女になっていく体
「ひゃっ…!」
突然、背中に冷たい痛みが走る。軽く飛び上がったロザリーの背を、ジルダは労るように優しく撫でた。
「沁みますか?少し我慢してください」
そう言って、背中の傷跡に薬を塗るジルダ。背中だけだとはいえ、この男に素肌を晒すことにひどく羞恥を覚えたが。変なことをしようとしているわけじゃない。ただ手当てをしてくれているだけなのだろう。ジルダの優しい手つきに、少し安堵したそんな時だった。ふわりと、突然背中が大きな何かに覆われた。剥き出しの背中に擦れる、軍服の感触。胸の前に回された二つの腕。ロザリーは後ろから強く抱き締められていることに、ようやく気が付いた。
「やっ…やめろ!バシュレー!?」
突然のことに慌てて体を捩るが、この身を捉えた腕はビクともしない。一体何が起こっているのか。気が動転したロザリーの耳に、しかし、聞こえてきたのはか細く掠れたジルダの声だった。
「一瞬、焦りましたよ。あなたを失うかと…」
今にも泣きそうな、まるで少年のように頼りない声。いつもと明らかに様子の違うジルダに、ロザリーは抵抗を忘れた。
「困るのです。あなたを失うと」
「バシュレー…?」
「だからどうか、あんな無茶は二度となさらないでください」
背中に感じる温もりに、なぜだか体が動かない。まるで金縛りにあったかのようだ。微かに鼻をくすぐるムスクの香の雄々しい匂いが、さらに自分の脳を麻痺させていく。そんなロザリーの髪をジルダは指でそっと掬いあげ、彼女の愛らしい耳にかけた。
「可哀そうに。こんなに傷らだけになって」
「お…おまえに同情なんてされたくない!それに、別に大したことはない!」
「あなたは自分が女であることを、ちゃんと分かっておいでですか?男と同じように行動しようと思っても、そうはいかない」
「おまえ、何が言いたい!?」
「あなたは女なのです。無茶をすれば、命を落としますよ」
「何だと…!?」
思わず頭に血が上った。“女だから”“女のくせに”、昔からそんな言葉が大嫌いだった。虫唾が走るのだ。自分の全てが否定された気がして。ジルダにそれを言われれば、なおさら馬鹿にされたような気がして腹立たしかった。
「私は私の思うように行動する。おまえが口を出す権利などない!」
「でしたら、分からせて差し上げましょうか?」
「……え?」
「ご自分が、女であるということを」
その言葉とともに、ロザリーの耳を襲った熱い吐息。体中にゾワリと鳥肌が立つような感覚を覚えた瞬間、耳の中に侵入するヌメリとした感触にロザリーは戦慄した。ピチャリと、淫靡な水音が体の中を駆け抜けた。耳の中を犯していたのは、ジルダの舌先だったのだ。そのことにようやく気付いたロザリーは、経験したことのない感覚に頭の中が真っ白になった。いたぶるように熱い舌が耳の奥へ差し伸ばされ、かと思えば耳たぶを可愛がるかのように食まれる。容赦なく這い回る舌先に、体中がゾクゾクと異様な感覚に蝕まれた。
「やっ…やめ、ろっ…!気安く私にッ…触れるな…!」
思わず体を捩らせるが、そんなロザリーをさらに追い詰めるかのように甘いバリトンが耳元で響いた。
「間近で見れば見るほど、白くて綺麗な肌ですね。このまましゃぶり尽くしてしまいたくなる」
「はぁっ…!?ふ、ふざけるなッ…!!」
怒りに声を上げてもお構いなしに、ジルダはロザリーをさらに強く抱き締めた。耳を襲っていた舌先は首筋を辿り、ロザリーの白いうなじへ到達する。チュッと音を立てて刺激を与えれば、面白いほどに大きく飛び上がる薄い肩。その初々しい反応に、ジルダは思わずほくそ笑んだ。
「男に素肌を見せたのは、初めてでしょう?」
「そんなことっ…おまえに関係ない!」
「この上なく嬉しいですよ。初めてあなたに触れるのが、この私であるということが」
心底安堵したように熱い息を吐き、ロザリーの手を掴んだジルダ。弱々しく震える彼女の手には、胸を隠すための寝衣が握られている。まさか、と思った瞬間。ロザリーの手から寝衣が奪われた。
「な、何を…っ!?」
途端に隠すものを失い、うずくまるように体を前傾させたロザリー。だが、残酷にもジルダはそれを許さず、大きな手がそっと彼女の胸を包み込んだ。
「あっ…!や、やめ…バシュレー…ッ…!」
「着痩せするタイプなのですね。神聖な軍服の下に、こんなに艶美な体を隠していたなんて」
「バシュレー!許さないぞっ…!これ以上の、無礼はっ…」
「でしたら私を殺してください。無茶がお好きなあなたなら、容易いことでしょう?」
からかうように耳元で囁き、クスクスと笑うジルダ。押しのけようとも、背後から囲い込まれるように抱かれ、ビクともしない。大の男相手には、為す術などなかった。こんな形で女であることを思い知らされるとは、ロザリーにとっては何よりもの屈辱だった。
しかし、ジルダは自分の中に、不思議な優越感が込み上げるのを感じていた。まだ誰の目にも晒されたことがない、美しい体。それが今、自分の目の前にある。それだけのことが、なぜだか興奮を誘う。必死に恥じらう姿を目にすれば余計に、追い打ちをかけずにはいられなかった。
「どうしたのです?どうぞ抵抗なさってください。でなければ、このまま続けますよ?……それとも、この先をお望みですか?」
「なっ、何を…!私は望んでなど…」
「隊長、ちゃんと見ていてください。ご自分のまっさらで美しい肉体が、どんなふうに女を知っていくのか。どんなふうに卑猥に変貌していくのか。その目で見ていてください」
促されるままに、ふと視線を落とす。ロザリーの目に飛び込んできたのは、我がもの顔で自分の体を弄ぶジルダの手。まるで視界まで犯されているかのようだった。
「…ッ…!いっ、嫌……!やめ…ッ…――」
止めてほしい。それなのに、続けてほしい。絶妙な刺激が、なぜか焦れったく感じてならない。小さな刺激が、だんだんと甘いものに変わっていく。その変化を自ら感じ取り、ロザリーはもどかしさに自然と息を乱してしまっていた。
ダメだ。これ以上は、本当に――…。こんなことあってはならない。自分の部下に、こんなふうに辱められるなんて。だけど、どうしてだろう。与えられる刺激が、ひどくもどかしく感じてしまう。後ろから抱き締められたまま、晒される自分の痴態。それを同時にジルダにも見られてしまっていることに、絶望を感じながら。しかし、なぜだか体の芯が熱く滾っていくのがわかった。
「ダメ、も…もう、これ以上…はっ…!」
与えられる刺激が、限界に到達する感覚がしたその瞬間。ロザリーは今までにない感覚を自分の体に感じていた。いったい何が起こったのか。理解できないままに、嬌声が部屋に響いた。ひどい痛みと共に甘い感覚が体を突きぬけていく。頭の中が真っ白になり、そして一気に浮遊感と脱力感が押し寄せた。
そんな上官の痴態に、ゴクリと生唾を飲み込んだのはジルダだった。純真無垢な体には刺激が強すぎたのか、ロザリーは頬を紅潮させながら息を乱している。目を潤ませながら唇を噛むその表情は、ひどく扇情的で。思いのほか興奮していることにジルダは自分でも驚いていた。
なんて美しく、なんて妖艶なのだろう。もう男勝りで勇敢な女隊長の姿などどこにもない。そこにいたのは、成熟した一人の女性の姿だった。




