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第2部 第1話 地底の鬼

第2部

窓のない部屋だった。


海星堂商会(かいせいどうしょうかい)本社ビルの6階。


机が1つ、椅子が2脚。壁際には、古い書類棚が並んでいる。


扉の横に掲げられた札には、「経営資料整理室」とあった。


凄樺玖芳子(せいか・くよしこ)は、机の上に積まれた書類を眺めていた。


彼女はこの会社の会長令嬢だった。


創業家の孫娘として生まれながら、

親族の中で主導権を握るために敵を退け、

取締役を抱き込み、銀行を味方につけ、

会社を自分の意のままに動かしてきた。


敵の弱みを握り、利用価値がなくなれば切り捨てる。


それが玖芳子のやり方だった。


だが、最後に自分が切り捨てられた。


詞荷科美央(しにか・よしお)。


自分が見いだし、懐に入れ、右腕として重用した男に。


上場記念式典の日、彼は彼女を引きずり下ろした。


玖芳子は、机の端に置いた手帳を開いた。


そこには、過去の取引先や銀行関係者、

かつて麻雀接待で親しくなった人間たちの名前が並んでいた。


今すぐ動かせる人間は少ない。


電話をかけても、相手が応じるとは限らない。


それでも、名前は消さなかった。


人間は、立場を失ったからといって、急に別人になるわけではない。


弱みも、欲も、恨みも、消えずに残る。


残るものを覚えている人間が、最後に勝つ。


玖芳子は、そう信じていた。


彼女がここへ追いやられた経緯は、実にあっけないものだった。


上場後の人事を取り仕切った美央は、玖芳子を役員から外した。


だが、社内に長く君臨した元会長を、いきなり放逐するわけにもいかない。


そこで総務部が、過去の経営資料を整理する名目で席を用意した。


人事案を決めた美央は、玖芳子について、もう脅威ではないと判断していた。


総務部長も、特別な意味など考えていなかった。


退職させれば騒ぎになる。


かといって、重要な部署に置くわけにもいかない。


ならば、古い資料の整理でも任せておけばいい。


その程度の人事だった。


玖芳子にとっては、十分だった。


会社の中に席がある。


書類に触れられる。


人の出入りを見られる。


そして何より、自分が何もできない人間だと、周囲が思い込んでいる。


これは、使える。


彼女は書類の山から、上場前後の取締役会資料を取り出した。


議事録そのものを扱う権限はなかったが、

総務部が整理対象として回してきた資料の中には、

会議の配布資料や決裁記録、関連する報告書の写しが含まれていた。


それらを眺めているうちに、同じ男の名前が何度も目に入った。


美央だった。


デジタル化構想。


子会社の不正調査。


証拠書類の保存。


経営危機への対応。


別々の出来事のはずなのに、結果だけを振り返ると、どれも美央に都合よく進んでいた。


玖芳子は、デジタル化構想の資料を引き寄せた。


発案者は遠藤だった。


以前から遠藤が温めていた構想を、

美央は自分で企画したように見せかけ、玖芳子の手柄として上申させた。


玖芳子は、その構想を自分の成果として押し進めた。


遠藤の功績を自分のものにすることに、抵抗はなかった。


使えるものを使い、手柄になるものを自分のものにする。


それは玖芳子自身が長年やってきたことだった。


だが、今になって考えると、引っかかる。


なぜ美央は、あの構想をあれほど早く実行に移そうとしたのか。


単に遠藤の企画を利用しただけなら、もっと慎重に進めることもできたはずだ。


ところが美央は、構想の価値を最初から知っていたかのように、実施の手順まで見通していた。


玖芳子は資料を裏返した。


課長昇進を祝うパーティーの夜、遠藤が美央を目で追っていたことを思い出した。


遠藤は、何かを言いたそうにしていた。


だが、玖芳子が声をかけると、すぐに視線をそらした。


あのときは、手柄を横取りされた不満だろうと片づけた。


今は違う。


遠藤は、美央の何かに気づいていたのかもしれない。


「遠藤、か……」


玖芳子は、その名前を手帳に書き加えた。


彼が何を知っているのか。


美央にどんな疑いを抱いているのか。


そこから探れば、情報源の手がかりが得られる可能性がある。


彼女は別の書類を開いた。


子会社の不正に関する報告だった。


ここには、自分自身の名前が残っている。


あの件では、玖芳子が美央に「調べておいて」と指示した。


美央は、その言葉を受けて動き始めた。


つまり、調査の出発点を作ったのは玖芳子自身だった。


彼女は当時の手帳を開き、日付を確認した。


自分が調査を許可した日。


その時点で、美央は何を知っていたのか。


最初に誰へ接触したのか。


どの書類を求めたのか。


どの段階で不正の全体像を把握したのか。


そして、決定的な証拠が表に出る前に、なぜ関係書類を保存するよう指示できたのか。


玖芳子は、紙片に日付を書き並べた。

読んでくださってます方々に篤くお礼申し上げます。

ありがとうございます。


評価ポイントをつけてくださりまして

ありがとうございます。


11/7 18:10 に投稿します。

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