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彼女の、いや、私たちの守るべき場所

「いや、関係あるのはそっちじゃなくて、『柔道部』の方だ」


 権田浦先生は机の棚に置いてあった一つのファイルを取り出す。それをぱらぱらめくりながら、口を開いた。


「うちの『柔道部』は強い。しかし団体戦に出るには、人数が足らんでな。俺の厳しい指導のせいもあるんだろうが、主力陣が圧倒的過ぎて、他の部員たちは嫌気がさしたのか皆辞めちまった。強いからそのままにするのは惜しい、というのもあるが、何よりもアイツラのこれまでの努力を無駄にさせてやりたくない。

 お前、うちの『柔道部』に入らないか?」


 私は息を呑んだ。

 佳香は『柔道部』にスカウトされているのだ。


「お前、中学の頃かなり頑張ってたみたいじゃないか。今のメンバーは二年ばかりだから、長い目でみて、今からでもやってみる価値はあるはずだ」


 権田浦先生はファイルを閉じる。その表紙には、『柔道部 部員名簿』とあった。

 私は胸騒ぎがした。


 確かに『よろず部』なんていう曖昧な部活動をやっているより、『柔道部』で頑張る方が佳香のためになるのかもしれない。全国大会になんて出られれば、それは確実に実績になるし、学校への貢献も――


「すんません。それは無理ッスね」


 佳香はあっさりと言い放った。


「助っ人としてなら、喜んで力になるッス。でもそのときは、ちゃんと依頼してください。私は『よろず部』の部員ッスから」

「だが、こう言ってはなんだが、『よろず部』はもう『審問会』にかけられるのが決まったのだろう?」

「でも廃部にはさせないッス」


 先生の質問に、佳香はまたも強気で答える。


「ほとんど不登校だった私を助けてくれた『よろず部』は――私の居場所は、自分で何としても守るッス」


 佳香はニッと笑った。その表情を先生は真剣な顔で見上げていたが、やがて諦めたようにフッと笑った。


「お前は頑固だし、これ以上話しても無駄だな」

「わかってるじゃないッスか」

「だが助っ人は遠慮なく頼ませて貰うぞ。暇なとき道場に顔を出せ」


 そして権田浦先生は椅子を回して机に向き直った。


「急に呼び出して悪かったな。もう行っていいぞ」

「はい。失礼します」


 と、佳香が頭を下げた拍子に、彼女の手から一枚の紙が落ちた。

 それは署名を集めた紙だった。恐らくその署名を集めている最中に先生に呼び出されたのだろう。

 佳香がそれを拾い上げるのを見て、権田浦先生は尋ねた。


「その署名は、『よろず部』廃部の反対署名か?」

「あ、はい」

「ちょっと貸せ」


 言うがはやいか、先生は佳香の手からその紙をひったくった。


「ちょっ――」

「安心しろ。別に破り棄てやしない」


 憮然(ぶぜん)に言うなり、権田浦先生はその名簿にきったない字で署名した。そしてまたも乱暴に、佳香に突き返す。


「おお、助かるッス!」それを見て、佳香は嬉しそうに笑った。「でも、ゴン先生がこんなことしてくれるなんて、なんか意外ッス」

「まあ、『よろず部』には恩があるからな」

「恩?」

「牧野の奴に、俺の愛車を守って貰ったときの恩だ」


 私は心の中で牧野先輩に感謝した。

 にしても、権田浦先生にも意外に律儀なところがあるようだ。


 『柔道部』の部員たちに対する真摯(しんし)な思いもよく伝わった。ほんと『美丘部(略)』のくだりさえなければ……。台無し過ぎる。


 そんなことを考えている間に、佳香は職員室を出て行ってしまう。権田浦先生の署名は佳香が貰ってくれたので、私ももうここにいる意味がない。


 私も追いかけるようにして職員室を出る。

 佳香は歩いていた。部室棟の方へと。


 一時期荒れに荒れて居場所を失っていた彼女にとって、そこが思い入れのある場所だというのはさっきの会話でよくわかった。


 彼女の、いや、私たちの守るべき場所。


「さて、行くか……」


 呟く佳香に抱き着いてやろうと、私は勢いよく駆け出す。

 ――うん、行こう。一緒に行こうよ。

 私たちの部室へ!


「ゲーセン!」

「なんでじゃああああ!」


 私の今日一の痛烈なツッコミが佳香の肩部(けんぶ)に炸裂した。


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