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空が澄んでおり、満天の星が夜空を染め輝いている。
ここはロザリア聖国へと続く街道、その横にある野営地だ。
毎年この時期には、多くの巡礼者がロザリア聖国を訪れることもあってか、野営地は賑わっていた。
アースは石を積み上げカマドを用意すると、本格的な料理を作り始めている。
「それにしても、料理を任せてしまってすまんのう」
ベーアは酒が入ったコップを握り締め、椅子に座るとその様子を見ている。頬が赤く、既にほろ酔い状態で機嫌が良い。こんなベーアの姿を見られるのも旅をしているからだろう。
「いえいえ、ベーアさんには日中御者をしてもらいましたから。今度は僕が働かないと」
そう答えるがアースは楽しそうに料理を作っている。野外泊ということもあって、どんな料理を振る舞おうかずっと考えていたので、普段とは違う料理を作れるのが嬉しいのだ。
「しかし、こうして見ると本当に人が多いよな」
水が入ったコップを持ったケイが周囲を見渡す。こういった場所には物盗りもいるので警戒している様子だ。
「ブレスの街はこの時期の催しがたくさんありますからね。巡礼者でなくても多くの観光客が訪れますから」
実際、アースたちも巡礼ではなく、それぞれ目当てがあってのことだ。ブレスは古い都なので見所が多く、誰でも楽しむことができる。
「しかし、こうして大っぴらに酒を呑めるのはよいのう。年の瀬の醍醐味じゃ」
既にかなりの量の酒を呑んでいるのか、ベーアは顔を赤くする。気ごころ知れた男同士というのもあるからか、普段と違い豪快に笑っている。
「これだけ人がいりゃ、モンスターも盗賊も襲ってこないからな。俺は万が一を考えてここでは呑まないけど、ブレスに着いたら羽目を外すか」
集団で野営する場合の暗黙のルールで、誰か一人は戦えるようにしておくもの。
日中のベーアが御者を務めたので、そうなった場合の役割はケイが担当することになっている。
「しかし、山奥の料理を思い出すな。今回、アースは何を作ってるんだ?」
待っている間にも、良い匂いが漂ってくる。
ベーアとケイは、鼻をひくひくさせると、ちょうどアースが料理を料理の準備を終えた。
「まずはこちらです」
カマドの上には鍋が乗っていて、そこでは何やらぐつぐつと煮込まれている。
道中の森で採取した野菜に、アースが加工した柔らかく白い食材。その鍋の中心には、赤みが残る肉が入っており、その存在を主張している。
「この寒さなので、まずは汁物が良いかと思いまして。これは僕が出発前に仕込んだ、卵とチーズを混ぜ合わせて、発酵させたソースになります。鍋の中から具材を取ってソースに付けてから食べてみてください」
アースはそう言うと、二人にソースが入った器を渡す。
「これはなんとも、贅沢じゃな」
「ああ、これまでの道中は宿があったから食事まで気が回らなかったが、この修験道でこんな本格的な料理を振舞われるとは思わなかった」
途中の宿では、宿側が料理を用意しておりそれを普通に食べていたため気にならなかったが、そこら中に漂う匂いに二人は無意識に唾を飲み込む。
気が付けば、周囲の巡礼者に修験者、他にも様々な者たちがこちらを見ており、アースの料理に注目していた。
「ささ、御二人とも。この肉は道中でベーアさんが仕留めた若いシカの肉をじっくり熟成させたものです。時間をかけたぶん少し硬くなってますが、味わいは深くなっているはずですよ」
アースに促され、二人は急いで肉をとると、早速口に含んだ。
「うむ、少し赤みが残っているシカの肉を噛みしめると、口の中一杯に豊かな味わいが広がるわい。数日前に食べたシカも美味かったが、熟成させるとここまで味わいが深くなるのだな」
ベーアの評価を聞いて、周りのところどころから「ゴクリ」と喉を鳴らす音が聞こえる。
「ベーア師範、こっちの白いのも食べてみてくれ。鍋で煮込まれて硬くなっているけど、何とも言えない滑らかな口当たりとこってりとした味わいが最高だ。これは酒がすすむと思うぞ」
ケイはそう言うと、酒を呑めないのが残念そうにしながらそれを口にする。
ベーアは、それを口にすると「ぷはっ! 確かにこれは酒に合うのぅ」と叫んだ。
その様子に、周囲の人間は涎をだらだらと垂れ流し始めた。
「確かに美味い! アース殿。これは何なのだ?」
「そちらは道中通った市場で買ったモンゴロイカをすり潰して、クワの実の粉末と混ぜ合わせて蒸したものですね。モンゴロイカを丸ごとすり潰すことで、肝の苦みを残し、クワの実の粉末と水を加えることで、膨れ上がり、このような口当たりになるんですよ」
アースの説明に、ケイやベーアだけでなく、周囲の人間も聞き入っていた。
「なるほど、馬車の中で何やら作っているとは思ったが、こんな料理初めて食べたな」
ケイとベーアが、次々と肉とすり身を食べていく。アースは他の料理を作りながらも、鍋が空っぽにならないように具材を継ぎ足していた。
「他の料理もありますから、それだけで満腹にしないでくださいね」
豪快に食べ続ける二人に、アースは注意をした。
「さっきから何やら回しているそれがメイン料理なのか?」
ケイはアースに質問をする。
先程からカマドの上で何やら大きな塊を炙っていたからだ。
「ふむ、泥のようじゃが……まさか、泥も食べられると?」
アースのことだから、泥ですら美食に変えかねない。そんな認識をベーアとケイは持っている。
「まさか、流石に泥は食べませんよ。この中に入っているのはこれです」
アースは食材が入っている木箱からあるものを取り出した。
「これは……なんじゃ? 黒ずんでおるではないか?」
アースが取り出したのは塊肉。外見からして黒ずんでいて、一見すると食べられたものではないと解る。
「それ……腐ってるんじゃないのか?」
ケイがそう質問をするのだが……。
「腐っているかどうかは食べて判断して欲しいところですね。そろそろいいかな?」
回転棒を両手で持ち敷物の上におろす。
「それを、どうするんだ?」
ケイとベーア、それに周囲で見ていた野次馬も近付いてきてアースの行動を見守る。
「こうするんです」
次の瞬間。アースがハンマーを振り下ろした。
火で炙られた泥は固まっており、割れたことで中から湯気が立ち上る。アースがぺりぺりと土塊をはがすと中には先程見たのと同じ塊肉が姿を現した。
「何も、変化していないじゃないか?」
一見すると同じように見える。一体、アースは何がしたかったのか?
皆が首を傾げていると……。
「これは、地下に作った冷室で、丸二ヶ月風を当て続けたグリズリーの塊肉になります。確かに表面は乾いて黒くなっていますが、中は問題ありません」
アースはそう告げると、塊肉の外周を切る。すると中から鮮やかな赤身の肉が露出した。
グリズリーの生肉だ。
「アース殿、結局生ではないか? それともこれから焼くのか?」
ベーアの質問にアースはクスリと笑って見せる。
「いえいえ、これでこの料理は完成です」
アースはそう答えると、生肉を切りそろえると皿に盛り付け、二人の前に出した。
「こちらは、僕が作った特製ソースと薬味です。好みに合わせて薬味を乗せて食べてみてください」
小皿には黒い液体が注がれており、薬味が数種類用意されている。
ケイとベーアはお互いに顔を見合わせる。
これまで、アースから様々な料理を振る舞われてきたが、腐ったものや、生肉はなかった。
一般常識として、生肉を食べると腹痛を起こすというのがある。
腐っている上に生肉という組み合わせは、ケイとベーアですら躊躇ってしまう。
周囲の人間がひそひそと話している。
期待に目を光らせるアース。二人が食べた時の反応を楽しみにしている。
周囲の人間の雰囲気から、このままではアースが食べられない料理を出した悪者になってしまうと感じた二人は、頷くと覚悟を決めてその肉を食べた。
「「美味いっ!」」
二人が同時に叫ぶ。
「一見すると生肉だが、食べてみるとほんのりと温かく火が通っているのがわかる。舌に乗せるだけでグリズリーの脂が溶けだして甘味を感じる。噛めば柔らかく、豊かな味が口いっぱいに広がるわい」
「それだけじゃないぞベーア師範。以前グリズリーの肉を食べたけど、あの時はスパイスをふんだんに使って濃い味付けをしていた。そうしないと獣肉特有の臭みを消せなかったからだ。ところが、このグリズリーの肉にはスパイスが使われていない。そのお蔭で純粋な肉の旨味を味わえているんだが、どうして獣臭さがない? 仄かに漂うこの香りは一体……?」
見る限り、特別な物は使われていないようだ。皆がアースを見ると、彼は悪戯が成功したかのように微笑むと種明かしをした。
「この泥は道中立ち寄った街の海の近くで手に入れたものです。塩分が多く含まれている泥で包み込んで焼くことで、中の温度を保ちじっくりと肉を暖めてくれるのです。そして、泥の中に含まれた塩がグリズリーの肉に移っていくことで、獣臭を消し、純粋な旨味のみを活かす料理が完成します」
「なんと……そのような工夫がされておったのか……」
「それにしてもこの苦いソースと薬味がまた……。味が変化することで何度でも楽しめるぞ」
ケイが次から次へと薬味を乗せ、グリズリーの肉を食べていく。
いよいよ、周囲の人間も我慢の限界が来たようで……。
「た、頼むっ! その肉を分けてくれ」
「金なら出すっ! お願いだから売ってくれ!」
アースへと殺到してきた。
「お、落ち着いてくださいっ!」
あまりの勢いに驚いたアースは、周囲の人間をなだめる。
結局、アースは大量に用意してあった食材をすべて使い切り、その代わりに多くの修験者や巡礼者・観光客から有益な情報と金銭を受け取るのだった。
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