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プロローグ【俺はすべて知っている】

非情な業務命令、

あざとい駆け引き、

私欲まみれの経営手腕。


俺は、彼女の懐(ふところ)に食い込み、

社内の主導権を握り、

玖芳子(くよしこ)の野心を

上場という頂点まで

巧みに押し上げていく。


表向きは忠実な右腕を演じながら、

裏では着々と、

彼女に引導を渡すための布石を

積み重ねていった。

「詞荷科(しにか)営業部長。

 今日の

 接待のセッティングは大丈夫ね?」


会長の凄樺(せいか)玖芳子(くよしこ)の業務Lineが来た。

「準備万全です。会長」


接待相手は、

最重要顧客の東洋シルバニア通商の

総務部長・大野と、

郵運公社関東支社の副支社長・

滝山の二人。


玖芳子(くよしこ)の麻雀は、

全くの趣味打ちだ。


相手がどんな大物手の気配でも、

一切頓着せずに、

自分の手を押し進めていく。


振り込めば、「接待成功」だし、

自分の手が成就すればご機嫌だ。


出だしの半荘(はんちゃん)二回を、

ラスとトップで仕上げた玖芳子(くよしこ)は、

後を秘書の甥・翔太(しょうた)に任せて、

上機嫌で帰っていった。


頭が悪く、

機転の利かない翔太と共に、

朝日が差し込んでくる時間まで、

接待麻雀を続けた。


(中略)


暖房が効いてきた車内で、

ハンドルを握る俺は

催してきた眠気に負けて、

意識を手放した。


コンマ数秒だったのか、

数分だったのかは分からない。


次に感じたのは、鈍い衝撃と、

ガラスの砕ける音。


視界が真っ白に弾けて、

それきり何も見えなくなった。


――ああ、これは死んだな。


不思議と恐怖はなかった。


三十年以上、

会社のために身を削り続けた男の

最期にしては、

あまりにあっけない。


せめて退職金くらいは

受け取ってから逝きたかった、

などと場違いなことを考えながら、

俺の意識は暗闇に沈んでいった。


「詞荷科くん、詞荷科美央くん!」


名前を呼ばれて目を開けると、

蛍光灯の白い光が飛び込んできた。


天井は見慣れない木目調のパネル。


上から覗き込んでいるのは、

見たこともない中年の男だった。


「大丈夫か、寝てたのか? 

入社式、始まるぞ」


入社式――その単語が頭の中で

異様な違和感を放つ。


俺はもう六十近い年齢のはずだった。


慌てて自分の手を見る。


皺のない、若い手だ。


首から下げた社員証には

「海星堂商会 詞荷科(しにか)美央(よしお)」の文字。


そして壁のカレンダーの日付は――

昭和五十六年、四月一日。


「……は?」 思わず声が漏れた。


周囲には、

緊張した面持ちの新入社員たちが

ずらりと並んでいる。


俺は、

間違いなく二十二歳の詞荷科美央として、

ここに立っていた。


混乱する頭の片隅で、

記憶が繋(つな)がっていく。


海星堂商会。

前世で三十年以上勤め上げ、

定年間際まで営業部長として尽くした、

あの会社だ。


そしてこの日付が正しければ、

これは創業からわずか数年、

まだ地場の

事務機器商社に過ぎなかった時代の、

海星堂商会だった。


そして俺は知っている。


この会社が、

四十年以上かけてどう成長し、

東証スタンダード市場への上場を

果たすのかを。


誰が功労者となり、誰が足を引っ張り、

どの取引がどう転ぶのかを、

俺は前世の記憶として、

すべて知っている。


壇上では、

まだ若々しい創業社長の隣に、

一人の女が座っていた。


切れ長の目で

新入社員たちを静かに睥睨する

その女こそ――のちに

「鬼の会長」と恐れられることになる、

凄樺玖芳子だった。


今はまだ、誰もその本性を知らない。


あの、

部下を将棋の駒としか思わない冷徹さも、

得意先すら平気で踏み台にする貪欲さも。


だが俺だけは知っている。


この女が、

これからどれほど非情な手を使って

会社を成長させていくのかを。


そして――その果てに、

俺が何をすることになるのかも。


俺の口角が、自然と持ち上がる。


なるほど。人生二周目か。


だったら今度は――こっちが使う番だ。


©2026 [風風風]. All rights reserved.

俺、詞荷科美央が配属されたのは、

相模原営業所だった。


当時、

海星堂商会の本社はまだ八王子にあった。


相模原営業所は、……。


本日、13:10 に、第1話を投稿します。

よろしくお願いいたします。

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