佳香ちゃんならもうすでにぶん殴っているだろう
その横で坂下くんは、「あとは自分で食べます」と女の人に告げていた。彼女は丁寧に頭を下げると、その場を去って行く。坂下くんは今度は左手でケーキを手掴みし、それを頬張っていた。
「体は大丈夫なのか?」
「へ?」
突然尋ねられ、私は慌てて顔をあげる。坂下くんはこちらを見もせずに一心不乱にケーキをくっちゃくっちゃと貪り食っている。食べるのか喋るのか、どっちかにして欲しい。
「あ、うん。おかげさまで」
「そうか。それはよかった。お前、なんかすごい無茶をしてる感じだったからな。突然気を失ったときは、ちょっとひやっとした」
「え、心配してくれてたの?」
「当たり前だろ」
ぶっきらぼうなその言葉が私の胸をかきむしる。なにこれ。さっきから胸が苦しいんですけど。
「ねぇ、坂下くんは、なんで急に私の味方になってくれたの? 最初はあの黒蛇の味方みたいな感じだったじゃない」
「ああ、元はあの黒蛇に騙されてたんだ。俺はアイツから、『佐々野沙良が神の楽器を得て、それを悪用しようとしている』と聞かされていてな。それを阻止するため、佐々野からあの――『遊楽』って言ったっけ? それを奪い返す手伝いをして欲しいと頼まれた」
坂下くんは、口元についたクリームを気にする様子もなく、真剣な表情で私の方を見て話してくれた。ここは笑ってはいけない。
「だが、奴が佐々野に向かってガレキを飛ばしたとき、これは違うんじゃないかと思った。お前のお父さんを怪我させたときはもうほとんど決定的で、最後はお前の言葉が引き金になった」
「私の言葉?」
「お前が言っていた、『よろず部』で頑張っている理由みたいなやつだ。急に何を言いだすんだコイツは、と最初は思ったけど、でも誠実でバカ正直で、実にいいヒーロー論だった」
「そう言えばあのときも言ってたけど、ヒーロー論って何?」
「自分の心に聞いてみろ。お前はもうそれを知っているはずだ」
「いや、そういうのいいから」
やはり会話の中でいちいちイラッとくる人だ。佳香ちゃんならもうすでにぶん殴っているだろう。
「まあ、とにかく、ヒーローを志すもの同士、通じるものがあったのだろう。あのときのお前が悪人だとは俺には思えなかった」
「それはどうもだけど、私別にヒーローになるつもりはないから」
「それでこそヒーローだ。ヒーローはなろうと思ってなるものではない。気がつけばなっているものだ」
もうなんかどうでもよくなってきた私は、手近にあったチャーハンの皿を寄せ、それをスプーンで食べ始める。
「うわ、これおいしいね」
「勝利のスパイスの効果だろう。悪との戦いが過激であればあるほどそれを潜り抜け先には――」
「あ、これもおいしそう」
私は坂下くんの言葉を無視して、手当たり次第に食べ続けた。




