9.襲撃〜王宮
「皆さん、お騒がせしました」
エリオットはにっこり微笑んで私をその場から連れ去った。
王宮の廊下を歩きながらわたしはエリオットを見上げた。
晴れた海の様に美しい青い瞳に一瞬惹き込まれるが、何も無かった様に微笑んでみる。
「殿下に助けられました」
エリオットはわたしをじっと見つめるとふいに顔を背けた。
「もう誰も俺との婚約に異議は唱えまい。
でも、あのマーフィー伯爵が簡単に諦めるとは思えないが」
不吉な言葉に体が震える。
エリオットには迷惑をかけてばかりだ。
わたしにうんざりしているだろう。
その気持ちはよくわかる。
いくら都合が良かったからと言って、社交界一のモテ男がこんな田舎娘と婚約なんて心中察して余りある。
予想通り噂のあの美貌令嬢は今日参加していないようだし。
「エリオット、迷惑かけてごめんね」
言いかけた途端、近衛騎士と思しき人物が急ぎ足で近づいて来る。
「ジェンキンス卿、王太子殿下が内密に執務室へ来て頂きたいとの事です。なお、お一人でとの事です」
「そう、君は?」
近衛騎士は名を聞かれポカンとしている。
「殿下の命を知らせに来た君の名前を聞いているのだが?」
「わ、私は近衛第一騎士団のヒューイと申します。あの、殿下がお待ちですので。
こちらの令嬢は私が馬車までお連れしますので」
「それで?」
エリオットが再度促す。
「えっ?ですから、殿下が」
ヒューイは何で何度も言わされるのか首を傾げている。
「曲者だ!」
エリオットが叫ぶと辺りから数人の近衛騎士が現れた。
丸腰だったエリオットに誰かが剣を投げ渡す。
華麗に剣を受け取ったエリオットは投げ渡した近衛騎士に向かって聞いた。
「こいつは第一のヒューイだそうだ。
ライアン、知っているか?」
「私の所属する近衛第一騎士団にヒューイなる者はおりませんね、ジェンキンス卿」
ヒューイなる者は一瞬青ざめたが、やがて不敵な笑みを浮かべわたしを見た。
刹那、エリオットはわたしを背に隠し、ヒューイに雷魔法で一撃を加えた。
いや、魔法使うなら、剣要らなかったんじゃない?
後から魔法防御という事もあるので念のため帯剣したと聞きました、なるほど、素人の浅知恵はいけませんね。
ヒューイが無惨に地面に転がると、ライアン等近衛騎士が捕縛した。
「死んだの?」
エリオットの背中に縋り付いていたわたしは恐る恐る聞いてみる。
「大丈夫、気絶させただけだ。
こいつにはいろいろ聞かなくちゃならないからな」
取り敢えず第一関門突破かも。
小説「永遠の星の下に」では、この偽近衛騎士に騙されてエリオットと別れまんまとひとりで馬車に乗ると、このヒューイと名乗る輩ともうひとりに、御者共々惨殺されるのだ。
ご丁寧に貴婦人狙いの強盗を装い全ての貴金属を盗んでいったので、最初は強盗事件で処理されるところだった。
ただ、偽の呼び出しを不審に思ったエリオットが独自に調査を始め、やがて、事件の唯一の目撃者の主人公と出会うのだ。
ぼんやり思考を巡らせていると、騎士たちによりヒューイが近衛師団の地下牢へ連行されて行く。
「暫くは目が覚めないだろう。
しかし、本当にロージーの言った通りになったな」
頷くとエリオットは心配そうに頭を撫でた。
「そうなると、さっき頭を打った時に見たのは正夢、いや予知夢かもしれない。
帰りの馬車が襲われる確率はかなり高いな」
あらかじめエリオットには、頭を打った拍子に変な夢を見て不安なので、正夢にならぬ様手立てをして欲しいとお願いしていたのだ。
夢の内容は、帰り際にエリオットは偽近衛騎士に謀られて王太子殿下の元へ向かいそのため帰りの馬車に同乗出来なくなる事と、その馬車でひとり帰路につくわたしが途中で先程の偽近衛騎士ともう一人の暴漢に御者共々惨殺される事。
そしてそれを強盗の仕業に見せかけようとする事。
こんな荒唐無稽な夢の話をエリオットは真剣に聞いてくれたのだ。
わたしはこの話の信憑性を確認するためにあるお願いをした。
「この夢が本当か確認するためには、畏れ多いですが王太子殿下にあるお願いをして頂きたいのです。もし至急でエリオットを呼び出す時には殿下とわたし達しか知らない極秘の合言葉を伝使に伝えて貰えないかと」
正直、不敬なお願いだと思ったけれど、こっちは命がかかっているのだ。
背に腹はかえられぬ。
「わかった。
王太子にはこの後の謁見時に伝えよう。
おそらくノリノリで介入して来るぞ」
叱責されるとビクビクしていたのに、ノリノリ?
「面白がっていろいろしてくれるに違いないな」
面白がって。
命懸けだぞ、こっちは。
有り難いが、何か悲しい。
「で、合言葉はどうする?」
小説名である「永遠の星の下に」とも考えたけれど、万が一敵方に転生者がいたらいろいろ面倒。
「暗号めいたものはかえって怪しまれる。
誰が聞いているかわからないからね。
それより普段やり取りしている事の方が安全だろう。
そう、普段やり取りしていたが、今は使わないものでないと...」
殿下とエリオットの普段のやり取り、何だか触れちゃいけない領域展開。
「『ジェンキンスの薔薇はまだ蕾か』にしよう。これなら以前から殿下に度々言われていたから不自然ではないし、もう口にすることはないだろうから」
公爵家の薔薇は無事に咲いたので、もうお尋ねにならないと言う事だろうか。
それとも枯れてしまったとか。
「それで良いかと」
画して、殿下との謁見の際に、エリオットはこの計画を伝え了承を得た。
「うーん、もし夢の通りになったら、凄いね。これは俄然面白くなって来た」
殿下は興味津々、面白半分である。
「命に危険があるといけないから、隠密に護衛をつけるよ。
念のため帰りの馬車にはデュランも同乗させるといい。
エリオットとデュランのふたり揃えば一個師団だろうが二個師団だろうが、全然問題ないからね、あははは」
気付いていたけど、王太子殿下、やり手なのはわかるけど、何か軽い。
でも良い人そうではある。
事前に王太子殿下と連携出来たおかげで、
ヒューイと名乗る偽近衛騎士を捕縛し、少しホッとしたけれど、まだまだ刺客はやって来る。
「それで帰りの馬車が襲われるのはどの辺り?」
エリオットは声を潜めている。
そうだ。
最早何処に敵が居るかわからない、カオス。
「王宮の正門を出て宮殿前の広場を抜けた先を左に曲がって少し行った辺りです。
街中ですがお屋敷街ですし夜中で人通りがないところを物陰から現れて狙われました」
ヒューイなる偽近衛騎士は捕縛してあるから、恐らくあとひとり。
いや、ひとりとは限らない。
「デュランはもう馬車の中で待機している。
心配するな。何があっても守るから」
いや、その台詞あかんやつ!
惚れてまうやろ、のやつ!
吊橋効果やめい。
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