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エメラルドの下僕  作者: 瑠愛
第二章
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眩し過ぎた、高貴な花

自分が言った言葉に最も驚いたのは、他ならぬロザリー本人だった。何を考えたわけでもない。とっさに口を付いて出た言葉がそれだったのだ。驚き、戸惑うジルダの顔を見た時に、自分で自分に嫌気がさした。

けれど、これが正直な気持ちなのだとも思う。ジルダの口からクリスティーナ嬢の名前が出た瞬間、得体のしれない激しい感情が自分の中に渦巻いて湧き起こった。嫉妬したのだと、認める他なかった。


「ロザリー様……」


思わずその名を呼び、赤く染めた頬にそっと触れた。震える唇をキュッと閉ざし、こちらを見ようとしないロザリー。恥ずかしげに俯くその表情に、たまらなく欲情した。


思い上がってもいいのだろうか。この方は今、自分を欲してくれているのだと。

他の女に触れるななどと、何を馬鹿なことを言ってるのだろうと思う。誰に触れても息ひとつ乱れない自分が、この方を前にするだけで気が狂いそうになるというのに。未だかつて誰にも膝を折ったことのなかった自分が、これほど必死になって愛を乞うているのだ。なぜそれがわからないのか。そんな方だからこそ、いじらしくて仕方がない。

ジルダはたまらずロザリーの顎を掴み、再び口付けた。今度こそ抗う隙も与えず、唇をこじ開け、舌と舌を絡ませる。そして伸ばした手の指を、ロザリーの滑らかな肌に滑らせた。


「…ふ、…ッん…んん…!」


喘ぎ声さえ封じ込めた。ロザリーの震える手が自分の腕を必死に掴んでいる。歓喜と恐怖に戸惑う彼女の姿を前に、それでも構わず己の欲望をぶつけた。

もうどうなっても知らない。あなたのせいだ。あんな言葉でこの俺を惑わせ、狂わせる。全部あなたがしたことだ。だから、もう容赦などしない――ジルダは我を忘れたように、夢中でロザリーの柔らかな肌を貪った。


「わかりますか、隊長。この私の手で、あなたがどれほど乱れているか」

「嫌っ…!も、ダ…メ…んっ…!」

「どれほど淫らな女の顔をしているか」


敏感に波打つ白い体。ジルダが触れるその度にロザリーは、体を仰け反らせ、甘い声を上げ続ける。もう抵抗もない。与えられる快楽を素直に享受する体は、赤く染まっていた。


「抵抗、しないんですね」


高貴なエメラルドが潤み、物欲しげにこちらを見つめている。“止めないで”“もっと欲しい”――そう言わんばかりの艶のある表情に、危うく失いかけた理性を保つのに必死だった。頼むからそんな顔をするなと、ジルダは切に願う。焦らそうと思ったのに、散々焦らされているのはこちらの方だ。激しさを増す口付けに、ジルダは我を失った。気付けば己の腕の中で、頬を紅潮させたロザリーが水の中で溺れているかのように必死に胸を上下させていた。


「ロザリー様っ…!」


慌てて体を離し、力を失くした体を支える。未だ焦点の定まらぬロザリーが、やがて落ち着きを取り戻したかのように呼吸を整える様子を見て、ようやく胸を撫で下ろした。


「すみません…。つい、加減もせずに」


ジルダは苦笑いを浮かべながら、ロザリーの衣服を整えた。焦点の合わないエメラルドの瞳が少しずつ正気を取り戻した頃、彼女はようやく自分の置かれた状況を思い出して赤面した。平然とした顔で乱れた衣服を整え、甲斐甲斐しく自分の世話をするジルダを前に、今にも逃げ出したくなった。が、目の前にいるジルダがひどく穏やかな笑顔を自分に向けるものだから、その珍しさについ見入ってしまった。

こんな柔らかな笑顔を見たのは、初めてかもしれない――ロザリーは心から、そんなジルダの笑顔が美しいと思った。


「大丈夫、ですか…?」

「……ああ」

「今、飲み物をお持ちします」


そう言って立ち上がろうとしたジルダの腕を、ロザリーはとっさに掴んで引き留めた。なぜだかわからない。わからないが、このままそばにいてほしかった。そんなロザリーの心中が読み取れず、ジルダは戸惑うように足を止める。覗き見た彼女の表情はどこか恥ずかしげで、なぜだか守ってやりたくなるほどに弱々しく思えてならなかった。


「どうしたのです?」

「……まだ、ここにいろ。私のそばに」

「隊長…?」


純朴に輝くエメラルドを揺らしながら、上目使いにこちらを見上げる。これがわざとならば何という小悪魔だろうと思うところだ。きっと他の誰も知らないだろう。彼女のこんな顔は。そう思うと、ジルダは込み上げてくる優越感に頬が緩むのを隠しきれなかった。


「困った方ですね、あなたは…。無防備にも程があります。最後まで奪わなかったのは、奇跡だと思ってください。次あんなふうに私を挑発したら、今度こそ覚悟していただかなくては」


冗談のつもりで言ったはずだった。しかし、ロザリーは至って真剣な顔で首を横に振る。真っすぐな瞳がこちらを見据え、そして言った。


「……別に、構わなかった。おまえになら、奪われても」


一瞬、耳を疑った。いったいこの女は何を考えているのだろうと、頭が真っ白になった。言っている意味がわかっているのだろうか。奪われても構わないなどと、そんなことをどうして言えるのか。ジルダは眉をひそめ、ロザリーの顔を凝視した。


「おっしゃってる意味が、分かりかねます」

「こんなこと何度も言わせるな。私は…おまえに触れられ、喜んでいたんだ。だから…」

「い…いいいえ、違います。私が無理矢理したまでで、あなたの本意ではありません」

「どうしてそんなことを言う?私はただ素直な気持ちを言ってるだけだ」

「いいえ…いいえ。それは違います。私のような下賤な者が許されることではないのです」

「だったら最初から私に触れなければ良かっただろう!?なのに、なぜ触れたんだ?私がこう思うのを望んでいたんだろう?」

「そんなこと…滅相もない。あなたのような方に望むことなど…」

「バシュレー、矛盾しているぞ!私をこんな風にしておいて、どうしてっ…!」


確かに、言われる通りだと思った。矛盾している。後ろめたく思うなら、最初から触れなければよかったのだ。

確かに始めは奪ってやるつもりだった。全部奪い、辱め、傷つけてやりたい。ドロドロとした感情に支配されるがまま、彼女に触れていた。でも、今は違う。怖いのだ。自分のしたことを咎めず、拒むこともせず、むしろ受け入れようとする彼女が。触れれば触れるほどに、わかる。自分のような人間が触れていい人ではない。彼女の純粋な魂さえも汚しているような気がして、急に恐くなったのだ。

自分と彼女とでは何もかもが違い過ぎるのだと、思い知らされたのだ…。


「この心も、体も、全てあなたに捧げます。だからこそ、奪えない。私にはとても…」


その顔は苦痛に歪んでいた。ロザリーはただならないジルダの苦悩に気付き、返す言葉を失くした。

なぜ、こんなにも苦しそうな顔をするのだろう。こんなの、自分が知っているジルダではない。もっと傲慢で、腹黒く、人を見下すような男だったはずだ。それなのに、どうしてこんな顔をする?どうしてこんなにも、辛そうな顔をするんだ…?

頭を下げ、逃げるように去っていくジルダを、ロザリーはただ茫然と見ていることしかできなかった。



もう、手遅れだ――ジルダはこの時初めて、事の重大さに気付いた。

最初はむしろ、憎かった。世間知らずの小生意気なご令嬢だと、馬鹿にしていた。彼女によって植え付けられた感情は、あまりにも浅黒く。奪い、壊したいという負の感情に突き動かされていたはずだった。それなのに、どうしたことだろう。ドロドロとした複雑で醜い感情が、いつの間にか形を変えていた。自分も知らぬ間に毒を抜かれ、次第に穏やかなものへ変わっていった。それに気付かずに今まで彼女に触れていたのだ。

けれど、気付いてしまった。


俺は、あの方を愛してしまっている…。


そんな人間臭い感情を自分が持つことなど、想像したこともなかった。愛だの恋だの、薄っぺらい衝動や偽善に染まる人間ではないと思っていた。誰かを大切に思う経験など、したことがなかったのだ。

それなのに、何てことだろう。あの方の美しさ、高貴さ、純粋さに触れて、きっと自分の薄汚れた感情が全部洗い流されてしまったのかもしれない。今はただ大切で、守りたくて、そばにいるだけで苦しくなる。もうこの手で奪うことさえ憚られるほど、彼女の存在が自分の心を締め付けている。愛しく思えば思うほど、もう触れられない。触れてはいけない。彼女の人生をこの薄汚れた手で汚してはいけないのだと、思い知る。


「ロザリー様…」


その名を呼ぶだけでこんなにも苦しい。こんな日が来るなどと、思いもしなかった。

いっそ憎まれた方が楽だったのだ。彼女にとって、自分は優秀な副官でしかありえない。輝かしい人生を自分が汚してはならないのだ。あの高貴な方を自分が手に入れることなど、許されることではないのだから…。


ジルダは今日ほど自分の運命を呪った日はなかった。己のその手で切り開いてきた運命が、こうも悔やまれるとは思いもしなかった。そう、暗闇を彷徨ってきたジルダにとって、ロザリーという高貴な花はあまりに眩し過ぎたのだ。


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