4-6.試飲会
ついに、この日がやってきましたよ! 私テンションが上がり切っております。
何の日かって? 試飲会の日です。
1カ月半前に準備したビールは、順調に発酵が進み、泡が出るようになってきている。本番まで自分では飲みたくなかったのでマルロに飲んで貰ったところ——
「これは、いけますよ」
という感想を貰っていたので、多分大丈夫だと信じている。少し静かな感想だったのは気になるが……
ところで、農園では秋野菜の収穫も始まっている季節なので、旬の野菜を使った料理を振舞う予定だ。サツマイモ、ホウレン草、ナスなどが出来上がっている。それに加えて、ケシャの牧場から仕入れてきた肉もあるので、今回は料理の幅がぐっと広がっている。
そして、料理人は、もちろん不動産屋のご主人。多分、不動産屋のご主人はバーニャで一番の料理人だと思う。今日も朝早くやってきて、料理の仕込みをやってくれていた。
試飲会の当日の昼過ぎになるとぞろぞろと人が集まってきた。その中には、スキンヘッズの棟梁の姿もある。招待券を配った人以外にも、ギルドのメンバーに声を掛けていたので何人かやってきていた。
ナオ、イトウ、ジャック、サマリネ姉さんなどだ。カーミンさんはお留守番とのことだった。流石にかわいそうなので、後日ビールを差し入れてあげよう、と心の中で思う。
「よっ! サトル。久しぶり~」
そのギルドたちの集まりの中にいる圧倒的にギャル感のある女の人が声を掛けてくる。この女性は第2師団長で、サマリネ姉さんの上司に当たる人だ。名前はエリーだったはず。第12ギルドでは、エリー、マナミ、サマリネの3人が中心となって渉外の仕事に当たっている。ちなみに、師団ごとの区分は、第一師団が防衛関係、第二師団が渉外(外交)関係とのことだった。
マナミが第一師団にいるのは、単純にジャックの弟子だからということだが、その辺りの背景は実はよく聞けていない。
人が集まったところで、会の主催者として簡単な挨拶をする。
「遠くから集まっていただき、ありがとうございます。この農園を初めて半年近くが経ちましたが、皆さんのおかげで順調に農園の運営ができています」
パラパラと拍手が聞こえる。うん、分かっているよ。
「ということで、今日は、カッパ農園初めての試み、ビールの試飲会を開催したいと思います!」
と、その途端に盛大な拍手が響く。その中に歓声が聞こえてくる。
「いいぞ、サトル!」
「農園のカリスママイスター!」
「早くビール飲ませろー」
一部からは欲求全開の叫び声も聞こえてくるが、そこは気にしないことにしよう。
そのタイミングで、マルロがビールの入った樽を持ってきて机に置く。ビールは川で冷やしていた。少し魔法の補正をかけてその川の水も冷やしていたけれど。そのお陰で、かなりいい感じに冷えている。
そのタイミングで不動産屋のご主人が、食事を運んでくる。流石のタイミングだ。ナスと豚肉の炒め物、サツマイモのポタージュ、ホウレン草たっぷりのカレーなど、相変わらずメニューの幅が広い。美味しそうな香りが、外にいるはずなのに空間に充満しているような感覚になる。
「それでは、皆さんにビールをお配りします!」
ハルとマルロがビールを配って歩いていく。配り終わったタイミングで、主催者として開会の一声を上げる。
「それでは、乾杯!」
その宣言を受けて、パーティが始まる。不動産屋のご主人は、次々に食事を持ってきてくれていた。参加者は料理を片手に、ビールを片手に談笑しながら食事を楽しんでいた。
俺も、自分が作ったビールを初めて口に運ぶ。
ごくり。
「うっめー。ちゃんと味が濃いぞ! やったー!」
思わず大きな声を上げてしまう。周りの人はクスクス笑いながらも、同意を示してくれていた。
「うん。このビールは味が濃くて美味しいな」
「少し不思議な味はするけど、前世の記憶通りのビールだ!」
「最高! もう一杯」
そう、確かに少し不思議な味はする。パンのイーストを使ったのが理由かもしれないし、配分の問題かもしれない。だけれど、確実に二界の一般的なビールよりは美味しいのだ。
そこにマルロがやってきて、嬉しそうに声を掛けてくる。
「これは最高のビールです! サトルさんが本番で先入観無しで楽しめるように、この前は気持ちを抑えて感想を言いました」
なるほど。君は本当に気遣いも出来て、本当に優秀なメンバーだよ。今回の設営でも人数と食材の分量や出すビールの量などを調整してくれていた。
周りを見渡すとハルはバタバタとみんなの間を走り回ってビールを配っている。相変わらずの愛されキャラで、ペコペコしながらもみんなの笑顔の真ん中にいるようだ。可愛い。相変わらずのマスコット感だ。
ミナミちゃんは、こんな時でもしっかりと営業活動をしているようだ。
「カッパビール、ぜひご贔屓に」
何だか、名前がおかしい気がするが、気にしないことにしよう。こうして考えると、農園は本当に良い仲間に恵まれているんだなと改めて思う。
会も温まってきたところで、久々に会ったジャックに声を掛けることにした。
「ねえ、ジャック。俺とマルロの戦闘を見てくれない?」
そんなことを言い出したのには訳があるのだが、その訳は少し前にさかのぼる。
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一時期は、新聞記事の影響でカリスマ経営者を一目見ようと人が集まってきていたのだが、来ても農業をやっているだけなので、みんな飽きて農園には来なくなっていた。野菜の評判こそうなぎ上りだったが、俺への注目度はあっと言う間に下がっていっていた。来てもらっても黙って農作業していたしね。野菜の農園での直接販売もしていないしね。
ということで、ここのところは空いた時間のほとんどをマルロと手合わせしていたのだ。
マルロは世界中を回っていただけあって、戦闘能力も高いことはさることながら、戦闘経験も豊富だった。戦闘について色々と教えてくれた。
まず、二界での戦闘では大きく分けて二つの戦略があるようだ。腕力優勢のタイプと知性(魔力)優勢のタイプによって分かれる。
まず、腕力優勢の人はMPの範囲内で自分自身に対して重力操作を掛けながら、攻撃を仕掛けていくらしい。基本的には、戦闘訓練を通じて微妙な重力操作のコントロールを身に付けて行くのだが、これが非常に難しい。自分の体の向きに関わらず、正確に方向と力をコントロールする必要があるからだ。アクション映画のような動きが出来る一方で、相手の力量も考えながら、自分の動きのMP消費量を調整する形だ。派手に動くとあっという間にMP切れになる。
次に、知性優勢の人は地の利を生かすか、自分で持ち込んだ素材を上手くコントロールして、相手への攻撃を続けていく。基本的には練習を続けた対象物質への働きかけが効率的にできる。しかし、大きな魔法の行使はMPを多量に消費するため、基本的には要所で相手をけん制しながらダメージを与えていくというのがセオリーとのことだ。
つまり、攻めの戦闘タイプと守りの魔法タイプに分けることが出来る。
魔法タイプの人は鉄とかを自在に操れば強いんじゃ? と思ったのだが、これもMPの消費量が多く上手く機能しないとのことだ。魔法の行使範囲は人によって異なるものの、そこまで広いわけではないため、距離を取られると対応が難しいのがその理由のようだ。
俺は、魔法系も物理系もなぜか伸びやすい体質だったので、思う存分重力操作を使いながら戦闘をするという両得な戦略を取ることが出来ていた。あまり効率を考えないでも大丈夫なごり押しタイプというところだ。ただ、補助で魔法を使うことも可能だ。結構、これってずるいんじゃないかなと思っている。
ところで、マルロは鉤爪のような武器を使用する。近接戦闘が得意とのことで、その言葉に違わず、素早く軽快な動きと鉤爪を使った自由自在な攻撃が特徴的だった。どの方向から攻撃が来るかが分からないので、常に気を張っていないとやられてしまう。
俺自身は、剣と魔法を使い分けるバランスタイプなのだが、最近はマルロの影響もあって専ら戦闘系になってきていた。何より、カッコ良いしね。
そんな戦闘訓練をしているときに、不動産屋のご主人がやってきたのだった。ご主人は静かにその様子を眺めていたのだが、訓練がひと段落したところでこちらに近づいてきて声を掛けてきた。
「お前たち、すごいな」
「え、そうなの?」
「ああ。そうそう観られるレベルの戦闘じゃなかったぞ。闘技会に出ても渡り合えるレベルかもしれないな」
「うん、そうですね。そもそも私と互角に戦えているのがすごいです。自分で言うのもあれですが、こう見えても私は結構強い方ですよ」
「へえ、そうなんだ」
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