケージを見つけてつい笑ってしまった。沁みるんだよな、これ。

でも、なんで…?

このありふれた風景は今や異常でしかないのに。


ガラリ


思考に沈んでいた私は突然開かれた扉に肩を揺らす。

元一般人は気配を読むなんて出来やしないのだ。


「おや、起きていたのかい?体調は?大丈夫かな?」


柔らかい声に恐る恐る振り返れば、そこには柔和な笑顔を浮かべた白衣姿の青年がいた。

親友がいたなら喜びそうな顔だな、なんて。

というか誰だろうか。お医者さん?


ふと、彼の手に小さめの土鍋が抱えられていることに気付き、そのアンバランスさに首をかしげた。


「とりあえず座ろうか」


促されてベットに腰掛けると、男は手近なパイプ椅子をズルズルと引き摺って私の前に座る。

よっこらしょ、と顔に似合わぬおじさん臭い仕草に少しだけ肩の力が抜けた。


「さて、僕は東雲(シノノメ)四恩(シオン)。ここの保険医なんだけど…」


首に下げていた眼鏡をかけ、そう名乗った彼に目を丸くする。

その名前には聞き覚えがあったから。


「おや?…どうやら僕のこと、知ってるのかな?」

意外そうな顔にしまったと己の顔を覆う。


「あぁいや、大丈夫だよ?企業秘密とかないから。僕は結構色々な所に顔出ししているからね」

はい深呼吸~と気の抜けるような声をかけながら、ポンポンと私の頭を撫でる彼…東雲さんからは何と言うか、マイナスイオンが出てる気がする。


東雲 四恩。


能力者達率いる反乱軍に加わることなく、一般人を守りながら…生きたまま火災の炎で焼かれたという人。

なんで今、目の前で生きているのか分からないけど…

この優しい手は最期まで優しいままだったんだと思うと、泣きそうになる。


「あの…」

「ん?なんだい?」

「ここ、は…何処ですか?」


やっとの思いで紡いだ声は情けないくらい震えていたけど、東雲さんは気にする様子もなく微笑んだ。


「ここは楽園(ガクエン)…『楽園(エスクエラ)』だよ」


「『楽園』って、まさか…!」


さぁっと血の気が引いていく。

その言葉が普通の意味を示すものじゃないことは、よく知っていたから。


恐怖が思考を奪っていく。

逃げなくちゃ、また、酷い目に…だって『楽園』は…

グルグルと思考渦巻く中、バンッと乱暴に扉が開いた。


「よ!目、覚めた?」

私を射抜く満月。


「一ノ世くん…扉は静かにっていつも言ってるだろう」

ビックリさせてごめんね、と東雲さんの声が聞こえたけどそれどころじゃない。

最悪のタイミングで現れたソイツに私はパニックになった。


だって、『楽園』と呼ばれるその場所は…!

私の思い違いじゃないのなら、正しくは『隔絶特区X:"楽園(エスクエラ)"』と文書に記される太平洋の外れに浮かぶ島で…


一応日本に籍を置く、一番大きな彼ら(能力者)の本拠地だ。


「…あ!?ちょっと君!?」

状況を考えるより先に、私は出入り口目掛けて一目散に走り出した。

走りにくいだろうスリッパはとうに脱いである。


「はー…面倒くさ」

すれ違いざま聞こえたいかにもダルそうな声に心の中で身構えた。


…くる!!


「ちょっとさ、大人しくしててよ」

「まさか…一ノ世くん!?やめ…!」


見ていなくとも分かる。奴はヒラリと上げた手を下ろしながら、こう呟くのだ。


「『重力』…増加」、と。


「っぐ!!」

途端、身体に押し潰すような圧がかかる。


けどそれは幾度となく経験した…私をぐしゃぐしゃに潰していたモノに比べたらずっとずっと軽い。

手加減されているなら…この程度なら、動ける!!


「え、アレで動くとかマジ?ガッツあるね」

ミシリと鳴る骨を無視しながら足を動かして、私は…頭で"記録"の本を開く。

学園の見取り図なら知ってる。


いつぞや上映会とか言うふざけた名目でここに連れてこられた時、資料室らしき部屋で"記録"させてもらったもの。

緊急の隠し通路だってバッチリ知ってるんだから!!


「さっきのが学園の保健室なら…ここだ!」

窓の一つに目を付けて、私は迷わず…


ガシャァン!!!


「は!?」

「わぁぁぁぁぁ!?な、何てことを…!?」


それを破って、身を外に投げた。


この真下。今は幻影で見えなくしてあるだろうけれど、中庭の一角であるその場所にあった筈だ。

踏めば違う場所にランダムでふっ飛ばされる特殊な装置が。


気付けばフッと身体にかかる圧は消えていたけど、三階から落ちていた私の速度は緩まない。

やけくそで、無計画にやらかした行動だけど…逃げられたとしてその後どうしよう。


というか、もし記録と違っていたらスプラッタだな。

痛いだろうな。死なないだろうけど。


いよいよ近付いた地面にぎゅっと目をつむり…



「『重力』…軽減」


ふわりと身体が浮くような奇妙な感覚が私を包み、次いでしっかりした腕に抱き止められた。


「"まだ"そこにはないよ。隠し通路」

「…っ」

目を開けなくとも分かる。私の敗けだ。


知っていたよ。"アイツ"が私程度を捕まえられないわけがないって。

どうせ迷路に放り込んだラットを観察するように、さてどうするのかな?と笑って見てただけなんだろう。


悔しくて、怖くて、涙と震えが止まらない。


「っ、ふぅっ!…っ」

「あー…えっとさ、頼むから一回落ち着いて話聞いてくれない?さっき能力使ったのはまぁ…謝るからさ」

聞いたこと無いくらい優しい声と、聞くと思ったことの無い謝罪の台詞。


なんだそれ、気持ち悪い。


「よく聞いて。ここは、君がいた世界とはたぶん違う。まだ仮定だけどさ」


加えて意味の分からないことを言う。

気持ち悪い。気持ち悪い。


コイツ、一回死んで頭可笑しくなったのか?

いや、死んだら終わりだ。私以外は。


じゃあなんだ。コイツは誰だ?


いや、さっき確認したじゃないか。

コイツは、一ノ世久夜。


あぁ、もう…


「気持ち、悪い…」

「げっ!?ちょ、ここで吐くなよ!?保健室まで我慢して!!!マジで!!」


なにがなんだか、わからないや。


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