8-10.老婆の見た世界
それから数日が経って日常を取り戻そうとし始めたころ、封筒を持ってバーニャの町に向かうことにした。一つは新しい州の名前と標語を書いた封筒をギルドに届けるためだ。そして、もう一つの理由は占いの館のみょん婆に合うことだ。シュンスケに歴史の話を聞いて、最高齢と思われるみょん婆に話を聞くべきだと思ったのだ。
ギルドに寄った後、その足で占いの館へと向かった。占いの館に行くのは転生してきた時以来だった。相変わらず目立つ外観の建物に入ると、以前のようなミナミちゃんの元気な出迎えはなく、静まり返っている。部屋の奥に進み、らせん状の階段を下りていくとひらけた円形の空間に出た。みょん婆は、転生初日に俺の職業を占った時と同じように地下の部屋に座っていた。
ギルド長になった今、昔のことを知っておかなければならない、そう思ったのだ。もちろんシュンスケの話の影響が大きいのは否めない。現体制に至るまでの過去を知らないと、どこで怒りを買うことになるのかが分からない。州の長となった今、今回のような騒動は、今後は起こすことが許されない。
「いつかお主が来るような気はしておった」
みょん婆に向かって歩いていくと、みょん婆は静かに語りかけてくる。
「まあ、向かいに掛けなさい」
その言葉に従って、占いを受けた時と同じように向かいに掛ける。そして、聞きたいと思っていることをぶつける。
「色々と伺いたいことがあります。特に二界の過去についてです」
「じゃろうな。じゃが、お主が聞きたがっていることは、本当は話してはいけないのじゃ。もし露見すれば占い師のワシだけじゃなく、聞いたお主も死罪になるのじゃ。それでも聞くか? お主の中に留めておくと約束できるか?」
その言葉に黙って頷いて応じる。とうに命を懸ける覚悟はしている。州の長として皆を守る重責を負ったのだ。だからこそ、こうして今まで目を逸らしてきたものにも、しっかりと目を向けなければならないと思った。二界の制度はどこかに歪さがある。
みょん婆は俺のことを少し見つめていたが、納得したようにゆっくりと頷くと顔の前に両手の指を絡めるようにし、テーブルに肘をついて話し始めた。
「わしが転生してきたのは千年以上前じゃ」
「ええ、千年?」
「誰にも言っていないがの」 そして、ふぉふぉふぉと笑う。 「当時はエーシャル州の王立大学で研究員をしておった。こう見えても、学問の最前線におってな。当時は転生者の情報の可視化という研究テーマを有しておった。占い師の職業を機械的に判断できるようにするというのが目的じゃな。当時は鑑定板の製造が出来るようになり、あらゆる情報を見えるようにしたいという機運が高まっておったのじゃ」
転生者の情報の取得か。ギルドが中央から情報を受けているということを鑑みると、中央は転生者の情報を把握できているのだろう。ただ、ハルやミスカさんのことを考えると、全員を把握出来ていないようにも思える。転生者情報の可視化の技術は、まだ完成していないということなのかもしれない。
「まずは、占い師という職業について説明せねばならぬな。占い師は転生者の情報を知ることが出来る。感覚的なものじゃが、そのものの特性や適正な職業などじゃな。そして、ある条件が付いているか否かじゃ。これは全ての占い師が把握できるものではないがの」
恐らく、それは要経過観察のこと。初めてシュンスケと話したときに俺についていると言われていたものだろう。中央も要経過観察者には警戒していると言っていた。つまり、中央には要経過観察の有無を把握する技術があるということだ。
「その顔は知っているようじゃな。そう、転生者は2種類に分けることが出来る。中央では 『要経過観察』 と呼んでいるのじゃが、それが付いているか、付いていないかじゃ。これはかつて、世界に変革を齎すものか、世界を安定させるものか、の違いとして知られておった。研究者の間では、第二階層に転生する時の条件によって、それが付与されるかが決まるのではないかと推測されておった」
「要経過観察というのは不思議な呼び方ですね」
「そうじゃの。要経過観察者は能力が高い傾向があり、時代の傑物はその印が付いていることが多いことが知られておった。一方で、要経過観察者は人々にあだなし、大きな被害を出すケースも見られた。それゆえに要経過観察と呼び、支配者は彼らを警戒したのじゃ」
みょん婆は 「力のあるものが、必ずしも高潔とは限らんからの」 と付け加えた。
つまり、要経過観察という呼称は中央が定めた表現であり、元々は世界に変革を齎す可能性の高い能力の高い人物というものだったということか。
「こうした情報は中央により遮断されている。その期間が長く続いたため、今は知るものはほとんどいないじゃろう。知っていても口を出すことはないじゃろうな」
みょん婆はそう言うと一呼吸置いた。中央による情報統制と厳しい監視が背後にあるということだろう。中央に楯突く者を反体制派と呼び、ギルドのメンバーが相互に反体制派に対する警戒を抱き、そして自分がそう思われないように気を付けさせる方向に自然と誘導しているということだ。
少しの間、無言だったみょん婆は、再びこちらを見つめなおすと話を続けた。
「かつて、この国にはトムソン王という王が存在していた。わしが転生してきた頃は、まさにトムソン王の治世じゃった」
その言葉にシュンスケとの話を思い出す。事前に知っていた言葉だけに、特に反応を示さなかった。すると、みょん婆は意外だという表情をして続けた。
「ほう。その表情はすでに知っているようじゃの。この情報を知っているというのは、相当に危険な情報を持っているということじゃ。気を付けねばならぬぞ」 みょん婆は、念を押すようにそう言った。 「そのトムソン王の前王が統治した時代は、混沌とした時代だったそうじゃ。魔族と人間とエルフ・ドワーフなどの亜人が対立し、タイラー島とウェイン島という2島を拠点として、長きにわたる戦争が繰り広げられておったという。その前は、種族がそれぞれの主張を通そうと、醜き争いが繰り広げられていたと言われていた。それが、最終的には2つの勢力に割れたようじゃの」
俺は話を黙って聞き続けた。現在とは全く異なる状況に驚きを隠せない一方で、争いが起こる方が自然なのではないか、という妙な納得感を覚えた。人は違うものをすんなりと許容できるものではない。そして、みょん婆はそんな考えを見透かすように言う。
「妙に納得したような表情じゃの。お主も争いがあることが自然と考えるか」
「ええ。これだけ見た目も違い、考え方も違うのであれば争いが起こるのが自然だと思います」
「そうじゃの。しかし、類まれなる人徳と力を持って、トムソン王は人間と魔族の間に和平協定を締結し、公平な考え方を持った官僚機構を立ち上げたのじゃ。これが現在の中央の官僚機構じゃ。彼らは、各州から集められた優秀で志ある者たち。決して一時の情に流されず、常に全体最適を目指していたと聞いている。魔族も人間も亜人も無くな」
そして当時の様子を話した。時には力を持って反対勢力を押さえつけながら、徐々に徐々に異なる種族を融和させていったとのことだった。時の権力者達は猛烈な反発を表明したが、民衆の人気を取り付けたトムソン王を推す声は次第に大きくなり、民衆の力に押されるように改革がなされていったとのことだ。
「しかし、賢王たるトムソン王はある日不在になった。あまりにも突然のことじゃった。その時のことは今でもよく覚えておる。誰もが悲しみ、そして混乱した。再び乱世が訪れるのではないか、誰もがそう予想したのじゃ」
そこで、みょん婆は首を振った。そして、どこか残念そうな表情で続ける。
「じゃが、実質の統治を官僚機構に移譲していた二界において、今まで通り国は運営されたのじゃ。それ故に混乱はあっと言う間に終息した」
普通に考えれば驚くような事件なのだろう。しかし、過去の事、そして中央の官僚機構の統治体制を考えると、どこか納得できてしまう部分があった。そして、同時にその恐ろしさに、背中を冷気が通り抜けていった。思わず身をすくめる。
「ああ。あまりに円滑に権力が移行する様子は、わしには恐ろしく思えた」
みょん婆は、そんな心を見透かすようにそう言った。そして、その後に起こったことを説明した。
「その後、暫しの時間が経ってから完全分離政策が実施された。トムソン王の目指す方向とは対をなすものではあったが、急激な種族融和政策により、種族間の対立が苛烈さを増していた当時は、その考え方が受け入れられた。そして、結果として二界の情勢は安定したのじゃ」
みょん婆は 「わしはあの政策は決して間違いでは無いと思っておるがの」 と続けた。みょん婆が見てきた世界は、きっと美しいものばかりではなく、争いの多い世界だったのだろうと想像できる。それ故の判断なのだろう。
「結果として、違いを明確に認識することが争いを無くしたのじゃ。それぞれの役割が明確になり、存在意義を感じられるようになったということなのじゃろう」
その言葉を自分の中で咀嚼する。確かに存在意義、というのは人が生きる支えなのかもしれない。役割が明確だと時に不公平さを感じることもある。でも、隣の芝は青いとは言うものの、それなりの生活が出来ていれば、奪い取ってまでその芝を刈に行こうとは思わない。その絶妙なバランスを中央は保っている、ということか。とは言え、州内での格差はあるわけで、完璧には程遠いと思う。ただ、統治という意味では円滑に運営されていることは認めざるを得ない。
「そのころ、わしはエーシャル州をひっそりと離れ、サミュエル州に移り住んだ。完全分離主義が実施されると同時に、中央による監視が強まることを警戒したのじゃ。当時、禁書の設定や学問のテーマに制約が課されるようになり始めておった。そして、それに反逆したものは中央に捕らえられての。わしの仲間たちも大勢連れていかれたのじゃ」
その表情には悲しさが見えた。遥か過去の話であったとしても、仲間が連れ去られるという辛さは消えるようなものではないだろう。それは容易に想像できた。
みょん婆は、少しの間寂しそうに遠くを見つめていた。みょん婆が心を落ち着けるまで、そっと待つ。すると、みょん婆はこちらに目線を向けて話し始めた。その話し方は、ここまでの過去を思い出すようなものではなく、はっきりとした口調だった。
「お主は、確かに農家という職業が適正だと出ていた。しかし、転生時の情報に干渉された痕跡がある」 そういうと、みょん婆は震える手で俺の顔を指した。 「これからのことじゃが、3つだけ伝えねばならぬ。すべてお主に関連することじゃ」
気付くとみょん婆の表情は、過去を思い出すどこか呆けた表情から、しっかりと意思の籠ったものに変わっていた。それを見て、改めて、しっかりと聞く姿勢を取り 「はい」 と答える。
「1つは、ミナミじゃ。彼女は巫女と呼ばれる者じゃ」
「巫女ですか?」
「そうじゃ。高き魔力を有し、転生の情報のみならず、そこに干渉することが出来る力じゃ。転生時は占い師として認知されるが、いずれその力が開花する日が来るやもしれぬ。その時、権力者から守ってやってくれ。もしその存在を知っているとすれば、中央は巫女の力を放置せぬじゃろう」
そして、指を2本立てると続けた。
「そして、メル。彼女もお主と同じように、転生時の情報が書き換えられた痕跡を感じた。並みの占い師では分からぬ変化じゃが、わしは研究者じゃったから分かる。あれは巫女による干渉受けた痕跡じゃ。ミナミではない誰かじゃ」
みょん婆は、遠くを眺めて何かを思案するようにした。
「何かが動き出しているように思えてならぬ。それが中央の官僚組織によるものか、はたまた別の者によるものなのか、それは分からぬ」
「心当たりはありますか?」
「いや。全く無いのう……」
漠然とした不安にどうすれば良いか分からなくなるが、俺がやらなければならないことは、ミナミちゃんとメルを守ることだ。それだけはしっかりと胸に刻むことにした。
その後の言葉を話す時、みょん婆は少し迷うようなそぶりを見せた。それは、まるでこれから話すことを本当に伝えてよいのか悩んでいるようで、妙な不安を覚えた。しかし、そんな不安をよそに、みょん婆は最後に伝えたいことを話し始めた。
「3つ目じゃが、いつか、エーシャル州の王立図書館に行き、『十二頭神戯』という神話を読んでみるのじゃ。今は禁書になっておるじゃろうから容易には手に入れられないじゃろう。じゃが、きっと得られるものがある。しかし、この場で話すには限界が来てしまったようじゃな」
みょん婆は、その言葉を残すとうっすらと光を纏い始めた。以前ケビルソから聞いた話を思い出す。これは、寿命を終える時の状況だ。
「待って! まだ聞きたいことが」
その言葉は受け入れられなかった。みょん婆は首を横に振って続けた。
「わしもここまでのようじゃの。お主に語り継いだところで役目を終えた気持ちじゃ。わしは長く生き過ぎたのじゃ。平穏に逝かせてはくれぬか」
そして、全てを受け入れたような穏やかな表情をして続けた。その表情を見てしまっては、とてもではないが無理に止める気にはなれなかった。静かに頷いて、その言葉に答える。
「くれぐれも気を付けよ。そして、ミナミとメルを頼んだぞ」
気づくとみょん婆の姿はきれいに消えていた。そこには、かつてみょん婆が纏っていたローブだけが残っていた。広い円形の地下部屋は、主を失った途端に色彩を失い、寂れてしまったように見えた。
その翌日には大規模な追悼式が行われ、ギルドのメンバーを中心にしてバーニャの町の人々はみょん婆の死を悼んだ。当然ながら彼女がこの町で最高齢であり、そして、誰も彼女がどこから来たのかは知らなかった。




