殺し屋からのプロポーズ
ひんやりとした感触が足の裏を伝い、結城 白百合は目を覚ました。
手足は麻縄で縛られ、口には猿轡をつけられていた。
ふと床に目を落とすと、灰色で無機質なコンクリートがそこに広がっていた。
おそらく廃工場かどこかだろう。
先程までは花園にいたはずだが。
どうやらまた捕まってしまったらしい。
そう思った途端、殴られた後頭部に鈍い痛みが走る。
「っっっっっ!!」
ズキズキとする感覚に顔を歪ませながら、何とか上半身を起こす。
そして朦朧とした意識の中で、何が起こっているのか、頭の中で整理をする。
なぜこんなことになったのか。
それは全て、彼女が超能力者だからである。
「一攫千金」この能力を知る者はそう呼んでいるらしい。
巨額の富が動く瞬間、あるいは時代を覆す「社会的決断」の時にのみ発動し、絶対の利益をもたらす超能力。
どれほど絶望的な確率であろうと、この能力さえあれば100%正解を導き出すことができる。
つまり、白百合1人で大富豪になれるポテンシャルも、国を動せるほどのポテンシャルもあるということだ。
だがこの能力は私利私欲のためには使えない。
もちろん自分自身にも。
この超能力のせいで、何度こういう目に遭っただろう。
ただの普通の女の子でいたかった。
そう幾度となく思ってきた。
彼女は、買ってもらったばかりの真っ白なワンピースが薄汚れていることに気がついた。
おまけに、結えていた長い髪の毛も、紐が解けてボサボサになっている。
彼女はため息をつくと、それを気にすることもなく周りを見渡した。
あたりには、床と同じコンクリートの壁が広がっている。
時間を確かめようと辺りを見渡したが、無機質な壁が広がっているばかりで、時計すらも置いていなかった。
おまけに、鉄扉は内側から開けられない仕様になっている。
連れて行かれるのも、おそらく時間の問題だろう。
「早く脱出しなければ。」
そう思い、縄を解こうとした瞬間、勢いよく扉が開いた。
その音が部屋の中に響き渡る。
コンクリートで出来ているからだろうか。
その大きな音に顔を歪ませながらも、出口の方を見やった。
すると、ついさっきまで一緒にいたはずの若い男が入ってくる。
ここに連れてこられるまでは、この男に付き添いをしてもらい、花畑を散歩していたのだ。
名は確か、芝田、といっただろうか。
生憎、下の名前までは覚えていなかった。
どうやらこの男に殴られたせいで気を失っていたらしい。
ここへ連れてきたのも、おそらくこいつだろう。
やってしまったな。と白百合は思った。
運悪く、ばあやたちは外せない用事があり夕方から家を空けていた。
そのため、今日の夜は、この男に護衛をしてもらっていたのだ。
しかも2人だけで。
迂闊だった。
だが問題はない。
直に白百合の居場所を突き止め、救出しにくるだろう。
それまで持ち堪えられるかどうか……
そう心の中で祈った。すると芝田が声をかけてくる。
「結城 白百合。早く来い。約束の時間に遅れる。」
その声色には苛立ちが滲んでいた。
どうやら時間はそこまでないらしい。
「ついて来い。」
まずいな。このままでは間に合わないかもしれない。
頭の中で、何をすればいいのか思考を巡らせながら、一旦彼の後をついていく。
やはり彼女がいたのは、廃工場にある小さな部屋だったらしい。
彼は巨大な鉄扉の前まで進むと、そこで立ち止まった。
そして、大きく息を吐くと、その扉を力を込め横に滑らせる。
事態は最悪だった。
100人は超えているであろう男たちが、その目をぎらつかせながら、芝田の後ろに立っている白百合を見ていた。
おそらく、皆殺し屋の連中だろう。
最悪だ。
間に合わなかった。
死ぬのか。
ここで。
そう、死を覚悟した瞬間だった。
突然、目の前の芝田の姿が消えた。
いや、消えたのではない。
彼は床に倒れていた。
頭から血を流して。
白百合は、訳が分からなくなった。
もしかして、結城家の人間が来てくれたのだろうか。
だが、そうではないことに気がついた。
芝田の代わりに、華奢で背の高い男が立っていた。
真っ黒なスーツの上にベージュのチェスターコートを羽織り、肩にはガンケースのようなものを掛けている。
その様子を見て、殺し屋たちが全方位から一斉に、白百合と男に襲いかかってくる。
だが男は動じることなく、手に持っていた銃で、自分と白百合に飛びかかってきた男達の眉間を次々と撃っていった。
1,2,3,7,16,21……
白百合が驚く間もなく、殺し屋たちがバタバタと倒れていく。
すると彼は白百合に近づくいた。
そして、「絶対に僕から離れないで。」そう艶やかなで囁くと、彼女を抱きかかえた。そして白百合が彼を見つめたのとほぼ同時に、錆びの浮いた天井へワイヤーを引っ掛け、一気に宙中へと上った。
そしてその間にも、下にいる大量の殺し屋たちを次々と射撃していく。
男たちは血の海に溺れていった。
「弾切れか。」彼はそう呟くと、ワイヤーを別の場所へ引っ掛け、キャットウォークへと降り立った。
すると彼女から一旦手を離し、今度は肩にかけていた細長いバックを床へ置いた。
そして、その中から刀に似た長いナイフを取り出すと、追いかけてきた奴らを、次から次へと斬っていった。
それも、首から上を正確に。
男たちの頭が宙を舞い、地面へ落ちていく。
ボト、ボトと不気味な音が響き渡る。
彼は最後に、ボスらしき大柄な男の首に刃を立て、思い切り引き裂いた。
また、あの嫌な音が耳を打った。
そして、彼は敵を全員処理したことを確認する。
おそらく15分も経っていないだろう。
この男は何者なのだ。
彼女の頭の中を恐怖が支配する。
眉ひとつ動かせなくなっていた。
そんな彼女の様子に気がついたのか、彼は白百合の方に向き直った。
切れ長で、くりりとした大きな猫目。すっと通った鼻筋に、形の良い唇。
とても端正な顔立ちをした男だった。
だが同時にその美しさから、言葉にできない恐ろしさも放っていた。
すると彼は突然、血で真っ赤に染まった手で彼女の手を取るとこう言った。
「僕と結婚しましょう。あなたを一生守ります。僕を、あなたのボディーガードにしてください。」
彼女はポカンと口を開けた。
急に何を言い出すのだ。
この男は。
思わず呆気に取られてしまう。
だが、ここで断ったらどうなってしまうのかと、今まで動けなかったことが嘘のように脳をフル回転させる。
彼はおそらく殺し屋だろう。
それもかなり腕の良い。
間違いない。
さっきこの目で信じられない光景を見たのだから。
もし彼がここに来なかったら、白百合は確実に殺されていた。
ここで彼を拒絶すれば間違いなく死ぬ。
それに、屋敷にいた男に騙されたばかりなのだ。
どの選択が正解なのかなど、分かるはずがない。
だが、選ばなければいけない道は、一つしかなかった。
彼女は迷いを捨て、彼の汚れた手を思い切り掴む。
そして、こう告げた。
「分かりました。私のボディーガードになってください。」
その言葉を聞くと、彼は頬を桜色に染め、猫のような目を細め微笑んだ。
「勿論です。いつまでも、あなたをお守りいたします。」
そう、嬉しそうな声で告げたのだった。
そのとき、ふと白百合の鼻腔を百合の優しく甘い香りがくすぐった。
百合の烙印を新しく修正し直しました。




