騎士たちの変化
「隊長、本日もお疲れさまでした」
「ああ、本当に疲れた。何だって議会の者たちはこうもセレモニーが好きなんだろうな。軍を踊り子の集団とでも勘違いしてるのか」
ロザリーは大きくため息を吐き、頭から首までをすっぽり覆っていた金属製の兜を取り外した。フルフェイス型の兜は重量もさることながら、機密性も高く熱が籠り、付け心地は実に不快だ。今では儀礼用の個人決闘にしか使われないが、こんな実用性のないものをどうして身に付けなければならないのかと、ロザリーは被る前からひたすら文句を付けていた。
「仕方がありません。本日は王女殿下の誕生日なのですから」
「こういうセレモニーごとに駆り出される私の身にもなって欲しいが」
悪態を付く上官に苦笑いを浮かべながら、ジルダは背後から甲冑を脱ぐのを手伝った。首から足の指先までをすっぽりと覆う、銀色の重たい金属鎧。所々に豪華な金細工の施されたそれは、近衛連隊の連隊長にだけ着用が許された伝統の代物なのだという。がっちりとベルトで全ての部位が固定された鎧は脱ぐだけでも一苦労。細い体を締め付けていた金属を全て取り払うと、ロザリーは気が抜けたようにだらしなくソファにへたり込んだ。
「……隊長。何とだらしのない格好をなさっているのですか」
薄い布だけの鎧下は、それだけ着ただけではまるで下着も同然だった。ジルダは思わずそう零し、なるべく目を向けないようにロザリーに軍服を手渡す。くっきりと体の線が浮き出た彼女の恰好は、ひどく心臓に悪い。一度襲われているのだから、少しは学習してほしいと心の中で文句を言うが、ロザリーは全くわかっていない様子だ。むしろ最近は平然とした様子で、こっちを逆手に取ることもある。あれから全く手を出してないのをいいことに、どこか挑発的にさえなっていた。
「レディなのですから、少しは自覚をお持ちください。それに、私という存在が目の前にいるのをお忘れなきよう」
「構わん。襲われでもすれば、その場で殺してやるからな」
「それは随分と物騒ですね」
なるほど。先手を打つことで防止しようというのか。やはりこの女は、恐ろしいほど気が強い――ジルダはククッと笑いながら、ロザリーの体をクルリと回して彼女の背後に立った。
「…バシュレー?」
「お手伝い致します」
「い、いや…一人で大丈夫だから」
「怖がらずとも、何もしませんよ。今日のところはね」
ジルダはそう言って背後からロザリーの鎧下に手をかけた。触れられると、途端に硬直する華奢な肩。強がってはいても、こうして実際に触れられるのは怖いらしい。そういう所がひどく憎らしく、同時にたまらなく可愛げがあり、ジルダは上りかけた己の欲をどうにか鎮めようと必死に目線を沈めた。
白い背中をスルリと滑り落ちた布。シミひとつない真っ白で美しい背中に目眩を覚えながらも、ジルダはさらしを彼女の胸に巻く作業に没頭した。
「もったいないですね。こんなに締めつけなければもっと育つものを」
「放っておいてくれ。胸など育てなくても隊長の任務は務まる」
ジルダのセクハラ発言にはすっかり慣れた。こうして体を預けることも、なぜかさほど気にならなくなった。あれから全くと言っていいほど、直接は触れられなくなったし。変なこともしてこない。まだ安心したわけでもないし、こうして体を預ける時は緊張もする。でも、この男は信じられると思ったのだ。根拠があるわけじゃないが、ほとんど本能的にそう思った――ロザリーがそう思うほどに、二人の間の壁や隔たりは自然になくなっていた。それは、ジルダがいかに忠実に副官としての任務を全うしているかということの積み重ねだった。それがロザリーの心を動かした大きな要因だ。もしかしたら、アーロンにこの男を非難されたことへの反発かもしれないが。
「下はご自身で着てくださいね。私の理性が持ちませんので」
サラリと問題発言をしたジルダに、ロザリーは慌てて軍服を手に取った。全く、からかいがいのある方だ――と笑いながら、気を使って背を向けたジルダ。しかし、ふと思い出された昨夜の兵舎での騎士たちの会話に、ジルダはもう一度ちらりと彼女の美しい後ろ姿へと目を向けた。
『それにしても、最近ディノワール隊長は妙にしおらしくなったよな』
『そうだよな。最初は男みたいに負けん気の強い小娘だったのに』
『どこか変に色っぽい時があるんだよな』
『それに、本当はすげぇ優しいんだよ。今日の訓練の決闘でも俺のこと励ましてくれたぜ』
『それは自意識過剰ってもんだよ』
そんな何気ない会話を繰り広げていたのは、まだ若い近衛の騎士たちだった。ジルダとて少しずつ気付いてはいた。最初は反発ばかりだったのに、一部の騎士たちの間でいつしかロザリーが女神のごとく人気を博するようになっていたことを。そのきっかけになったのは、あの夜の一件だった。
王女が乗る馬車に轢かれそうになった町娘を、彼女が命を張って助けたあの夜。彼女の勇気ある行動と言葉は、若い男たちを魅了するには十分だった。徳があり、気品が高く、誰にでも分け隔てなく接する心の広さを持つ。そんなロザリーの内面を徐々に理解し始めた騎士たちは、いつの間にか彼女を慕うようになっていた。ただでさえあの美貌だ。毎日厳しい鍛練を繰り返す若者には、輝かしいロザリーの存在は癒しになる。
しかし、そんな騎士たちの変化に、ジルダは内心穏やかではいられなかった。いつ彼女に本気で恋心を抱く者がいるかわからない。しかし、そんなジルダの危惧は、すぐに現実のものとなった。
「あの小僧はいったい何者なんだ?」
清々しいくらいに整然と列を為す近衛連隊の騎士達が、今日も炎天下の広場で訓練を行っていた。間もなく初夏を迎える王都は、例年以上の厳しい暑さが続いていた。皆、全身から吹き出してくる汗を必死に拭いながら剣を手にしている。しかし、馬上で皆の隊列を確認する副官の顔色は、そんな暑さなどもろともしないほどにひどく涼しげで。その機嫌の悪さが周囲の温度を下げているような気さえするほどだ。凍りつくような冷たい視線の先に、その原因となる光景があった。
「大分筋が良くなったな。足もよく動いているし、きっと日頃の鍛練の賜物だ」
「ありがとうございます、隊長!もっと強くなれるように頑張ります!」
「無理はしなくていい。おまえは頑張り過ぎるから心配なくらいだよ」
笑顔を見せる女隊長と言葉を交わすのは、とある若い騎士だった。まだ年端もいかない少年なのだろうか、キラキラとした笑顔で馬上のロザリーを見つめている。その輝く瞳から、美しい女隊長へ抱く淡い恋心が明らかに読み取れる。褒められて舞い上がっているのだろう。少し照れくさそうにしながら、剣を握る手にますます力が漲っている。そんな二人の様子を遠目に眺めながら、ジルダは露骨に顔を歪めていた。
「彼は最近士官学校を出たばかりの新米ですよ。議員のご子息で、士官学校での成績も優秀だったそうです」
「ほう…」
その少年のことを尋ねられたとある分隊長は、丁寧に説明をしながらも、副官の恐ろしく不機嫌なオーラにすっかり委縮していた。珍しく殺気立っているのはいったい何故なのだろう。下手に失言でもしたら殺されそうな勢いだ。しかも、その地雷がどこにあるのかわからない。分隊長は冷や汗が流れるのを感じた。
あの小僧、妙に隊長に懐いている――ジルダは眉間に皺を寄せながら、最近熱心にロザリーに教えを請うのが確かこの少年だったことを思い出していた。
自ら雑用を買って出て、やけに執務室に出入りをしている騎士がいたのだ。それがこの少年だったのだとわかり、ますますジルダの皺が深くなる。しかも、ロザリーはロザリーで、珍しくこの少年を気にかけているのだ。彼に向けるあの笑顔の柔らかさ。どうやら少年は隊長のお気に入りらしい…。
ジルダはチッと小さく舌打ちをし、淡い恋心に胸を膨らませる少年を、冷めた目で見つめていた。




