うんまあ。さすがに危ない橋を渡ってる自覚はあった
「ごほん……さっきは取り乱して悪かったわ……ついカッとなっちゃって」
三春は目を逸らしつつ、恥ずかしそうに謝ってくれた。
「ううん、全然いいよ。慣れてるし」
「……面目ない」
そして三春は顔をこちらに向ける。
「でも沙良、あんたこれはどうなの? いや、どうっていうか……これはもうダメでしょ?」
三春は活動日誌⑭のあるページを開き、そこを指差しつつ、私に尋ねてくる。
「え?」
「え? もしかして自覚なし? よく見なよ。そんで考えてみ? それでもしわからなかったら、あんたもう高校生辞めたほうがいいよ」
「そんなに⁉」
ここまで言われては、何としてもそのダメな部分に気づかなくてはなるまい。私は三春の開いてくれたページに目を凝らす。
『四月十五日 吉野サキ 宿題代行
・英語のプリント 要約がしんどかった。依頼人いわく、ちょっとくらいはミスがあった方がそれっぽくていいとのこと。翌日早朝返却し、依頼完了。
吉野サキ』
『四月十七日 篠田巧 掃除当番代行
・野球の試合が近く、放課後に掃除なんてしてる暇ないということで、頼みこまれた。他の掃除当番の子と協力して、依頼完了。
篠田巧』
『四月十七日 湖東下森羅
・PSπの新作ゲームソフトの深夜販売に行って欲しいとのこと。母親の目が厳しく、自分では行けないらしい。でも女の私にそれ頼むかね。
・預かったお金で依頼の品を無事購入し、依頼人の自宅に直行。トイレの窓から、依頼の品の受け渡しをし、依頼完了。
湖東下森羅』
『四月十八日 木原智樹
・放課後、体育館裏に呼び出され、付き合って欲しいと言われた。明らかによろず部の請負可能な範囲を逸脱していると思われたので、本案件は部長である私の厳正な判断のもと、却下とさせていただいた。
×』
いくら見ても、ダメな部分がぴんとこなかった。依頼完了を証明するサインも、依頼を却下してしまった最後のもの以外はちゃんと本人から貰ってある。
そんな中、未だ腑に落ちていない様子の私を見ていた三春は、痺れをきらしたのか、私から日誌を取り上げ、
「まず一つ目、つっこみたいところは色々あるけど、そもそもこの依頼自体がもうダメでしょ? 宿題代行って、生徒会がこんなの許すと思う?」
「……あ」
確かに、そんなものが許されるわけがない。このままで提出していたら、三木杉副会長にフルボッコにされていただろう。
「二つ目も、けして健全な依頼とは言えないけど……まあこれはオッケーにしとくわ。限りなく黒に近いグレーだけどね」
「ただのグレーですらないんだ……」
「でも三つ目は、アホでしょ。深夜販売とかおもっくそ深夜徘徊しちゃってるし。うちの学校そういうの厳しいの知ってるでしょ?」
「うんまあ。さすがに危ない橋を渡ってる自覚はあった」
「なら引き返せ」
「でも依頼人の――」
「沙良はもう一回私とケンカしたいのかな?」
三春が笑顔で尋ねてくる。まあ笑顔と言っても、当然目は笑ってないが。
私は恐々(こわごわ)、「ごめんなさい」と謝った。
「んで四つ目だけど、これに至ってはもう依頼ですらないし。ただ告られてるだけでしょ。なんでここに書いちゃったかなー、もうこれ木原が不憫過ぎる」
「あはは、まあそれはついうっかりね。生まれて初めて告られたもんだから、ちょっとテンパっちゃって」
「まあその動揺っぷりは文章見りゃわかるけど……でも……ふーん……あの木原があんたをねぇ」
三春が悪戯っぽい笑顔で私のことを見た。思わず顔を赤くしてしまう。
ちなみにさっきから一言も喋っていない佳香は、隣で爆睡中だ。それを起こさないように私は小声で、
「こ、このことは誰にも言っちゃだめだよ?」
「活動日誌に書いた奴が言うかね。まあ言わんけど」
そして三春は、日誌を閉じた。
「とにかく、この日誌をこのまま出すわけにはいかないわ。ここ最近の分を優先的に、修正していきましょう」
言いながら、持っていた⑭の活動日誌を私に渡してくる。
「とりあえず沙良はまず木原のやつ直しときなさい。それが終わったら佳香起こすから」
「よしきた」
こうして、私たち三人は活動日誌の大幅な修正に取りかかった。