1-2
保健室に直ぐ様出戻りとなった私は、ベットで膝を抱えて丸くなっていた。
東雲さんが困っているのを肌で感じるが、同じ部屋に"アイツ"がいるという事実が私から顔を上げるという選択肢を奪っている。
「えぇ、と」
「はー…面倒くさ。君さ、名前は?何?」
ムカつくほど長い足を乗せたのだろう。
ぼすんと跳ねるように揺れたマットレスに眉を寄せながら、チラリと"ソイツ"に目を向けた。
私の名前?今更?
…あぁいや、そういえばついぞ聞かれた事はなかったな。
「…綴戯栞里」
「ん。栞里ね」
「気安く呼ばないで」
「はいはい面倒面倒。でさ、栞里。情報のすり合わせしよっか」
呼ぶなと言ったそばから呼びやがる。
奴の声で名前が紡がれる度に不快感でぞわぞわする。気持ち悪い。
警戒と嫌悪感を滲ませてじぃっと睨み付ける私を鼻で笑い、"ソイツ"は少し真剣な顔になって口を開いた。
「君はさ、どうやら『記録』の能力者だよね」
「お前がそうしたんでしょ」
「なら、"記録者"として答えて」
「…っ」
能力者に"記録者として"と力を乗せた言葉を紡がれた場合、私は嘘偽りなく公正に情報を開示する必要がある。
つまるところ、嘘を言おうとすると声が出なくなるんだけど…
それは能力に付随している制約というものらしく、私の意思ではどうにもならない。
まぁ一応、もう少し細かい制限があったりするけれど…今は関係ないから割愛しよう。
「…是」
必要もないだろう了承を短く口にして、私は渋々顔をあげた。
「はい!まず君自身の証明。プロフィールからよろしくー」
ヒラヒラやる気無さそうに振られた手に早速苛立ちが募る。
というか、私の個人情報をずいぶん軽々しく要求してくれるものだ。本当に腹立たしい。
「…綴戯 栞里。2###年11月16日神奈川県生まれ。○○大学文学部所属。他は…まだ必要?」
「いや十分。じゃあさ、次の質問ね。今は何年?」
「は?」
さて何を聞かれるのかと少し緊張していたというのに、まさかの質問だ。
今何年か、なんて…そんな事気にする奴だったかな??
そもそも反乱があってからは年なんて意識してないんだけど。
だって、気にする余裕も…今となっては気にする必要もなくなったから。
馬鹿みたいな問いだと無視したかったけど、奴の顔が余りにも真面目そうだったから…仕方なく、正確に分かる事だけ答えてやろうと思った。
「…お前が反乱の開幕ベルを鳴らしたのは、2XXX年の、9月23日。11時08分」
忘れられる筈もない、『ソノヒ』の日付。
「世界は凡そ一年と九ヶ月で大部分が機能停止。それから何年か経ったと思うけれど、現在西暦の正確な記録は存在しない」
「ほーん?」
はぁ?聞いといてなんだその興味無さそうな返事!
小さく舌打ちをこぼした私は悪くない。
ちなみに、東雲さんの方は難しい顔をしながらデスクの端末を弄っていた。
「んじゃ次。俺は何歳?」
「自分の母に聞いて」
「んっくく!」
何なんだ本当に。何を聞きたいんだコイツは。
大体、この心底憎い奴の年齢なんか知るか。知りたくもない。
いや、誰かの世間話を拾ってたらしく"記録"にはあるんだけどね…
「ほらほら、いいから答えて答えて」
イラッと来たので私は能力で一冊の本を出した。
そうだよ。別に私が喋ってやる必要はないのだ。私は"記録者"なのだから。
「『開示』」
ペラリとページを捲れば、周りの景色が一瞬で変わる。
それは淀んだ空も、瓦礫に埋まった地面も全てが灰色の世界。
悲しいことに見慣れてしまった光景だ。
東雲さんが慌てたようにガタリと椅子から立ち上がり、呆然と辺りを見渡していた。
「四恩サン大丈夫。これさ、言わば幻影だから。栞里の持つ記憶の投影、でしょ」
「そう。あと、名前を呼ぶな」
「え、あ、あぁ、成る程これが…『記録』の能力かい。凄いね。初めて見たよ」
そりゃ…関わる前に、あなたは死んでしまったから。
《あーあ、また楽しそうなとこ全部一ノ世さんに持ってかれましたね。十三束さん》
じゃり、と瓦礫を踏みながら1人の能力者が現れる。勿論幻だ。
それに連動して、ソイツが話ている先…瓦礫に座っていた人物も映し出される。
その、ぴょんと揺れるアホ毛が特徴的な男子は、濁った瞳に似つかわしくない快活な笑顔を浮かべて口を開いた。
《ふはは!先輩は22のクセに中身はやんちゃなガキみたいな人だからね!仕方ないよ!まぁオモチャあげときゃオレらは平和だから!》
おぉー…当時は気にしていられなかったけど凄い言われようだな。
笑顔でとんでもない毒吐くじゃんこの人。
いいぞ、もっとやれ。
「んっく!くく!」
「四恩サン笑うの止めて?あと十三束は後で潰す」
「ただの事実なのに。確かに大人げない奴だね」
「ほーん?君も言うねぇ?」
とにかく、これで年齢もちゃんと答えた事になるだろう。
これ以上この景色を見たくはない。
ぱたんと手元の本を閉じれば、あっという間に幻影は消えて元の保健室へ戻る。
一つため息を付いて、私はヤツをじとりと睨んだ。
「で、コレに何の意味があるの」
「んー…俺は確信を得てるけどさ。四恩サン、どう?」
「うん。僕も確認はとれたよ」
二人は互いに頷き合うと、揃って私を見据えた。
ピリッと空気が張った気がして息を飲む。
殺気、ではないけど…肌を刺すようなソレに背中を嫌な汗が伝う。
浅くなりそうな呼吸を気合いで整えた。
だって、負けたくない。
「あー…君が気を失ってる間さ、『記録』の能力が暴走してたんだけど」
「…え?」
「俺含めて近くにいた連中は半ば強制的に君の"記録"を見せられたんだよね」
そんなの、全然気が付かなかった。
確かに居ない筈の存在にいきなり会って、まともな精神状態ではなかったとは思うけど…
気を失ってる間って事は…『開示』されたのはあの、悪夢と同じものかな。
始まりの日と地獄の断片を切り取ったようなダイジェスト。
「…お前らには、懐かしかったでしょ」
「全然?」
ギリッと奥歯が鳴る。
「だってさ、覚えの無いモノに懐かしさはないでしょ」
分かってる。"一ノ世久夜"はこういう奴だ。
奪った命も壊した街にも興味なんてなくて、邪魔だったからと笑うような、そんな奴だ。
冷静になれ。今更腹を立てたって仕方ないだろう。
でも、あぁやっぱり…
「ふざけるなよ…っ!!私は、私達は!!記憶の隅にすらおかれない塵芥だとでも言うつもりか!!!」
最低最悪だ、コイツは。
「はー…面倒くさ。キミさ、誤解してるよ。本当に知らない話ってだけだから。覚えてないってか、そもそもやってないからね俺」
「…は!?何、言って…!!」
ぴっと手のひらを顔の前に出されて言葉を飲み込む。
奥に見えた、らしくない色を乗せたその瞳に気圧されてしまったから。
「うーん、少し僕が代わろうか。あのね、綴戯くん。コレを見てもらえるかな」
冷静じゃない私を慮ってか、奴の話を引き継ぐように口を開いた東雲さんが端末の画面をこちらに表示して見せた。
「今日の日付、というか、年が見えるかい?」
「年…?」
ここ最近では、端末の時計やカレンダーの機能各種において、日付と時刻の一切を偽装できないようになっている。
私の"記録"程ではないが信頼できる筈のソレ。
「三年、後?」
そこに表示された日付は…西暦は、『ソノヒ』の三年後。
「そう。今ここは君の言う反乱の時より三年後なんだよ。ちなみに、君の言っていた年の9月23日には特に大きな事件はなかった。あっても芸能人が破局したってニュースくらいだったかな」
ネットニュースのまとめページに表示されていたのは、確かに一般的な良くある話ばかり。
その前後のニュースも変わらないくらい普通だった。
「そんな、はず…ない」
あれだけの騒ぎが、報じられないなんて有り得ない。
いや違う。それ以前の問題だ。
そもそも、今私が見ているメディアが有り得ないじゃないか。
電波塔も放送の施設も崩壊している筈の世界では、ネットもテレビも使えている筈がないのだから。
今日のニュースをアナウンスしているキャスターも、結婚会見をしている有名人もいる筈がないのだから。
だって、私以外の全てが消えている筈の時代じゃないか。
世界には瓦礫しか無い筈だし、考えてみたらこの建物だって勿論無くなっていたんだよ。
この目で、能力で"記録"したんだから間違いない。
百歩譲って能力者達が生き返っていたとして、だ。
他の一般人や文明までもが生き返るだろか?否、そんな都合の良い話があるわけないだろう。
ならば、東雲さんが見せてくれたこの事実が何を示してるのかは明白だ。
だけど、それを信じるにはあまりにも。あまりにも…
「…それと、失礼ながら綴戯さんの事も調べたよ。名前もDNAも指紋も使って。でも…」
「…エラー…該当、無し」
開かれたあらゆる国、機関のデータベースのウィンドウ。そのどれもに、私は存在しないのだと無情に示されていた。
東雲さんに頼んで更に調べれば、通っていた大学は実在するし、あの親友もちゃんと存在しているらしい。
でも、私を産む筈の両親も、その祖父母達の名前も該当無し。
試しに実家の住所も調べてもらったら、私の家がある筈の場所には十年も前からコンビニが建っていた。
これは、一体どういう事なんだろう。
存在しない私。
存在しない『ソノヒ』。
なら、私と私の"記録"は何だというのか。
「おかしい。こんなの、おかしい…!」
「はー…面倒くさ。あのさ、もういい?」
思考がぐちゃぐちゃな私の視界の端で、奴がつまらなそうに一つ欠伸を溢す。
「わかったでしよ?ここじゃ君の言う『ソノヒ』は過去で、そもそも"起こってない"ってさ。ちなみに俺の年齢は25ね」
悉く私の"記録"から外れていく現実に、怒りすら忘れて呆然と奴を見た。
「しかも、ここに君は存在してないときた。つまりおかしいのはさ、どう考えても君の方って訳」
ふざけたように肩をすくめたソイツは処理落ちしてる私にぐっと顔を近付け、その満月に迷子みたいな顔の女を映す。
「でもさ、君は"記録者"なんだよね。間違いなく」
そうだ。そうだよ。私は"記録者"。
他でもないお前にそう作り替えられた存在だ。
でも、その事実が…『ソノヒ』がここにはない。
でも能力は確かにある。ちぐはぐだ。何もかも。
「嘘がつけない『記録』って能力を持つ君が開示した以上、君の存在も、君の語る荒唐無稽な話も、俺らが見た"記録"も…間違いなく本物だって証明されてんの。分かる?」
「…え?」
「なら答えは一つ。君のいた…"記録"した世界と、ここは全くの別物って事。ほらさ、あるじゃん。パラレルワールドってやつ?」
何を、言ってるんだコイツは。
そんな、一昔前のラノベみたいな話があるわけないじゃないか。
もしかしてからかわれている?
…でもどうしてだろうか。
笑い飛ばすことも出来なければ、否定の言葉も浮かばない。
「俺ってば思考は柔軟な方でさ。あり得ないけど他に説明しようがないなら…納得するしかないって感じでしょ?ま、君が"記録者"じゃなかったなら、ただ"頭のイカれた女"で終わったんだけどね」
ペラペラと話す男をぼんやり見つめながら、聞こえた言葉を反芻していく。
私の"記録"も今ある現実も真実なら、確かに別々に存在していないと成り立たない。
なにそれ。まるで夢物語。
だけど、そうか…能力者達の存在だって大昔の人達からしたら夢物語だった筈で。
それに、有名な本にもあるじゃないか。
例えどんなに馬鹿馬鹿しくても…最後に残った一つ、それこそが真実なのだと。
「…る、の」
「ん?どうかしたかい?綴戯さん」
だとしたら、ここが、"違う"のならば…
「この世界は、生きてる、の…?」
私は…
「私は、1人じゃ、ない…?」
その希望にすがってもいいんだろうか。
「あー…君がどう思うかは知らないけどさ、俺らはこの通りちゃあんと生きてるし、一般人もその辺にうじゃうじゃ湧いてる」
「一ノ世くん言い方…」
「…だからさ…栞里は、1人じゃねーよ」
その言葉をくれたのが奴だったことだけは不愉快だけど、名前を呼ばれるのも腹立たしいけど、それを上回る思いが怨嗟を押し流した。
「う、うぁああぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」
ボロボロとこぼれ落ちる大粒の涙を他人事のように感じながら、私は泣き慣れない子供のように慟哭を上げ、ひくひくとしゃくりあげる。
絶望だけの世界に、記憶に広がるあの瓦礫の大地に、今、一つの新芽が顔を出した気がした。
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「ぶはっ!あっははははは!!ぶっさいく!!」
「はぁ"!?う"る"さ"い"し"!!!」
「あっははははは!!!声もひっど!!!」
あの後涙と声が嗄れるまで泣き続けた私に対し、デリカシーの欠片もない男はゲラゲラと腹を抱えて笑っていた。
記憶通りの笑い声に腹の底には不快感がたまっていく一方だ。
一度席を外している東雲さんには一秒でも早く帰ってきてほしい。
…目の前のコイツと私の知る"一ノ世久夜"が違う存在なのだと思ったところで、はいそうですかと簡単に割り切れるものじゃないもの。
だって、何が原因であんな行動を起こしたのか、どこで道を違えたのかは知らないけど…結局根底は同じ人物な訳でしょ。
怒りも、恐怖も、不快感も嫌悪感も憎しみも何もかもがやはり拭えない。
泣き喚いて少しスッキリして、気持ちが落ち着いたから…余裕が出来たからこそ、余計にソレを感じてしまってる。
きっと錆び付いてた感情が動き出したんだろう。
「そのきったない顔を拭いてあげようか?」
「ヒッ!ヤダ!!ち、近付くな!!!」
にやにやしながらベットへにじり寄る奴の表情が私に得体の知れないものを食わせたあの瞬間と重なって、恐怖で声が裏返る。
「こらこら、一ノ世くん。いじめないの」
「はー…うっざ。別にいじめてないよ四恩サン。錯覚錯覚」
私の限界が来る前に、ガラリと扉が開いて救世主が帰ってきてくれた。
東雲さんだけが今唯一心穏やかに接していられる存在だよ。
ところで、その手にあるのは…土鍋?
あれ?そういえば、確か最初に部屋に来た時も持ってたよね?
私の視線に気付いたのか、東雲さんは眼鏡の奥の瞳を緩ませる。
「お粥、暖め直してきたんだけど…食べられそう?」
「おかゆ…」
「だって君、痩せすぎだからね」
ホカホカと湯気を吐き出す、真っ白なソレ。
酷く懐かしい香りに鼻の奥がツンとなる。
あぁ、だめだ、また泣いてしまいそう。
死ねなくなってからまともに食事をしたことなんてなかった。
食糧自体が貴重だったし、何より私は能力者からも一般人からも仲間外れだったから。
色々な記憶が渦巻いて、差し出されたレンゲを素直に受け取れずに手を彷徨わせていると、さっとソレは横からかっさらわれた。
「…は?」
これまでイチのものすっごくドスのきいた声が出た気がする。
でもそれくらいムカついたのだから仕方ないよね?
ジロリと奴を…一ノ世を睨み付ければ、悪戯に成功した悪ガキの顔をして私を見ていた。
コイツは人を苛つかせる天才じゃないかな。
「返して」
「はっ!食わないならさ、俺が食うわ。丁度腹も減ったしね」
ブツリ、と私の中の何かが切れた気がした。
「ふざけるな!!!お前に食われるくらいなら…私が食べる!!」
ぎゃん!と叫び、一ノ世の手からレンゲを奪い返す。
我ながら良くそんな元気があったなと思うね。
そして、私はそのままの勢いでお粥をすくい…
「あ!?綴戯くんストップ!!!」
「…あっっっっづ!!!!!」
東雲さんの静止も虚しく口をばっちり火傷した。
冷ますという概念をすっかり忘れてたよ。
「ぶはっ!あっははははは!!!やーい、やーい!馬鹿じゃん!!!」
「一ノ世くん!!君は本当に!!!あぁ、綴戯くん水!水飲んで!」
渡されたコップに注がれていた水を一気に飲み干し、ダァン!と乱暴にデスクに置く。
辛うじて割れてはいないけどかなり音が響いた。驚かしてすみません東雲さん。
でも、良くわかったよ。
やっぱり一ノ世とは仲良くできない。
この…人を弄んで爆笑するところは、"アイツ"と変わらないじゃないか。
そう再確認をしながら、今度こそふぅふぅと冷ましたお粥を口に含み…ボロリと涙を溢した。
「あはは、は…ん?あー…何?また火傷でもしたの?」
笑いを引き摺りながら首をかしげる一ノ世に、ふるふると首を横に振る。
「…お、いし…い」
ちょっぴり塩のきいたとろとろの白粥は、あまりにも優しい味がした。
忘れかけていた米の香りに沢山の、平和だった頃の景色が浮かんでいく。
そういえば、お母さんの手料理は凄くしょっぱかったっけ。でも、肉じゃがとお味噌汁は私にとってプロ級に美味しくて…大好きだった。
お父さんの得意料理は余り物のチャーハンで…あぁ、親友は私のオムライスが大好きだったな。それから、それから…
「ほーん?…ならさ、もっと食えば良いんじゃない。腹一杯になるまでさ」
「…っ」
あぁもう。なんで、なんで…!
私を地獄に落とした顔で、そんな優しい目をするんだよ。
私を地獄に縛り付けた声で、そんな優しい言葉を吐くんだよ。
やっぱり、嫌いだ。大嫌いだ。
泣きながらもくもくと頬張り続ける。
正直に言えば久しぶりに動いた胃がビックリしたらしくキリキリ痛むけど、でも気にはならなかった。
視界の端で二人の優しい表情に見守られながら、半分くらいまで食べてふと手を止める。
「おや?もういいのかい?」
「えと、そうじゃ、なくて…」
首をかしげる東雲さんに否定を返し、私は一ノ世に向き直った。
いかにも、何か文句でもあるの?と言いたげな顔を見せるソイツに、頭も心もぐるぐると気持ち悪くなるけれど…
「一ノ世久夜」
嫌いな名を紡ぎ、私はひとすくいの粥を乗せたレンゲをずいっとそのムカつく程整った顔前に突き出した。
「…は?何?」
「私は、やっぱりお前が嫌いだし、憎いし、怖い」
私をじっと射抜く満月に喉がカラカラになっていく。酷く話しにくい。
「でも…っ!私には、知りたい事ができた。だから決めたよ…今度は、逃げない。血塗れになってでも"お前"と、"お前達"と向き合う。"記録"する」
今までは知ることが出来なかった能力者達の姿を知れたなら。
こいつらを少しでも理解できたなら、『ソノヒ』の理由を知れるかもしれない。なんて。
そんな目標でも掲げないと、私は私を見失いそうだから…利用させてもらうよ。
「だから、覚悟しといてよね!恥ずかしいとこも全部、後生に語り継いでやるから!!」
一瞬虚を突かれたような顔をした一ノ世はしかし、すぐにニィっと不適に笑い、パクリと私が差し出した粥を食べた。
「っは!上等じゃん。やってみせな」
前の記憶に重なりそうになったところで、ぎゅっと目を閉じる。
まだだ。まだ、言いたいことがあるんだ。
その思いに反して呼吸がどんどん浅くなる。
「その、それと…!えっと…」
「綴戯くん、酷い顔色だよ!?一回横になろう?ね?」
緊張で苦しいけど、ばくばく鳴り続ける心臓も痛いけど、東雲さんの心配そうな声も聞こえるけど…
でも、今の勢いじゃなきゃきっともう言えない気がするから!!
「…私の"記録"を、私の存在を、認めてくれて…っ、ありがとう」
あぁ、良かった。言えた。
いくらお前が嫌いでも、それだけは、言いたかったんだよ。
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一ノ世side
綴戯栞里という女は、まるで瞬間移動でもしてきたかのように突然学園の校庭に現れた。
丁度そこで組み手をしていた生徒達や、たまたま近くにいた職員、そして用事があって来ていた俺の前にね。
勿論、全員が警戒したさ。
そりゃ、侵入者を拒む結界も侵入者を知らせる警報も…その両方を作動させる事なくいとも容易くすり抜けたんだから当然でしょ。
俺でも出来ないよそんな事。ここセキュリティマジでガチガチなんだから。
でもさ、警戒しながらその侵入者を見てみれば…枝みたいに細い手足をしたボロッボロの女じゃないの。
さすがに面食らったよ。
あまりに酷い姿だからか連中もいつの間にか警戒より興味やら心配が勝ったらしく、痛ましいものを見るような顔で女を囲んでいる。
へぇ?珍しい光景じゃん。皆してさ。
俺らのざわめきが五月蝿かったのか、少ししてピクリとソイツの目蓋が震えた。
そして次の瞬間には、なんでそんなに?って勢いで目を開けて…相当眩しかったらしく目を押さえて悶え始めたんだよね。
馬鹿じゃないのコイツ。
でも、一瞬見えた瞳に確信した。
この女が…能力者だってさ。
「おーい?あのさ、大丈夫?」
「だいじょばない…大佐の気持ち噛み締めてる…」
「ぶはっ!あっははははは!!何それ!」
返しが独特すぎない?何さ大佐って。
思わず吹き出しちゃったんだけど。
やがて目が慣れてきたのかそろりそろりと再び開かれたそれは、何でか酷く感動したように空や木を映す。
それが何となく気にくわなくて、割り込むようにソイツの視界に入ってみれば…
「ヒュッ」
途端に様子が変わり、その瞳を見開いた。
なにそれ。うっざ。
叫ばれた俺の名前や、怒りやら憎しみやらの負の感情で濁った目を見て、頭の芯が急激に冷めていく。
はいはい、敵さんね。面倒くさ。
「ほーん?君さ、俺の事知ってんの」
ま、敵なら知らない筈ないよね。
俺ってばこれでも能力者の組織じゃ五本指に入る程度の実力はあるし、何より『学園』の管理者の1人だからさ。人気者なんだわ。
さて何の能力で楽しませてくれんのかと自分の能力を準備しながら様子を見ていると…
「…カッ、ヒュッ!」
ソイツは苦しげにあえぎ出す。
え?誰か先に手を出した?
そう思って周りを見ても、誰もが否定を返すだけ。
ガタガタと震える小さな体躯。
血反吐を吐きそうな酷い顔色に絶望を宿す瞳。
違う。これは…襲いに来た反応じゃない。
まるで、"襲われた"側の反応だ。
「はわわわ!?ちょ、大丈夫ですか!?」
「落ち着くのヨ!?」
「…女性を怯えさせないでくださいよ。よ?」
「えー?俺のせい?ちょっと声掛けただけじゃん」
理不尽すぎっしょ。
そりゃ、なんかアクションがあったら迎撃してやるつもりだったけどさ。
未遂だからノーカンノーカン。
つーか、君ら一応警戒心持ちなよ。
どんだけその子の事気になってんの。
そんな珍獣相手にするみたいに群がっちゃってさ…なーんか俺だけ馬鹿みたいじゃん。
「ヒュ…どう、して…生きてる、の…!!」
なにそれ。傑作。
俺が死ぬとか有り得ないっての。
馬鹿馬鹿しい戯れ言を最後に、再び気を失ったらしいその女。
頭おかしいんじゃないの。
と、俺の目の前に突如光と共に何かが現れた。
「はわわわ何ですかぁ!?」
「攻撃!?先輩大丈夫ッスか!?」
「馬鹿。良く見るのヨ」
ポトリと地面に落ちたそれは…
「本…?…ってことは、まさか…"記録者"?」
そう呟いた瞬間、ペラリと本が開く。
瞬間、世界が塗り替えられた。
地面はアスファルトに、木々はビル群に。
そうして、あっという間に人々の往来が風景を埋め尽くす。
あー…これ、東京かな。
「な…!?」
「何これオレら転移したッスか!?」
「はわわわわ…」
「あー…違う違う。これは幻覚だからさ、落ち着いて」
これは間違いなく『記録』の能力だ。
面倒な制約が有るし戦闘力は皆無だけど、 情報が力より重要な現代においてある意味最強を冠する存在なんだよね。"記録者"って。
一度その能力で"記録"すればどんな些細な事も忘れず、無尽蔵に溜め込める。
そして、"記録者"から開示される情報は"絶対に正確"である。
歩く図書館や資料室って言えばまだ平和だけど、機密事項持ってる奴はある意味爆弾みたいなもんだよ。
だからこそほとんど表に出てくることはないような存在なんだけどさ。
「にしても凄いね。この規模で『記録』の能力使える奴初めて見た」
普通の『開示』なんて、せいぜいテレビ画面ほどの範囲に"記録"を映し出せる程度だ。
それをこの女は…この広い校庭を丸ごとなんて!
有り得ないくらいの力の強さだっての。
ざわざわと人の行き交う様子に、本当にそこにいるような気さえしてくる。
学園生達は危険がないと分かってはしゃいでるし、大人達もその精度の高さに感心していた。
で、正直なとこ油断してたんだ。
だってさ、まさかこれが…
《栞里!待った?》
地獄のような記録だなんて、誰一人思わなかったんだよ。
…
ぼんやりしてくる自分頭をバシバシと叩きながら、俺は深く眠っているだろう女をじっと見つめる。
己を守るように小さく丸まったその様子に理由のわからない舌打ちを溢した。
「あー…四恩サン薬強すぎ。どんだけ入れたのさ」
「…この子には休息が必要だと思ったからね」
そう申し訳なさそうな顔をしながら、四恩サンはそっとベットの膨らみを撫でる。
それだけでビクリと震えたソイツに、更に痛みを堪えるような顔をした。
「けど、まさか一ノ世くんが食べるとは思わなかったな。どういう風の吹き回しだい?」
「べっつにー?だってさ、あそこで食べなきゃ怪しまれたかもしれないじゃん」
「くくっ、そういう事にしておくよ」
笑う四恩サンの顔に居心地が悪くなって、ぷいっと顔を背ける。
俺、ぶっちゃけこの人苦手なんだよね。見透かされてるみたいでさ。
「それにしても一ノ世くん。君はもう少し彼女に優しく接せないのかい?」
「は?十分やさしーじゃん」
「そう?街中で声掛けてきた女性には気持ち悪いくらい甘いし優しいんだって聞いたけど」
「ねえソレ言ってたの誰さ?いやどうせ十三束だよね潰す」
マジでアイツの口の軽さと毒舌なんとかなんない?
大体、アレは罰ゲームでやってた時の話だっての!!
女に優しくするとか、ろくなことないし。
「とにかく、だ。精神が不安定な彼女にあまり負荷をかけないであげて」
「ヤだね。俺を通して"別"の奴見られんの、すっごくムカつくし」
「君ねぇ…」
「それに…」
俺は細く息を吐いて目を閉じ、小さく呻き声を溢している存在を視界から消し去った。
四恩サンが粥に施した睡眠薬で深い眠りについて尚、綴戯栞里という女は己の"記録"で悪夢を見てるらしい。馬鹿な奴。
「コイツの傷はさ、表面取り繕った優しさで塞がるようなレベルのもんじゃないっての」
特に俺からのじゃ、ね。
未だに纏わりつく気持ち悪さにそっと口を手で覆う。
はー…うっざ。思い出したらマジで吐きそうだ。
「…僕はその時離れていたから知らないけど、確か君達は見たんだよね」
「まぁね。たぶん、ほんの断片だけど」
あぁ見たよ。見せられたさ。
所々映像が見えなかったり、ノイズで何喋ってるか聞こえなかったりしたけどさ…それでも十二分に胸糞悪いものをな。
おかげさまで他の連中は全員もれなくゲロって自室待機だ。
「いやー…俺が悪の親玉でさ。世界ぶっ壊しちゃってんの」
「それは…最悪だね」
「でっしょ?もう笑っちゃうくらい圧勝だったね!…ほんとにさ。酷いもんだった」
瞬く間に消えてく街と人命。
なぶり、弄び、容赦なく、無慈悲に。
オモチャなんじゃないかと錯覚しそうな程、"俺"は、"俺達"は軽々しくすべてを壊していた。
普段相手にしてる化け物共よりよっぽど化け物だったよ。皮肉なことにね。
「そう。…彼女とは、どんな関係だったんだい?"そっち"の君は」
喉が変な音を鳴らして閉まる。
どんな、だって…?そんなの…
「加害者と、被害者だよ」
それ以上を語れる程冷静にはなれなかった。
"俺"の狂った馬鹿笑いが今も耳に残ってる。
アイツは…理不尽に友達殺されてさ、無理矢理変な身体に変えられてさ、そうして巻き込まれた挙げ句、無責任にたった1人で取り残されたんだ。
それをした奴と同じ顔した"俺"に負の感情渦巻く瞳を向けるのも、精一杯の威嚇をするのも、言葉に含まれる棘も…全部が当たり前だろ。
なのに…
〈私の"記録"を、私の存在を、認めてくれて…っ、ありがとう〉
「はー…面倒くさ」
ホントさ、おかしいわこの女。
あんな無理してまで、どう考えてもトラウマだろう奴と同じ存在に何でそんな事言えるわけ?意味わからない。
俺なら殺すね。違う世界の奴だとか関係なく、許せないでしょ。
「…いっそ憎んでくれりゃいいんだよ。そうすりゃさ、パワーになるじゃん」
居場所も存在も何もないコイツが自分を守る為に、保つために今すがれるモノっていったら…それは俺らへの負の感情だ。
「君は相変わらず不器用だね」
「はいはい五月蝿いよ四恩サン。つーか、ムカつくのは本当だし、お互い様な訳」
ヒラヒラと手をふって保健室を後にする。
正直アイツ見てると思い出しちまって気持ち悪い。
とりあえず、綴戯栞里が『楽園』に籍を置けるように手を回してやるか。
はー…なんで俺が"俺"の罪滅ぼしみたいな真似してんだろ。面倒くさ。
「…不老不死、ね」
あの世界で死ねないってのは、どれ程の拷問なんだろうな。




