ええ、まったく非の打ちどころがない理由だわ
「さて、出発しましょうか」
あれから日が経ち、とうとうブレスへと出発することとなった。
それまでの間、アースは様々な準備をしており、ベーアとケイも旅支度をしていた。
「本当に、御者をお願いしても大丈夫ですかね?」
アースも馬車くらいなら操れるのだが、今回の旅ではベーアが御者をかって出ている。
「うむ、任されよ。これも修業ゆえ」
ベーアが御者台に座り、後ろにはケイとアースが腰掛ける。
馬はレンタルだが、馬車はアースが作った物なので、見かけからは想像がつかない程乗り心地が良く、しっかりしている。
以前、テスリンまで往復したアースだったが、乗合馬車の椅子が硬く、揺れが激しかった。
そのせいで、移動だけで尻と腰を痛め体力を消費してしまったのだ。
今回はあの時に比べて移動距離も日数も相当かかるので、少しでも快適な旅をするためにと、張り切って用意したため、見かけからは想像もつかないような高級馬車へと仕上がっている。
「ところで、リーンさんとラケシスさんは、まだ寝ているんですかね?」
もうすぐ出発だというのに、リーンとラケシスの姿が見当たらない。
一応、二人には出発時間を告げておいたのだが、見送りにもでてこないことを残念に思った。
あの二人はここ数日、ほとんど顔を見せず忙しそうにしていたため、アースもまともに会話をした記憶がない。
しばらくの間離れるのだから、最後に顔くらい見ておきたかったとアースは顔を曇らせた。
「さあな? リーンは多分ライラのところにでも遊びに行ってるんじゃないか?」
最近、頻繁にリーンはライラと会って何やら話していたらしく、ケイはそのことをアースに伝えた。
年末で仕事から解放されたのでここぞとばかりにはめを外しているのだとか……。
「ラケシスさんも、部屋をノックしても出てこないし、多分寝ているんでしょうね」
彼女が睡眠を大切にするのはよく知っている。何もなければ昼まで起きてこないこともザラだから……。
「リーン殿もラケシス殿も楽しい休暇を満喫しておるのかもしれぬ。ワシらもそうしようではないか」
二人にあえず落ち込む様子を見せるアースを見たベーアは、慰める意味で明るい声を出した。
「そうだな、あの二人には戻ってきた時に楽しかった旅行の話を一杯してやろうぜ」
ケイがそう言うと、ベーアが手綱を鳴らし、馬車が動き始めるのだった。
★
「……行ったようね?」
「うん、行ったね」
アパートから馬車が出ていくのを二人の人物が見張っている。
早朝の寒さの中、ずっと待機していたので身体は冷え切っており、白い吐息を吐くのだが、彼女たちはその寒さを感じないのか平然としていた。
「ねぇ、どうして私、腕を掴まれているの?」
そして、二人から腕を掴まれて困惑する人物が一人。Aランク冒険者で、ケイやリーンとパーティーを組んでいる治癒士のライラだ。
彼女は自分の腕を掴む二人を見ると疑問を口にせずにはいられない。
「いいから」
ラケシスの有無を言わさぬ言葉にライラは黙らされる。何が良いのかまったくわからないのだが、ラケシスは暴君の噂が先行している魔王。彼女に逆らうのは魔王に逆らうのと同じ……。
「よりにもよって、年末の聖国だなんて……アースきゅん酷いよ!」
リーンは恨めしそうに馬車を見送っている。
本来なら、旅行に同行を申し出たかったリーンとラケシスだが、年の瀬に観光地に男女で行くとなるとそういうわけにもいかない。
世間の常識では年の瀬に異性を国外旅行に誘うというのは、その気があると宣言しているにも等しい行為なのだ。
もしあの場で「自分も付いていく」と言葉を続けていたら、それは「あなたたちの中に好きな人がいます」と言ったも当然。
受け入れてもらえるのなら、それはそれでアリなのだが、二人の意中の相手はそう簡単に心の内を見せてくれない。
断られてしまったらと考えると、普段冗談交じりにアピールしているリーンはもちろん、ラケシスにもそんな勇気はなかった。
「ライラがたまたま聖地巡礼に行きたくなって、友だち思いな私たちが護衛も兼ねて同行する。完璧な理由だよね?」
なので、リーンは一計を投じることにしたのだ。このまま二人でアースたちを追いかけてしまえば、それは気のある証拠になるのだが、あの場で話を聞いていない第三者の希望のため、しぶしぶ同行するというのなら言い訳として上等だろう。
「ええ、まったく非の打ちどころがない理由だわ」
つまり、この二人。旅行に同行するためにライラを巻き込んだのだ。
「うわぁ……この二人。面倒くさいなぁ……」
そんな小細工するくらいなら、素直に想いを告げればいいのにと考えるライラ。
そして、本当の友達思いはこの二人ではなくそれに付き合わされる自分なのではないか?
「さあ、リーンちゃんたちも出発しよっか!」
そんなことを言葉にせず、馬車へと乗り込むと、それはそれとして聖国での巡礼を楽しみに、三人は前の馬車を追うのだった。




