8-11.農園の王
この後、人物紹介をいくつか投稿した後で、エピローグを投稿します。
朝食を終えて農作業の準備をしていると、ナオが馬に乗ってやってくるのが見えた。少し興奮した様子だったので、何か緊急の用事だろうと推測する。
「ちょっと話したいことがあるの」
「人に聞かれたらまずい話かな?」
その様子を見て推測したのだ。
「いいえ、秘密にしなきゃいけないような話ではないわ」
ナオがそう言うのを聞いて、少し緊張が解けた。秘密にする必要が無いということだったので、共有スペースのテーブルで話すことにした。部屋ではミナミちゃんとマルロが何やら話をしている様子だ。
つい先日、立ち上げる州の名前を標語を提出したばかりで、緊急の用事は無いはずだ。当たり障りのない挨拶を交わした後、ナオは本題に入った。
「しかし、大胆な名前にしたわね。“農園の王”なんて」
「え、農園の主にしたはずなんだけど。農園の王だと食料マフィアみたいじゃん。麻薬王みたいな」
「え? でも、農園の王で受理されたという連絡が来たわよ」
「はい? なんで?」
何でこんなことに? は!
気付くとそんな会話を聞いていたらしい、ミナミちゃんが満足げな表情をしている。さては——
「ミナミちゃん、まさかとは思うけれど、標語を書く紙にいたずらしていないよね?」
「いたずらはしていません! ちょっと改良しましたが」
「何てことを!」
そんな様子を見てナオが大笑いしている。
「ミナミちゃんはやっぱりこの農園の陰の支配者ね」
「えっへん!」 ミナミちゃんは満足げな表情だ。
マルロは俺に同情したのか飲み物を持ってこっちにやってきた。その表情を見ていると、ミナミちゃんを怒る気にはなれなかった。まあ、良いか? いや、良いのか?
こうして俺は農園の王という肩書を背負うことになってしまった。そもそも王様がいない王都がある世界で、王を名乗るのってすごく挑発的だよね。大丈夫かな……
そんな不安な幕開けではあったが、これからは新しい州の長として二界の食料供給の安定化という使命を背負うことになる。そして、その日からギルドに顔を出すたびに農園の王と呼ばれることになる。そして、その呼び名は気が付くとバーニャ全体に広がっていた。
「よ、農王!」
「農園の王、元気か?」
この人たちは、俺がそういう器ではないことを分かってからかっているのだ。だって、王に元気か? って聞かないでしょ。
はあ、善良な農民になったはずなのに、王と呼ばれる日が来るとは思わなかった。出来れば、静かに美味しい野菜を作ることに集中したかったんだけど……
でも、まあ、よく考えればやることは今まで通りか! そんなことを考えて自分を納得させる。町の人々は好意的に捉えてくれているようで、口々に祝福の言葉を掛けてきた。
「おめでとう!」
「農園の王!」
「これからもうまい野菜を頼むぞ」
新しい州を立ち上げるにあたり、農園、というより州で新しい移住者たちを受け入れることになった。まずは、イトリン夫妻は移住してくれるそうだ。
「あなたと一緒に食で二界を席巻してみたくなったのよ。近いうちに動物たちを引き連れて移動してくるわ」
そして、意外なことにカーミンさんも移住してくることになった。
「サトルさんには分からないかもしれないけど、誰もが英雄のように活躍したいわけではないんだ。俺は、農業をしてのんびりしている時が、一番心が満たされるんだよ」
「俺も同じなんですけどね」 そう言って苦笑いする。ここまで巻き込まれて続けてきただけなのだ。
「サトル君は、意外と自分で行動していると思うけど」
「全部食欲ですよ」
それを聞いてカーミンさんは笑った。よろしく、と言うとマルロに挨拶しに行った。カーミンさんが出ていくのを確認して、ナオが近づいてくる。
「ねえ、サトル。サインして貰いたいものがあるの」
「え? 分かったよ」
それは土地の貸与契約だった。確かにギルド長会議でその話が合ったので、サインしようとペンを取る。しかし、その貸与料を見て思わず声を上げる。
「って、何、この貸与料金。おかしくない?」
「土地の貸与協定としか言ってないわ。あなたに農業支援協定を移譲した分は頂く」
「そっか……なるほどね」
そもそも土地を貸してくれるのだから、感謝してサインすべきだろう。ペンをとってサインすることにした。しかし、そのペンを取り上げられる。その主を見るとサマリネさんだった。
「ナオも甘いけど、あなたはもっと甘ちゃんね」
ため息をつきながら、後ろから腕を伸ばして貸与料のところを指さしながら続ける。
「この金額があなたの活動で得られる収入と一致するか確認したの?」
「え? あ、なるほど」
「なるほどじゃないわ。全く!」
サマリネ姉さんは心底呆れたという表情をしている。そのサマリネ姉さんを睨みつけながら、ナオは冷たい声で言い放つ。
「サマリネ、あなたまた私に反旗を翻すというのね」
いつか王都で見た光景にどうしたものかと思案する。また、二人が仲違いしたら嫌だな。しかし、不穏な空気を醸していた二人は、急に顔を見合わせると笑い始める。
「何てね! ナオと組んであなたを試したのよ」 サマリネさんはからかうように言った後に、こう続けた。 「あなたは、お砂糖のように甘い。だから、私がお守りしてあげる」
「えーと、それは……姉さんが新しい州に移動してくれるってこと?」
正直、サマリネ姉さんが来てくれたらとても心強い。今までも色々と相談をさせて貰っているし、冷静な判断をしてくれるのだ。
「ナオの許可は貰えているわ」
「それは助かるよ!」
マルロは参謀長、サマリネさんとドビーが師団長という体制が出来た。そして、一時的ではあるがとても優秀なサポーターがもう一人。
「ナオさんの依頼だからな、立ち上げまでは力を貸してやる」
イトウは偉そうにそう言うと、色々と法令を手書きし始めた。俺が大まかなアイデアだけ伝えて、それを細かい条文に落とし込んでいく。イトウは驚くほど速く、法令を整理していった。
「そう言えば、イトウって何でそんなに法令に詳しいの?」
「そ、それはだな。勉強したからだ」
イトウは、その頭を作業に切り替えて、目の前の本の山に向き合った。真剣なイトウの様子を見て、改めて自分に気合を入れる。これからは受け身でいる訳には行かない。俺を信じてマーミッド・サルメに来てくれた人たちのために。そして、農園で働くメンバーのために。
そんなイトウを部屋に残して農園に出ると、ミナミちゃんが大きな水の塊を宙に浮かせている。夕日が辺り、橙色に美しく輝いていた。カーミンさんやその他の作業者たちは、その水の行く先を不安そうに見ながら農場を行ったり来たりしている。マルロはミナミちゃんの水まきを避けながら、空を飛んでいる様子だ。全体を見て計画を立てているのだろう。
地上では、ドビーとメルが剣を交えている。気怠そうに構えるドビーも、メルが打ち込んでくるとその目は真剣そのものだ。
ふと、横に目を向けるとハルがいた。こちらを覗き込むように、柔らかな表情をこちらに向けていた。
「お師匠様、何だか嬉しそうですね」
「ああ。やりたいことがたくさんあるからね」
「はい、ビール」
「お、気が利くねえ!」
「それ、オヤジ臭いですよ」 ハルはクスクス笑うと農園を見つめながら続けた。その表情はどこか懐かしそうな表情だった。 「私が初めてここに来た時の事、覚えていますか?」
「キュウリ泥棒ね」
「違いますよ!」 ハルは俺の肩を手のひらで叩くと、にこっと笑って続けた。 「あの時、サトルさんが誘ってくれて本当に嬉しかったんです。」
そんな言葉に何だか照れ臭くなり、鼻先に触れる。そして、思わず話を逸らす。
「まあ、ビール、飲もうか!」
ビール瓶をキンっとぶつけて、ビールを一気に煽る。
「くう~、うめ~」
そんな様子を見て、農園で作業しているメンバーたちがこちらに向かってくるのが見えた。