4-4.サトルの里とミナミの山
「『知と快楽の町』と呼ばれるその町は、純粋に学問を目指すものを堕落させるような、そんな場所だった」
「『知と快楽の町』ですか?」
「そう。そこは王立図書館と王立大学のある学問の都。エルフ達がその図書館と大学を管理し、学問を目指す人々が二界中から集まってくる。王立図書館は、二界のほとんどの書籍が集まっている図書館よ。一見の価値はあるわね」
それだけだととてもクリーンな感じがする。でも、知と快楽の町というだけあって、それだけではないんだろう。
「でも、そんな学問の都のそばには大きな歓楽街がある。二界最大の歓楽街は、“白桃の園”と呼ばれているわ。そこはドラキュラにより支配される地域よ。彼らはそこで上げた莫大な収益を、その地域のギルドと学園に上納している。結果的にギルドを実質的に支配してしまっている状況があるの」
イトリンは直接的な表現を避けて説明していたけれど、そこは人々の様々な欲求を満たすための場所になっている、とのことだった。おそらく、性的な意味も含んでいる。そうした欲求に堕ちた人々は、再び学問の道に戻ることは出来ないのだという。
「ドラキュラはお金が無くなった人たちには血で払うことを求める。でも、お金が尽きるまで遊んでしまう人は、もはや引き返せないようね。血で払うという言葉の意味は、私にも良く分からないわ。それが、物理的なものなのか、何かの例えなのかは。でも、そうなった人たちは総じて表の世界には帰ってこないわ」
「どうして、そんな二つの都市が両立してしまったのかな?」
「それは分からないわね。推測するのであれば、エーシャル州が王都エルディアからも比較的近いところにあるということが理由かしら。王都ではそうした歓楽街を排除しているから、そこをあぶれた人たちが、エーシャル州に流入しているのかしらね」
なるほど、麻薬組織を締め出そうと取り締まりに乗り出せば、他の国に麻薬組織は拠点を移してしまう。それと同じようなことなんだろう。
「結果的には一部の純粋に学問だけを究めたい人だけが、学問を修めることができる。でも、学問を目指す人の中には、地位や名声が欲しくてその町に来ているわ。どこかに、そうした隙があると没落してしまう」
「ところで、二界には2つの島があるの。あたいはエーシャル州を出た後、サミュエル州のあるこちら側の島をぐるっと回った。その後は、もう一つの島に行きたかったのだけれど、ちょうどそのころにオルドと出会ってね。それはもう運命的な出会いだったわ。そこで、二界の食事が美味しくないことで意気投合して、牧場を開くことにしたの。そこで、私の冒険はおしまいになった。けれど、今はとても幸せよ」
ちょうど、イトリンがそれを言ったところで、オルドが出来上がった料理を持ってきた。鶏肉をトマトベースのソースで炒めたもののようだ。夏野菜が加えられていて、彩り豊かな一皿になっている。
オルドも椅子に掛けて、三人で机を囲む形になる。その料理を口に運ぶ。
「美味しい!」
トマトの酸味と甘さに鶏肉のうま味が合わさり、絶妙なバランスになっている。簡単に作ったはずの料理なのにレベルが高い。
「そうかい? 嬉しいね」
そこで、あることを閃いた。
「あの、できれば、まとめて肉を買わせていただけないでしょうか?」
野菜はそれだけでも美味しいけれど、美味しい肉と合わせるとさらに美味しい。この二つが組み合わさったら最強の組み合わせなんじゃないか、そう思ったのだ。
「良いわよ! その代わり、うちに野菜を分けてくれないかしら? 二人分で十分だから」
「もちろんです」
そんな約束を取り付けながら料理を平らげる。美味しい肉や乳製品が加わったら、野菜作りもその活用の場面で幅が広がりそうだ。午後は農園に帰りたかったので、ランチを終えたところで農園に戻ることにした。
帰り際にイトリンは肉を持たせてくれた。
「また遊びにおいで!」
「ありがとうございます。とても面白い話でした。また来ますね!」
肉の買い付けの約束が出来たのは大きい。これで野菜に加えて美味しい肉まで……この地の食は支配したも同然だ! と悪役みたいなことを考えていると、おっと、すれ違った人が訝しげな顔をしている。ニヤニヤしてしまっていたらしい。
しかし、歴史が無くなっているというのは穏やかではないな。王のいない王都、官僚機構の支配する政治、厳しい情報統制、この国は何かがおかしい気がする。平和な国だと思っていたけれど、それが今は逆に恐ろしくすらある。
でも、とりあえずは気にしても仕方ない! いずれその謎は調べるとして、今は目の前の課題に取り組まねばならないのだ。やることは、農園にたくさんあるのだ。
何より、サマリネ姉さんのあの一言が胸に刺さって離れなかった。
「あなたはミナミちゃんが失敗するチャンスを奪ってしまっていないかしら? 人は失敗して成長するものよ」
農園の師匠として、この課題には対処しないとね。でも、実はこの往復で解決策を考えていたのだ。戻ったら実践するつもりだ。
一時間程歩くと、カッパ農園についた。ハルとミナミちゃんが声を掛けてくる。
「あ、師匠! おかえりなさい」
「お師匠様、無事に帰ってこられて良かったです」
「ただいま!」
そして、問題のミナミちゃんに声を掛ける。
「ミナミちゃん、ちょっと付いて来て!」
「はーい」
ミナミちゃんは後ろを付いてくる。俺は小屋に入ると、倉庫から密かに作っていた看板を引っ張り出す。その 『サトルの里』 と書かれた看板を試験農園の入り口に掲げる。
「ここは俺の試験農場ね」
試験農場は色々な作物の育て方を試している区画だ。今までも俺がいない時以外は誰も触ってはいけないルールにしている俺の城だ。しかし、これでカッパ農園のサトルの里になってしまった。当初の想定とは違うから不本意ではあるが仕方がない。農園の主よりも広報担当ミナミちゃんの発言力が強いのだから。
「これで良しっと。それでね。ミナミちゃんも自分の農園を持ってみないかい? こういう風に看板を掲げてさ。そこで、野菜を育ててみると良いよ!」
「え! いいんですか? やったー」
「まずは農園の名前を付けるところから始めよう!」
「うーん。ミナミちゃんの……、ミナミの……」
ミナミちゃんは首を傾げながら名前を考えている。
いつも勢いで色々やっているのに、自分の農園の名前だと悩むんだな。カッパ農園とか容赦なく広めたのにね。でも、その様子が少し微笑ましく思える。しばらく悩んでいたようだが、名前を決めたようだ。
「決めました! ミナミの山にします」
いや、それは……でも、それを変えさせるのは違う気がする。
サトルの里とミナミの山、並べたらどこかのお菓子みたいになってしまった。これくらいなら怒られないかな。いや、二界には商標権とかないか。
早速、育てられる野菜の種をいくつかピックアップしてミナミちゃんに渡す。さすがにミナミちゃんも作業を見ていたおかげか、種を植えるところはばっちりだった。質問されたときだけ答えるようにして、出来るだけミナミちゃんの好きなようにやらせてみる。
□
数日たって、ミナミちゃんの植えた種が芽を付けた。その様子を見て、ミナミちゃんはぴょんぴょん飛び跳ねていた。
「師匠! 芽が出ました! やったー」
「良かったね、ミナミちゃん」
しかし、芽が出たことに喜んでいたミナミちゃんは、水をあげ過ぎていた。あれだと、枯れてしまうかもしれないな……それを言いたいのを一生懸命に堪える。
□
それから数日が経って——
予想通り、ミナミちゃんの育てていた芽は枯れてしまった。ミナミちゃんはそれを前にして大泣きしていた。
その様子に胸が苦しくなる。子供が泣く姿というのは、いくつになっても見ていて辛い。サマリネさん、本当にこれで良かったんでしょうか……?
ハルがミナミちゃんを抱いて慰めている。ミナミちゃんはひとしきり泣いた後、そのまま眠ってしまったようだった。ハルからミナミちゃんを抱きとりログハウスに運ぶ。ベットに寝かせると、ミナミちゃんの目は赤く腫れていた。
やっぱり子供なんだよな。見た目は小学生の低学年くらいだけど、中身もそうなのだろう。サマリネさんの言葉が思い出される。
□
翌朝、気を取り直して農作業に勤しんでいると——
「師匠、野菜の作り方を教えて下さい! わたし、あんな気持ちには2度となりたくありません!」
そんな声が聞こえて後ろを振り返ると、そこにはミナミちゃんがいた。決意に満ちた目をしている。勢いで生きてきたミナミちゃんが人に教えを乞うなんて。昨日の失敗を糧にしようとしているんだな。えらいぞ、ミナミちゃん。
その時、ハッとした。ミナミちゃんの目線が高くなっている!
それは些細な変化だったのだけれど、毎日一緒にいるから気付けた。ミナミちゃんの姿は初めて会った時からずっと変わって無かったから。
何というか、急に成長したのかな? この世界の子供たちがどうやって大人になるのか、ずっと気になっていたのだけれど、もしかしたら精神的な成長が見た目に作用するということかな? サマリネ姉さん、なんだか、この世界の謎が一つ解けた気がします。
「よし、何からやろうか!」
「トマト!」
「いや、うーん……トマトか~」
トマトは夏野菜だからなあ……
これもチャレンジさせた方が良いのでしょうか? 教えて、サマリネ姉さん。
「あなたって、転生してきた時子供の姿だったのよね?」
「そうね。でも、あっという間に今の姿になったわ」
「どうしてかしら?」
「周りの大人より魔法が使えるのに、子供扱いされるのが嫌だったからよ!」
「それは、また、子供っぽい理由ね」




