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22/22

改演5

・サティは高く飛んだ。

誰よりも鋭く美しく、鶴のように、あるいは鷹のように、森の蟲王の翼を携え、自らの分身とも見える その巨大な魔物を砕こうとしていた。


「私の顔で狼藉は許さん」


サティの宣戦布告に答えるかのように、魔物の目が光ったように見えた。見間違いかと思ったが、フェアリーアサインと呼ばれる予知能力により、翼は自動でわずかに サティの体を浮き上がらせる。

サティが気付くと、砲台の付近が爆音とともに弾け飛んだ。

一瞬の発色のように見えたそれは、鋼の防壁を砕く 威力を持った光線だった。


「なるほどな、やる気は十分と見える」


サティが木の杖を振りかぶると、木の畝が地面を這いずるようにして彼女に続き、地盤を貫通して敵を刺す。


「森の狂宴・畝の群星」


直接演劇 魔力をつたから打ち込まれた巨大な魔物は、うなるでもわめくでもなく、ガラス玉が温度を持ったかのように虚無の瞳で彼女を睨んでいる。 


「やりづらい……なんだというのだこいつは」


「サッチ!!あぶない!!」


マリアの叫び声が届いた直後、槍のように鋭く変化したガラスの腕が、細く伸びて 彼女の道具を貫いた。


「……!!」


空中で動きを止めるサティ。誰もが確信した敗北瞬間を、彼女は【見下ろして】いた。


*


サティの戦いが始まるより早く、王立研究会は敗戦濃厚との分析をあらわにしていた。

演劇魔力総量、王国領内に達する前に、敵によって殲滅されたと思しき魔物の数、さらに、こちらには何ら敵に対する知識や対策がないという状況。


これを踏まえ、【彼】は水晶を見ていた

その部屋は、誰も知ることのない暗い洞穴の中にあった。

王宮の内部や市街地、はては目には見えない人の心や、過去と未来。

魔法の水晶は全てを見据え、主人であるフードの男の欲しい情報を取り寄せる。


「さて、王宮でも動きがあったようですね」

 

「ああ」


酒と黴菌に灼かれたようなガラガラとした声で、後ろに控える 配下の男が頷いた。


配下の男は、騎士のような格式高い鎧をまとっていたが、獣のように粗々しく、血走った目をしていた。

セントミュージカル王国の騎士として王国に使える身でありながら、その実、フードの男のそばで奇妙な企みに手を貸し、男に城の内部から見える情報を渡していた。


「まだ監視が必要だと?」


「ええ。素材の仕込みが終わってませんのでね」


「俺はてっきり殺されるものと思っていた。俺の渡してる情報などそのご自慢の水晶があればいつでも手に入る。まして、俺ほど裏切ったら厄介な人間はいないだろうから」


「信頼、というやつですよ。」


「酔っ払いが酒は嫌いだと言ったらあんたは信じるのか?」


「これは手厳しい。ただ 本当に今あなたを殺すわけにはいかない。現実問題水晶には制約がありましてね、四天王レベルの強い演劇戦士のそばにいると、魔力の磁場に乱れが生じて 映像が見えなくなる。それと、ここまでの計画は魔力的な 無理難題が大きすぎる。私にコントロール しきれない不確定要素が必要なのですよ」


男は、なるほどと肩をすくめて見せた。

計画の首謀者であり、己の協力者。

数ヶ月にもなろうというのに、関係性がそこから動かなかったのは、こいつの抱える底知れぬ野望に内心臆していたことや、男が抱えているとある秘密に起因していた。


「不確定要素。そうそう、ちょうどいいのです。加藤伊織と同じ異世界から来たあなた はね」


*


「以上。内乱罪が、諸君らの罪状である」


法務大臣は厳粛ながら、事務的に呼びかけた。


特別緊急法廷。

セントミュージカル国内に建造されている司法機関の一つ。

内乱や外患誘致、その他魔術禁忌関係など、文字通り国家存亡に関わる緊急性を帯びた案件がこちらで処理される。


「つまり我々が結託し、王国への反乱を画策した、というご認識でよろしんで?」 


ヨゼフは従順なふりをしながら、しかし 虎のように鋭い目で法務大臣に問いかけを投げる。


「司法院の判断は、貴殿の言葉の通りで相違ない」


「冗っっ談じゃないわよ!!散々 こき使ったくせに!!」


「よせ伊織、聞く耳持ってもらえると思うか」


シャギは冷静に返す。

この特殊法廷においては 被告人席がそのまま 牢屋になっており、四天王の一角である 劇団 ソードオラクルのメンバーのうち 主要4名、ニーナ、シャギ、加藤伊織、そして主宰であるヨゼフの4名が 収監されていた。


「今までさんざコキつかっといてよくそんな勝手な!!それに そんなことして 何のメリットがあるってのよ!誰がそんなこと言うのよ」


なおも我慢ならない伊織は吠える。

とりわけ ここ数ヶ月の命の危険 や、鳴波が昏睡状態に陥ったこと、シズクの出現など、起きた事柄がスペシャルずくめな状態で内乱罪をかけられる、という異常事態に、納得いかないのも無理はなかった。


「今は粛々と冷静に、無罪を訴え続けるしかない。伊織さんも皆さんも、厳しいでしょうけど堪えてください」


最初に通された 大広間で、【演劇王】アインス・ルルー・井渕は言った。

伊織も知らない、過去の確執を持つ 2人。

突如襲い来る司法院の横暴により、皮肉にも行っときとはいえ 水に流されたらしかった。


頭上遥か高みに広がる天井には、王国の歴史を描いた巨大なフレスコ画が飾られているが、そこから差し込む光は冷たく鈍い。壁面を覆う漆黒の黒檀と、重厚なキャストアイアン(鋳鉄)で組み上げられた重々しい装飾は、訪れる者に圧倒的な罪悪感を植え付けるために設計されたかのようだった。その中央、段差によって圧倒的な高低差を付けられた裁判官席には法務大臣リブラが座し、見下ろす位置に置かれた強固な鉄格子の牢——被告人席を冷酷に見下ろしている。

格子の中には、かつて王国を守護した「劇団ソードオラクル」の主宰ヨゼフ、シャギ、ニーナ、加藤伊織、そして演劇王アインスが閉じ込められていた。

「繰り返し宣告する」

リブラの細い声が、黒檀の壁に反響して不気味に低く響く。手に持った羊皮紙の書状を事務的に指でなぞりながら、彼は眉ひとつ動かさずに告げた。

「貴殿らが密かに重ねた数々の不審な単独行動、ならびに王城内部への説明なき演劇魔力の乱用。これらはすべて、セントミュージカル王国に対する反逆——すなわち内乱罪の構成要件を完全に満たしている。司法監察庁の審理はすでに完了しており、反論の余地はない」


「冗っっ談じゃないって!!四天王同士の小競り合いはうちは 1回だって仕掛けてないし!そもそも 劇団同士の戦いはあんたたちが認めてるでしょ!?」

伊織は、太い鉄格子を両手で激しく掴みつけ、ガンと鈍い金属音を響かせた。掌に冷たい鉄の感触と錆の匂いが伝わる。

「誰のせいでこんな目に遭ってると思ってんのよ! 散々こき使った挙句に内乱罪だなんて、ふざけないで! 鳴波は目を覚まさないし、シズクなんて怪しい奴まで出てきて……ここ数ヶ月、私たちがどれだけ命を張ってきたか分かってんの!?」

「感情論は不要だ、異世界の客よ」

リブラは冷徹な眼差しを微塵も揺るがさず、冷たく言い放った。


*

沈黙の法廷。

ヨゼフは、悪態をつく意味で ポケットから出したタバコを床に落とした。

なぜこいつはそれを知っている?伊織の件を知っているのは国王だけのはず。

国王の判断で一部の人物には共有されたのか?

いや、もしそれを 国王から上位下達されたとして、どういう理屈で内乱罪に結論付けた。

「命を張ったという主張そのものが、王国の統制を離れた超法規的活動の証左に他ならん。さらに言えば、その『鳴波』なる者の昏睡も、『シズク』なる存在の出現も、すべては貴殿らの周辺で発生している。王国側から見れば、貴殿ら自身が災厄を呼び寄せ、国内を混乱に陥れている元凶と判断するのが最も合理的だ」

「な……っ!? なんて言い草よ……! 好きで巻き込まれたわけじゃないのに!!」

伊織の言葉が詰まる。喉の奥がカッと熱くなり、怒りと不条理さで視界がじんわりと滲んだ。

「証拠ならここにある」

リブラがそっと持ち上げた結晶板には、不気味な青白い光線で彼らの行動記録が刻まれていた。

「防衛結界の管轄外における大規模な魔力行使。王国の法を無視した独自の作戦行動。……作戦エリアは提出されたものを大きく 逸脱し、街への損害も出ている。これ以上の証言がどこに必要か? 貴殿らが『王国を守るため』といくら主張しようと、法と秩序を逸脱した力は暴力であり、謀反以外の何物でもない」

伊織はぐうの音も出ないという様子だった。

ヨゼフの顔を見る。無理はない。

提出 や 特別報告の必要なし 災害 損害の一部と結論付けるように指示したのは一部 彼であった。

「答えてみなさい。貴殿らの行動が王室の許可を得たものであったという証明が、一通でも提出できるのか?」

伊織は言葉を失い、喉を鳴らした。

息が詰まる。胸の奥を重い金槌で殴られたような衝撃が走った。王国の危機を救うため、死に物狂いで駆け抜けてきた日々のすべてが、「手続きを踏んでいない法破り」という冷酷な一言で黒く塗り潰されていく。

圧倒的な「法」の論理の前に、己の正義が無力に粉砕されていく絶望感が、冷や汗となって背筋を駆け上がった。

「ぐっ……論点のすり替えよ……! 誰がそんなこと言ったのよ、誰のタレ込みなのよ……っ!」

そう、肝心なのはそこだ。

これは明らかに、四天王に対する嫉妬や 怨恨、国内の劇団の地位向上のための裏工作などではない、明らかにこちらの最高機密を握り、何らかの方法で確実に蹴落とそうとする悪意によるものだ。

ヨゼフは焦りを隠せない。

ともすれば【その者】は、この国の根幹を揺るがす 秘密を握っていることになるのだから。

「証言者の名を答えることはできない。保護のための規律だ」

「そんな……」

伊織の声は掠れ、鉄格子を握る手から力が抜けていく。完璧な論理の檻に閉じ込められ、文字通り手も足も出ない完全な敗北感。   


緞帳を破くようにして法廷の扉が開いたのは、その瞬間であった。

「法務大臣!!国王より伝令であります」

「何を!?審議中であるぞ」

「申し訳ございません、恐れながら……」

入場してきた兵士は素早い手つきでリブラの手首を掴み 鍵を奪い取って被告人席に放り投げた。


「ジョージ……」名を呼びかけて ニーナが口を塞ぐ。全ては ヨゼフの作戦だった、わけではない 。変わらず 別動隊で動いていた彼が、このタイミングで現れた。いくらか 腑に落ちないこともある。しかし そんな場合ではない。

だが、封魔の手錠の鍵を渡され、脱出の糸口を得た 今、我が子のように大切な 弟子たちの解放よりも先にやらねばならないことがあった。


「てめぇは誰だよ」

ヨゼフの低く鋭い一声が、場に冷たく響き渡った。

その視線は、鍵を放り投げた兵士——ジョージではなく、裁判官席に座す法務大臣リブラへと向けられていた。

「なにを言っているのだ、ヨゼフ主宰。取り乱して正気を失ったか?」

リブラは事もなげに羊皮紙を整理しながら、冷徹な声で応じる。しかし、ヨゼフは鼻で嘲笑うように息を吐いた。

「白々しい演劇(芝居)は終わりにしようぜ。本物のリブラ大臣なら、俺が提出した裏の処理報告を『王室の直轄』として受理したはずだ。法務大臣の判印が押されたその原本は、今も王宮の機密保管庫にある。だが……てめぇは今、作戦エリアの逸脱だの、許可がないだのと抜かしたな?」

「……」

「王室の最高機密すら知らん偽物が、よくもまぁ法務大臣の顔をして座れたもんだ。内部情報を切り貼りして俺たちをハメようとしたようだが……詰めが甘かったな」

ヨゼフの指摘に、それまで喚いていた伊織もハッと息を呑み、格子の隙間からリブラを凝視した。

不気味な沈黙が流れる。

次の瞬間、裁判官席のリブラの体が、奇妙な音を立てて歪み始めた。

ミシ……ッ、ガリガリガリッ……!

「あ……が……っ、ひ、ヒヒッ……」

リブラの口から出たのは、先ほどまでの厳格な声ではなく、ガラスを擦り合わせたような甲高い濁音だった。

彼が着ていた格式高い法務大臣の官服が、内側から膨れ上がる何物かによって内側から引き裂かれていく。破れた布地の隙間から覗いたのは、血の通った人間の皮膚ではなく、冷たく硬質なガラス状の角質と、ウネウネと蠢く不気味な結晶の触手だった。

「な、何よあれ……!? 人間じゃないの……!?」

伊織が悲鳴に近い声を上げる。ニーナとシャギも即座に身構えた。

「惜しい……非常に惜しい……です……ヨゼフ主宰……」

リブラだったものは、首をあり得ない角度に折れ曲がらせながら、虚無の光を宿したガラスの瞳で彼らを見下ろした。すでに顔面の半分は形を崩し、不気味な魔物の肉片へと変貌を遂げている。

「司法の権威をもって貴殿らを処断し……魔力総量を削ぎ落とす手はずでしたが……言葉の罠ひとつで見破られるとは……」

「本物の大臣はどこへやった」

ヨゼフが冷たく問うが、怪物と化したリブラは狂ったように笑うだけだった。

「ヒヒッ……この国は……最初から……破滅に向かっているのです……!」

本物の法術官どころか、法廷そのものを裏から支配していた存在が、人ならざる「怪物」であったという驚愕の事実。ジョージの手によって封魔の手錠から解放されつつも、目の前の異形が解き放つ異様な魔力と悪意に、全員の肌が泡立った。


「正体が分かれば上等よ…!!あーしの必殺ビームをお見舞いしてやるから」

騙されていた屈辱、いきり立つ ニーナ。

「お前ら キネマリングは?」

「あっ」という掛け声と共に、3人が蒼ざめる。

「分かってて聞いたんだ 安心しろ。」

「だがヨゼフさん、このままでは…!!」

冷静沈着なしシャギまでもが慌て始めた時、ヨゼフは、先ほど床に落としたタバコを拾う。

「喚くな。予言はまだ死ぬとは言ってねぇ」

「予言……」

「ごちゃごちゃ と喧ししい連中ですね!!一人残らず 食い殺してあげますよ!!」

舌なめずりする 怪物の足音が、彼女たちの処刑宣告へのカウントダウンのように思えた。

——その、完全に詰んだと思われた絶望の極致で、頭上のフレスコ画が爆散した。

ドゴォォォォォンッ!!!!

重圧な法廷の空気を切り裂き、爆音とともに黒檀の天井が豪快に崩落する。

「きゃああっ!?」

悲鳴とともに舞い散る大量の粉塵と石礫。分厚い鉄の防衛網を紙屑のように引き裂いて落ちてきたのは、巨大で不気味なガラスの腕を鋭く突き立てた「巨大なサティによく似た魔物」だった。

サティの道具を貫いた勢いのまま、法廷の強固な床盤を打ち抜き、巨大な亀裂を走らせる。そしてその崩落する瓦礫の真っ只中、空中に留まる影があった——四天王の一角、サティ本人であった。

「……む? ここは……」

舞い散る灰色の煙の中、サティの透き通った瞳が、粉々に砕け散った鉄格子の牢と、そこに囚われていたヨゼフたちを捉える。

「サティ!?」

絶望のどん底から一転、突如として頭上から降り立った「四天王」の姿に、伊織は目を見開いた。

法廷内がパニックに包まれ、リブラや警備兵たちが狼狽する中、魔物は虚無の瞳を明かりのように明滅させ、再びその凶悪な光線を放とうと砲台を持ち上げる。

「私の顔を模した愚物め、どこへ落ちようと逃がしはせん!」

空中から舞い降りたサティは、迷わず木の杖を振りぬいた。

「森の狂宴・畝の群星!!」

地面を穿ち、跳ね上がった巨大な木の畝が、崩れかけた法廷の床盤を根底から完全に破壊する。

「くっ……! 崩れるぞ、脱出する!」

ヨゼフの鋭い叫びが響く。


完璧だったはずの法廷の檻は完全に瓦礫と化し、伊織たちを縛り付けていた絶望の壁は、意図せぬ最大の混乱とともに打ち砕かれたのだった。


「おのれぇえ!!」


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