prologue
炎とはこんなにも激しく、こんなにも荒々しいものだったのか。
高い天井から吊り下がるクリスタルガラスのシャンデリアに炎が反射して異様なまでに輝いている。重厚な作りのカーテンはみるみるうちに焼け焦げていく。
「知識として知ってはいたけれど、炎は熱いのね」
彼女は赤く染まる室内を見回しながら言った。
「それに酸素も薄くなってじきに呼吸も苦しくなってくるだろうな」
彼はまるで他人事のように言い、向かいのソファに足を組んで座っている。
「それは嫌。苦しいのも痛いのも嫌い」
彼女は真顔で首を横に振った。
「それは俺も同感だ」
彼も深く頷く。そしてこの状況において嫌味な程に優雅に足を組み替えた。
「さぁどうする? このままではお互い焼死体だ」
「どうするも何も……」
彼女は渋い顔でガラスが溶けかけている窓へと視線をやった。
そろそろ熱気に頭がクラクラする。確かに彼の言った通り息苦しさも感じる。焼けた家財から黒い煙が立ち上り、容赦なく目や喉を痛めつける。
それでもその痛みなど感じないかのように彼女は背筋を伸ばし、はっきりとした声で言った。
「私は死にたくない」
彼女の答えに満足したように彼は笑った。
煌々と燃え盛る炎の中、ミランジェ・ヘリテージとエセル・クロフォード。彼女と彼は炎に包まれた室内で向かい合って座っていた。