私はオムライスになってしまうのかもしれない
そこへミカド様が戻ってくる。
そしてその後ろには台車を押す給仕さんの姿があり、そこには浴槽ほどの大きさを持つバカでかい皿があった。そしてその上には、黄金の輝きを放つふわふわのオムレツ、その下には赤が鮮やかなチキンライスがあった。
「にゃんてこった!」
でかい、デカい過ぎる。そして凄まじく美味しそうだ。
これには坂下くんも反応していた。
「夢のようだな。これぞまさにG級――ゴッドサイズだ」
目を真ん丸にして驚いている私たちを見て、ミカド様もご満悦の様子だ。
「味も最高級のはずだ。ほら佐々野、これで上のオムレツを割ってみろ」
そう言って、ミカド様はナイフを差し出す。これで上のオムレツを割いて、オムライスにしろという奴らしい。テレビなんかでよく見る奴だ。うちではやったことがない。
しかもこの特大サイズ、もう死ぬまでこんな機会はないかもしれない。思わず胸が躍った。
「おいおい待て待て、俺もそれやりたいぞ」
「ダメよ。私が注文したんだもん。やりたきゃ坂下くんも頼みなよ」
「俺はもう食えない。でもそれはやりたい。だからやらせて」
「子供か!」
ええい知ったことか。私はごくりと喉を鳴らし、ナイフを構え、オムレツに向き合う。
「これよりオペを始める。メス」
「先生、もう手にもってます。落ち着いて」
「うむ。では執刀を開始する」
坂下くんと変なノリを交わした後、私はその黄金色のオムレツにナイフを滑らせた。ふわふわの卵に差し込んだナイフは何の抵抗もない。しかし、その差し込んだ裂け目からとろとろの卵が零れてくる。さらにナイフを動かすと、それに伴ってオムレツが裂けていく。まるで小さな一隻のボートが静かな海原を滑ってさざ波を起こしていくかのように、黄金色の波がチキンライスを覆っていく。
ついにそれがオムレツの端にまで到達したとき、私は言葉を失っていた。
「よし、上手くいったな。おい、ソースをかけろ」
「はい」
ミカド様が、給仕さんにそう指示を出した。すると給仕さんはそのオムレツの上にこれでもかとデミグラスソースをかけていく。なんてことだ。こんなものが存在していいのか。こんなもの絶対うまいに決まっている。
「どうぞお召し上がりください」
「はい、いただきます!」
給仕さんの言葉に私は元気よく答え、渡されたスプーンでオムライスをすくった。そしてそれを口へ運ぶ。
「お~い~ひぃ~」
口が至福に満たされた私は思わず顔を蕩けさせてしまう。私がオムライスを食べているのか、オムライスが私を食べているのか、それすらも判然としない。もしかしたらこのまま、私はオムライスになってしまうのかもしれない。そしてそれも悪くないような気がしてしまうのだ。私はさっきから何を言っているのだろう。
しかしそんな幸せそうな顔をしている私を見て、坂下くんも我慢できなくなってしまったらしい。
「そんなにか⁉ ええい俺にも食わせろ!」
右手が扱えない彼は、そのままオムライスにかぶりつこうとした。それを私はぶん殴って止める。
「これは私の患者だ! 何人にも触れさせやしない! ヒーローはお外でチャンバラでもやってろ!」
「くそ……これがこの世界の縮図か。手を伸ばせばそこにあるのにっ!」
坂下くんは、うう、と体を震わせながら膝をつく。とことんノリのいい人らしい。いや、多分こういうのがすごく好きなんだ。家でも一人でなんかやってそう。
「冗談だよ冗談。ほれ、お口開けんさい」
「む?」
私がスプーンにオムライスをすくって坂下くんの口の前に差し出すと、彼はそれを凝視していた。
「いい……のか?」
「勝利の味は、分け合うものでしょう?」
ていうか、やばいな。なんか私も楽しくなってきた。
それはさておき、坂下くんはそれをぱくりと食べる。
瞬間、やはり顔をとろんと蕩けさせた。