一人の女性として
今まで女を抱いて、これほどまでに興奮したことがあっただろうか。極上に美しい女も、魅力的な肉体を持つ女も、こんなに自分を昂らせたことなどなかった。まして、前戯など必要だとさえ感じなかった。快楽に狂う女の顔など見ても、少しも興奮しない。それなのに、どうしてだろう。こうして無理矢理に快楽を植え付けられ、拒みながらも狂いよがる。目を潤ませて唇を噛みしめ、それでも頬を紅潮させて身を捩らせる。そんな彼女の姿がひどく艶めかしく、美しくて。もっとこの手で快楽を教え、辱め、狂わせ、泣かせ、そして支配したいと思ってしまう。素直に感じる体とは裏腹に、憎しみを込めてこちらを睨みつけるその顔に、最高に興奮してしまう。理性もプライドも何もかもへし折って、そのエメラルドの瞳に自分だけを映させたい。そう。彼女の全てを支配し、同時に自分の全てを捧げたい。ジルダは自分の中に生まれた複雑な欲望に、我を忘れそうになっていた。
「気持ち良かったですか?」
そう言って、ロザリーの耳を面白がるようにくすぐるジルダの手。その瞬間、無意識に上げてしまった自分の声に、ロザリーは絶望さえ抱いていた。
嫌だ…。こんな、女みたいな声。自分の口からこんな厭らしく、はしたない声が出るなんて知らなかった。違う。これは私の意思じゃない。無理矢理に触れられ、逆らうことができずにいるだけなんだ。火照っていく自分の体の熱を感じながら、ロザリーは自分を組み敷く憎い男を必死に睨みつけていた。
「その顔、最高に綺麗ですね。気の強さが滲み出ている。やめるどころか、むしろ組み敷いてしまいたくなりますよ」
ジルダは薄い笑みを浮かべながら、ロザリーをベッドに押し倒した。宣言したままに、ジルダに組み敷かれてしまったロザリー。とっさにジルダの胸を押して逃れようとするが、逆に両手を掴まれてしまった。
「あなた一人を組み敷くなど、私には容易いこと。これでようやく理解できるでしょう?あなたは一人じゃ何もできない、ただのか弱い女だということが」
「違うッ…違う!私は、か弱い女なんかじゃ――……」
「女ですよ。間違いなく。思い知ればいい。あなたは私がいなければ何もできない、無力で世間知らずなお姫様だ」
「ひぁ…ッ…!!」
冷めた微笑を浮かべたまま、ジルダの唇が首元を襲った。肌を這う舌の熱さに恐怖を感じ、抵抗しようとするが。ロザリーの両腕は束ねられ、片手であっさりとジルダに抑えつけられてしまっていた。男さながらの訓練で、鍛え上げてきたはずの体。そこらの男よりもよほど力も強さもあると思っていたのに、この男の前では無力だった。絶望に瞳の奥が熱くなる。泣きたくなんてないのに。絶対、この男の前では涙なんて見せたくないのに――ロザリーは屈辱に唇を噛むが、そんな彼女をさらに突き落とすかのように、ジルダは彼女の耳元に唇を落とした。
「嫌だ、もう…ッ…こんな、こと……ッ!」
ジルダの漆黒の髪が、サラサラとロザリーの肌を刺激する。熱い唇はそのまま首筋を這い、露わになった胸元へと到達しようとしていた。ふと見下ろせば、恍惚としたジルダの表情が目に映った。まるで野生の肉食動物のような、獰猛な目つきだった。だけど、涼しげにさえ見える端正な顔立ちは、こんなに卑猥な事をしているというのに、ひどく美しい。腹立たしくてならないはずなのに、なぜか見惚れてしまう自分がいた。
そんなロザリーと目が合ったジルダは、黒い笑みを浮かべながら見せつけるように赤い舌を覗かせる。その先を想像すると、ロザリーは顔が熱くなるのを抑えられなかった。
「この先を、知りたいですか?お姫様」
甘い、甘い誘惑。うんと優しい声が、理性をドロドロに溶かしてしまいそうだ。少しでも気を許せば流されてしまう。頭では嫌だと抵抗しながら、体はもっと大きな刺激を求めてしまっている。
「い…嫌だ!もうっ…いい加減にしろ!」
いけない。これ以上触れられると、おかしくなる。嫌なのに、頷いてしまいそうになる。流されてはいけない。私は女である前に、一人の騎士であり、近衛連隊の連隊長なのだから…!
「私は…おまえの上官だ。近衛連隊の隊長だ。そんな私に、おまえはっ…!こんな事をしておいて、ただで済むと思うな!これがもし父上に知れたらおまえは――…」
「わかってます。ちゃんと、わかっていますよ。何も理性を失ってこんなことをしたわけじゃない。全て自分の意思です。後悔などしません」
「お、おまえはっ…!」
「私をクビにしたいのならどうぞなさってください。それがあなたの意ならば、従うまでです」
「はぁっ!?」
「申し上げたでしょう?私はあなたに全身全霊でお仕えすると。あなたがそうしたいなら、従う他ありません」
「おまえ!私を馬鹿にしてるのか!?」
全く訳がわからない。この男は一体何を言ってるんだ?少しも罪悪感なんて感じられない。むしろ、開き直ったような態度だ!――憤るロザリーに、ジルダは目を伏せたままベッドの側にしゃがみ、そして片膝を付いた。
「馬鹿にしてるつもりも、ふざけてるわけでもありません。ただ、私はあなたを隊長としてだけでなく、一人の女性としても見ている。あなたにそのつもりはなくても、あなたは一人の女性です。どんなに強がっていても、誰かに守られたい、誰かに頼りたい、縋りつきたい、愛されたいと、そう思う時が必ずあるでしょう。他の誰にもそんな自分を見せられないのなら、どうか私に見せて欲しい。私の前では、一人の女性であってほしいのです」
そう、私だけに――……ジルダは横たわるロザリーの手をそっと取り、その甲に静かにキスをおとした。最高の敬意を込めて。
そんなジルダの言動を見つめていたロザリーは、いつになく真剣なその眼差しに少し戸惑いさえ感じていた。“一人の女性として”――そんな言葉がやけに、胸を突く。自分が女だという紛れもない現実をこうも思い知らされれば、何も言えなくなる。……けれど。やっていいことと悪いことがある。ロザリーはやはり腹立たしさを拭えず、ジルダの手を振り払った。
「おまえがやったことは、節度を越えてる。誰にでもそうやって手を出すのだろう?私を他の女と一緒にするな!」
ロザリーは声を荒げ、膝を付くジルダを睨みつけた。どうせ反省などしない。罪悪感の欠片もない。最低な男だ。そう思っていたのに。予想外にもジルダはロザリーの言葉に目を伏せ、そしてなぜか切なげに息を吐いた。
いったい何なんだ?何でこの男が、そんな傷ついたような顔をするんだ?むしろ傷ついたのはこっちなのに。何でそんな悲しそうな表情を浮かべるんだ!?――見たことのないこの男の悲しげな顔に、ロザリーはひどく混乱した。
「つ…次こんなことしたら、息の根を止めてやる!出て行け!」
投げやりにそう叫び、ロザリーはジルダに背を向けて布を頭まで被る。そんなロザリーの拒絶するような態度に息を吐き、ジルダは静かにその場を後にした。
誰もいなくなった寝室。布に包まりながら、ロザリーは一人複雑な感情を覚えていた。腹立たしくてたまらないのに。顔も見たくないくらいに嫌悪しているのに。どうしてなんだろう。未だに熱を宿したままの自分の体から、ジルダに与えられた甘い感覚が抜けきらない。一度覚えた快楽の味が忘れられないように、体の火照りが冷めない。蘇って来るのは、この体を駆け抜けたジルダの指先の感覚。そして、あの見惚れるほどに妖艶な眼差しだ。認めたくなくても、認めざるを得ない。確かに私は、あの男に与えられた快楽に堕ちていた――……
『あなたは私がいなければ何もできない、無力で世間知らずなお姫様だ』
そんなジルダの言葉が、苦しいくらいにロザリーの胸を締めつけた。




