8-9.13番目の州と標語
更新できない期間が長くなってすみませんでした。最後まで書き切ります!
ギルド長会議の翌日にはサミュエル州に向かって出発した。来た時とは違い風景がカラフルで美しいものに見えた。行きは一人で対処していた戦闘も、すべてドビーに任せることにした。ナオやジャックは用事があるからと言って残ったので、ドビーに御者と警備を兼任させている形だ。
「先生、そろそろ面倒になってきたんで手伝ってください」
「いや~、今日は勘弁!」
そんな言葉を聞いてぶつぶつ言いながらもドビーは現れたモンスターを倒していた。何だかんだでドビーはやってくれる。良い奴なのだ。
そんな旅の終着点は、もちろん農園だ。バーニャへと続く街道から森の小道に入っていくと、安堵感と高揚感が同時に襲い掛かってきた。事前に連絡はしてくれたようだけれど、きっと喜んでくれるんじゃないだろうか?
しかし、農園では思わぬ騒ぎが起きており、歓迎を受けることは無かった。
トカゲのような姿をした魔族を、メルとハルが囲んでいる。遠くからミナミちゃんが魔法でフォローしているようだ。
「誰よ!」
「まさか、サトルさんへの刺客とか? 許せません」
そんな色めき立つ二人に対して、龍人は両手を手の前に出して否定している。
「いやいや、ちょっと待ってください」
「問答無用!」
メルが一気に龍人に詰め寄っている。そして、真横にぶった切るように剣を振りぬこうとした。しかし、その剣は獲物を捕らえることは無かった。
「ちょっと、ストップ! この人知っているから」
慌てて駆け寄って、メルの剣をサーベルで止めながらそう窘める。そして、その人に向けて頭を下げながら続ける。
「お騒がせして申し訳ありません。レゼルベック殿。ギルド長会議ではお世話になりました」
「どういうことよ?」 メルが納得いかないという表情でこちらを睨む。
「この人はミュートレット州の代表だ。今回のギルド長会議に参加して、賛成を表明してくれたんだ」
その言葉にレゼルベックは頭を掻くような仕草をしていた。ギルド長会議で見た威厳ある姿とは違い、俗っぽい動きに違和感を覚える。そして、その理由はその後に続いた言葉によって判明した。
「この姿では初めまして、ですね。僕、マルロですよ」
「ああ、マルロなのか! って、ええ?」
言っている言葉は理解できても、頭がその意味を受け入れることを拒否する。他の農園のみんなも同様に混乱している様子だった。真っ先に受け入れたのは一番柔軟なミナミちゃんだった。
「なーんだ。師匠、ドビー、それとマルロ、三人ともおかえり~」
ミナミちゃんは、真っ先に満面の笑みでそう言った。三人にはマルロも含まれている。その様子を見て、緊張がほどけるのを感じた。
「お師匠様、マルロさん、ドビーさん、おかえりなさい」 とハル。
「無事に帰って来られて良かったわね。心配なんてしてなかったけど」 メルはいつも通りにそっけない態度だが、表情は柔らかい。
農園で待っていた3人に、農園を離れていた3人は口々にただいまと応じた。
□
マルロは、まずは2人きりで話したいと言った。なので、自室で話を聞くことにした。丸い小さなテーブルを挟んで、向かい合って椅子に座る。
「さてと。どこから話して貰おうかな?」
どこから聞くべきか思案していると、マルロは頭を下げて話し始めた。
「今まで正体を隠していてすみませんでした。私はマルローレク=レゼルベック、ミュートレット州のギルドに所属しています。レゼルベック家の第3子です」
ミュートレット州? レゼルベック家の第3子?
「色々と聞きたいことはあるけど、レゼルベックって姓みたいに思えるけど」 その言葉にマルロは頷く。姓ということで間違いないようだ。 「というか、姓を名乗ることは許されているの?」
「ミュートレット州の龍人は、太古の時代から時の王に忠誠を誓い、その代わり姓を名乗ることを認められています。我らレゼルベック家は一族の権力の世襲を認められています。と言っても養子で、という意味にはなりますが」
二界のことをいかに理解できていないか、を改めて痛感する。中央の官僚機構以外で姓を名乗ることを許されている特権階級で、世襲が認められているというのは、今までの感覚からするととても違和感がある。
「実は、今まで中央からの指示を受けてサトルさんを監視していました。それが、ミュートレット州のギルドに与えられた仕事なのです」 そして、立ち上がって頭を下げる。 「今まで黙っていてすみませんでした」
ミュートレット州が果たしている役割ゆえの特権ということか。
「ただ、今回の一件について、僕は関わっていませんでした。信じて頂けないかもしれませんが……」
「いや、正直に言ってくれたくらいだからそれは信じるよ」
「あ、その、もう少し疑っていただいた方が良いような……」
まあ、サトルさんらしいですけどね。そう言いながらマルロは笑っていた。
「それでこれからはどうする?」
「その件ですが、私をサトルさんの州のギルドに置いて頂けないでしょうか?」
「それは構わないけど…色々と大丈夫なの?」
「私はこのギルドに移った瞬間にあらゆる特権を失います。当然、永久に戻ることも出来ません」 マルロはそうはっきりと言った上で、迷いのない表情で続けた。 「レゼルベック家の貴族としての地位は失いますが、マルロという1個人としては何一つ変わりません。僕は農園で皆さんと過ごす時間の方が貴重だと思っています」
「でも、中央の官僚機構は秘密主義だよね。守秘義務とか、機密情報とか……」
「その点は大丈夫です。私たちは中央の官僚機構のことは何一つ知りません。主君が何ものだろうと、『我ら、大義のため忠義を尽さん』 これがミュートレット州の標語です。この言葉の通り、私たちは官僚組織に忠義を誓い、その指示に忠実に従います」
「でも、任務が続けば機密情報を知ることもあるんじゃない?」
「その通りです。通常は他の州への移籍などもってのほかです。しかし、私は今回が初めての任務でした。それで、特例的に許可が下りました」
なるほどね。色々と幸運な条件が重なってマルロの移籍が認められたわけだ。俺としては優秀な仲間が引き続きいてくれるのはありがたい限りなので、もちろん受け入れることにした。
他のメンバーには、伝えられる範囲でマルロの素性を説明した。彼らも、マルロを一人の仲間として受け入れることに何の抵抗も無いようだった。そんな様子を見て安心する。
「さてと。マルロの素性が分かったところで、相談したいことがあるんだ」
そして、テーブルに座った彼らがこちらに注目しているのを確認して続ける。
「州の名前と標語を決めなきゃいけない」
その一言に、ミナミちゃんが身を乗り出すのが見えた。
「フード連合……」
そんなミナミちゃんの言葉を遮る。
「ミナミちゃん、今回はスタイリッシュな名前にしたい!」
ミナミちゃんが言おうとしたことを遮ると、ミナミちゃんは頬を膨らまして不満そうにしている。むうう、と不満そうな唸り声が漏れてしまっている。
「カッパ州はどうでしょうか?」 とハル。 「私が言うのも変ですが」
「分かり易いけど、もう少しカッコ良い名前に」
その後、様々な名前が現れては無残に消えていった。しかし、ハルの一言がドミノの最初のピースを倒した。
「この6人の名前を入れてみるのはいかがでしょうか」
「ハドミマサル?」 と適当に頭文字を並べたと思われるミナミちゃん。
いや、誰だよ? そんなツッコミを抑えて、マルロが優しくいなす。
「ミナミちゃん、それだと人の名前みたいだね」
「もういいんじゃないですか。それで」 ドビーは心底興味が無さそうにそう言い放った。
「そうね。何でもいいわ」 とメル。
議論もだいぶ長くなってきたせいか、2人はすっかり興味を無くしてしまっている様子だ。それを見て、脳をフル回転させる。確かに、このままでは一生決まりそうもない。名前の案を考え、それを自分で反芻する。そして、自分で決めるという決意も込めて、みんなに宣言する
「マーミッド・サルメ州にする!」
ハルのアイデアを活かしながら語感を変えてみたのだ。
「えー分かりにくいですよ。宣伝しにくい……」
「いや、今回は譲らない! 標語も俺が決める」
「でも、マーミッド・サルメ州のギルド長サトルだと長いです。これは広報担当として譲れません!」
ミナミちゃんの的を得たコメントに少したじろぐ。むむ、ギルド長会議で名乗ることを忘れていた。でも、でも——
「うーん。じゃあ、マーミッドって愛称として呼んで貰おう。もしくはサルメか。例えばマーミッドのカッパ農園とかね!」
「むむむ。ギルド長になってタフな交渉者になりましたね。今までチョロかったのに」
おい、そんなこと思ってたのかい! まあ、薄々気づいてはいたけど。
「先生のネーミングが通ったことってないですもんね」
「ドビー君、君は少しギルド長を敬いなさい!」
ミナミちゃん以外はこの名前に賛成してくれた。ミナミちゃんも最終的に折れてくれたようだった。かなり不満そうではあったのが気になる。今度、何かミナミちゃんの案を採用してあげないとな、そんなことを心に決めた。
この場所で相談しても中々決まらないので、標語は一人で考えることにした。しかし、標語か、難しいな。
参考までに、他の州の標語を貰っていたのだが、どの州も特徴を捉えたものになっていた。
ヴェリトス州 <最小コスト、最大利益>
サミュエル州 <平穏こそあらゆる文化の源>
コノスル州 <母なる海、父なる山>
ミュートレット州 <我ら、大義のため忠義を尽さん>
しかし、その中にも少し異質なものがあって驚いた。
エーシャル州 <知と快楽こそ、人を人たらしめる>
イトリンさんが言っていた通りだけれど、どうしてもあの美しいエルフが統治する町に快楽の支配する町があることが想像できない。ギルド長のマリエンからはそう言った汚いところなんて感じられないのだ。ただ、ある意味では人間の本質を捉えているのかもしれない、とは思った。動物と人の最大の違いは知性であり、そして原動力は様々な欲求なのだから。
そんな他州の例を見ながら、これから立ち上げる州をどのようにしていきたいのかを踏まえて、案を考えていった。だが……
<農園の主>
結局ここに戻ってしまった。それこそが、自分の原点だから。もう一度最後に反芻をして、この標語に決めることにした。所定の様式に、州名:マーミッド・サルメ、標語:農園の主と書き込むと、中央への封筒に入れておく。これは、後日直接ギルドに持っていくことにしよう。そう決めて、その日は休むことにした。
そう言えば、久しぶりの我が家のベッドだった。そのふわりとした物体は、恐ろしい魔力を放ち、あっという間に意識を奪った。