最後のご奉公
我が家には今、四匹の猫がいます。
どの子も見事なまでに気まぐれで、気の向いたときだけそばに来て、好きな場所で好きなように丸くなっております。呼んでも来ないくせに、こちらが両手のふさがっているときに限って足元にまとわりつく。世話をしているのはこちらだというのに、感謝のかけらも見せてはくれません。
それでも、ある知人から聞いた話を思い返すたびに――猫には猫なりの「恩返し」があるのかもしれない。そう思わずにはいられないのです。
──────────
私の会社の後輩に、Xさんという男性がいます。
私と同じく猫好きが縁で話をするようになり、今では家族ぐるみでのお付き合いをしています。
私よりも少し年下の、四十代前半。見上げるような大柄で、身長は百八十を超えているというのに、性格のほうは穏やかで、どちらかといえば引っ込み思案。声を荒げるところなど、見たこともありません。そんなXさんのご家族も、同じように穏やかで、ひと回りほど年下の可愛らしい奥さんと、利発そうな息子さん。
奥さんの尻に敷かれ、思春期の息子と娘に振り回されている我が家とは大違いだと、Xさんご家族と比べては、いつも笑い話のネタにしておりました。
そのXさんと会社帰りにお酒を呑んだ際、「実はこんなことがありまして」と、不思議な話を聞かせてもらいました。今から十年ほど前、彼がまだ実家で暮らしていた頃の出来事だそうです。
──────────
当時、Xさんは両親と、三つ下の弟、そしてもう一匹――二十年近く連れ添った猫と暮らしていました。
その猫は、Xさんが小学生の頃、学校帰りに拾ってきた子でした。側溝の脇でか細くミーミーと鳴いていて、親猫の姿はどこにもない。このままでは餌にもありつけない、車に撥ねられるかもしれない。そう思って、ランドセルを背負ったまま、両手で抱えて家に連れ帰ったのだといいます。その話を聞いたとき、Xさんという人は子どもの頃から何ひとつ変わっていないのだなと、私はなんだか胸が温かくなりました。
白地に薄く三毛の入った、綺麗な子です。柄がごく薄いものですから、遠目には、ただの白猫にしか見えませんでした。三毛ですので、当然のように女の子。名前は少しばかりありきたりで、「タマ」。完全室内飼いだったこともあり、病気ひとつせずに育ちました。
Xさんの家は、両親と男兄弟がふたり。むさ苦しいと言っては失礼ですが、いわゆる男所帯です。そこへ迎えた一匹の雌猫ですから、タマは一人娘のように可愛がられ、名前のとおり、玉のようにコロコロと育ちました。
小柄なくせに、少し小太り。そのうえ、どうにもドジな猫でした。
カーテンをよじ登っては、半分ほどで力尽きてずり落ちる。食卓へ飛び乗ろうとして届かず、椅子の背に爪だけ引っかけてぶら下がる。廊下を全速力で駆けてきたはいいものの、角を曲がりきれずに壁へ頭からぶつかり、何ごともなかったような顔で毛づくろいを始める。
「タマ、またやったな」
というのが、Xさんの家の合言葉のようなものだったそうです。ドジで、愛嬌たっぷりで、それでいて一家の天使。
中でもXさんへの懐きようは格別でした。眠るときは必ず彼の布団のそばへ来る。冬場は布団に潜り込み、体温を分け合うように、背中へぴたりと丸くなっていたそうです。Xさんにとっても、タマのいない暮らしなど考えられないほど、大切な家族でした。
──────────
やがてXさんは地元の大学を出て、そのまま実家から通える会社に勤めます。穏やかな日々の中で、タマは静かに老いていきました。
一緒に暮らして十八年を数えた頃から、めっきり元気がなくなります。一日の大半を丸くなって眠り、ご飯のお皿まで歩いてくる足取りも、ひどくゆっくりとしたものになりました。
あれほど毎日どこかで転んでいた猫が、もう転ばない。
それが何より、老いを教えていたそうです。
それでも、眠るときだけは必ずXさんのそばへ来る。「もう少しだけ」「まだ大丈夫」――そう願いながら、一人と一匹は、残りの時間を数えるようにして過ごしていたといいます。
そして、春の気配が近づいた三月のある朝。タマは、Xさんの枕元で、眠るように息を引き取りました。猫としては大往生の二十歳。幸せな猫生だったと思います。
お骨を庭の梅の木の下へ埋めながら、普段は無口なお父さんが、ぽつりと言ったそうです。
「よく奉公してくれた」
と。
──────────
しかし、タマを失ったXさんの落ち込みようは、想像以上だったようです。食欲は落ち、体重は五キロほど減り、会社へ行くのもやっとという有様でした。
それでも家族に支えられ、少しずつ前を向きはじめた頃、彼はある「異変」に気づきます。
ふとした瞬間、足元を白いものがよぎる。廊下の先から、白い何かが部屋へ滑り込むのが見える。振り向けば、そこにはもう何もいない。
妄想かもしれない、目の錯覚かもしれない。それでも「タマがまだ家にいる気がする」と思えることが、その頃の彼を、少しだけ支えてくれたそうです。
──────────
タマが亡くなって一ヶ月ほど経った、四月半ばの木曜日。その日、Xさんは寝坊をしました。と言っても、夜ふかしをしたわけでも、うっかり二度寝をしたわけでもありません。
十年以上使ってきた目覚まし時計が、鳴らなかったのです。
電池切れでもなければ、セットし忘れたわけでもない。家族に起こされて最悪は免れましたが、焦りは続きます。通勤に使っていたスクーターが、いくらキックしてもうんともすんとも言わない。「仮に動いたとしても、途中で止まったら目も当てられない」と諦め、駅まで走って、その日は電車で出社しました。
始業には間に合ったものの、朝から不運続き。「目覚ましも買い替えだな」「スクーターも修理に出さないと」――そんなことを考えながら、その一日を終えたそうです。
──────────
残業を終えて会社を出たのは、夜の九時を少し回った頃。いつもならスクーターでひとっ走りのところを、この日は徒歩です。最寄り駅までの道を、早足に歩いていました。
左手には、路面電車の軌道が伸びる大通り。その向こうに、夜空を切り取るようにして、地元のシンボルである立派なお城の黒い影が浮かんでいます。右手には雑居ビルが肩を寄せ合うように並び、二階、三階の窓から、看板の明かりが道までこぼれていました。
少し先の路地からは、週末を待ちきれない酔客の笑い声が響いてきます。
鬱々とした日々を過ごしていたXさんです。そろそろ自分の気持ちに踏ん切りをつけなければと、久しぶりに行きつけの店で一杯ひっかけて帰ろうか、という考えが一瞬よぎりました。
でも、明るいネオンに彩られたその一角が、自分にはまだ、踏み込んではいけない場所のように感じられて、考えを改めます。タマを失って、まだ一ヶ月。やはり、いま一歩、歩み出せなかったようです。
そのまま、いくつかの交差点を越え、足を速めたとき――目の前の横断歩道の信号が、青から赤へと点滅をはじめました。
今なら渡り切れる。そう思ってXさんが地面を蹴ろうとした、その瞬間です。
足元を、すっと何かが通り抜けました。
風のように、まとわりつくように。白く、丸っこい――何か。
猫を飼ったことのある方なら、おわかりいただけると思います。足のあいだを猫が抜けていくときの、あのやわらかな感触。毛先が脛をかすめる、ほんのわずかな体温。
ハッとして目をやったときには、もう何もいません。気のせいか、と思ったときには、信号は完全に赤へ変わっていました。
車は来ていない。渡ろうと思えば、渡れる。けれど信号の前には、同年代とおぼしきサラリーマンの三人組と、自転車にまたがった専門学校生ふうの女の子が、きちんと信号を守って立っている。その姿を見て、Xさんも素直に足を止めたそうです。
その時でした。
──────────
ドン、と下から突き上げられました。
次いで、グワン、グワン、グワン……。
はじめは、大型のダンプでも通りかかって、その振動が足元に伝わってきたのだろう――Xさんはそう思ったそうです。けれど、すぐに違うと気づきます。足元が、やわらかなゴムの上に立っているように、たわんで波打っている。車の振動などでは、あり得ない揺れ方でした。
(地震だ)
反射的に見上げたのは、右手に雑居ビルがそびえていたからです。看板やガラスが落ちてくるのではないか。幸い、頭上に落ちてきそうなものはない。Xさんは歩道でも車道寄りを歩いていましたので、仮にビルの窓が割れても自分の側には落ちてこないと、そこは冷静に判断できたそうです。
それでも、電線は縄跳びの縄のように大きくしなり、路面電車の架線が、暗い空で波を打っている。街灯はブランコのように左右へ振れ続け、あたりのビルという建物すべてが、低い唸り声をあげていました。
(でかい)
そう思った瞬間、トンッと胸に何かがぶつかりました。
驚いて視線を下げると、信号待ちをしていた例の女の子が、Xさんの胸に飛び込み、ワイシャツを両手で掴んでしがみついている。突然の強い揺れに、咄嗟に飛び込んできたようでした。
揺れの中でも慌てず、落ち着いて周囲を見回している大柄な男が、たまたますぐそばにいた。彼女は本能的に「この人のそばなら大丈夫」と感じたのかもしれません。
若い女性に突然飛び込まれて面食らいはしたものの、揺れはまだ続いています。Xさんは彼女の肩をそっと叩きながら、
「大丈夫、大丈夫。ここにいれば大丈夫ですから」
と、できるだけ穏やかな声で言い、揺れの収まるのを待ちました。
体感で一分近くもあったでしょうか。ようやく揺れが収まった頃には、あたりには、さきほどまでの浮かれた喧騒とはまるで違う、不安げなざわめきが広がっていました。どこかで防犯ベルが鳴り、車のクラクションが立て続けに響いています。
それでも、女の子はなかなか離れません。自転車は歩道に倒れたまま、彼女はすっかりXさんに縋りついた格好になっていました。
しばらくして、ようやく「す、すみません……」と、震える声で離れていく。半泣きで、肩も小刻みに震えています。
――よほど怖かったんだな。
Xさんは、落ち着かせるように声をかけました。
「これから、出かけるところだったんですか」
女の子は、こくっと小さくうなずきます。その仕草が怯えた小動物のようで、見ているこちらの胸まで締めつけられたといいます。
「もう夜も遅いですし、余震もあるかもしれません。今日はもう、帰ったほうがいいですよ」
そう言うと、彼女はもう一度うなずいて、
「……ありがとうございました」
と頭を下げ、信号を渡らずに、来た道を引き返していきました。倒れた自転車を起こし、しばらくは乗らずに、引きずるようにして。
──────────
Xさんはすぐに家へ電話を入れました。幸い両親とはすぐに繋がり、自宅のあたりはさほど揺れなかったとのこと。けれどニュースでは速報が流れ、近隣の町を震源とする、かなり大きな地震だと報じていたそうです。
Xさんの使う路線は、台風のときなどすぐに止まることで有名でした。地震となれば、まず点検で運転見合わせになる。この時間だと、このまま運休になるかもしれない。そう考え、電車ではなく、少し不便になりますがバスで帰ることにします。自宅に近い停留所は、通りを渡った先にありました。
信号が青に変わるのを待って、横断歩道を渡る。渡り終えて、数歩進んだときでした。
ジャリッ。
足元で、嫌な音がしました。
見下ろすと、アスファルトに細かなガラス片が一面に散らばっています。街灯の光を弾いて、それが妙にきらきらと美しい。顔を上げれば、そこに建っていたのは、先ほど揺れをやり過ごした場所とは別の、少し古びた雑居ビルでした。
揺れに耐えきれず外壁が歪み、そのはずみで割れた窓ガラスが、歩道へ降りそそいでいたのです。
――あ。
もしあのとき。赤信号を無視して渡っていたら。あの白い影に足を止められていなかったら。
勢いのまま駆け抜けて、ちょうど今、この場所を歩いていたはずです。
このガラスを、頭から浴びていたかもしれない。
そう思った瞬間、背筋がゾッと冷えました。そして同時に、胸の奥に、ふっと、猫を抱いたときのような温かさが灯ったそうです。
――あの白い影は、タマだったのかもしれない。
そんな気がして、ならなかったといいます。
──────────
その夜、無事に自宅へ帰り着いたXさんは、家族に一連の出来事を話しました。両親は口々に、
「よかったねぇ」
「タマが守ってくれたんだよ」
と喜んでくれます。ただ、弟だけが、どうにも腑に落ちない顔で腕を組んでいました。昔から理屈っぽいところのある弟さんだったそうです。
「なんだよ」
Xさんとしては、タマの恩返しのように感じていましたので、水を差された気持ちになり、つい強い口調で聞いてしまいます。弟さんも少し苦笑いしながら、ぽつりと言いました。
「いや……守るためならさ。わざわざ目覚まし止めて寝坊させて、バイクまで動かなくして、歩いて帰らせるより、ふつうにバイクで帰してやったほうが、よっぽど安全だったんじゃないの」
確かに、一理あります。
というより、正論です。
けれど――
「まあ、タマだしな」
「……あー」
「そういうドジも、あいつらしいだろ」
弟さんも、それには納得のいったような顔をして、その夜の話は、ひとまずお開きになったそうです。
──────────
なお、この件には少しばかり後日談があります。
鳴らなかった目覚まし時計は、翌朝からまた何ごともなかったように鳴りはじめ、結局、買い替えることはなかったそうです。動かなかったスクーターも、あとで馴染みのバイク屋へ持ち込んだところ、ひととおり見てもらった末に、
「どこも悪いところ、ないですよ」
と、不思議そうな顔で返されたのだとか。
──────────
本当にタマは、地震の被害から彼を守るために、あんなことをしたのでしょうか。
その答えの出ないまま、翌日の深夜、日付の変わって間もない頃に、さらに大きな「本震」が街を揺らしました。
そのときの被害について、ここで詳しく書くことはいたしません。ただ、あたりは大きな混乱に包まれ、それでも人々の懸命な働きによって、街には少しずつ元気が戻っていきました。
Xさんも、タマを想ってふさぎ込んでばかりではいけないと、土日は復興のボランティアに参加するようになります。誰かのために体を動かしていると、沈んだ気持ちも、いくらか軽くなったそうです。
──────────
ある日のことです。避難所の運営を手伝っていたXさんは、リーダーに炊き出しの応援を頼まれ、その場へ向かいました。
大鍋から立ちのぼる湯気の向こうで、ふと、一人の女性と目が合いました。
(あれ……どこかで会ったような)
若くて、可愛らしい人です。自分と接点があるとも思えず、気のせいかと視線をそらしかけた、その時。
彼女のほうが、ぱっと顔を明るくして、少しだけ背伸びをするように、こちらを見上げてきたのです。
「あの、地震のときは、ありがとうございました」
見上げられた、その角度で。
Xさんは、ようやく思い出しました。あの夜、胸に飛び込んできた、震える女の子だと。
──────────
それからのことを、Xさんは多くを語りませんでした。ただ少し照れたように、
「その子が、今のうちの奥さんなんですよ」
とだけ。
――ああ、そういうことか。
私は、ようやく合点がいきました。
寝坊をさせ、スクーターを止め、あの夜を「歩いて帰るしかない夜」に変えた。ただ命を守るだけなら、弟さんの言うとおり、素直にバイクで帰してやればよかったのです。
そうしなかったのは――あの横断歩道で、彼女と引き合わせるため。
眠るときはいつも、Xさんのそばを離れなかったタマ。
二十年そばにいてくれたあの猫は、最後のご奉公に――これから先ずっと彼のそばにいてくれる人を、そっと残していったのでしょう。
──────────
余談ですが、Xさんの家では、去年から猫を一匹飼いはじめたそうです。息子さんにせがまれて、保護猫の譲渡会で迎えた子だとか。
白い毛の、女の子。
この間、Xさんが少し困った顔で言っていました。
「あいつ、カーテン登るんですけど、いっつも途中で落ちるんですよ」
──────────
我が家の四匹は、相変わらず気まぐれで、感謝のかけらも見せてはくれません。
今もこれを書いている私の膝を踏み台にして、チャトラのやんちゃな子が本棚へ飛び乗ろうとして失敗し、恨めしそうな顔でこちらを見上げております。
それでも近頃は、こうも思うのです。
この子たちもいつか、私の知らないところで、こっそり「ご奉公」の支度をしているのかもしれない、と。




