表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
98/98

熊さんの仕事

 次の日、僕は祝い町の町中をぶらついていた。

「全然解決しなかったな」

 結局、映見さんに相談しても、まったく僕の悩みは解決しなかった。

 でも、不思議と僕の心は少し軽くなっていた。話を聞いてもらうだけでも、それなりに効果はあるらしい。

「やっぱ聞いてもらってよかったな」

 僕は思った。

「けっこう、話すだけでも、心は楽になるものなんだな」

 新しい発見だった。

「あれ?熊さん何やってんですか」

 ふと見ると公園脇の路上に熊さんがいた。

「見たら分かるじゃろ」

「はい?」

 見ても全然分からなかった。熊さんの前に四本足の丸椅子が一つ置かれているだけだった。

「?」

 ほんとに全然分からなかった。

「・・、あの、全然分からないですけど・・」

「これじゃ」

 熊さんは、お尻のポケットからハサミを取り出して、チョキチョキと動かし、僕に見せる。

「はあ・・」

 しかし、僕は首を傾げる。まったく分からなかった。

「まだ分からんか。今度はこれじゃ」

 今度は、櫛を取り出した。

「・・・」

 しかし、まったく分からない。

「おまんは鈍い男じゃのぉ。床屋じゃ、床屋」

「床屋?」

「そうじゃ」

 熊さんが大きくうなずく。

「熊さんは散髪もできるんですか」

「わしは何でもできる男じゃ」

 熊さんは自分でそう言って、がははははっと豪快に一人笑った。電気工事に大工に散髪、本当に何でもできる何でも屋だった。

「よしっ、おまんの頭を刈ってやろう」

「えっ、いいんですか。でも、僕お金ないですよ」

「サービスじゃ」

「えっ、本当ですか」

「本当じゃ」

「やったぁ」

 そういえば、この町に来てから一回も散髪をしていない。髪は伸び放題になっていた。

「でも・・」

 でも、どこを見回しても、小さな丸椅子しかない。僕は困惑する。

「そこに座るんじゃ」

「は、はい・・?」

 そこに座るんじゃと言われても、何のこっちゃ分からない。僕はとりあえず言われた通り、熊さんの指し示した丸椅子におずおずと座る。すると素早く大きなビニールのゴミ袋に穴が空いたものを、熊さんはどこかから取り出して来て、それを僕に上からすっぽりと被せる。

「で、これを持つんじゃ」

 そして、大きな手鏡を持たされた。

「なるほど、青空散髪屋だったのか」

「そうじゃ」

「でも、いいんですか。こんなとこで床屋開いて」

 僕は辺りを見回す。そこは、公園の片隅だった。公園では普通に子どもたちが遊んでいる。

「この町は何でもありじゃ。やったもん勝ちじゃ」

「そうなんですか・・汗」

 さすが祝い町だった。他の町でやったら即警察が飛んで来るに違いない。

「それにしても、斬新な職業だなぁ・・」

 外で散髪をしてもらうなんて、幼い頃に庭で父親に切ってもらって以来だった。祝い町にはやはり驚かされることばかりだ。

「気持ちいいですね」

 しかし、意外と外での散髪は気持ちよかった。

「そうじゃろぉ」

「はい、でも、お客さん来るんですか」

「当たり前じゃ、商売繁盛過ぎて困るくらいじゃ。懇切丁寧、早くてうまい、話し上手で、心まですっきり爽快。おまけに安い。他にこんな店はないぞ」

「そうなんですか」

 その割には暇そうにしていた気がするが・・。

「いくらなんですか」

「五百円」

「安っ」

 思わず大きな声を出してしまう。千円散髪はよく聞くがそれの半額だった。

「安さが自慢じゃからのぉ」

「・・・」

 それにしても安い。逆に安過ぎて僕はなんだか不安になって来た。

「大丈夫だろうか・・」

 トラ刈りにされるのではと僕は不安になる。

「ところで、熊さんはなんでこんなとこにいるんですか?」 

 僕は髪を切ってもらいながら熊さんに訊いた。

「わしか?」

「はい、熊さんは器用だし色んなことできるんだから、普通の町でも普通に仕事とか出来るでしょ?」

「わしは人殺しじゃ」

「はいっ?」

 僕は、散髪の途中で思わず後ろを向いてしまう。

「前向いとかないかんぜよ。手元が狂う。丸坊主になってもいいんか」

「あ、はい」

 僕は慌てて前を向く。

「わしは人を殺して人生の半分以上を刑務所で過ごしちょった」

「またまたぁ」

「ほんとじゃ。そこでいろんな資格を取ったんじゃ。床屋の資格もそこで取った」

「熊さんが人殺し・・」

 僕にはこの人懐っこい熊さんが、人殺しだなんてどうしても信じられなかった。

「誰を殺したんですか」

「わしは実の父親をぶち殺した」

「えっ」

僕は持っていた手鏡を落としそうになった。

「わしには妹がおってな。親父は妹を犯しておったんじゃ。だからわしは親父をぶち殺した」

「・・・」

 鏡越しに見るそう語る時の熊さんの目はいつになく狂暴で怖かった。初めて見る熊さんのそんな顔だった。

「世の中には、信じられんようなクソ野郎がおるんじゃ。どうしようもないクズみたいな人間が存在するんじゃ。ほんまにどうしようもないクソみたいな人間がおるんじゃ。そして、そういうのが親という絶望的な境遇に生きている子どももおるんじゃ」

「・・・」

 

「ママ、熊さんが人殺しって本当なんですか」

 その日の夕方、僕はいつものようにママの店に行った。そして、席に座るのも忘れ、店に入ったそのままの勢いでママに訊いた。

「おっ、髪切ったのか」

「ええ、熊さんに切ってもらいました」

「おお、いいじゃねぇか」

「はい、すっきりしました」

 最初不安だったが熊さんの腕は確かだった。僕の髪は、短くきれいにカットされていた。

「いや、そんなことはどうでもいいですよ。熊さんが人殺しって本当なんですか」

「・・・」

 ママは黙る。

「本当なんですか」

 僕はもう一度訊く。

「ああ、本当だよ」

 ママが言った。

「ママは知ってたんですか」

「ああ」

「僕は信じられないです。あんなやさしい面倒見のいい人が人殺しなんて。しかも実の父親を」

「人それぞれいろいろあるんだよ。お前みたいなぬるま湯育ちには分からない世界があるんだ」

「でも・・」

「やっさんだって、元ヤクザだぞ」

「えっ!」

 そうだったのか・・。

「この町にはそういうやんごとない事情のある奴が、集まってるんだ。お前の知らないな」

「・・・」

 それは知っているつもりだった。でも・・。この町の奥深さに僕は衝撃を受けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ