024 キノキーロ①
カリスとサイアはキノキーロの領主館へと入った。
帝国の問題が片付いたあと、サイロウ侯爵夫妻はそのまま王都本邸に戻った。そちらと連携しつつ、ヤルトは領都で、動き始めた商売の采配を取りながら留守を守る形となり、カリスとサイアは王都とサイロウ領とを行き来しながら、様々に起こる問題に対処したり、サイロウ侯爵家の嫡男夫妻として務めを果たしている。
そして、王太子夫妻の休暇に便乗した離宮の森の見学のあとも、必要な夜会や茶会には参加し、挨拶をすべき相手にはすべて会った。
社交を始めてしまえば、途中で切り上げるには平等性を欠き不義理となってしまう場面も出てきてしまう。そのため、キノキーロへの訪問予定はどんどんと後ろに倒されていき、最初に立てていた予定からは一年近く経ってから、ようやく二人は自由な時間を得てキノキーロ訪問を果たしていた。
ちなみに一年経てば体つきに変化が出てくるだろうと期待していたサイアだったが、少しばかり身長が伸びただけで、あまり変わらなかったことが、本人は相当不満なようだ。まだ頑張るのだと色々と学舎の友人仕込みの努力は続けているが、カリスとしては、もうこれ以上大きくならないのではないかと疑っている。なにせ王国貴族のなかでも小柄で華奢な者が揃っているのがサイアの一族だ。やはり育たなかったな、という心の声は、絶対に口から出すつもりはないが。
少し足りないがぎりぎり、常より高く作られた高靴の積み増した分を無くし、ほぼ通常の高さの高靴になれるほどには身長が達したので、カリスとしては安心できたのでよかったと考えている。だが、そのせいで公式にはちっとも背が伸びていない状況に甘んじる事態となっているので、不満を覚えるサイアの気持ちも分かる。
これからは小さくてとても可愛いと思っていることを、しっかりサイアに伝えていこうとカリスは改めて心に誓った。
結婚後、時間が経ってしまったが初のキノキーロ入りとなったため、民たちの歓迎の熱気はすごいもので、サイアはサイロウでの領主一家の人気を改めて感じることになった。
「サイロウ侯爵家が、もとは独立国としてこの領地を治めていた王族だということを、心から実感しました。結婚式でももちろん感じましたけど、このキノキーロの地に来ると、領都より狭いぶん物理的に民との距離が近かったからかもしれませんが、本当に強くそう思いました」
「キノキーロは山裾にある辺鄙な場所だし、移動陣を有する規模の神殿があるとはいえ、決して交通の要衝の地ではない。多少の精霊銀も採れるし、神殿もあるから、その関係者も暮らしているが、この地に暮らす者は森人を含めサイロウ人が大多数だ。あとは、わたしたちの肝煎りで移住してきた者も、まずはこの地で受け入れる場合がある。そういったこともあって、外の人間が割合に多く暮らす領都よりも、人口はぐっと少ないがファル贔屓の民の比率がより高いのだろう」
普通の移住者であれば領内のもっと便のよい地に振り分けるが、秘匿すべき技術を持ってサイロウに逃げ込んで来る者もいて、そういった者たちを匿いやすいのがキノキーロだ。彼らは生粋のサイロウ人ではなくとも、最終的には熱狂的なファル贔屓となり、サイロウ人として同化していく。
「キノキーロに限らずサイロウ領はどこであれ、ファルを敬愛する民が多いのですよ、サイア様」
カリスの側付きのヤンが誇らしげに言う。ヤンは森人を束ねる長老の孫で、長くカリスの側に付いていたが、ここ数年は領都で留守を守るヤルトを補佐するためにそちらに出向していた。だが、今回ヤルトもヤルトの側付きも育ってきたため、カリスのもとに戻ったのだ。
「そうですよ、サイア様。我らがファルはサイロウを守り栄えさせてくれるのです。だからこそ、私たちも団結して微力を尽くすのです」
ヤンの従妹でサイアの護衛を兼ねた側付き侍女となったエルも言う。エルはサイアの姉ヒリアが生前には側に付くことも多かった、幾人かいる森人のカリスの側付きの一人で、特にとカリスから頼まれてサイアの護衛を任された。サイアとはもとから顔馴染みであったので、すぐによい関係性を築くことができていた。
森人とは、もとはキノキーロの山奥に暮らしていた一族だ。ずっと森を守りながら生きていた彼らは特殊技能を持ち、ある出来事が切っ掛けでサイロウが独立国であったころ、サイロウ王家に仕えることを決めた。
以来サイロウの諜報を担うのは彼ら森人だ。森人の望みは今も昔もただ一つ、キノキーロの森と、その奥地深くに存在する、厳重に秘匿された禁域を守ること。その最良の守り手として森人が選んだのがサイロウの王族であり、今でもファルとともに森を守る砦としてサイロウ領を守っている。
かつてのサイロウ王家が独立国の体裁を捨てても王国に降ったのもある意味同じ理由からだった。サイロウ領を、そして森人と同じくキノキーロの禁域を守るため、サイロウ領のさらに外側にある王国を盾とする。自らを囲む敵を味方としたわけだ。
徹底抗戦を謀るよりも、長きにわたり禁域の安全を確保できると当時の王が判断した。その判断が正しかったのは、今日サイロウ領が平和に保たれていることが証明している。
「サイア様、今後の予定としては、まずは視察、サイア様の顔見せのような意味が大きいですが、ずっとカリス様が一緒にいて紹介してくれますから、なんの問題もないですよ。みな、カリス様の奥方様にお目にかかれることを楽しみにしていますしね」
一足先にキノキーロ入りし、段取りを組んでいたヤンが説明する。
「その後は領主館と付属の離れで、資料などをまとめていただく時間を兼ねた休暇を取っていただき、そのあとはまたキノキーロの視察です」
それにエルが補足する。
「この休暇期間を使って、カリス様と山の奥まで往復していただくので、頑張ってくださいね」
「我々はその間お二方の不在がばれないようにこちらで動きますので、山のほうでは父がお側に付きます」
「サイア様には私の妹もお側に付きますので、ご安心ください」
キノキーロ訪問の目的は視察、挨拶、実地調査など複数あるのだが、それらをすべて目眩ましとして、本当の目的は禁域にサイアを連れていくことだった。




