十二 検査室にて
形山と城宮は並んで歩きながら輪廻転生センターの門をくぐる。形山が「こっち」と手招きして川奈の部屋を目指す。
「本当に検査は一瞬なの? 痛くない?」形山は歩きながら不安を隠しながら城宮に質問する。
「寝てたら一瞬だよ、何をされたのかもわからないぐらい」と答える。
扉の前で立ち止まると「ここ、ここ」と言って扉を三回ノックする。「どうぞ」と中から川奈の返事が聞こえる。
「失礼します」と二人で言いながら部屋に入ると、川奈が相好を崩して「おお、よく来たよく来た、そこ、座ってくれ」と言う。
「今日はまだ早い時間でビールは出せんのじゃ、すまんの」と言ってさらに笑う。
「検査はだいたいどのぐらいかかるものなんですか?」と形山がやっぱり不安そうに尋ねる。
「なあに、すぐじゃよ、寝転んで目を閉じたら終わっておる」と同じ口調で答える。眼鏡を直すと改まって「今日の体調はどうかな?」と聞く。
「いつも通りなんの問題もありません」
「こちらの世界に来てからはどうかな? 片頭痛があるとか、体調を崩しやすいとか、落ち込んだりふさぎ込んだりみたいな気分の浮き沈みとか、何でもいい」
形山は少し逡巡すると「飛んでる夢をよく見ますね、大きな羽をばたばたと羽ばたいて、上昇気流を捕まえて天高く舞い上がってそこから滑空する夢をよく見ます」と答える。
「ほお、羽ばたいて空を飛ぶ夢ですか、他はどうじゃ?」
「他は至って普通だと思います」と大真面目に答えると、それを見た城宮が笑った。
「あれ? 変かな?」と形山が言う。
「ごめん、ごめん、言い方があまりに真面目だったから」と言って城宮はまた笑う。川奈も笑いながら「それでは行こうか」と席を立った。
階段を下りて一つ下の階の検査室に入ると川奈が指示を出す。
「じゃあ城宮君はそこの椅子で待っててくれるかの、形山君はこっちの診察台で仰向けに寝てくれるかのう」
形山は行ってくるとばかりに目で合図して、握り締めた帽子にさらに力を込めると診察台に上がる。
「じゃあ始めよう」と言うと機械の動作音が低く唸るのが聞こえ始める。
「形山君、ちょっと痛いかもしれんが、我慢してくれるか」と川奈はそう言うと答えを待たずに機械を操作する。
形山は何か返事をと思った瞬間に頭の中にパルス信号の様な瞬間的な痛みを感じ「痛」と声を上げる。
「おお、すまん、すまん、少し我慢じゃ」「痛」と何度か繰り返す。
「では、右半身を下にして横向きになってくれるかの?」と川奈が楽しそうに言う。
「はい…… え、まだ、続けるんですか?」と形山が悲鳴に近い声を上げる。
「そうじゃな、左と右と後ろからも検査してみんとな」と一層楽しそうに言う。
結局、川奈が言った通り四方向から刺激付きの検査を終えて、二人は検査室を後にした。
「全然、すぐ終わりじゃなかったな、まだ少し痛むような気がする……」と形山が恨めしそうに言う。
「ごめん、ごめん、自分がやった検査と種類が違ったんだね」と申し訳なさそうに答える。
「いや、良いんだけどさ、これで何も分かりませんでしたってことは無いよな」とぶつぶつ言っている。
階段を途中まで降りたところで視線の先に眼帯をした男が通るのが見えた。城宮はなぜか言葉にできない苛立ちを感じて立ち止まる。形山もそれに気づいて立ち止まり、眼帯の男が通り過ぎるのを待った。
「どうした?」と形山が聞く。
「いや、なんだか知っているような不思議な感覚がして…… あんまり良い感覚ではないかも」と返す。
形山は「あれ、ここのセンター長だよ」とだけ返す。無言でうなずいて階段を降り始める。
センターの門を出ると「ところで、この間の花見の後のことなんだけど……」と城宮が話を変える。
「うん、どうした?」
「いや、あんまり話してなかったんだけど、ここでやった彼岸生活者支援懇親会で見かけた人がどうにも気になっていて」
「ふうん、どんな?」と形山は相槌を打つ。
「話すと長くなるんだけど……」と前置きして順を追って説明する。
「ふうん」と形山は分かったような分からないような相槌を打った。
「で、その後何度か会っているんだけど、今度、向こうの友人も交えて会おうって話になってて…… 形山君も一緒にどうかな?」と城宮はすがる様に言った。
◆
検査室で二人を見送ると、川奈は検査結果を手早くまとめて手に持つと検査室を出て部屋に戻った。
それを見計らったように扉をノックする音が響く。誰だろうと訝りながら「はい、どうぞ」と返事を返す。開かれた扉の向こうには根島が立っている。
「お忙しいところすいませんね、少しお時間よろしいですか?」根島はこちらの拒否を阻む言い方で聞いてくる。
「ああ、どうぞ、大丈夫ですよ」と答えながら、何の話が始まるのかと身構えた。
根島は部屋に入ると扉を閉めて質問を続ける。
「いやね、先ほど、形山君と仲良く歩かれているのを見かけましてね、どんなご関係なのかなと思いましてね」
「ああ、形山君ね、彼はこのセンターで初めての混濁の発症者でしてな、転生してからずっと検査だなんだと、もう長い付き合いになりますわ」川奈はやはりこの時間帯にセンターの中をうろうろすると目立ってしまったかと後悔しながら答える。
「そうでしたか、そんな長い付き合いだったんですか、あれ? 彼の混濁は病変なしで片付いているのでは?」
川奈はどこまで答えたものかと思案する、あとから詰められて芋蔓のようにずるずるするのもどうかと考えた。
「混濁についてはまだまだ分からないことが多いのはご存じですな? 彼はこうして連絡が取れる数少ない発症者ということで、今回追加の検査をお願いしましてな。なんせ当時の検査機器は今からするとずいぶんな代物でしたからな」と答え笑ってみせる。
「そうですか、それは研究熱心なことで。で、今日一緒に居たのは城宮君ですかな? 彼とはどういう?」
「彼とは先日ばったり花見で会いましてな、形山君と三人で盛り上がった仲でしてな、今日は付き添いで来たみたいですよ、城宮君も先日同じ検査を受けてもらいましたから」と笑って答える。やっぱり全部お見通しだったかと少し胸をなでおろす。さてこっちはどう攻めようかと思案する。眼鏡を直して質問を返す。
「根島さんも形山君に何か頼みごとをされているそうじゃの、根島さんの方こそ仲がよろしい様ですな」
「ちょっとした野暮用ですよ……」根島は逆になぜそれを知られているのかと狼狽して言葉に詰まる。
「いやいや、これは失礼失礼、遅い時間までご苦労様だなと思いましてな」と笑う。少しは牽制になったと思い質問の方向性を変える。
「そう言えば根島さんは北の山の連なりについて何かご存じですかな?」
「北の山ですか?」根島は訝しがって質問を繰り返して聞き直す。
「そう、北の山」そう言うと眼鏡の位置を直して話を続ける。
「此岸の死が必ずしもこちらに来ない、という現象を研究してましてな、先日観測器を覗いていたら偶然こちらに来ない魂を捉えることができたんじゃが…… その魂を見ているとどうも北の山の方に向かった様に見えましてな。何か北の山についてご存知無いかと思った次第での」
「そういえば北の山の麓にセンターが所有している施設がありましたね、私も良く知らないのですが」
「ほう、そんなものが有るんですな、知らんことばかりですな」と笑って見せる。




