「二つの緩やかな双丘」の方がなんかこう何となくいいだろうが
三春に引き続き留守番を頼み、私は職員室に向かった。手には署名のための用紙、何度か深呼吸をして職員室に入って行く。
「失礼します」
確か権田浦先生の机は窓際にあったはず。
記憶を辿りつつ彷徨うと、やがて厳つく刈り込まれた坊主頭を見つけた。一瞬怖気づきながらも、私はゆっくり歩を進める。
しかし権田浦先生は誰かと話をしている最中のようだった。その坊主の後ろ姿の向こう側に、一人の女生徒が……って。
「だから言ってるじゃないッスか。あれは不慮の事故だって。もちろん坂下には悪いと思ってるッスけど、私だってさせたくて怪我させたわけじゃないッスよ?」
男子生徒顔負けの高身長、中性的な容姿で女性徒たちからの人気も高く、しかし一部からはド不良、怒ったら手をつけられないと恐れられている女の子。
我らが佳香ちゃんだ。
部室に来てないと思ったら、こんなところで説教を受けていたのか。
――と、思ったが、
「落ち着け。俺は説教するためにお前を呼んだわけじゃない。体育の授業中の出来事だしな。ろくに受け身もとれんくせに、お前に真剣勝負を挑んだアイツが悪いんだ」
権田浦は吐き捨てるように言った。
どうやら体育の柔道の時間に、佳香が相手を怪我させてしまったらしい。
しかも坂下って、『正義部』設立うんぬん言ってたあの人か。そう言えば、佳香と同じ四組だった気がする。ほんの少しだけ「ざまあ」とか思ってごめんなさい。
「おお。さすがゴン先生。話がわかる!」
「ゴン先生はやめろ」
権田浦は苦笑していた。
佳香は問題児で、他の先生たちからは何となく煙たがられている感じがあるが、権田浦先生からだけはそれを感じなかった。あくまでも自然体だ。
「お前は知らんだろうが、俺は『美丘部(※女子禁制)』で指導をする合間に、『柔道部』の面倒を見てる」
「そうっスね。まさか『柔道部』の方が二の次だなんて、知らなかったっス」
同感である。
――大体『美丘部(略)』の指導ってなに⁉ 何を指導すんの⁉ そんな暇あったら『柔道部』見てあげてよ!
「ところで『美丘部(略)』ではどんなこと指導するんスか?」
――聞いた! よっしー聞いた! すご!
私は近くの柱に隠れ、耳を澄ませる。
「そりゃああれだよ。理想の形を教えてやるんだよ」
「形って、おっぱいのスか?」
「ああ、おっぱいのだよ」
「じゃあ名前『おっぱい部』でよくないスか? なんで美しい丘なんスか?」
「そりゃお前あれだよ。直接的な言葉より、隠喩的な表現の方が妄想が広がるだろ? 「二つのおっぱい」より「二つの緩やかな双丘」の方がなんかこう何となくいいだろうが」
――さっきからなんの話だっ!
「二つの双丘だとおっぱい四つになっちゃうんじゃないスか?」
――そこどうでもいいから!
「おっぱいなんか多ければ多いほどいいに決まってんだろ」
――それはない! それはないです! どうでもいいけどそれは絶対ない! ていうかあんたたち職員室で何を熱く語ってんの⁉
私は内心でツッコミまくっていた。会話内容はバカ丸出しなのに、二人が普通に真顔なのも質が悪い。
しかもその二人ともが生徒と教師の強面代表の二人だから、その会話が聞こえているはずの周囲の先生たちもまるで注意しようとしない。
「そうスか。それで、その『美丘部(略)』と私がなんか関係あるんスか?」
ようやく佳香が話を戻してくれた。私は疲れのこもったため息をつく。なぜか聞いているだけで疲れてしまった。




