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改演ー4

・演劇戦士の敵であったのは、演劇戦士が先であったか、はたまた魔物が先であったか。

覚えているものはもう誰もいない。エウリピデスの伝説から幾年月。人々はそれを忘れた、いや、忘れざるを得なかったと言えるのかもしれない。



ダンボールの剣なんてー。

そう思うほどの時間すらも、目の前の少年は与えてくれなかった。

実際のところ、演劇戦士の勝負において油断した方が負けるのは定石であった。

舞台演劇において、「次に何が出てくるかわからない」ということも重要なスパイスであり、その路線で行くのなら騙し討ちは卑怯などというのはアマチュアの理論だった。


基礎力という点で右に出るものの いなかった 井口にとって、シズクが今しも勝ち得えたる力はその騙し討ち というより 不意打ちに最も適した能力と言えた。


それに気づいた時には、「演劇王」はもうすっかり 敵のペースに乗せられつつあった。


「馬鹿な」


思わず口をついて出た。稲妻、否、より原始的な閃光そのものが、剣という制約と形を得ていた。


ガキイン!!ガキイン!!


鉄のように強靭で、幻のように取り留めない。

捉え難さは速度と自由度。形なき剣が、井淵の首を斬るのも時間の問題だった。


「えへへ、どうですかね?伊織さんには適いませんけど」


嘘をつけ、沈黙で返す井淵。

術の不可思議だけではない。この体躯、太刀筋、どちらも過去戦った演劇王の戦歴において、類を見ない者だった。

明らかに加藤伊織を超える脅威であり、演劇戦士においても脅威といえる。


何よりも井淵をかき乱したのは、その表情だった。


「なぜ―笑ってるのかな?」


負の感情が乗らない疑問。そう、疑問だ。純然たる疑問を持って訪ねると、敵は合わせ鏡のように首を傾げた。ほんの数ミリ、井淵の感情がざわつく。


「ぼくたち、エチュードしてるんですよね」


「……?そうだね」


「演劇は楽しんでなんぼですから。やっぱり笑顔がマストでしょ」


少年が剣を振りかぶると、瞬く間にヘラクレスの鎧にひびが入る。

古代戯曲の力を持ったヘラクレスの鎧が、この小さな少年の腕力で破られるとなれば ただ事ではない。


『わが覇道を阻むもの、ひとしく縦に斬り伏せる』


らしくない、急激に切り替わった口調のせいで朗読の棒読みと聞き違える詠唱。

井淵は、自らの額から股までが果物のように綺麗に両断される錯覚をした。


十二の心中や怪物らとの戦いの軌跡は、おいそれとは井淵の勝利を揺るがせない。

すかさず態勢を立て直し、反撃の姿勢に出る。やはり表情が次の手を判断するノイズとなった。彼はずっと笑っている。も出ていた通り、まるで楽しくて仕方がないというように。

命のやりとりも含んでいるこの場においては、いささか違和感のある状況だった。彼を前に臆さない演劇戦士になど。果たして何人であってきただろうか?


「命は、要らないとみていいのかな」


「……?そんなことはないですけど……」


「違和感ましましどころの話じゃないんだ。ただ舞台の公演をやるのとは違う。演劇戦士同士の切り合いなんだよ?理解してる?」


他人をあおったのは久しぶりだと思った。こんなに状況を冷静に俯瞰できているのは、全てが本物だからだろうか?疑問や苛立ちも当然本物だが、それ以上にどこか高揚していた。宝物や未知の怪物が眠っているかもしれない洞窟、まだ見ぬ景色が奥に潜んでいる神秘の秘境。クリスマスの朝の枕元を確認するルーティンや、ハロウィーンの夜に、老婦人が住んでいる近所の家を訪ねる時。

宝箱の鍵を徐に開封するときのあのワクワクが、彼の太刀筋からまるで電流のように、刃を伝って走った。


「カタいな、愉しく往こうサンチョパンサ。おっと失礼、君は行きずりの、浮浪少年だったか?」


舞次元を同時に展開した、演劇戦士同士の戦いの境地。

ギガと役柄の境界線を代償とした、演劇魔力出力の無制限解除。

井淵は理解した。この少年は真っ白なキャンバスであると。


キャンバスには無限の空想がする余地を残し、筆を持つ者が得たすべてがそこに具象化される。それは可能性であり、上限のない力の象徴。


悪魔が、、いや、井淵ないしはすべての演劇戦士たちの心の内に宿る何かが。甘く危険なささやきをこぼす。

お前もあの段階に落ちてしまえ、そこで存分に演じ合おうと。

理性が理解しても、心が抵抗する。

そうすれば真の演劇ようになり、何の不安も気兼ねもなく、ただひたすらに。与えられた役割を、英雄の役割をこなすことができる。未来も過去もかなぐり捨て、ただ一人、英雄の役を演じる者として、永遠に。


「駄目だよ」


あと一歩のところで、彼はやはり演劇王だった。


神鹿脚(ケリュネイア)

蛇神毒(ヒュドラ)



足と爪の変形2回連続の詠唱を終えるが早いか、井淵は敵の背中を取り、その首筋に爪先の猛毒を打ちこんだ。毒は、井淵/ヘラクレスに対する絶対の屈服を記憶しており。彼の思うままに作用する。

敵に可能性と危険度の両方を感じとっていた入口の意思通りに、毒は少年の意識だけをきれいに奪った。


「ヨゼフさん、悪ふざけがすぎますよ」


「勝ったくせに何故不機嫌なんだ?」


意図せぬ沈黙がふたりの間を走る。実際のところ、なぜ不機嫌なのかと言われると難しい所だ。自分の最強の地位を揺るがされたこと?それはない。彼自身はその「最強」の地位に鬱屈していたのだから。

かろうじて導き出される回答の中で、最も適正解に近いであろう答えは……。


「彼を堀り起こして、何をするつもりなんです。」


「お前の時と何も変わらん。ただひたむきに演劇だよ」


簡単と侮辱が両方訪れる奇妙な感触だった。

この人はどこまで行っても演劇人なのだ。ただ、彼を利用して行うことがこれまでの演劇と同じとは到底思えなかった。


「まあいいでしょう。今日はそれが本題じゃないんだ。ホールはうちがもらって行きます」


そう言いかけたその時。その場の誰が察知するよりも早く、井淵は舌を打った。


「毎度毎度。最近のエチュードは邪魔が入るジンクスでもあるんですか?」


この誹りはヨゼフに向けられたものではなかった。

ホールの中に入ってきたのは、 完全武装した応急の兵士たち。ソードオラクルと井淵、そそれにとその場にいる全ての演劇選手を取り囲まんとする勢いだ。

あれらを包囲しているのは20人弱外にも。気配を感じることから。中隊規模だろうか?


応援要請はしていませんよ。どういうつもりですか?とこれまた彼が口を開くより早く、中隊長らしき男が宣言した。


「四天王の皆様に対し、このような申し出は恐縮ですが、皆様に国家転覆の容疑がかかっております。速やかに王宮までご同行ください!!」


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