第8章 ―― 過去
第8章までお読みいただき、本当にありがとうございます。
また一週間が過ぎましたが、仕事と並行しながら、本作の執筆を続けています。
そして今回の**第8章**をもちまして、第1部 **『血と鋼 ― War Thunder in Another World』** は一区切りとなります。
第2部の執筆開始までには、もう少し準備の時間が必要になりそうです。そのため来週は、本編ではなく、本作に登場する**War Thunder異世界システムの基本設定**と、第1部に登場した主要キャラクターたちの紹介を掲載する予定です。
また、本日は第1部のエンディングテーマとして制作した楽曲もご紹介します。
**「The other side」
by nonamesteven**
この楽曲は、本章で登場した**E**という人物――第1部における中心的な対立人物を描いたイメージソングとなっています。
ここまで作品を読んでくださった皆様に、心より感謝申し上げます。
第一部 ―― かつての都市と留学生の少女
――Edhen。
今から十二年前。
すべての始まりとなった街。
だが、それはYilfenが最初に現れた場所ではなかった。
時を同じくして、魔王はVelindia最大の都市で女神たちとの決戦へ全てを賭けていた。
その大都市からおよそ150km離れた場所に位置するEdhen。
そこは唯一、その都市へ続く街道を有する中継都市でもあった。
しかし、冒険者や商人たちが辿り着いた時、そこに広がっていたのは――
ただの更地だった。
崩れ落ちた建物。
跡形もなく消え去った街並み。
まるで、何か途方もない存在によって街そのものが消し飛ばされたかのように――。
――Edhen。
十二年前のこの街には、まだ繁栄を終えた王都の面影が僅かに残されていた。
白い石畳の街路。
幾何学模様に敷き詰められた広場。
そして青く冷えた空を貫かんばかりにそびえる学院の大ドーム。
それより少し前――
Velindia帝国首都。
まだ時代の波に呑まれていない古い街並みの中。
一人の幼い少女が北学院の門の下へ静かに立っていた。
年齢は八歳ほど。
踵まで届くローブ。
背筋は真っ直ぐ。
そして磨き上げられた鏡のように感情を映さない瞳。
髪は根元から銀色だった。
老いによるものではない。
生まれつきの色。
冬空に舞う雪そのものだった。
学院一年生。
西方出身。
GemanとVelindia、二つの国の血を引く混血児。
人々は彼女をこう呼んでいた。
――「Lyrdaの白き燕」。
Lyrda地方に棲む灰色の瞳を持つ生き物。
彼女の灰色の瞳もまた、森を吹き抜ける風のように人の視線を通り過ぎ、何一つ留めることがなかったからだ。
以前まで彼女の名前を知る者はいなかった。
しかし、この日から多くの者が知ることになる。
彼女は他とは違う。
"E"
その名は、当時誰もが「どこにでもいる無名の生徒」程度にしか思っていなかった。
――――
帝国王立学院は凡人を受け入れない。
ここへ入学できる者は、高貴な血統を持つか、あるいは異常なまでに高い召喚適性を有する者だけ。
Eには爵位はない。
両親はGemanとVelindia、それぞれの血を半分ずつ引き、Velindiaで官職に就いていた。
だが――
彼女のManaは異常だった。
あまりにも大きく揺らぐため、入学試験では教師たちが専用の測定空間を急遽構築したほどである。
「こんなMana波形は見たことがない。」
「強すぎる……。
いや、多すぎると言うべきか。」
「人一人の魔力量じゃない。
まるでManaの海そのものを背負っているようだ。」
「古代竜ですら召喚できそうなほどだ。
だが、この力は危険すぎる。
現状では制御するしかない。
一度でも暴走すれば、多大な被害を招く恐れがある。」
「極めて稀な『Mana過剰症』として扱うべきだろう……」
Eは測定用水晶の前へ立った。
まだ触れてもいない。
それだけで数値は――
9999+
最高測定値五万を超える最高級測定水晶ですら、
彼女が軽く触れただけで粉々に破裂した。
「百年に一人の逸材だ。」
「……だが、深刻な問題も抱えている。」
初めての召喚実技。
他の生徒たちは影獣や炎鳥、氷蜥蜴、大地竜など、愛らしい召喚獣を次々と呼び出していく。
そして――
「生徒"E"。
あなたも召喚してみなさい。」
「はい、先生。」
Eは手を前へ差し出した。
本来なら詠唱が必要だった。
しかし彼女ほどのManaを持つ者になると、思考だけで召喚が成立してしまう。
(かわいいウサギさんを呼びたい。)
そう願った。
だが現れたのは――
三脚状の無骨な金属塊。
中央には椅子のような窪み。
外側には何本もの差込口。
生命反応はない。
鼓動もない。
「……物体?」
「E。
これは何を召喚したんだ?」
「う、うさぎさんを呼んだつもりなんですけど……」
教室が静まり返る。
一人の教師が小さく呟いた。
「まさか……
帝国が研究している砲架に似ている……」
Eは黙ったままだった。
言い訳もしない。
表情も変えない。
だが、その日を境に、何人もの生徒が彼女から視線を逸らすようになった。
「ごめんね、"E"。
私たち、本当は君と仲良くしたいんだよ。
でも、お父さんとお母さんが『君は普通じゃない』って……。
今日のお茶会も、本当にごめん。
君を呼ぶなら、みんな来ないって言われちゃって……」
「ううん。
私なら大丈夫。
お茶会を台無しにしたくないから。
ありがとう。」
その時からだった。
Eの心は、少しずつ揺らぎ始める。
「ごめん。
でも、僕たちの魔獣が、魔獣も召喚できない君とは遊びたくないって言うんだ。
だから……
さようなら。」
「待って……
みんな……
私だって召喚できるよ……」
(かわいい召喚獣を……。)
同級生たちが彼女を避ける理由。
それは彼女が人付き合いを苦手としていたからではない。
彼女の力が――
この世界の常識を遥かに超えていたからだった。
しかし。
数人の教師だけは違っていた。
彼らはEを観察し始める。
――――
学院長観察日誌。
E観察記録・第四十三日。
『生徒Eによる召喚物 No.21/79。
既知のいかなる分類にも該当しない。
再現実験のたび未知の形態変化を確認。
未完成の金属構造。
半Rune反応。
精神状態も不安定。
しばらくは穏やかな管理対象として保護すべきである。
不要な事故は避けたい。』
その後、Eは特別クラスへ移された。
人数の少ない閉鎖環境。
そこで彼女には、たった一人だけ同級生がいた。
名はKiron。
彼は後に、Eが十歳の時、ダンジョン崩落事故による実地演習の最中に消息を絶つこととなる。
二人は不思議なほど気が合った。
互いを支え合い、困難を乗り越えていた。
ある日、Kironが尋ねた。
「怖くないのか?
君が召喚するものには魂がない。
僕も少し似てる。
違うのは、一回魔法を使うだけで身体中のManaが全部空になることくらいかな。
止めたくても止められないんだ。」
「ううん。
怖くないよ。
私はいつか必ず制御できるようになる。
かわいい召喚獣たちが私を待っているもの。
少し不格好で、
少し硬くて、
Manaの血から生まれた鉄の塊だとしても……」
「そういえば今度Edhenへ行くらしいね。
最近あそこへ向かう人が増えてるって聞いた。
本当に綺麗な街らしいよ。」
Eは静かに頷いた。
「家族旅行なの。
少し気分転換になればいいなって思ってる。」
学院へ入学してから、もうすぐ一年。
Eは理解していた。
自分が召喚しているものは生命ではない。
――意思。
鉄の中で眠る、もう一つの"目覚め"。
それを磨き上げることができれば。
いつかきっと。
自分が本当に望む、
かわいい召喚獣たちを呼び出せるようになる。
……そう、信じていた。
第2部 謎の遭遇 ―― 城塞都市を揺るがした爆発
学院の中間休暇から一か月後。
家族旅行のため、EはついにEdhenの街へとやって来た。
彼女たちは、帝国評議会の管理のもと、天才技師によって初めて実用化された蒸気機関列車に乗る最初の乗客でもあった。
帝国中央からEdhenまで、およそ千キロを超える長旅。それでも列車なら三日とかからない。
当時のEdhenは、まだ平穏を保ち、厳しい検問も存在しない都市だった。
そしてその頃、この街にはもう一つ、不思議な来訪者たちが現れていた。
誰も、彼らがどこから来たのかを知らなかった。
「妙だな……あの連中、どこから来たんだ? 服装が見たこともないぞ。」
「きっとVelindia最大都市から来た人たちだろう。都市ごとに流行も違うしな。」
「なんだか危なそうだ。近寄らないほうがいい。」
「そういえば聞いたか? 帝国最大都市が数日前から消息不明らしい。巨大な火の玉が現れたあと、誰とも連絡が取れなくなったとか……。商人も冒険者も調査に向かっているそうだ。」
________________________________________
Edhenへ到着したEは、まず家族に断って南市場を歩くことにした。
せっかく遠くまで来たのだから、旅の記念になるものを買いたかったのだ。
南市場
「最近さ、見慣れない連中が古着を法外な値段で売ってるんだ。」
周囲の商人たちが噂していた。
どこか遠方から来たという男が、「大都市から来た」と名乗り、奇妙な品々を売っているらしい。
ナイロン製のコート。
厚底のゴム靴。
黒い水晶板のように光る不思議な装置。
見たこともない素材で作られた、新品同然の衣服。
首には見慣れぬ文字が刻まれた名札と、紫色のルーンリング。
Eもその噂を耳にしたが、特に気に留めることはなく、小さな土産物屋へ足を運んだ。
「この腕輪が気になるのかい?」
「はい。同じ学院の友達にも贈りたいので……お揃いの物はありますか?」
「もちろんあるよ。これは小さなルーン石が埋め込まれていてね。"意志の炎"を象徴しているんだ。相手も身につければ、その炎を互いに感じ取れると言われている。」
「ありがとうございます。全部でいくらですか?」
「一つ銀貨五枚だよ。」
支払いを済ませたEは、そのまま宿へ戻った。
だが、その頃にはすでに――
奇妙な兆候が、静かに街へと忍び寄っていた。
まるで、この先に訪れる運命の出会いを予告するかのように。
________________________________________
(どういうことだ……!?
魔王様が……行方不明!?
分かった。数日だけ時間をくれ。まずはこの場所から脱出しなければならない。
資源も底を突きかけている。このままでは俺も逃げ切れない。
もしもの時は――"No.2"を継げ。
このゲームは、プレイヤーが死んでも、継承者がいれば続いていく。
金を貯め次第、最速で本部へ戻る便に乗る。)
________________________________________
男の名はRinyl。
魔王に最初に救われ、第一の使徒となったWar Thunderプレイヤーである。
この大陸の住人ではない。
地球――自由と民主を掲げる星条旗の国の出身だった。
強盗に銃を向けられ命を落としかけたその瞬間、魔王の炎によって、このゲームごと異世界へ召喚された。
彼のゲームバージョンはSeek and Destroy。
得意なツリーはアメリカとドイツ。
混沌へ変わった世界に取り残されながらも、他の使徒たちと共に魔王のため戦い続けていた。
いつの日か故郷へ帰り、再び平凡なITエンジニアとして働く――
その願いだけを胸に。
「女神だと……?
俺には、あいつらはただのクソ野郎どもにしか見えない。
人間が創り出した美しい仮面を被りながら、その中身はウイルスに侵され狂った存在だ。
主よ――どうか力をお与えください。
あなたと共に、この狂った世界から抜け出せますように。」
祈りを捧げるその表情には、焦燥と警戒が滲んでいた。
もちろん、Rinylという名も、この地で便宜上名乗っている偽名に過ぎない。
身分証も、通行証もない。
あるのは、その場しのぎの名前だけだった。
だが、彼が決して誰にも語らなかった秘密がある。
ほんの数日前。
魔王が数十柱もの女神たちに黒泥の中で包囲された戦いで――
彼は、Velindia最大都市そのものを消滅させた張本人だった。
持ち歩くノートPCは、すでにストレージの半分が壊れている。
それでもゲームだけは動いていた。
魔王によって改変された不可思議な力が、周囲の魔力を少しずつ吸収し、動力として供給していたからだ。
「残る手段は一つ……
SPとSLが十分に貯まるまで身を潜め、本部へ帰還できる航空機を呼ぶしかない。」
彼は北地区の鍛冶屋へ身を寄せ、配達や修理の仕事をしながら息を潜めた。
________________________________________
そして数日後。
EがVelindia王都へ帰る前夜。
両親はすでに部屋で眠りにつき、彼女は宿のバルコニーから夜風を眺めていた。
まだやりたいことはたくさんあった。
それでも休暇は、あまりにも短かった。
「明日には帰らなきゃ……
いつか、この力をちゃんと制御できるようになりたい。
夜空の星を手の中に収めるみたいに……。」
ブロロロロ……
「……何?」
彼女の耳に届いたのは、馬車でも列車でもない。
蒸気機関車にも似た、不思議な駆動音だった。
――ドォンッ!!
数百メートル先の建物へ、一台の車両が激突する。
それはRinylだった。
夜盗を撃退するため、彼はこの世界で"機械兵器"と呼ばれる一台――
M18 Hellcatを召喚してしまった。
本来なら、それだけで終わる出来事だった。
しかしその時。
「女神の使者」を名乗る謎の男が現れた。
Velindia最大都市が魔王によって滅ぼされたことを確認した女神たちは、逃亡した使徒たちを捜索していた。
そして、その標的こそがRinylだった。
彼は街路を駆け抜ける。
住民に目撃されながらも、兵士と謎の男から逃れるため、必死に街の奥へと逃げ込んでいく。
「鉄の魔獣だ!」
「こっちだ!」
「あいつが撃ちまくってるぞ!」
「捕まえろ!」
衛兵隊と武装集団が一斉に追撃を開始した。
________________________________________
その一部始終を、Eは見ていた。
倒れた鉄の車両が、宿の近くに横たわっている。
彼女は迷わず駆け寄る。
「人が……
人が倒れてる……!」
炎上する鉄の車両の傍ら。
指揮官のような軍服をまとった男が、血を流し倒れていた。
人気の少ない場所だったため、まだ兵士たちはここへ辿り着いていない。
Eは男を助けようと駆け寄る。
その時。
彼女の目を引いたのは血ではなく、男の鞄から零れ落ちたノートPCの液晶破片だった。
「……お嬢ちゃん。」
弱々しい声が響く。
「ひどい怪我です……。
手当てします!」
だが男は首を横に振る。
魔王に救われた命だった。
それでも、自分の人生はもう十分だった。
これ以上、誰かを巻き込みたくはない。
震える指は空中に現れたVRパネルを最後の力で操作し続ける。
――War Thunderの一部を無償譲渡しますか?
【承認】
ラインナップ譲渡:Germany
システムの一部を目の前の人物へ継承しますか?
【承認】
完了。
最後の工程として、その者へモニターの欠片を渡してください。
「お前は最後まで変わらないな……
このゲームも……
もし来世でまた会えるなら……
もう二度と、この道だけは歩みたくない。」
Rinylは液晶の欠片をEへ差し出した。
「受け取ってくれ。
どうか……正しい使い方をしてくれ。
そして……ここへ戻るな。
もう奴らが来る。」
状況を理解できないまま立ち尽くすE。
そのすぐ近くまで、兵士たちの足音が迫っていた。
あと十数メートル。
「――逃げろ!!」
涙を滲ませながら、彼女は男を置いて走り去るしかなかった。
液晶には、一行だけ表示されていた。
Pz.IV F2 – Ready
SPはManaへ。
XPは制御能力へ。
通常モジュールはすべて魔法支援モジュールへ置き換えられる。
彼女は目を見開く。
この世界の文字ではない。
それなのに、不思議なことに、その意味だけは頭の中へ直接流れ込んできた。
それは――
十二年後の彼女を形作る、新たな始まりだった。
……
「魔王の使徒も、ずいぶんと無様な姿になったものだな。
女神様方も失望されるだろう。
貴様らは魔王の番犬程度にしかなれなかったのだから。」
「……女神の使徒め……
貴様に……あのお方を侮辱する資格などない……。」
「いずれ女神様は再び魔王を捕える。
もっとも、お前の力にも価値はある。
ちょうど我らの新たな使徒が、その力を必要としているところでな。
War Thunder……
魔王がお前たちへ授けた兵器のゲームか。
興味深い。
あのお方は、魔法ばかりの世界には飽き飽きしている。
さて――
お前はもう死ぬ。
ゲームと共に歩んだ人生も終わる。
それなら最後に、一つ取引をしないか?
これは……お前と私だけの話だ。」
「……どういう……意味だ……?」
Rinylの意識はゆっくりと薄れていく。
肉体も、限界だった。
永遠の眠りが近づいていた。
「その力を我らへ渡せ。
そうすれば女神様方には、魔王の居場所は分からないと報告してやろう。
"欠片"について調べることもできるが、それだけで十分だ。
女神様方は遠征を止め、宴を開きながら我らの報告を待つだろう。
お前は最後の十一人目の守護使徒。
もし守護に失敗すれば……
この世界も。
ここに生きる民も。
異世界へ連れ去られた魔王も。
そして、お前の愛する者までも……
すべて侵食に飲み込まれる。」
時間は残されていなかった。
守るか。
力を渡さないか。
Rinylには、もう何も残っていなかった。
「……取引……だ……。」
それが、彼の最後の言葉だった。
二度と目覚めることのない、永遠の眠りへ落ちる直前の。
「契約成立。
このゲームと力は、新たな女神の使徒が管理する。
遺体を女神様の御前へ運べ。
そして、Velindia最大都市は魔王によって滅ぼされた――そう歴史を書き換えろ。
できる限り魔王への憎悪と混乱を煽るのだ。」
________________________________________
その事件は、完全に闇へ葬られた。
世間では、違法召喚による魔力暴走事故だったと発表された。
学院と都市守備隊は現場を封印し、立入禁止区域に指定する。
犠牲者の中には、後に若き都市詰所職員となる青年の家族も含まれていたことが確認されている。
________________________________________
その夜。
Eは静かに液晶の欠片へ手を伸ばした。
温かい。
そして、何かが聞こえる。
エンジン音。
そして――
Advanced Australia。
ドイツツリーを初めて所有した者だけに流れる、あのオープニングテーマ。
制御不能な魔力によって、彼女が初めて扱うことになる旋律だった。
その曲が何なのか、彼女は知らない。
ただ、一つだけ分かったことがある。
亡き者から託された贈り物を受け取り、彼女は人生で初めて涙を流した。
「……冷たい。
でも――鼓動がある。」
それは、彼女が初めて確信した夜でもあった。
この世界には――
外から来た者だけが知る、本当の真実が存在するのだと。
第3部 装甲兵器召喚の始まり
Edhenへの旅を終えてから――。
あの日、あの液晶の欠片を拾って以来、彼女は少しずつ変わり始めていた。
誰も知らない。
誰にも理解できない。
(……何かが、私の中で変わっている。)
Eはぼんやりと、そんな感覚だけを覚えていた。
彼女を観察し続ける監察官も、相変わらず彼女を見守り続けていた。
制御不能なほど膨大な魔力を抱える少女を監視して、これで二年目になる。
教室では合同授業になっても、彼女は以前と同じように静かに席へ座っていた。
だが、その表情だけはどこか違っていた。
魔力測定用の水晶球へ手をかざす。
相変わらず眩いほどの光を放つものの、その輝きは以前よりも徐々に制御され始めていた。
召喚を試みるたび、彼女の魔力は一定の周期を描くように穏やかに揺らぐ。
それはVelindiaの魔法史上、誰一人として確認したことのない現象だった。
まるで――何かが少しずつ形作られているかのように。
教官は記録を書き留める。
「魔力の揺らぎは徐々に安定している。
しかし、召喚されるものは生物系の霊獣ではない。
引き続き観察が必要。」
________________________________________
さらに一か月後。
第二級実技試験――召喚演習場。
「来たれ、我が小さき友よ――
ファイアドラゴン!」
ウゥゥゥゥゥ……
ギャアアアア……
――ファイアドラゴン ランクII
「よくやった、Faiter。前より火竜の力が少し伸びているぞ。」
「来て、私の大切なお友達――
ライトラビット!」
ウゥゥゥゥ……
ピィィィィ……
――ライトラビット ランクII
「Aliceも素晴らしい出来だ。」
「召喚せよ――」
「召喚せよ――」
……
やがて名簿には二人だけが残った。
KironとE。
「Kiron、本当に耐えられるのか?」
「ご安心ください、先生。
大丈夫です。」
Kironの手首には、EdhenでEが贈った腕輪が光っていた。
「我に祝福を授けし友よ――
姿を現せ。
Golden Eagle!」
ウゥゥゥゥゥ……
キィィィィィィッ――!!
「……凄まじい魔力だ。
だが、そのままでは魔力を使い切ってしまうぞ。」
「大丈夫です。
ちゃんと練習しました。
一割くらいは自分に残せるようになりましたから。」
眩い光が床一面へ広がる。
その中から現れたのは、一羽の勇壮な黄金の大鷲。
キィィィィィィ――!!
――Golden Eagle ランクIII
召喚を終えたKironは、その場へ座り込んだ。
荒い息をつく彼をEが支えながら、二人は異国の象徴にも見える黄金の霊獣を見上げる。
「おめでとう。
ランクIII。
満点だ。」
「ありがとうございます。」
担当教師は名簿の最後に記されたEの名前を見つめ、不安げな表情を浮かべた。
「……次は君だ、E。」
彼女は静かに召喚台の前へ立つ。
あの日、頭の中へ流れ込んだ文字を思い出す。
今も傍らにあるノートPCの液晶片は、まるで初心者のログインを待っているようだった。
Pz.IV F2、出撃。
ブゥゥゥゥゥ……
ゴォォォォォォ……
「な……何だこれは!?」
「監察官を呼べ!!」
他の生徒たちが可愛らしい霊獣を召喚する中――
彼女の前には、ゆっくりと姿を現していく。
履帯。
車体。
砲身の取り付けられていない砲塔。
そして一本の砲身。
無数の鉄の部品が組み上がり、一つの機械となっていく。
「鉄……だと……?」
教室中が騒然となる。
そこへ監察官が叫んだ。
「一旦中止だ!
召喚術式に異常あり!
直ちに再検査を――」
しかし、その瞬間。
ゴゴン……
床がわずかに震えた。
機械はついにPz.IV F2として完成する。
そして――
ただ一度だけ。
ブルリ、と震えた。
砲塔脇の開口部から淡い光が漏れ始める。
まるで、その奥で何かが――
起動しようとしているかのように。
________________________________________
「聞いたか?
二年生が妙な鉄の塊を召喚したらしいぞ。」
「ああ。
監察官だけじゃなく学院長まで来たそうだ。」
その日のうちに、Eは「特別検査室」へ移された。
ルーン観測装置によって魔力層や供給源が徹底的に解析される。
だが、結果は誰にも説明できなかった。
監察官の報告書には、ただこう残されている。
「余剰魔力はすべて召喚物の核へ流入している。
しかし、その供給源は彼女自身ではない。
何者かが余剰魔力を吸収する媒体を用意しているように見える。」
学院長は報告書を閉じ、静かに呟いた。
「危険ではない。
むしろ――ようやく彼女は自分の魔力を抑え始めた。」
「彼女が物体を操っているのではない。
あの物体が、彼女を選んで存在しているのだ。
……とはいえ混乱を避けるため、しばらく謹慎処分としよう。」
「承知しました、学院長。」
学院評議会は彼女を「魔力異常変質」と判断し、一時的な登校停止処分を下した。
しかし――
誰も予想しなかった。
彼女は、生まれて初めて笑顔を見せたのだ。
そしてKironへ嬉しそうに話しかける。
「初めて……
休めることが、いいことなんだって思えた。」
「そうか。
じゃあ休みの間、僕のノート貸してあげるよ。
ちゃんと写しておいてね。」
________________________________________
その夜。
十分な広さのある自室で、彼女は何度も未完成の車体を再召喚し続けていた。
そして今夜、新たな部品が姿を現す。
鉄板の一枚に刻まれた、見知らぬ文字。
Panzerkampfwagen IV Ausf. D – serial No. 001152-A
彼女は息を呑む。
手が小さく震えた。
「名前……
それに製造番号……
ということは、これ以外にも存在するの……?」
異世界には存在しないはずの物体。
それが正式名称を持ち、型式を持ち、製造番号まで刻まれている。
これは、もはや単なる召喚ではない。
あの見知らぬ男が壊れた液晶を通して託した――
War Thunderというゲームとの繋がり、そのものだった。
しかし、この世界は彼女から最も大切な友も奪っていく。
信頼していた親友――Kironは、名もなきダンジョンで命を落とした。
冒険者たちが遺体と霊獣を回収し、丁重に埋葬したという。
死因は、魔力ショック。
その日を境に――
彼女は学院で完全に独りとなった。
やがて学院卒業を目前に控える頃には、学院最強の権限を持つ風紀委員長として立つことになる。
「……もっと強ければ。
君を助けられたのに。
この力の正体も……
きっと、誰にも分からないままなんだろう。」
Edhenで買った腕輪を、冷たい墓石の上へ静かに置く。
そして彼女は再び学院へ戻る。
今という時へ続く、その道を歩むために。
第4部 転機
それからおよそ十二年――。
彼女は学院の新世代において、最も専門性の高い召喚士の一人となっていた。
もはや誰も彼女を「魔女」とは呼ばない。
人々は彼女を――**「鋼鉄の召喚士」**と呼ぶ。
彼女が召喚陣へ足を踏み入れるたびに姿を現すのは、超高位の霊獣ではない。
明確な識別名を持つ、魔法と機械が融合した鋼鉄の兵器。
硬く、重く、呼吸すらしない無機物。
それなのに――
彼女がそう思うだけで、その砲身は迷うことなく向かうべき方向を理解する。
彼女は感情を求めない。
名声も望まない。
ただ一つだけ、今も手放さずにいるものがあった。
あの日託された、砕けたモニターの欠片。
それは今では胸元のペンダントへと埋め込まれ、腕に巻かれた腕輪、誘導用の魔導杖とともに、彼女の傍らにあり続けている。
そして――
十二年間、誰一人として答えに辿り着けなかった謎もまた。
(Ending 1: the other side)
...............................
…
帝国魔法学園に
まだ残っている、何人かの蕾がある...
それらは個性的な人物たち
もうすぐ卒業を迎える...
だが...少し様子がおかしい。
また一日が過ぎてゆく...
帝国は夕暮れと共に沈んでいく。
魔法...本当に退屈だ
音楽の先生は、昔の歌をひたすら紡いでいる。
…
時計が午後を告げ、
心には十二年の謎がまだ燻っている...
亡き人を見た瞬間を思い出し、
心は狂ったように答えを探している。
…
はっ!心の中の血と鉄の力、
強大な魔力と溶け合う!
お前...こそが異質な者、
お前の血族の秘密...
魔法を遥かに超える力、
だが...制御不能だ!
…
嘲笑がずっとお前のそばで響いている、
鎖を破る力を待つだけ...
他でもない、雷の力、
Warに溶け合い、
その名は: War Thunder!
力を宿した者の最後の眼差しは、
消え去り...戦争機械を残した。
…
秘密は葬られるかと思ったが、
一人の名もなき者が現れた...
人里離れた地下牢の中で、
力の鍵が私たちを待っている!
…
おお!狂気が目覚める、
私は魔王のゲームを解き明かしたい!
魔力と機械が一つになり、
ハイブリッドな魔法機械が...目覚める!
矢が空を突き抜け、
光が暗闇を導く、
箒を使わずとも...鳥のように飛ぶ!
…
Leopardを連れていこう - 鋼鉄の亀、
そしてBf- 109、十字の鉄の鳥を!
血潮の中で燃える力と共に、
"Advance Australia..."を響かせよう!
…
もうすぐだ...私とお前は出会う!
その時まで...私がお前を従わせてやる!
私たちは敵となる - 生か死か、
全てを見つけ出すために...
この世界の秘密を!
…
[ささやき]
"女神に祝福を..."
この私に与えてくれた...
この運命を変える力を。
ある日、黒き森の外縁と名も無き領主の領地の境界付近で行われた調査任務の最中、彼女は学院へ相談に訪れた元学院生でもある冒険者から、一件の不可解な戦闘記録を耳にした。
> 「Rank IV*の魔物が、魔法の痕跡を一切残さず討伐された。」
> 「現場には押し潰された履帯の跡と、甚大な破壊痕だけが残っていた。」
> 「魔物の構造体は高熱で貫通・融解していたが、魔法を使用した形跡は確認できない。周囲には黒い油煙の跡が無数に付着しており……私が到着した時には、その痕跡だけが残されていた。」(Yilfenが立ち去ってから約一日後)
> 「……この痕跡、説明を聞く限り……まるで私の中を流れている、この力と同じものみたい……」
彼女は誰にも告げることなく現地へ向かった。
Voldaを経由せず、正規街道を選んで。
その頃のYilfenは、まだ以前の身分と名前を名乗り、そこで戦車乗員の訓練を始めて六十日目を迎えていた――。
互いに、その時点で出会わなかったことだけが、唯一の幸運だった。
---
調査現場。
砕け散った岩石と、一角が吹き飛ばされた古い城壁の残骸の中で、彼女は巨大な履帯痕を見つけた。
幅は少なくとも三つの掌ほど。
今では雑草と泥に埋もれ、その輪郭だけが辛うじて残されている。
その時だった。
微かに、どこか懐かしい音楽が聞こえてきた。
彼女が操る機械の中で、弱々しく再生され続けていた一曲。
そして、その旋律は彼女の耳へ届く。
> "Advanced Australia"...
> あの曲だ……。
初めて召喚を成功させた日、確かに耳にした、あの唯一の旋律。
> 「そんな……」
彼女は小さく呟いた。
> 「……もう十二年も経ったというのに。」
しかし、その痕跡はすでに完全に消え去っていた。
それ以上の手掛かりを追う術は、もう残されていなかった。
---
その夜。
Edhenの宿屋で、彼女はRune Stoneに記録していた解析結果と音声をもう一度再生した。
部屋の中に流れるのは、あの旋律だけ。
"Advanced Australia"――
それを聴いているのは、彼女と、この静かな客室だけだった。
> 「学院へ戻る前に、この街の近くで異常反応を示しているダンジョンを調査しておこう……できるだけ早く、この問題を解決できればいいけれど。」
そして――
さらに一か月の時が流れる。
彼女が冒険者ギルドへ提供した情報は、一人の冒険者をそこへ導くことになる。
**Cyran Yilfen**――
彼女の中に宿る力を知ることになる男。
感知用Rune Stoneは、一台の戦車――**T-35**から始まる連鎖を引き起こした。
そして、その操縦者こそが、彼女が十二年間探し続けてきた存在。
己の力の正体。
そして、この十二年間続いた狂気の答えへと繋がる、最後の鍵だった。
> 「逃げられてしまった……。でも、入城用Rune Cardには追跡用Runeを刻んでおいた。」
Yilfenは、そのことにまったく気付いていなかった。
もっとも――
彼女自身もまた、十二年前の事件以来、異端の存在としてEdhenへの立ち入りを禁じられていた。
そして十二年ぶりに――
彼女の心は大きく揺らぐ。
それでも、その執念が揺らぐことはなかった。
> 「ようやく見つけた……私以外にもいた。」
> 「……違う。」
> 「あの人と同じ存在。」
> 「私にこの力を託した、あの人と――。」
第5部 運命の幕開け
調査任務を終えたあと、彼女は学院へ戻らなかった。
彼女が不在でも、特別待遇を受けていたため、不満を口にする者はいない。
卒業式など、彼女にとっては形式に過ぎなかった。
実際には、必要な署名を一つ受け取るだけで卒業は成立する。
だが――
彼女はそれすら必要としていなかった。
両親も、もう彼女の将来を心配する必要はない。
その特別な権限によって、彼女はすでに不自由なく暮らせるだけの力を手にしていたからだ。
Yilfenと遭遇して以来、彼女の頭の中を占めているのは、ただ一つ。
「どうやって奴を捕らえるか……あるいは、どうやって始末するか。」
「私の血に流れるこの力を知る、あの男を――。」
やがて彼女は、ほど近い中継都市へと流れ着く。
南旧市街二階に借りた古い一室。
薄いカーテンの掛かった窓辺と、壁一面に並ぶ本棚の前で、彼女は召喚痕跡の再構築を始める。
同時に、刻印した追跡印から発せられる信号の解析も進めていった。
「履帯の跡、地面の亀裂、魔獣の死骸――。」
「場所も違う。時期も一致しない。」
「それでも……必ず一つだけ共通点がある。」
「すべてがEdhen近郊で交わっている。」
「追跡座標も、絶えずEdhen付近を示している……。」
「奴はEdhenの近くにいる可能性が高い。」
「でも……自分がマーキングされたことに気付いているかもしれない……。」
彼女は地図の上に残されたあらゆる痕跡を、一つひとつ分析し続けた。
Rune Boardの上では、いくつもの光点が壁へ投影されている。
そしてついに――
一つのシンボルが強く輝いた。
座標はEdhen近郊を高速で移動している。
さらに、その横には一行の文字と、三色旗が浮かび上がる。
Gemany
北方語ではない。
この大陸の言語でもない。
西方国境地帯に残る異邦人の方言に近い言葉。
それは、かつてRinylという男が残した装置の中に記されていた文字と一致していた。
________________________________________
彼女は胸元のペンダントを静かに握る。
砕けたモニターの欠片は、今なお淡く輝き続けている。
そして、その奥からは、まるで過去の世界から響いてくるような低い音声が微かに流れていた。
LEOPARD 2A6* - START*
彼女はゆっくりと立ち上がる。
窓の外では、空が鋼色へと染まり始めていた。
国境の彼方から、一つの嵐が近づいてくる。
「……もう、奴を捕らえる時だ。」
追跡用Rune Boardの上で、赤い光点が新たな移動を記録する。
その先には――
一両のBT-5と、その中にいる人物がいた。
________________________________________
そして初めて、学院に保管されていた彼女の個人記録には、小さな手書きの追記が残されることになる。
「コードネーム:E――Velindia学院・風紀委員長」
「魔導機械狩人。Velindia帝国魔法学院 最終学年。」
第8章 完
次回予告:外伝 第1話 & キャラクター紹介
次回は、本編ではなく外伝 第1話およびキャラクター紹介をお届けする予定です。
内容は、本作に登場する異世界におけるゲームシステムの基本設定と、第1部に登場したキャラクターたちの紹介を予定しています。
次回の更新も、火曜日の午後を予定しておりますが、時差の都合により多少前後する可能性があります。
万が一、更新が延期となる場合は、事前にお知らせ、または延期についてご案内いたします。
最後までお読みいただき、本当にありがとうございました。
拙い作品ではありますが、これからも楽しんでいただければ幸いです。




