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【短編集】日常のすき間に潜むもの  作者: めこねこ


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マコさん

 私自身には、不思議な体験は少なく、もちろん、不思議な力もありません。


 ただ、いくつか、自分なりに思っていることはあります。


 何か弱い存在が、私に頼ってくることが多い――そんな気がするのです。


 例えば、赤ちゃん。


 エレベーターで赤ちゃん連れのご夫婦と乗り合わせ、お母さんに抱かれた赤ちゃんと目が合うと、必ずと言っていいほど、赤ちゃんが私に興味を持ちます。


 例えば、心に病を抱えた方。


 仕事で上手くいかない、人間関係で疲弊している。そういった方と出会うことが、なぜか私は多く、いろいろなお話をお聞きしては、私なりのアドバイスをする。時には手を差し伸べ、問題解決に尽力することも、しばしばあります。


 そして――小学校の頃に出会った「マコ」という存在。


 これは、私の小学校から高校時代にかけて、数年に渡って現れ続けた「マコ」の話です。


――――――


 私が小学校五年生の時です。


 学校では、こっくりさんの話題でもちきりでした。


 紙にひらがなや数字を書き、「Yes」と「No」、そして鳥居のマーク。あとは、十円玉が一枚。呼び出した霊が、十円玉を通して質問に答えてくれる。そんな簡単な準備でできる降霊術です。雑誌『ムー』に載っていたのか、それとも別の読み物だったのかは定かではありませんが、こぞってみんなが話題にし、いつかやろうと話していました。


 しかし、こっくりさんの怖さも、同時に語られていました。


 こっくりさんは邪悪な霊も呼び出す。狐の霊は、扱いを間違えるとどえらい目に遭う。そんな様々な話が混ざり合って、みんな、どこか躊躇していました。


 私は当時から、その手の話が大好きで、そして怖い物知らずでした。


 私の理屈はこうです。自分に見えないこと、科学で解明できないことなど、無い。何らかの物理現象が起きているのなら、それは必ず証明できるはず。こっくりさんも、誰かの思惑で十円玉を動かし、集団心理で怖い目に遭ったと思い込んでいるだけ――そう考えていました。


 ある時、こっくりさんほど危なくない降霊術がある、という話が子どもたちの間に降って湧きました。


 エンジェルさんという遊びです。


 こっくりさんと紙に書くものは大体同じですが、少し違う部分もありました。


 一つは、男女の絵をピクトグラムで書いておくこと。一つは、鳥居のマークの代わりに、ハートマークを書くこと。そして、十円玉ではなく鉛筆を使い、二人一組で握って、霊に動かしてもらうのだと。


 こっくりさんは、使った十円玉をすぐに使わなければならないなど、制約が多かった記憶があります。ところが、エンジェルさんには、そういった制約が少ない。その話題が広まってすぐの放課後、友達数人と、学校でやろうという話になりました。


 男女合わせて八名ほどでしょうか。放課後の教室に残って、エンジェルさんを始めました。


 規定の様式を紙に書き、鉛筆を一本用意します。興味津々の女子たち。少し女子にかっこいいところを見せたい男子が二名、鉛筆を握ります。私は、野次馬の一人として、それを見ていました。


「エンジェルさん、エンジェルさん、遊びましょう」


 エンジェルさんに呼びかけます。


「もし、遊んでもらえるようでしたら、Yesに動いてください」


 しばらく、鉛筆は動きません。


 しかし、つつつっと、鉛筆がYesに動きました。エンジェルさんが来たようです。


「お名前を教えてくれますか?」


 まずは、語りかける相手の名前を聞きます。


 鉛筆は、つつつっと、また動きます。


 最初に「ま」の文字。そこでしばらく止まったあと、つつつっと動いて「こ」の文字。そして、つつつっと、ハートマークに戻ってくるのです。


「うわぁ、マコさんって言うんだ」


「すっげぇ、ちゃんと動いてる」


 みんな、口々に感動しています。うちのクラスにマコという名前の子はいませんでしたし、咄嗟に思いつくような名前でもありません。鉛筆を握る男子二名が、演技で動かしているようにも見えませんでした。


「ねぇ、本物っぽいから、質問してみようよ」


「エンジェルのマコさん。質問に答えてくれますか?」


 鉛筆は、ゆっくりとYesに止まります。


 エンジェルさんは、男女の仲について特に正確な答えを出してくれると言われていました。


「◯◯くんの好きな人は誰?」


「◯◯さんは、いくつで結婚する?」


「◯◯くんと◯◯さんの相性はいい?」


 他愛のない質問が続きます。


 ただ、どれも要領を得ない答えばかり。最初の「マコ」以外は、好きな人の名前を聞いてもよくわからない場所を指したり、年齢も数字に行き着かず、YesかNoの質問にも、はっきりと答えようとしません。


 だんだんと、参加者に苛立ちが滲んできます。


 そこで、ある男子が、ふと思いついたように言いました。


「これってさ、マコさんが鉛筆握ってる二人のこと好きじゃないから、答えてくれないんじゃね?」


「そうかもね。じゃあ、誰がいいか聞いてみる?」


 そこで、エンジェルさんに質問をしました。


「エンジェルのマコさん。マコさんの好きな人を教えてください」


 すると、鉛筆がゆっくりと動き始めました。文字列を離れ、紙の枠の外に出て、机をつつつっと滑り――私の手前で、止まったのです。


「え〜、**くんを指してる」


「**くんだったら、質問に答えてくれますか」


 鉛筆は、ゆっくりとYesに向かいます。


 しかし、ルールでは、エンジェルさんをやっている間、最後まで鉛筆を握っておかなければなりません。途中で替わるのは、ご法度とされていました。念のため、確認します。


「エンジェルのマコさん、**くんに替わってもいいですか?」


 ゆっくりと、Yesを指し示します。


 その場で私に替わったのは、言うまでもありません。


 その後は、不思議な体験でした。


 私は力を入れていないのに、面白いように鉛筆が動くのです。先ほどまでの要領を得ない答えとは打って変わって、噂に立っているような相手を指したり、それなりの年齢の数字を指したり、答えが明瞭になりました。


 皆が興奮しているのは、言うまでもありません。


 ある女子が、こう聞きました。


「ねぇ、マコさんのことを聞いてみようよ」


 鉛筆は、ゆっくりと動きます。「し」と「こ」の文字を指しました。


 「しこ」――文字列に濁点や半濁点を入れていなかったため、おそらく言いたかったのは「事故」ということでしょうか。


 何らかの事故で亡くなったことを指している。興奮していた雰囲気が、一気に冷めたのが分かりました。


 この場を少しでも変えようと、別の女子が言いました。


「ねぇ、**くんの好きな人は誰?」


 おそらく、好きな人の話なら機嫌が良くなると思っての質問だったのでしょう。


 しかし、その質問を口にした時、異変が生じました。


 鉛筆がNoを指し示し、そのまま、うんともすんとも言わなくなったのです。


「エンジェルさんを怒らせちゃった」


「マコさんに呪われる」


 一気に、ヒステリックな雰囲気になります。


 私も信じているわけではありませんが、この場があまり良くないことは分かりました。私は、声をかけました。


「エンジェルのマコさん、お疲れのようなので、今日はお帰りください。ありがとうございました」


 すると、鉛筆はつつつっと動いて、ハートマークの位置で止まりました。そこでお帰りいただく言葉を投げかけ、終わったのでした。


 終わった後は、騒然としました。


 マコさんは本気で私を好きになっている、マコさんは本物だ、マコさんは信じてもいい存在だ――。その日は、その興奮のまま、皆、帰っていきました。


 それから何度か、放課後に残ってエンジェルさんをやったそうですが、二度とマコさんは来なかったと聞きました。名前を聞いてもマコさんではない。マコさんと名乗っても、どうも雰囲気が違う。そういう話でした。


 私はといえば、あまりにも生々しくマコさんの存在を感じ、何か触れてはいけないものに触れてしまった気がして、怖くなった――というのが、正直なところです。


――――――


 私がエンジェルさんから離れたため、怖さも段々と薄れ、記憶にも留めないようにしていました。


 そんなときです。友人二名が、私にこう声をかけてきました。


「エンジェルさんは、物を動かすことができるらしいよ」


 どうやら、強いエンジェルさんは、近くにある別のものを動かすことができるというのです。


 友達に促されるまま、友人宅でエンジェルさんをやることになりました。もちろん、最強のマコさんを呼ぶために。


 私ともう一人で鉛筆を握り、もう一人が見学です。


 私たちはエンジェルさんを呼びます。もちろん、マコさん、出てくださいと。


 しばらくすると、鉛筆がつつつっと動きます。私は力を入れていないのに、鉛筆は「ま」「こ」と動き、ハートマークに戻ります。


 マコさんが来ました。


 最初は前回と同じように、他愛のない質問をしていきます。それなりの答えをもらったところで、本題です。


「エンジェルのマコさん、よかったら、物を動かしてもらえませんか」


 机には、軽そうなものが置かれていました。鳥の羽根、ピンポン玉、綿のようなもの。しかし、どれも動きません。


「そうだ、水を動かせるって聞いたことがある。水面に波紋を出せるって」


 見学していた友達が言いました。


「じゃあ、台所でコップに水を入れて、持ってきてよ」


 しかし、見学している友人は渋ります。怖い、というのです。


 家に、家族の方は誰もいません。友達の部屋で、男子三名がエンジェルさんをやっている。その状況が、見学している友達にとっては非現実的で、私たちから離れたくないというのです。


 私は元々信じていませんから、怖くはありません。


「じゃあ、俺が取ってくるよ」


「でも、指を離したらダメなんだろ」


「前にやったときも、ちゃんと断れば、替わって大丈夫だったから」


 マコさんに、私が聞きます。


「今から水を取ってくるので、しばらくの間、別の人と替わってもいいですか?」


 鉛筆は、つつつっとYesに動きます。みんながホッとして、私はゆっくりと、友人に鉛筆を渡しました。


 何度か来たことのある友人宅ですが、家の勝手は分かりません。特に、台所は。


 どのコップを使っていいのかも分からず、とりあえず、透明で見やすそうなコップを食器棚から出し、水道水を汲んで、友達の部屋へ急ぎました。


 部屋に入ったときの情景は、今でも覚えています。


 鉛筆を握った二人が、部屋の真ん中で、立っていたのでした。


「な、何してるん」


「**が出ていった後、それを追っかけるように鉛筆が動いて」


「必死に止めようとして、この状態になった」


 私がマコさんにしきりに謝り、やっと元の位置に戻ってもらって、替わった後に、お帰りいただきました。


 友達は二人とも、顔面蒼白です。私は必死になだめ、大丈夫だ、悪いことは起きないと説得しました。もちろん、友達は半泣きの状態。鉛筆も、使いたくないと、紙と一緒にゴミとしてすぐに捨てたと聞きました。


 どうやら友達の話では、こういうことのようでした。私のことが好きで、私から離れたくない。けれど、鉛筆に宿っている間は、そこから離れられない。だから、必死に付いていこうとしたのだろう、と。


 もちろん、私は無自覚ですし、何も起きてはいません。


 その話がクラス中に伝わるのは、すぐでした。


 私に何かしたら、マコさんに何かされる。そうとも噂されました。もちろん、そんな事実はないはずです。私自身が願うこともありませんでしたし、誰かの身に何かが起きたという話も、聞きませんでした。


 私と仲の悪かった友達も、急に親切になったりして――まぁ、噂が身を助けてくれているくらいに思って、深くは考えませんでした。そのままエンジェルさんも廃れ、私たちの間でも、話題に上がらなくなりました。


――――――


 それから、数年後です。


 高校になったときです。


 なぜか、また、エンジェルさんが一時的に流行りました。


 私はその頃になると、どちらかというと陰キャで、エンジェルさんで盛り上がる輪には入っていませんでした。ただ、放課後の教室でやっていたため、その模様が、耳に入ってきました。


「エンジェルさん、エンジェルさん、よかったらこちらにお越しください」


 鉛筆が、つつつっと動いているようです。興奮した、キャッキャという声が、教室に響きます。


「お名前を教えてください」


 定番の質問に入ります。また、鉛筆が動いているようです。


「え〜、マコって言うんだ」


 私はそっと、教室を出ました。


 その後の状況は知りませんが、教室中が大騒ぎになっている声だけは、廊下にも響いていました。


 その時、ふと思ったのです。


 私と仲の悪かったあの友達は、どうして急に、親切になったのだろう、と。


 その理由を聞かなかったことを、今でも後悔しています。


 あの友達は、別の高校に進んですぐ、自転車での通学途中に、自動車事故に遭い、この世を去ってしまったのですから。


 ――何らかの事故で亡くなった、マコさんと同じように。


 今でも、マコさんは、私のそばにいるのでしょうか。


 私には何の力もありませんし、信じてもいませんので、確かめようもありませんが。

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