これではまるで痴女だ
そのことに気づくのに十数秒を要した。まず視線が異様に低いことに疑問を感じ、次に自分の体が毛むくじゃらで真っ黒であることに驚き、最後に目の前に佐々野沙良を見つけた。
ようするに、私とサタケさんの体が入れ替わっていたのだ。
「ほら、これでいいのだろう? とってきて」
「その前にいろいろ言うことがあるでしょうが!」
当たり前のように告げるサタケさんに、私はにゃんにゃん憤慨した。声も見事に入れ替わっているのだ。しかし目の前の佐々野沙良(中身サタケさん)は私の体を抱え上げ、
「とりあえずとってきておくれ。話はそれからだ!」
そしてサタケさんは私の体を木の枝に向かって投げ上げた。まだ入れ替わったばかりの体に慣れていないというのに、なんたる横暴か。
しかし流石は神的な身のこなしを誇る猫の体。考える間もなく反射的に私の体は華麗に身を翻し、枝の上に飛び乗っていた。
しかし背筋が寒くなるようなあまりの高さに、私は身を縮こまらせた。けして太くない枝に、私は爪をめり込まさんばかりに必死にしがみつく。
「鬼――っ!」
「高い所は平気なのだろう?」
「だからって放り投げることないでしょ! しかも私の体で! 私が猫ちゃんいじめてるみたいじゃない!」
傍から見れば紛れもなく、「佐々野沙良が子猫を木の上に投げ上げていじめている」の図である。誰かに見られでもしたらとんでもない。
「はいはい悪かった。いいから早くしておくれ」
「それが人にものを頼む態度なの⁉」
「ふん、沙良ちゃんこそそんな態度とってて良いのか? 僕は神だよ。早くしないとここで制服脱いじゃうよ?」
「はぁ⁉ ちょ……」
私が顔を青くする様子を面白そうに見上げながら、サタケさんは私の姿で制服のボタンを一つ一つ外し始める。こんな視界の開けた場所で、これではまるで痴女だ。
「わかったわかったわかりましたからお願いだからやめてください! そんなことしたら佐々野沙良が社会的に死んじゃいます!」
「……わかればよい」
サタケさんは頷くと、ボタンをまた閉じ始める。それを見てほっとしながらも、私は思わず悪態ついた。「サイッテー……」
「ん? なにか言ったか?」
「いいいい言ってません言ってません! 言ってませんから! そんなところでスカートまくり上げないでぇ!」
私はもはや半泣きになりながら、サタケさんに懇願する。気にくわないが、ここはとりあえず、我が体を取り戻すまでは下手に出るしかあるまい。
――でもこの恨みは忘れないからっ!
私は復讐の炎をめらめらと燃やしながら、こわごわ枝を伝って『遊楽』へと近づいて行く。一歩進むにつれ、徐々に枝がしなった。