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エメラルドの下僕  作者: 瑠愛
第三章
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ロザリーの誇り

王女への誘拐宣告が出されたことにより、国防の要人が集められて協議が為されていた。宰相であるマルクスを始めとした議会の代表者、そしてディノワール将軍と軍隊の幹部数名。無論、王女の護衛の柱となる近衛連隊の幹部は全て呼ばれ、ロザリーと共にジルダも会議の席についていた。


「イリオス殿、王女殿下のお輿入れ前のご訪問はどうなさるお考えで?」

「これは中止にすべきですな。それよりも王宮の警備をもっと厳重にしなくては」

「しかし、重要なご縁談ですぞ。盗賊ごときの脅しでご訪問を中止するなど、隣国に舐められかねない」

「そうです。盗賊に手をこまねいているなど、国の威信に関わります」


国防を担う役人たちがざわめく中、事実上の宰相として指揮を任せられたイリオスは、彼らの前に立って臆することなく声を発した。


「私は王女殿下の御身を守ることが最優先だと考えるが、ディノワール将軍。あなたはいかがお考えですか?」

「我々は未だに奴らの全貌を把握できてはいません。このような状況で軍を安易に動かしても無駄に犠牲を払うだけでしょう。せめてザクレスでの潜伏先や奴らの規模を知らないことには迂闊に手を出せません。それに、奴らはここ最近勢いを増している。地方の騎士の落ちこぼれが加わり、小さな村々を襲って強奪を繰り返しているとか」


ディノワール将軍の言葉に付けくわえるように、立ち上がって発言をしたのは憲兵隊のアーロンだった。


「彼らが拠点を置くザクレスの村については、ちょうど我々憲兵団が内々に調査を進めているところでした。彼らが力を付けていく要因は、長であるジャークという人物の腕によるものが大きいようです。元々は衛兵隊の騎士だったその男が、落ちこぼれの騎士たちを取り込んで組織を大きくしているのです。言わば奴らの指針たる男。彼さえ討てば、統率が大きく乱れることは間違いないでしょう」

「成程。ならば、そのジャークという男を討つ必要がありますね。ですがディノワール将軍のおっしゃる通り、奴らについての情報が把握できないうちは手が打てない。不本意だがご訪問は中止し、今は情報収集に全力を注ぎましょう」

「承知した」


ディノワール将軍がそう答えたその時だった。


「お待ちください、イリオス殿」


声を上げたのは、ロザリーだった。誰もが目を丸くして、立ち上がった彼女を仰ぎ見る。集まる怪訝な視線にも怯まずに、女隊長ははっきりと言い放った。


「王女殿下のご訪問は決行下さい」

「……は!?」

「我が近衛連隊が責任を持って王女殿下を北へお送りします」


一瞬にして皆がどよめいた。そしてそれは、隣にすわっていたジルダも同じだった。いったい何を言い出すのか。明確に誘拐予告が出されているというのに、なぜ北への訪問を決行するのか。皆と正反対の意見を急に口に出したロザリーに、誰もが困惑するのは明らかだった。


「ロザリー、おまえはいったい何を言い出すのか」


途端に顔を青くして彼女を諌めるは父、ディノワール将軍だ。恐れ多くも王女の身を護る責任者である、近衛連隊の隊長が言う言葉とは思えない。将軍は思わず額に手を当てた。


「連隊長殿、何を考えておいでですか。ご訪問を決行するなど、王女殿下の命を危険に晒したいのか」

「滅相もない。フローラ王女をお守りすることが私の任務です。決して危険には晒しません」

「しかし!こうも大胆に誘拐予告を出されているのですぞ!絶対に御命に危険が及ばぬ保証がどこにある?」

「近衛連隊の隊長は私です。断じて王女殿下を危険な目には遭わせません。そしてこの国の威信も必ず保ってみせます」

「何を馬鹿な…。気でも触れられたか」


口々に批判を浴びながらも、ロザリーは平然と答えていた。その顔は真剣そのもの。だからこそ、余計に周りの者は困惑する一方だった。


「イリオス殿。どうか私に一任してくださいませんか?何も無謀なことをしようとしているのではありません。必ずや王女殿下をお守りする確信があってのことです。連隊長としての私を、どうか信じてください」

「しかし、ロザリー殿。お守りするといっても、いったいどのように?」

「それについてここで明かすことはできません。私ども近衛連隊の機密事項にございます。ですから、私にお任せ頂くようお願い申し上げているのです」


誰もが怪訝な目で女隊長を見ていた。近衛連隊の隊長とはいえ、国の要人たちは皆一様に彼女をただの小娘だとしか思っていない。何を言っても、当然ながら信じるに値できるとは思えないのだ。

イリオスもこれには頭を抱えた。ロザリーがこうまで言い張るには、何か確実な策があるのだろう。果たしてそれを全て信じ、任せてもいいものか。しかしながら、イリオスは信じたかった。強い意志を持つエメラルドの瞳を。彼女の使命感の強さは誰よりも自分が知っているのだと、皆に知らしめたかった。


「ならば、こうしましょう。ロザリー殿のお考えを後ほど私が聞き、是と判断できるものならば決行する。認められぬものならば、即刻中止に。私が皆様方の代わりに、責任もって判断致しましょう。異論のある御方はおられますか?」


現宰相であるマルクス・エミールの血を感じさせる、威厳のある声が響いた。若さだけで人を判断することはできない。それを物語る、まさに生まれ持った才覚を感じさせる男だ。

迷いなく皆に提案を投げかけたイリオスに、反論する者は誰もいなかった。




「それで、ロザリー殿。どのようなお考えで?」


王宮の小さな応接室で、席に付いたのはロザリー、イリオス、ディノワール将軍、そしてジルダのたった4人だった。それ以上の人間にやみくもに策を知られては困ると、ロザリーは他の人間を巻き込むのを頑として拒んだ、その結果だった。


「私が囮になるのです」

「はっ…?」


皆、ロザリーの言ったことに目を丸くした。囮になるだと…?皆が唖然とするなか、ロザリーは淡々と話を続けた。


「私が王女殿下に扮し、奴らに掴まりましょう。そうすればザクレスにある奴らのアジトに潜入できます」

「何っ…!?」


皆、呆気に取られていた。隊長自らが囮になるなどと、そんな策は聞いたことがない。ディノワール将軍は驚きのあまり声を上げた。


「お…おまえは何を言っているのだ!王女殿下のふりをして、掴まるだと!?」

「ええ。できれば護衛は僅かな者のみで。万が一犠牲が出ても最低限にするのです」

「しかしっ…!」

「捕えられた私の後を付けていけば、アジトも分かるでしょう。その役目は近衛連隊で、このバシュレー副官を始めとする精鋭を私が人選します」

「ロザリー!そのような危険な行為、断じて許すことはできぬぞ!」


将軍は思わず声を張り上げた。敵の懐に、たった一人で飛び込むというのか。無謀すぎて話にならない。非難する気も失せるほど呆れかえった将軍だが、先に口を開いたのは意外にも副官ジルダだった。


「隊長、お考えになっていることはそれだけではないのでは?」

「……さすが鋭いな、バシュレーは。そうだ。考えている。あわよくば長であるジャークを討とうと」

「いけません。あなた一人で討つなど、そんなこと…」

「敵は所詮、男だ。女の前では油断もするだろう。隊長の私が女であるのは好都合。女という武器を最大限に使うのも、ひとつの策だ。そうは思いませんか?イリオス殿」


ジルダの反論を振り切り、ロザリーはイリオスを見つめた。これには冷静なイリオスでさえも参った。他の誰かがやるというなら、やらせただろう。なり上がりの盗賊の長を油断させるには、女というものは大きな武器になる。成程、やってみる価値のある策かもしれない。しかし、ロザリーが遂行するとなれば、話が違う。そんな危険なことを、彼女にはさせられない。万が一、正体がばれたらそれこそ命の危機なのだ。

反対しようと口を開いたその時だった。ロザリーが徐に立ち上がり、イリオスの前に跪いた。赤い軍服に映えるブロンドの髪から覗く、凛としたエメラルドの瞳がまっすぐにこちらを見据えていた。


「ご心配には及びません。私はこの日のために、騎士となり、近衛連隊の隊長となったのです。この国のためにお仕えするのが私の幸せ。もしこの命が絶たれたとしても悔いは一切ございません。どうか私の誇りを、余計な私情で奪うことのないよう願います」


汚れのない、真っすぐな眼差しだった。頑ななまでの強い使命感に、イリオスは押し黙るしかなかった。この国を守りたい。この国の役に立ちたい。その願いは自分も同じ。それに、ロザリーは自分が女だからと決めつけられることを何よりも嫌悪する人間だ。そのことをよくわかっているイリオスだからこそ、言えなかった。心配だなどと言って、通じるわけがない。それを良しとして引き下がる彼女じゃない。それに、痛いほど分かるのだ。レジーヌの襲撃で王女を守り切れなかった、彼女の気持ちが。今度こそ王女を守りたいのだろう。彼女の誇りを奪うことをしたくないのは、イリオスとて同じだった。


「……わかりました。ではロザリー殿、早急に綿密な計画を作成してください。皆が納得できるものを」

「ありがとうございます、イリオス殿。ただし、これについてはくれぐれも内密に願います。敵を欺くにはまず味方からだと言いますので」

「承知の上です。作戦は直に関わる部隊のみで共有するのがいいでしょう。……将軍、異論はございませんね?」


ちらりと彼女の父親である将軍を覗き見る。彼は唇を噛みしめ、渋い表情で頷いた。愛する娘をこのような危険な任務に晒すのは、やはり忍びない。しかし、どうしようもないのだ。ロザリーの強い意志を動かすことは誰にもできない。たとえ父親でも。


「ロザリー殿、決して無茶だけはなさらぬよう。犬死しては何にもなりません」


イリオスはそう念を押した。ロザリーもそんなイリオスの判断に心から感謝し、微笑んだ。認めてくれたイリオスのためにも、必ず成功させる。そう心に強く決めたロザリーだったが。

隣にすわるジルダは、未だ握りしめた拳を震わせていた。


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