3.何か違う
どうやって回避する。
いや、そもそも回避出来るのか?
乙女ゲームなら死亡フラグ回避出来るかもだけど、これマイナー小説だから既定路線で、ハイあの世行き、ぽくない?
わたしがそっとため息をつくと
「具合が悪いなら今夜はこのまま帰ろう。
戻った方が早く診てもらえる」
とエリオットの声がする。
邸に戻れば専属の医師がすぐ駆けつけてくれるのはわかっている。
帰るーそれは最大のフラグ回避かもしれない。
いや待て、帰り道に襲われるのよね。
ダメだ、フラグ立ってる。
今何の対策も無しに帰るのはリスク高過ぎ、タカスギくん。
あー、どうしよう。
・・・少なくとも夜会中は殺されない、と思う。
うん、それに考える時間も必要だし。
気付くと絶賛沈思黙考中のわたしをエリオットが心配そうに見ていた。
「だ、大丈夫。
もう平気だから予定通り夜会へ行こう」
わたしは引き攣った微笑みを顔に貼り付けてガバッと身を起こす。
「あいたたた、」
急に動いたらちょっと頭がズキっとする。
「本当に大丈夫か?」
エリオットが本当に心配そう。
優しいな〜
待て。
あれ、エリオットってこんなに優しいキャラだっけ?
そこでロージーとしての記憶を辿る。
エリオットは優しくない。
エリオットは膝枕なんてしない。
エリオットは優しく頭を撫でたりしない。
コイツ、誰だ?
目の前の美丈夫をしげしげと眺める。
オカシイ。
小説「永遠の星の下に」のエリオットと、
ロージーの記憶のエリオットが微妙に違う、
いや、何か違う。
そして、今この目の前のエリオットはかなり違う!
こんな甘々溺愛モード醸し出すエリオットなんて小説にもロージーの記憶にも居ない。
まさかエリオットのそっくりさん?
「エ、エリオット…」
恐る恐る名前を読んでみる。
「ん?
どうしたロージー。
痛いのか?」
優しく微笑むこの美形男子、
名前はエリオットで間違いない。
それにこんな美形がおいそれと居てたまるか〜
だし。
まさかのバグ?
そうだ。
頭を整理するためにも
もう一度ロージーの人生を思い返してみよう、うん。
わたしは記憶の糸を辿り出した。
☆☆☆
ロージーは筆頭侯爵ブルックス家の三女だ。一応。
長女アンバーは小さい頃から魔力があったらしく魔力を重んじるブルックス侯爵の愛情を一身に受けたらしい。
次女マチルダは生まれた時から綺麗だったらしく美貌を重んじるブルックス侯爵夫人の愛情を一身に受けたらしい。
ブルックス家には男子がいなかったので侯爵夫妻は三人目の子供を望み、そして授かったのが三女ロージー。
「これ以上女の子は要らないわ。
私母乳も出ませんし、これ以上育てられませんから里子にでも出そうかしら」
実際のところ、上の二人の娘も乳母任せであったが、三人目は要らないとばかりの 無慈悲なブルックス侯爵夫人の言葉に、出産の手伝いで実家に戻っていたシモンズの叔母さまは思わず叫んでくれた。
「里子だなんて!
それなら私の子として育てます!
......でもこの子に会いたくなったらいつでもシモンズ領にいらしてくださいね」
もうひとり増えてしまった女の子のロージーに興味が無かった侯爵夫妻は、生まれてすぐに侯爵の妹であるシモンズ子爵夫人に預け、放置した。
シモンズ子爵家には2人の男の子がいたけど女の子が欲しかった叔母さまは嬉々として預かってくれた。
正直なところ、あのまま侯爵家にいたら愛されずに歪んだ性格になったに違いない。
だからあんな人たちでも叔母さまに預けてくれた事にだけは感謝している。
何年も会いにも来ない侯爵夫妻に痺れを切らし、シモンズの叔父さまが養子縁組を申し出てくださったが、流石に外聞を気にしてか侯爵夫妻からそれは却下された。
代わりに後見人という立場で育ててくれたシモンズの叔父さま、叔母さまには感謝しかない。
そう言う訳で、放置されたわたしは広大な野山を領地に持つシモンズ子爵家で、2人の従兄弟と共に生き生きと幸せに育った。
シモンズの叔父さまは事業で成功しており、領民からの税収はほぼ領民に還元している名領主だ。
領民の幸せを第一に領主一家は清貧を旨とし
されどわたしたちへの教育には力を注いでくれた。
普段は野山を駆け回り、使用人に交ざり畑仕事を手伝ったり、家事も手伝ったり、自由に過ごした。
教育の一環として、2人の従兄弟と一緒にシモンズ子爵の作物の売買について行ったりもした。
従兄弟達と共に他国の言語や商いに関わる法律なども共に学んだ。
学んだ事がいつかこのシモンズ領に役立てられたらと意欲も増した。
全てが楽しかった。
ただひとつ、デビュタントに向けて叔母さまから学ぶ淑女教育を除いては。
でも淑女教育を楽しみにしている叔母さまを見ると、イヤとは言えず結局はダンスやら立居振る舞いやらを大人しく学んだ。
普段自由に過ごさせて貰っているのだから仕方ない。
『どうせ一生王都へ戻る事はないだろうから必要ないのに』
心の中でいつも呟いていたが、大好きな叔母さまにはおくびにも出さない様にしていた。
それが良く無かったのかもしれない。
叔母さまはブルックス侯爵夫妻宛にわたしの淑女教育は順調だと手紙を送ったのだ。
「まぁ、大変!
お兄様からあなたを王都に戻すよう手紙が来たわ!」
16歳になったばかりのある日、叔母さまはブルックス侯爵からの手紙を読んで叫んだ。
「えっ」
青天の霹靂とはこの事。
もうブルックス家には捨てられたと思っていたのに。
「今更わたしを呼び戻してどうしようというのでしょう?
ブルックス家は他人も同然です。
まさか、帰したりしませんよね?」
わたしは叔母さまに泣きつく。
「16年も放っておいて今更何を言っているんだ」
年長の従兄スタンリーも加勢してくれる。
スタンリーは4歳上で実の兄の様にわたしを可愛がってくれている。
いずれはこの子爵領を継ぎ立派な領主になるのは間違いない腕っぷしも強い頼れる従兄だ。
そして何より優しい。
母親が選ぶ娘の旦那さんにしたいランキングなら間違いなくダントツ1位の好青年。
いつもわたしの味方になってくれる。
「あー、あれだ。
王室主催の夜会。
あれでデビューさせるつもりなんじゃないか?」
年少の従兄デュランは2年前から王宮騎士団の騎士となり現在帰省中だ。
賢くそして上手く立ち回れるデュランは騎士団でも成功すると思う。
細マッチョで脱いだら凄いけど、普段はマッチョに見せないそつの無さもある。
見た目もカッコいいから女性からの人気は絶大だ。
王都でも人気だろうな。
本当の事を言えば聡いデュランはてっきり文官になると思っていた。
わざわざ騎士団に入るなんて
もしかしてあの時の事を今でも引き摺っているんじゃないかと少し心配になる。
「デビュー?
何のために?」
16年間放置して今更ブルックス侯爵家の繁栄の道具として使われたのでは堪らない。
「そりゃ、何処かの金持ち貴族に売るためだろう」
デュランの歯に絹着せぬ物言いは潔いくらいだ。
「!」
それまでは何の思いも無かったブルックス侯爵夫妻だが、何の手もかけずに、年頃になったら利用しようとする非道さに怒りと恐れが沸いた。
思わず涙が一筋溢れる。
スタンリーはデュランを目で制し、優しく慰めてくれた。
「大丈夫。絶対にそんな目には遭わせないから」
「そうよ、貴女をそんな目には遭わせないわ」
叔母さまも約束してくれる。
そしてデュランも頭を掻き掻き謝ってくれた。
「ロージー、ごめん。
言い過ぎた。
でもブルックス侯爵家の懐事情はかなり逼迫しているらしいから気をつけるに越した事はないぞ」
デュランは小さい頃から聡かった。
この急な呼び戻しの意図、侯爵家に都合の良い金持ちの取引相手が見つかったので放置状態で何の思いもないわたしを生け贄にする腹積り、と言う事を見抜いての発言だろう。
「あいつらが誰に当たりをつけたのか確認しなくちゃな。
エリオットに頼んでみるよ」